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第三章 文化祭
1.夏の午後の嵐
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夏休みとは名ばかりの、課外授業の毎日。
一日四時間の授業は、クーラーのない真夏の教室が殺人的な気温に到達しないうちに、朝早い時間から開始され、昼には終わるように計画されている。
なのに私は毎日、授業が終わるとお昼ご飯を持って、結局午後からは『HEAVEN』にいるのだから、今がまだ休み中であるという感覚はほとんどない。
「あーあ……結局プールにも海にもいけないまま、夏休みが終わるのか……」
窓際の自分の席で、いつものように開けっ放しの窓から頭だけ外に出してため息をつくと、隣の席で机に突っ伏していた諒が、チラリと冷たい視線をこちらに向けた。
「プールならお前……合宿の時にも泳いでただろ……」
「学校のプールの話じゃないわよ! こういう場合のプールは、ちょっと大きな遊泳施設に決まってるでしょ! 波のプールやウォータースライダーなんかがあるところよ……!」
私がすかさず反論すると、むっくりと頭を起こして、諒は顔ごとこちらを向いた。
「とかなんとか言いながら……合宿二日目の日は散々昼寝したあとに、ガンガン泳いでたじゃないか。波もウォータースライダーもありゃしない学校の二十五メートルプールで……全力遊泳!」
皮肉たっぷりの言葉に、私はこぶしを握り締めた。
「いいじゃないのよ! あれはあれでスッキリしたかったの! 思いっきり体を動かして、きれいさっぱり忘れたいことが……私にだってあるのよ!」
「だいだい全部諒のせいじゃないのよ!」
とは、今は言わないでおく。
合宿の夜に諒の身に何が起こったのか。
まだ本人には何も話していない。
繭香が「琴美以外の人間は教える事を禁じる」宣言をした以上、教えてあげられるのは私だけなのだが、諒の方が聞いてこないのでそのままにしている。
夏休みに入る前から記憶がほとんどないことなんかを考えて、諒も自分でおおかた見当はついているのだろう。
あまりそういう関係の話が得意じゃないのはお互いさまだ。
もう蒸し返す必要もないだろうと、私は諒の心理を勝手にそう解釈している。
「別にいいじゃないか、また学校のプールででも泳げば……部活の連中だって、たまには練習のあとに泳いでるぞ? 見つかったら水泳部と先生に、二重で怒られるけどな……」
部屋のほぼ中央の席で汗を拭き拭き領収書の整理をしていた剛毅が、淡々と言ってのけた。
私はがっくりと肩を落とす。
「そうじゃなくって……」
そう。
私が言いたかったのはそういうことではないのだ。
プールや海というのは、言わばものの例え。
本当に言いたかったのは――。
「なあ……特にすることもなくって毎日暇じゃねえ? 新しい企画、まだかな? 貴人は何も言ってなかった……?」
毎日『HEAVEN』に顔を出しているわけでもない順平君の、アイスクリームを食べながらの問いかけに、「そう! それよ!」と駆け寄って握手したい気分だった。
なんとなく集まって、なんとなくこの間の企画の事務処理を続けてはきたが、そろそろこの部屋で、暑さにうだりながらやる仕事もなくなってきた。
(何かやることないのかなー。何もないんだったらみんなで遊びに行くんでもいいんだけど……)
その思いが、きっと私に、海とかプールとかいう言葉を出させたのだ。
しかし――。
『HEAVEN』に今日集まっているのは、私と諒と剛毅と順平君と玲二君だけ。
いつも以上に参加人数が少ない上に、肝心の貴人まで珍しくまだ来ていない。
順平君の問いかけにみんなが首を横に振って、貴人からは何も聞いていないと返事する様子を確かめてから、私はガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「暑いから暴れんな……」
隣で呟いた諒の頭は、一発殴っておく。
