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第三章 蒼色の慈雨

26:優しい強さ1

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「今日は特別にキャットフードだぞ……栄養バランスを考えたらたまにはこういうのも食べなきゃなんて、千紗ちゃんは優しいよな……感謝しろよ、お前ら」

 いつものように猫に話しかけながら、順番に撫でている細身の背中に、私は思わず叫んでしまう。

「優しいのは……私じゃなくて、蒼ちゃんだよ!」

 しゃがんだままゆっくりと、彼が私をふり返った。

「いや、千紗ちゃんは優しいよ……」

 満面の笑顔でくり返され、泣きそうな気持ちになる。

 弁当屋から叔母たちの家へと帰る夕暮れ。
 裏口で蒼ちゃんと一緒に野良猫にご飯をあげるのが、私の日課になりつつあった。 

 毎日決まった時間に決まった弁当を三つ買いに来る蒼ちゃんと、夜間の高校へ通うため、昼間働いている弁当屋からいったん家へと帰る私の帰宅時間は同じ。
 特に約束をしたわけでもなかったが、自然と毎日ここで少しの時間を共に過ごすようになった。 

 一人で食べる夕食は寂しいので、私は店の裏に放置された古い椅子に座り、猫たちと一緒にここで弁当を食べる。
 蒼ちゃんは、自分が買った弁当を塀の上へ置き、いつもニコニコしながら私たちを見ていた。 

「早く持って帰らなくていいの?」

 塀の上の弁当を箸で指すと、彼は困ったようにボサボサの髪をかき上げる。

「ほんとはまだ、父は時間外診療中なんだ……だからもうちょっとしてから、あっため直して食べる。ごめん……出来たてが美味しいってことはわかってるんだけど……」

 私は大慌てで顔の前で手を振った。

「ううん。そんなつもりじゃないの! ごめんなさい……でも……だったらもう少し遅い時間に買いに来たらいいんじゃ……」 

 蒼ちゃんがクルリと私に背を向けた。
 キャットフードを食べ終わり、その場に丸くなろうとしていた猫を一匹、腕に抱き上げる。

「それじゃ千紗ちゃんには会えない……」

 ドキンと、私の心臓が小さく跳ねた。

(それって……どういう意味だろう……?)

 焦る私の様子がわかったかのように、蒼ちゃんはふり向く。 

「こいつらが寂しがるだろ?」

 腕に抱えていた猫を顔の近くまで高く掲げ、にっこりと笑った。
 蒼ちゃんのぶ厚い眼鏡に夕陽が反射し、キラリと眩しい。
 その輝きよりも、彼の笑顔はさらに眩しい。

 真っ直ぐに見ているのが辛く、私は膝に抱えた弁当に視線を落とした。
 私のためにと、叔母があれもこれもと詰めてくれたスペシャル弁当。
 店のメニューにはないものだが、本当は一番安価なはずの蒼ちゃんのお得弁当の中身も、限りなくこれに近いことを私は知っている。

「お父さんは遅いんだったら、蒼ちゃんも今、ここで食べたらいいのに……」

 再び弁当に箸を伸ばしながら呟くと、彼が私の前にしゃがみこんだ。
 
「うん。いつかそうできたらいいなって、僕も思う。でも今はまだ……弟と一緒に食べてやらないと……」
 私ははっと顔を上げた。 

「弟さんが待ってるの? だったらすぐに帰らなきゃ!」

 彼の口調から、まだ小さな子なのだろうと思った。
 しかし私の予想は外れていた。
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