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5 知らない日常
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「それで? なんであんたみたいな若いお嬢さんが、こんなところでそんな古い絵を抱きしめて、泣いちょるんよ?」
「それは……」
いくら引き剥がそうとしても自分から離れない私に音を上げて、ハナちゃんは部屋の隅に置かれた椅子に座るよう勧めてくれた。
向かいあってハナちゃんも座りながら、私に質問をする。
しかし私はそのどれにも、答えることができない。
「どっから来たの? 何をしに?」
「…………」
黙りこむばかりの私に呆れて、ハナちゃんは椅子の背もたれに背中を預けた。
「これじゃ日が暮れてしまうわ……」
二呼吸ぐらいおいてから、今度は私から問いかけることにする。
「あの……ここって誰も住んでいないんですか?」
ハナちゃんは気負うこともなく、素直に頷いてくれた。
「そうじゃよ。薪小屋じゃったのをある人が買い取って、仕事の合間に息抜きする場所に使っちょったけど、もう亡くなったけねぇ……」
「その人って?」
「町で一人きりの弁護士先生じゃった。趣味が多くて、よくここにこもっちょったけえ、昔の馴染みで私が少し手伝いをして……」
「昔馴染み?」
「『成宮』に所縁の人じゃったからね。私もこう見えて、昔は『成宮』で働いて……と言っても、今の若いもんには『成宮』なんてわからんか……」
少し寂しそうな横顔に、私は胸騒ぎを覚えた。
「『成宮』……どうかしたんですか?」
ハナちゃんは、懐かしいものを見るような目で、私の顔を見る。
「知っちょるんか? 私たちが若い頃には、この町で知らない者はいない名家だったけど……跡取りのお嬢さまが結婚しないままに若くて亡くなってしもうてねぇ……今はもう、のうなってしまったんよ」
「――――!」
私は動揺のあまり、椅子を倒してその場に立ち上がった。
おそらく顔色を失っているだろう私を、ハナちゃんは不思議そうに見る。
「どうしたの? あんたそういえば、どことなくお嬢さまに似ちょるねぇ……いや、どちらかといえば、弁護士先生か……ここだけの話、あの二人はお互いを好いちょってね。旦那さまの許しが出なくて、一緒になることはなかったけど……もし結婚しちょったら、『成宮』がなくなることもなかっただろうし、あんたみたいな娘さん……いや、年齢的には孫娘かねぇ……おったかもしれんのにね……」
ハナちゃんが悪気なく語る夢物語が、私の胸にズキズキと刺さる。
「ハナちゃん……」
嗚咽をこらえて呼びかけた私に、ハナちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「どうしてその呼び名を知っちょるの? 私は確かに昔、お嬢さまたちからそう呼ばれちょったんよ……初めに言い出したのは、弁護士先生じゃったかねぇ……そうそう、あの『燈籠祭り』の夜だ。『来れなくなった』ってお嬢さまからの言伝に来た私を、あの人が『百合ちゃん、百合ちゃん』て呼ぶから、『その名前は好きじゃない』って言って、じゃあ何て呼べばいいのかって話になって、『ただの花とかでいいです』って言い張ったら、『じゃあハナちゃんだ』って……」
まるでその時の情景が、今目の前でくり広げられているかのように、優しい声で微笑みながら語り続けるハナちゃんに、私は驚きの目を向けた。
「百合さん!?」
ハナちゃんは、きょとんと私の顔を見た。
「はい……百合です……」
その、深い皺が刻まれた顔に、椿ちゃんのお屋敷で働いていたあの『百合さん』の顔がぴたりと重なる。
(そうか……そうだったんだ……)
ハナちゃんの話で得た情報から導き出した答えを、私は一つずつ丁寧に頭の中で整理していった。
「それは……」
いくら引き剥がそうとしても自分から離れない私に音を上げて、ハナちゃんは部屋の隅に置かれた椅子に座るよう勧めてくれた。
向かいあってハナちゃんも座りながら、私に質問をする。
しかし私はそのどれにも、答えることができない。
「どっから来たの? 何をしに?」
「…………」
黙りこむばかりの私に呆れて、ハナちゃんは椅子の背もたれに背中を預けた。
「これじゃ日が暮れてしまうわ……」
二呼吸ぐらいおいてから、今度は私から問いかけることにする。
「あの……ここって誰も住んでいないんですか?」
ハナちゃんは気負うこともなく、素直に頷いてくれた。
「そうじゃよ。薪小屋じゃったのをある人が買い取って、仕事の合間に息抜きする場所に使っちょったけど、もう亡くなったけねぇ……」
「その人って?」
「町で一人きりの弁護士先生じゃった。趣味が多くて、よくここにこもっちょったけえ、昔の馴染みで私が少し手伝いをして……」
「昔馴染み?」
「『成宮』に所縁の人じゃったからね。私もこう見えて、昔は『成宮』で働いて……と言っても、今の若いもんには『成宮』なんてわからんか……」
少し寂しそうな横顔に、私は胸騒ぎを覚えた。
「『成宮』……どうかしたんですか?」
ハナちゃんは、懐かしいものを見るような目で、私の顔を見る。
「知っちょるんか? 私たちが若い頃には、この町で知らない者はいない名家だったけど……跡取りのお嬢さまが結婚しないままに若くて亡くなってしもうてねぇ……今はもう、のうなってしまったんよ」
「――――!」
私は動揺のあまり、椅子を倒してその場に立ち上がった。
おそらく顔色を失っているだろう私を、ハナちゃんは不思議そうに見る。
「どうしたの? あんたそういえば、どことなくお嬢さまに似ちょるねぇ……いや、どちらかといえば、弁護士先生か……ここだけの話、あの二人はお互いを好いちょってね。旦那さまの許しが出なくて、一緒になることはなかったけど……もし結婚しちょったら、『成宮』がなくなることもなかっただろうし、あんたみたいな娘さん……いや、年齢的には孫娘かねぇ……おったかもしれんのにね……」
ハナちゃんが悪気なく語る夢物語が、私の胸にズキズキと刺さる。
「ハナちゃん……」
嗚咽をこらえて呼びかけた私に、ハナちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「どうしてその呼び名を知っちょるの? 私は確かに昔、お嬢さまたちからそう呼ばれちょったんよ……初めに言い出したのは、弁護士先生じゃったかねぇ……そうそう、あの『燈籠祭り』の夜だ。『来れなくなった』ってお嬢さまからの言伝に来た私を、あの人が『百合ちゃん、百合ちゃん』て呼ぶから、『その名前は好きじゃない』って言って、じゃあ何て呼べばいいのかって話になって、『ただの花とかでいいです』って言い張ったら、『じゃあハナちゃんだ』って……」
まるでその時の情景が、今目の前でくり広げられているかのように、優しい声で微笑みながら語り続けるハナちゃんに、私は驚きの目を向けた。
「百合さん!?」
ハナちゃんは、きょとんと私の顔を見た。
「はい……百合です……」
その、深い皺が刻まれた顔に、椿ちゃんのお屋敷で働いていたあの『百合さん』の顔がぴたりと重なる。
(そうか……そうだったんだ……)
ハナちゃんの話で得た情報から導き出した答えを、私は一つずつ丁寧に頭の中で整理していった。
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