「繭香だったら何か知ってるかも……! 私、ちょっと聞いてくるね!」
やること発見、とばかりに歩き出した背中に、諒の声がかかった。
「あまりにも暑いからってお前……自分だけ繭香のいる保健室に涼みに行こうとしてるんじゃないだろうな?」
「違うわよっ!」
ふり向きざまに叫んだら、ちょうど部屋に入って来た人物とドシンとぶつかった。
「ごめん! ……あれっ、琴美? どこ行くの?」
貴人だった。
両手で肩をつかまれ、顔を覗きこまれた格好のまま、私は静かに首を振る。
「いや……どこにも行く必要はなくなったわ。たった今……」
プッと吹き出した貴人が大笑いを始めないうちに、さっさと背を向けて自分の席に帰る。
「残念でした」
諒が嫌味に笑いながらこちらを見るので、もう一度殴ろうとしたが、今度は上手くかわされてしまった。
そんな様子を微笑んで見ながら、貴人は部屋の最奥の自分の席についた。
「夏休みもあと一週間なわけだけど、そろそろ文化祭の準備を始めたほうがいいと思って……」
言いながらバサバサと大量の書類を机に積み始める貴人に、みんな一斉に驚きの声をあげた。
「文化祭!!」
私ももちろん、一番大きな声で叫んでいた。
「だ、だってまだ二ヶ月も先の話だろ?」
玲二君の言葉に、同意の意味でみんながうんうんと頷く。
文化祭がおこなわれるのは、例年十月の終り。
しかも我が星颯学園の文化祭は、文化祭とは名ばかりの、自由参加の文化部発表会なのだ。
各教室に展示されているのは、美術部や写真部の作品か、科学部や○○同好会の活動報告なんかだけ。
各クラスごとの取り組みはないから、お化け屋敷はもちろん、模擬店だってない。
舞台発表のほうも、吹奏楽部や演劇部や合唱部ぐらいしか参加しないから、午前中で終わってしまう。
観客は、自分も舞台に立つ文化部員だけ、という悲しさ。
生徒の多くは無欠席の記録を残すために学校に来るには来るが、自分の教室か図書室で勉強をしているという実に意味のない文化祭を、実は私も去年は過ごした。
しかし――。
「うん。せっかくだからこれまでとはいろいろと変えようと思って……そうすると準備に時間がかかるから、早めに始めなくちゃね……!」
楽しげな貴人の声に、諒がむっくりと体を起こした。
剛毅も玲二君も順平君も姿勢を正して、貴人の次の言葉を待ち構えている。
私だって、待ってましたとばかりに期待の目を向けた。
貴人はそんなみんなの顔を見渡して、満足げに微笑む。
「今年は各クラスごとに展示を一つ、舞台発表を一つやってもらおうと思ってる。せっかく二日間もあるんだから、一日交代でできるだろ? 舞台発表は有志の参加も受け付けて……それから後夜祭。そこでダンスパーティー。告白タイムを設けてくれって意見もあるな……ミスコンにミスターコン。学校中使ってのトレジャーゲーム……ってこれを、生徒会の展示にすればいいか……後は仮装行列……これは来年の体育祭にまわすとして……」
延々とどこまでも続きそうな話に、私は恐る恐る途中で口を挟んだ。
「あ、あの……貴人? 今、言ったやつ全部やるの? 二ヵ月後の今年の文化祭で?」
「ああ」
さも当然だと言わんばかりに、貴人は力強く頷いた。
手には例のアンケート用紙が何枚も握られている。
「まだまだあるよ。『美千瑠さんのドレス姿が見たい』とか、『智史君の写真が欲しい』とか個人に的を絞った希望もかなり寄せられてるから、それを全部含めて、生徒会の舞台発表は劇をしようかと思ってる……」
「ち、ちょっと待って……!」
ざっと聞いただけでも、完全に私の行動可能範囲を越えている。
私の人よりちょっと回転の速い頭が、フルスピードでまわり始めた。
(つまり……何?『HEAVEN』として文化祭の準備をしながら、自分のクラスの展示と舞台発表にも参加し、その上『HEAVEN』でも展示と舞台発表をするってこと? ……無理! 何よりもまず、学校一クラスの仲が悪い二年一組がみんなで何かを作り上げるってことが、絶対に無理!)
