もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ

文字の大きさ
上 下
48 / 77
5 知らない日常

しおりを挟む
 父はおそらく椿ちゃんと誠さんの息子だった。
 だとすれば私は、二人の孫娘に当たる。
 父があれほど『成宮』に過敏に反応していたことにも説明がつく。
 父は『青井』姓を名乗っているが、それは母と結婚する時改姓したのを、離婚後も使っているのだとは私も知っていた。

(きっと何かの理由で『成宮』を離れたんだ……)

 その理由が何なのかは、今は確かめることができない。
 椿ちゃんと誠さんが結婚しておらず、父という人間が存在しないからだ。

 私は『長倉和奏』で、長倉さんと母の娘だ。
 この髪振町には、縁もゆかりもない。
 それなのに、夏祭りで事故に遭い、突然連絡が来たので、母はあれほど驚いていたのだとようやく理解できた。

(そうか……そういうことか……)

 理解はできたが、しかし納得はいかない。
 なぜなら私だけは、椿ちゃんと誠さんが結婚し、父が存在する現実を知っているからだ。

(どちらが正しくて、どちらがまちがっているかなんて、私にはわからない……でも私は、やっぱりお父さんの娘で……椿ちゃんにも誠さんにも幸せになってほしい……!)

 縋るように掴もうとした胸もとには、父と一緒に作ったあの思い出のペンダントがなく、私は打ちひしがれる思いだったが、代わりにポケットに、小さな小箱の感触があった。

「あ……!」

 急いで出して眺めてみると、赤いリボンをかけられたその箱を、ハナちゃんもじっと見つめる。

「あら、お嬢さまの名前が書いてあるねえ……なんか弁護士先生の字に似ちょる気がするけど……」

 綺麗にリボンを掛けられたその箱に頭を下げて、私は丁寧にメッセージカードを抜き取り、リボンを解いた。
 真新しい白木の蓋を開けてみると、中には丸いブローチのようなものが入っている。
 細かな銀細工が縁を飾り、中央に焼きものが嵌めこまれているそれは、次第に涙で滲んで見えなくなっていった。

(よかった……お父さん……!)

 それは、父が私に『祖母の形見』だといって見せてくれた、あの帯留めだった。
 それが誠さんから椿ちゃんへのプレゼントとして存在しているということは、私の推測は当たっているということだ。
 そして、私がまた父をとり戻せる可能性が残っているということだ。

 私の祖父と祖母がいつ亡くなったのはわからないが、昔の人物である椿ちゃんと誠さんに、私が会うことができた理由ならば思い当たるものがある。

(椿ちゃんと初めて会った……あの場所だ!)

 もともと私は、髪振神社の上之社を目指して山を登り、足を滑らせてあの場所へ落ちたのだったが、行くことを決意した理由の一つに、ハナちゃんからある話を聞かせてもらったことがあった。

『今の展望台が整備されるよりずっと前に使われちょった、自然の見晴らし台やね……どこにあるのか誰も知らんけど、古い言い伝えがあって……夕暮れ時に、その『うてな』へ行ったら、『いろんなもの』が見れるんじゃそうだ……『いろんなところ』へ行けると言う人もおる』

(『うてな』か……)

 椿ちゃんや誠さんと会ったあの不思議な場所が、本当にその『うてな』なのかは不明だが、他に手がかりはない。
 窓の外で夕日が傾きかけているのを見て、行くのならば早いほうがいいだろうと、私はハナちゃんに向き直った。

「ハナちゃん……私、もう行くね」

 ハナちゃんは、私を不法侵入者扱いすることはもうなかったが、代わりにとても寂しそうに肩を落とした。

「そうかい。ひさしぶりに懐かしい話ができて嬉しかったけど、いつまでもひき止めるわけにはいかんもんねぇ」

 つぶらな瞳を何度もぱちぱちと瞬かせて、涙を必死にこらえているようだった。

「みーんなもう、いなくなってしまったけえ……」

 いつも小柄な姿が、より一層小さくなったように見え、私は胸が締めつけられる思いだった。

「あんた、またここへ来ることがあるかい? 家と小屋が壊れて崩れてしまわんように、私は時々修繕に来るけど……」

 小さな声で訊ねてきたハナちゃんを、私は夢中で抱きしめた。

「絶対に来る! ハナちゃんがもう嫌だって思うほど、顔をあわせることになる未来を約束するし、お父さんにも必ずまた会わせてあげる!」
「何を言っちょるのかちっともわからんねぇ……ほんとうにおかしな子じゃ……」

 ハナちゃんはしきりに首を傾げていたが、その表情は嬉しそうだった。
 約束を現実のものにするため、私はすぐに山の頂上へ向かうことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

処理中です...