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第三章 蒼色の慈雨

30:夜間学校2

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「ふーん。それじゃあ、圧倒的に男子のほうが多いんだ?」
「うん。毎日全員がそろうってわけじゃないけど、少なくとも女子の三倍はいるかな……」
「そうか……」

 夕方のいつもの時間、弁当屋の裏で猫たちにご飯をあげながら、蒼ちゃんが私の学校について聞いてきた。
 高校には進学しないと言っている彼の弟に、私の通う夜間高校を勧めようと考えているらしい。

「あまり人と関わりたくないって言うんだ……通信制の高校って手もあるけど、それじゃあいつ、ほんとに家から出ないことになっちゃうからなあ……」

 しゃがんだ格好のまま私を見上げる蒼ちゃんは、優しい『お兄ちゃん』の顔をしていた。

「今は嫌々でも……友だちと結んだ絆が、いつかあいつを助ける日が来る……きっと来ると思う……友だちってさ……いろいろわずらわしいことはあっても決して不必要なものではないよね」

 一言一言ゆっくりと語られる言葉は、まるで私自身へ向けて発されているかのようで、私は真剣に頷き返す。

「うん」

 ぱっと輝くように、蒼ちゃんが笑顔になった。

「千紗ちゃんは素直だ。あいつも……弟も……ほんとはとっても素直なんだ……うん、決めた。ちょっと話をしてみよう」

 すっくと立ち上がった蒼ちゃんは、私に向かって右手をさし出す。

「入学するって決めたら、その時はどうぞよろしくね。先輩」
「うん」

 私も手を出し、蒼ちゃんの手を握る。
 力強く握り返され、ドキリとした。
 真っ直ぐに向けられる蒼ちゃんの笑顔はどうしても、私が固く閉ざそうとしている記憶の蓋をずらしてしまう。

(紅君……)

 あの頃、確かに自分に向かってさし出されていた小さな手を、まざまざと思い出した。

(今どうしてるんだろう? 元気にしてるかな……?)

 蒼ちゃんはいつも真正面から私を見ている。
 それなのに私は、すぐに違う人のことを考える。
 何を聞いても何を目にしても、思考の一番深いところではいつも紅君のことだけを考えている。

 そういう自分が申し訳なく、私はぎこちなく目を逸らした。
 まるで私の心の葛藤がわかったかのように、蒼ちゃんも握っていた手を放す。

「じゃあ、また明日。学校……気をつけて行っておいでね、千紗ちゃん」
「うん」

 短い返事しかしない私にも、いつも笑顔で接してくれる人。
 優しい、優しい人。
 私が抱えている複雑な思いを全て察してくれているはずなどないが、蒼ちゃんは何も聞かず何も言わず、ただほっとするような優しい時間だけを与えてくれる。

(ごめん蒼ちゃん……ありがとう……)

 その居心地の良さに自分が甘えているということは、私にも重々わかっていた。
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