心の動揺はいつもどおり、すっかり顔に出てしまっていたようだ。
「大丈夫だよ」
貴人は笑い、諒はため息をついた。
「俺だって嫌だよ……お前がクラスの連中ともめるのを仲裁してまわるのは……」
「毎回毎回そんなことしないわよ! 失礼ね!」
私は憤然と諒を睨みつけた。
(私だっていつも柏木たちともめてるわけじゃないわよ! あっちが何もしてこなかったら、大人しくしてるわ……きっと……多分……)
だんだん自分で自分に自信がなくなっていく心理も、どうやら余すことなく顔に書いてあったらしい。
貴人は肩を揺すって大笑いを始めた。
「大丈夫だよ、琴美……ハハハッ、大丈夫」
お腹を抱えて大笑いされると、いかに貴人の言葉とは言え、あまりにも信憑性がない。
ムッとむくれる私に、貴人は涙を拭き拭き謝った。
「ごめんごめん……『HEAVEN』でやる劇の内容だったらもう決めてあるから、そんなに大変じゃないと思うよ。『白雪姫』をベースにアレンジして、お姫様や王子様が出てくる童話チックな話をやるんだ。主役の姫は夏姫に決定……!」
「夏姫!?」
叫んだのは私ではない。
剛毅と玲二君が同時だった。
「無理! ……無理無理! っていうか、それ……本人が聞いたら怒り狂うぞ?」
「なんで夏姫? いかにも『姫』が似合いそうな女子が、うちには他に何人もいるじゃないか……!」
部屋の中を見回そうとして、玲二君はそれをやめて、もう一度貴人に視線を戻した。
確かに今日は女子の出席率が悪いが、私だけはここにいるのだが――。
口に出して言うと虚しくなりそうな言葉は、心の中だけに止めておいた。
「ちゃんと理由はあるよ。でも例によって俺の秘密行動の分野だから、それはまだ教えられない……夏姫の説得はちゃんと俺がやるから……」
自身満々に貴人は笑うけれど、夏姫の嫌そうな顔は私にだって見える気がした。
「ひょっとしてそれも……例のアンケートに関係あるのか?」
諒の問いかけに、貴人は悠然と微笑んだ。
「だからまだ内緒だよ。……美千瑠は文化祭実行委員長として、もう学校側との話し合いに参加している。智史は各文化部に連絡を取り始めた。うららはポスター作成。今回はいろいろと作るものが多いだろうから、みんなも手伝ってやって……順平は『HEAVEN』の展示・トレジャーハントの担当。後夜祭は可憐。剛毅と玲二が舞台のタイムスケジュールを組んで、仕切って、展示の方の場所の割り振りは琴美と諒。繭香はいつもどおり、総監督。俺は秘密行動。そして今回、夏姫は……舞台に向けての練習と役作りに集中。……これでいいかな?」
次々と述べられた鮮やかな役割分担に、条件反射のようにうんうんと頷き続けていて、今回はうっかり「なんでまた諒とペアなのよ!」と声をあげそびれてしまった。
隣に座る諒も、それどころではないような表情でため息をついている。
「絶対に嫌だって言うと思うぞ……夏姫……」
「大丈夫。きっと説得してみせるから」
貴人はもう一度自信満々に言って、瞳を煌かせた。
貴人の笑顔で「何もすることない」という不満が吹き飛んだ途端、とけそうな暑ささえ気にならなくなり、ドキドキするような期待と不安がいっぺんにやって来た八月の午後だった。
一日四時間の授業は、クーラーのない真夏の教室が殺人的な気温に到達しないうちに、朝早い時間から開始され、昼には終わるように計画されている。
なのに私は毎日、授業が終わるとお昼ご飯を持って、結局午後からは『HEAVEN』にいるのだから、今がまだ休み中であるという感覚はほとんどない。
「あーあ……結局プールにも海にもいけないまま、夏休みが終わるのか……」
窓際の自分の席で、いつものように開けっ放しの窓から頭だけ外に出してため息をつくと、隣の席で机に突っ伏していた諒が、チラリと冷たい視線をこちらに向けた。
「プールならお前……合宿の時にも泳いでただろ……」
「学校のプールの話じゃないわよ! こういう場合のプールは、ちょっと大きな遊泳施設に決まってるでしょ! 波のプールやウォータースライダーなんかがあるところよ……!」
私がすかさず反論すると、むっくりと頭を起こして、諒は顔ごとこちらを向いた。
「とかなんとか言いながら……合宿二日目の日は散々昼寝したあとに、ガンガン泳いでたじゃないか。波もウォータースライダーもありゃしない学校の二十五メートルプールで……全力遊泳!」
皮肉たっぷりの言葉に、私はこぶしを握り締めた。
「いいじゃないのよ! あれはあれでスッキリしたかったの! 思いっきり体を動かして、きれいさっぱり忘れたいことが……私にだってあるのよ!」
「だいだい全部諒のせいじゃないのよ!」
とは、今は言わないでおく。
合宿の夜に諒の身に何が起こったのか。
まだ本人には何も話していない。
繭香が「琴美以外の人間は教える事を禁じる」宣言をした以上、教えてあげられるのは私だけなのだが、諒の方が聞いてこないのでそのままにしている。
夏休みに入る前から記憶がほとんどないことなんかを考えて、諒も自分でおおかた見当はついているのだろう。
あまりそういう関係の話が得意じゃないのはお互いさまだ。
もう蒸し返す必要もないだろうと、私は諒の心理を勝手にそう解釈している。
「別にいいじゃないか、また学校のプールででも泳げば……部活の連中だって、たまには練習のあとに泳いでるぞ? 見つかったら水泳部と先生に、二重で怒られるけどな……」
部屋のほぼ中央の席で汗を拭き拭き領収書の整理をしていた剛毅が、淡々と言ってのけた。
