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第二章 学園七不思議

1.次の企画

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 三日間の『星空観察会』は大盛況のうちに幕を閉じた。
 一日目より二日目、二日目より三日目目と参加者は増え続け、総参加数は最終的に合計七百人にもなった。
 結局三日間通して、実に全校生徒のほとんどが夜の学校に集まった計算になる。

「はああ……すごかったねぇ……」

 放課後の『HEAVEN』。
 いつもの窓際の席で、私は美千瑠ちゃんの淹れてくれたお茶を片手にしみじみと呟く。
 積もり積もった三日分の疲れがやっと抜けていく気分だった。

「何がすごいって、あれだけの人数が集まったのにトラブルが一件もなかったってこと。そして予想以上にみんなが星を見るのを楽しんでたってこと。そして極めつけは……最後の貴人のサプライズ!」
 
 指折り数えながら、今回の催しの成功ぶりを挙げ連ねていた順平君は、最後の言葉と同時に、貴人にクルッと向き直った。

「秘密行動だとは言ってたけどさ……まさかあんなことまでするとは思わなかった!」
「確かに!」

 部屋のあちこちから次々と同意の声があがる。

「ビックリして、その上喜んでもらえたんだったら……それが本望だよ」

 嬉しそうに笑う貴人に、私は急いで返答した。

「驚いたよ!そして嬉しかった!」
「うん……OK」

 魅力的な笑顔につられるように、思わず私の頬まで綻んだ。
 


 
 『星空観察会』の最終日。
 人でごった返す屋上には危険防止のため、ついに端のフェンス周りにロープが張られた。
 あまりにも人数が増えたため、押されたりして、もしものことがあったらいけないからだとばかり思っていたが、実は最後の仕掛けに興奮したみんなが、誤って屋上から落ちてしまわないためだった。

 最終日のラスト。
「間もなく閉会十分前です」の美千瑠ちゃんのアナウンスと共に、私と諒が汗かいて取り付けたスピーカーからは、貴人の声が流れ出した。

「たくさんの星々をしっかりと観察してもらったところで、ここからは『HEAVEN』からのサプライズです。夏の夜空を彩る花をご覧下さい」

 軽やかな声にうっとりと聞きほれながら、私はフフフと笑った。

(貴人ったら……それじゃ花火大会の常套句だよ……)

 いったいどんな花を貴人は準備したんだろうかと、ワクワクしながら待つ私の耳に、聞き覚えのある音が聞こえた。
 そう。
 火を点火された花火が夜空に上っていく時の、あのヒューッという音が聞こえたのだ。

「えっ! 嘘?」

 三日間の中でも格別綺麗に輝いていた満天の星空の真ん中に、貴人の用意した『花』は大きく大きく開いた。

「本当に花火!?」

 屋上で次々と上がり始めた驚きの声の中でも、私の声は特別大きかったと思われる。
 人垣の向こうでマイクを握っていたはずの貴人が、マイクの電源がONのまま「琴美っ……!」と大笑いを始め、慌てて近くにいた剛毅か礼二君がマイクを取り上げている騒ぎが聞こえてくる。

 そんな中でも、貴人の『花』は一つまた一つと、夜空に次々と打ち上げられていた。

「凄いねぇ……」

 始めはきゃあきゃあと歓声を上げていたみんなが、次第に静かに夜空を見上げるようになり、いつの間にか夏祭りででもあるかのように、みんなが息を詰めて夜空の芸術を見る事に集中している。

 もちろん私も例外ではなかった。

「綺麗だね……」

 星を見ていた時とはまた違ったため息が、屋上のあちらこちらから聞こえる。
 その声を聞いているだけで嬉しかった。
 貴人の言葉を借りるならば、「これぞ本望」だった。
 


 
「だけどさ……卒業生に花火師がいて、練習に作った花火を打ち上げてもらったんじゃなきゃ、絶対出来ない企画だったよな……」

 隣に座る諒が腕組みしながら、もっともらしく頷くので目を向ける。

「どうして?」
「どうしてってお前……」

 諒は驚いたような呆れたような複雑な表情で、私の顔を見返した。

「正規の物を買おうと思ったら、ものすごくお金が必要だからだろ! 花火って一発何万円もするんじゃなかったか?」
「何万円!」

 息をのむ私に、諒は大きな大きなため息をついた。

「貴人……生徒会の役職、考え直したほうがいいぞ……こいつに会計は無理がある……」
「なんですって!」
「だからって、他に何の役が出来るのかって聞かれても、俺には答えられないけど……」
「諒!」
 
 ふり上げたこぶしは珍しくかわされてしまったけれど、隣に座っているんだから大丈夫だ。
 諒が油断した隙に、いつか報復する。
 きっと。

「ハハハッそれはさて置き……そろそろ次の企画に向かいたいと思うんだけど……いいかな?」

(そろそろって……『星空観察会』の終了からまだ二日しか経ってないんですけど!?)

