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第二章 鈍色の慟哭

22:サヨナラ1

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 私にとって何よりも大切な約束を、紅君と交わしたあの日――私は全てを失った。
 抱きしめてくれる腕も、注がれる優しい眼差しも、さし伸べられた手も。

 ようやく手に入れたと思った未来への希望は、何もかも無残に打ち砕かれた。
 他の誰でもない。
 私自身のせいで――。




 火事になった『希望の家』へと向かう途中で交通事故に遭った私と紅君は、結局、園へ辿り着くことはできなかった。 
 澤井に放火された古い木造の建物は、あっという間に火が燃え広がり、中にいた子供たちの生存は、一時、絶望的とも見られたらしい。

 しかし子供たちと一緒に火の中にとり残された園長先生は、決して諦めなかった。
 最初の二人を両腕に抱えて火の海から出てくると、すぐにまた全身に水を被り、火の中へ戻ったという。
 何度も何度も――。

 園長先生の手によって子供たちはみんな助け出され、結局、その火事では誰一人傷つかなかった。
 消防車の到着と同時に、精根尽き果てて倒れた園長先生を除いては――。

 全身火傷だらけで走りまわった園長先生は、そのまま帰らぬ人となった。
 救急車で搬送されていく先生に、『希望の家』の子供たちは泣いてすがり、それはそれは可哀相だったと、あとになってその場にいた人から聞かされた。

 私も涙が止まらなかった。
 子供たちにとっては唯一無二の存在。
 私にだって「辛かったらいつでも私のところへいらっしゃい」と手をさし伸べてくれた大切な人。

(なんでこんなことになってしまったんだろう……!)

 そう思えば思うほど、私は自分を責めずにはいられなかった。

 澤井に刺された母も、意識が戻ることなく亡くなった。
 背中の裂傷と何箇所もの骨折で、三日三晩生死の境を彷徨った私が目を覚ました時には、もう何もかもが終わっていた。
 誰にもお別れを言うこともできなかった。

 私よりもひどい容態で病院へ運ばれた紅君は、事故を知って訪ねてきた彼の実父により、自宅近くの病院にすでに転院させられていた。
 彼がどこへ行ったのか、私には知る術がない。

 いや、知ろうと思えば担当の医師にでも、尋ねることはできたのかもしれない。
 でも私はそうしなかった。

 どう考えても、園長先生と紅君がこういう酷い目に遭ったのは私のせいだ。
 澤井が警察に捕まり、周りの人がどれほど「あなたのせいじゃない」と言ってくれても、「私がいなければ」「私が希望の家に関わらなければ」という後悔の気持ちは、心の中から消えない。
 忘れることなどできない。
 だから――。

(きっともう会わないほうがいい……紅君が無事なら……それでいい……!)

 私は医師づてに、紅君の怪我が命に関わるものではなく、少しずつ回復に向かっていることだけを教えてもらい、それ以上はもう聞かなかった。

(ごめんね紅君……ごめんなさい園長先生……お母さん……)

 後悔と悲しみの涙は枯れることなく、いつまでも私の心を支配していた。
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