私はがっくりと肩を落とす。
「そうじゃなくって……」
そう。
私が言いたかったのはそういうことではないのだ。
プールや海というのは、言わばものの例え。
本当に言いたかったのは――。
「なあ……特にすることもなくって毎日暇じゃねえ? 新しい企画、まだかな? 貴人は何も言ってなかった……?」
毎日『HEAVEN』に顔を出しているわけでもない順平君の、アイスクリームを食べながらの問いかけに、「そう! それよ!」と駆け寄って握手したい気分だった。
なんとなく集まって、なんとなくこの間の企画の事務処理を続けてはきたが、そろそろこの部屋で、暑さにうだりながらやる仕事もなくなってきた。
(何かやることないのかなー。何もないんだったらみんなで遊びに行くんでもいいんだけど……)
その思いが、きっと私に、海とかプールとかいう言葉を出させたのだ。
しかし――。
『HEAVEN』に今日集まっているのは、私と諒と剛毅と順平君と玲二君だけ。
いつも以上に参加人数が少ない上に、肝心の貴人まで珍しくまだ来ていない。
順平君の問いかけにみんなが首を横に振って、貴人からは何も聞いていないと返事する様子を確かめてから、私はガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「暑いから暴れんな……」
隣で呟いた諒の頭は、一発殴っておく。
「繭香だったら何か知ってるかも……! 私、ちょっと聞いてくるね!」
やること発見、とばかりに歩き出した背中に、諒の声がかかった。
「あまりにも暑いからってお前……自分だけ繭香のいる保健室に涼みに行こうとしてるんじゃないだろうな?」
「違うわよっ!」
ふり向きざまに叫んだら、ちょうど部屋に入って来た人物とドシンとぶつかった。
「ごめん! ……あれっ、琴美? どこ行くの?」
貴人だった。
両手で肩をつかまれ、顔を覗きこまれた格好のまま、私は静かに首を振る。
「いや……どこにも行く必要はなくなったわ。たった今……」
プッと吹き出した貴人が大笑いを始めないうちに、さっさと背を向けて自分の席に帰る。
「残念でした」
諒が嫌味に笑いながらこちらを見るので、もう一度殴ろうとしたが、今度は上手くかわされてしまった。
そんな様子を微笑んで見ながら、貴人は部屋の最奥の自分の席についた。
「夏休みもあと一週間なわけだけど、そろそろ文化祭の準備を始めたほうがいいと思って……」
言いながらバサバサと大量の書類を机に積み始める貴人に、みんな一斉に驚きの声をあげた。
「文化祭!!」
私ももちろん、一番大きな声で叫んでいた。
「だ、だってまだ二ヶ月も先の話だろ?」
玲二君の言葉に、同意の意味でみんながうんうんと頷く。
文化祭がおこなわれるのは、例年十月の終り。
しかも我が星颯学園の文化祭は、文化祭とは名ばかりの、自由参加の文化部発表会なのだ。
各教室に展示されているのは、美術部や写真部の作品か、科学部や○○同好会の活動報告なんかだけ。
各クラスごとの取り組みはないから、お化け屋敷はもちろん、模擬店だってない。
舞台発表のほうも、吹奏楽部や演劇部や合唱部ぐらいしか参加しないから、午前中で終わってしまう。
観客は、自分も舞台に立つ文化部員だけ、という悲しさ。
生徒の多くは無欠席の記録を残すために学校に来るには来るが、自分の教室か図書室で勉強をしているという実に意味のない文化祭を、実は私も去年は過ごした。
しかし――。
「うん。せっかくだからこれまでとはいろいろと変えようと思って……そうすると準備に時間がかかるから、早めに始めなくちゃね……!」
楽しげな貴人の声に、諒がむっくりと体を起こした。
剛毅も玲二君も順平君も姿勢を正して、貴人の次の言葉を待ち構えている。
私だって、待ってましたとばかりに期待の目を向けた。
貴人はそんなみんなの顔を見渡して、満足げに微笑む。
「今年は各クラスごとに展示を一つ、舞台発表を一つやってもらおうと思ってる。せっかく二日間もあるんだから、一日交代でできるだろ? 舞台発表は有志の参加も受け付けて……それから後夜祭。そこでダンスパーティー。告白タイムを設けてくれって意見もあるな……ミスコンにミスターコン。学校中使ってのトレジャーゲーム……ってこれを、生徒会の展示にすればいいか……後は仮装行列……これは来年の体育祭にまわすとして……」
延々とどこまでも続きそうな話に、私は恐る恐る途中で口を挟んだ。
「あ、あの……貴人? 今、言ったやつ全部やるの? 二ヵ月後の今年の文化祭で?」
「ああ」
さも当然だと言わんばかりに、貴人は力強く頷いた。
手には例のアンケート用紙が何枚も握られている。
「まだまだあるよ。『美千瑠さんのドレス姿が見たい』とか、『智史君の写真が欲しい』とか個人に的を絞った希望もかなり寄せられてるから、それを全部含めて、生徒会の舞台発表は劇をしようかと思ってる……」
「ち、ちょっと待って……!」
ざっと聞いただけでも、完全に私の行動可能範囲を越えている。
私の人よりちょっと回転の速い頭が、フルスピードでまわり始めた。
(つまり……何?『HEAVEN』として文化祭の準備をしながら、自分のクラスの展示と舞台発表にも参加し、その上『HEAVEN』でも展示と舞台発表をするってこと? ……無理! 何よりもまず、学校一クラスの仲が悪い二年一組がみんなで何かを作り上げるってことが、絶対に無理!)