 悲鳴は心の中だけに止めておいた。
 私にだってわかってる。
 我が生徒会はやらなければならないことが多すぎて、時間が足りないのだ。

 私の心の中の動揺を見透かしたかのように、繭香が向けて来るどこか面白がってるふうの視線を痛いくらいに感じながら、私は静かに貴人の次の言葉を待った。

「時期的に夏休みに入るし……普段は実施出来ないような企画を、この際いっぺんにやってしまえたら……って思ってる……」

 貴人はそう言いながら、胸ポケットから例のアンケート用紙を数枚取り出した。

「みんなで旅行とか、合宿とか、キャンプとか……ようは宿泊系の希望をまとめようと思うんだ……そしてメインはこれ!『星章学園の七不思議の検証』だな……」

 部屋のあちこちから「ひっ!」という小さな悲鳴が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。
 私自身だって、そっち系はあまり得意ではない。

「うん決めた!『夏休みの学校に泊まって、七不思議を検証しよう合宿』だ。遠くに行くわけじゃないし、キャンプファイヤーだってできないけど、キャンプの醍醐味である肝試しは十分にできるわけだから、いいんじゃないかな?」

 笑顔で提案する貴人に、私はすぐに賛成することができなかった。

(き、肝試し! ……だからそっち系はあんまり得意じゃないのよ……!)

 頭を抱えてしまいたい気持ちのメンバーは思ったより多かったようだ。
 汗ばむほどの陽気だというのに、部屋の中の空気が凍りついている。

 沈黙を破ったのは夏姫だった。

「ふーん、いいんじゃない……? 学校に泊まるってのも、ちょっと珍しいし、お金使わないでどっか行った気分にもなれるし……」

 私がいる席のちょうど反対側で、智史君もノートパソコンを開きながらおもむろに眼鏡をかけた。

「じゃあ早速、七不思議とやらをピックアップするね……」

 つられたようにそろそろと、まるで金縛りが解けたかのようにみんなが動きだした。

「しょうがないな……肝試しするから、お化け役をやれって言われるよりはまだましか……この場合、お化けは本物にお任せするわけだからな」

 腕組みする剛毅に向かって、可憐さんが綺麗な眉を寄せた。

「やだ、ヘンなこと言わないでよ……お化けなんているわけないって思ってないと、夜の学校になんてとても泊まれないわ……」
「だよな! いないって! 絶対いない! ……俺はそう信じることにする!」
「私もだ」

 順平君の叫びに繭香が同意した。

(ち、ちょっと待って……待ってよ?)

 私は必死の思いで、まだ賛成を表明していないメンバーの顔を見回す。

 明らかに青い顔をしている玲二君は、きっと私と同じ思いのはずだ。
 助けを求めるような視線に小さく頷き返す。
 同盟成立。

 隣で石になってしまっている諒は、私の記憶が確かなら、中学時代、修学旅行の旅館で酷い目にあってから、確かそっち系はまったく駄目なはず。
 その証拠に、もうどうしようもなく硬直している。

 そして部屋の入り口に近い席で俯いている美千瑠ちゃんに目を向けた。
 見るからにおとなしくて恐がりのような美千瑠ちゃんに、この企画はそうとう辛いはずだ。

(そうよね……百歩譲って私たちは我慢するにしたって、やっぱり美千瑠ちゃんが可愛そう……ここは心を鬼にして貴人に異議を唱えないと!)
 
 勇気をふり絞って私が声を上げようとした時、俯きっぱなしだった美千瑠ちゃんが顔を上げた。
 私の予想に反して、その顔は喜びに満ち溢れ、女神のような笑顔だった。

「すごく楽しそうな企画ね。私、恐い話とかお化け屋敷とか大好きなの……! とっても楽しみだわ!」
 
 コロコロと声を立てて笑いながら、拍手まで送っている姿を見て、正直、(終わったわ……)と思った。

 悲しげな表情で私を見ている玲二君と頷きあう。
 これはもうしょうがない。
 最後の砦だと思った美千瑠ちゃんが、あっち側の人間だった今、私たちに反旗を翻すチャンスはなくなった。

(我慢しよう……)

 不本意ながらそう気持ちを固めた時、隣で諒が動いた。
 まるで力が抜け切ったかのように、受身も取らないでそのまま顔面から机に突っ伏しそうになるから、思わず腕を伸ばして抱き止める。

「ちょっと諒?」

 まさか気を失うほど肝試しが恐かったんだろうか。
 一瞬そんな考えが頭に浮かんだが、私はすぐにそれを消し去った。
 抱き止めた諒の体は、驚くほどに熱かった。

「ちょっと諒! 熱があるんじゃないの!?」

 私の叫びにみんなはガタガタガタと椅子を鳴らして立ち上がったけれど、当の本人は身動き一つしなかった。
 腕の中でピクリとも動かない諒に、私はこっちまで血の気が引く思いだった。
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