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第七章 紅色の夕風
99:宝物2
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「行こう。ちい」
立ち上がった紅君がさし出してくれた手を、しっかりと掴む。
もう二度と離さないようにと、願いをこめて握りしめる。
川面に残っていた夕陽の残像が、きらきらと煌きながら水のうねりに呑みこまれた瞬間、カラーンと澄んだ鐘の音が、微かな橙色と深い紫色が混ざる空へ響き渡った。
夕暮れだというのに、まるで新しい夜明けを告げる祝鐘のように――。
私たちの頬を撫でて吹き抜けていった風が向かう先は、二人で自転車に乗り、何度も向かった場所。
最後の一回は、焦りや憤りでぐちゃぐちゃになった感情で、冷静さを欠いて向かうしかなかった場所。あの時は辿り着けなかった。
だからこれからやり直すのだ。
今はもうあの場所に、私たちを慈しんでくれた園長先生はいない。
だが目を閉じればいつでも、「お帰り」と両手を広げて待ってくれている。
だから今度こそ二人で辿り着こう。
『希望の家』へ。
余計な感情は全て六年前に置き去りに、小さな子供の頃の純粋な心のままに、「ただいま」と帰ろう。
紅君が私にそうしてくれたように。
そこからきっと、新しい未来が始まる。
私の手を引き、先を行く紅君の歩みは、子供の頃の軽やかな彼のそれとは比べものにならない。
だが、このほうがいい。
急ぎすぎて多くのものを失くしてしまった私たちには、今はゆっくりと時間をかけ、次の場所へと辿り着くくらいがちょうどいい。
そのほうが、二人でいられる時間が長いということを、欲ばりな私は知っている。
目指す場所がたとえどんなところでも、そこまでの道のりを、時間を、これからはずっと二人で共有していられる。
「紅君……」
唐突に呼びかけた私に、紅君がふり返る。
「何?」
「好きだよ。大好き」
何度伝えても伝えきれない想いを言葉にしたら、繋いだ手に力をこめられた。
「うん。俺も大好き。ちい」
子供の頃に彼から貰った魔法の言葉が、またもう一度私に魔法をかける。
何度でも何度でも。
紅君が傍にいてくれるかぎり、これからはもう決して色褪せることはない。
いつだってまたこうして貰えるのだから。
大好きな笑顔と、『ちい』と私を呼ぶ声――子供の頃から、たった一つだけ欲しかった宝物を、私はその日、手に入れた。
立ち上がった紅君がさし出してくれた手を、しっかりと掴む。
もう二度と離さないようにと、願いをこめて握りしめる。
川面に残っていた夕陽の残像が、きらきらと煌きながら水のうねりに呑みこまれた瞬間、カラーンと澄んだ鐘の音が、微かな橙色と深い紫色が混ざる空へ響き渡った。
夕暮れだというのに、まるで新しい夜明けを告げる祝鐘のように――。
私たちの頬を撫でて吹き抜けていった風が向かう先は、二人で自転車に乗り、何度も向かった場所。
最後の一回は、焦りや憤りでぐちゃぐちゃになった感情で、冷静さを欠いて向かうしかなかった場所。あの時は辿り着けなかった。
だからこれからやり直すのだ。
今はもうあの場所に、私たちを慈しんでくれた園長先生はいない。
だが目を閉じればいつでも、「お帰り」と両手を広げて待ってくれている。
だから今度こそ二人で辿り着こう。
『希望の家』へ。
余計な感情は全て六年前に置き去りに、小さな子供の頃の純粋な心のままに、「ただいま」と帰ろう。
紅君が私にそうしてくれたように。
そこからきっと、新しい未来が始まる。
私の手を引き、先を行く紅君の歩みは、子供の頃の軽やかな彼のそれとは比べものにならない。
だが、このほうがいい。
急ぎすぎて多くのものを失くしてしまった私たちには、今はゆっくりと時間をかけ、次の場所へと辿り着くくらいがちょうどいい。
そのほうが、二人でいられる時間が長いということを、欲ばりな私は知っている。
目指す場所がたとえどんなところでも、そこまでの道のりを、時間を、これからはずっと二人で共有していられる。
「紅君……」
唐突に呼びかけた私に、紅君がふり返る。
「何?」
「好きだよ。大好き」
何度伝えても伝えきれない想いを言葉にしたら、繋いだ手に力をこめられた。
「うん。俺も大好き。ちい」
子供の頃に彼から貰った魔法の言葉が、またもう一度私に魔法をかける。
何度でも何度でも。
紅君が傍にいてくれるかぎり、これからはもう決して色褪せることはない。
いつだってまたこうして貰えるのだから。
大好きな笑顔と、『ちい』と私を呼ぶ声――子供の頃から、たった一つだけ欲しかった宝物を、私はその日、手に入れた。
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