心の動揺はいつもどおり、すっかり顔に出てしまっていたようだ。
「大丈夫だよ」
貴人は笑い、諒はため息をついた。
「俺だって嫌だよ……お前がクラスの連中ともめるのを仲裁してまわるのは……」
「毎回毎回そんなことしないわよ! 失礼ね!」
私は憤然と諒を睨みつけた。
(私だっていつも柏木たちともめてるわけじゃないわよ! あっちが何もしてこなかったら、大人しくしてるわ……きっと……多分……)
だんだん自分で自分に自信がなくなっていく心理も、どうやら余すことなく顔に書いてあったらしい。
貴人は肩を揺すって大笑いを始めた。
「大丈夫だよ、琴美……ハハハッ、大丈夫」
お腹を抱えて大笑いされると、いかに貴人の言葉とは言え、あまりにも信憑性がない。
ムッとむくれる私に、貴人は涙を拭き拭き謝った。
「ごめんごめん……『HEAVEN』でやる劇の内容だったらもう決めてあるから、そんなに大変じゃないと思うよ。『白雪姫』をベースにアレンジして、お姫様や王子様が出てくる童話チックな話をやるんだ。主役の姫は夏姫に決定……!」
「夏姫!?」
叫んだのは私ではない。
剛毅と玲二君が同時だった。
「無理! ……無理無理! っていうか、それ……本人が聞いたら怒り狂うぞ?」
「なんで夏姫? いかにも『姫』が似合いそうな女子が、うちには他に何人もいるじゃないか……!」
部屋の中を見回そうとして、玲二君はそれをやめて、もう一度貴人に視線を戻した。
確かに今日は女子の出席率が悪いが、私だけはここにいるのだが――。
口に出して言うと虚しくなりそうな言葉は、心の中だけに止めておいた。
「ちゃんと理由はあるよ。でも例によって俺の秘密行動の分野だから、それはまだ教えられない……夏姫の説得はちゃんと俺がやるから……」
自身満々に貴人は笑うけれど、夏姫の嫌そうな顔は私にだって見える気がした。
「ひょっとしてそれも……例のアンケートに関係あるのか?」
諒の問いかけに、貴人は悠然と微笑んだ。
「だからまだ内緒だよ。……美千瑠は文化祭実行委員長として、もう学校側との話し合いに参加している。智史は各文化部に連絡を取り始めた。うららはポスター作成。今回はいろいろと作るものが多いだろうから、みんなも手伝ってやって……順平は『HEAVEN』の展示・トレジャーハントの担当。後夜祭は可憐。剛毅と玲二が舞台のタイムスケジュールを組んで、仕切って、展示の方の場所の割り振りは琴美と諒。繭香はいつもどおり、総監督。俺は秘密行動。そして今回、夏姫は……舞台に向けての練習と役作りに集中。……これでいいかな?」
次々と述べられた鮮やかな役割分担に、条件反射のようにうんうんと頷き続けていて、今回はうっかり「なんでまた諒とペアなのよ!」と声をあげそびれてしまった。
隣に座る諒も、それどころではないような表情でため息をついている。
「絶対に嫌だって言うと思うぞ……夏姫……」
「大丈夫。きっと説得してみせるから」
貴人はもう一度自信満々に言って、瞳を煌かせた。
貴人の笑顔で「何もすることない」という不満が吹き飛んだ途端、とけそうな暑ささえ気にならなくなり、ドキドキするような期待と不安がいっぺんにやって来た八月の午後だった。
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