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4 燈籠祭りの夜
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私は、これまで経験したこともないほど大きな怒りが、お腹の底からふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
(どうして椿ちゃんは……どんなにがんばっても自分のやりたいことができないの?)
私にはやはりそれが、根底のところで許せない。
家の事情や椿ちゃんの置かれている立場など、本人や誠さんや百合さんから話してもらったり、自分の目で見たりもしたが、それで納得には至っていない。
(あんなに嬉しそうだったのに……あんなに楽しみにしてたのに……!)
唇を噛みしめていないと涙が浮かんできそうで、私はしばらく沈黙していた。
しかし決意して、それを、こぶしを握ることに変えた。
「誠さん……椿ちゃんが来れないなら、私たちが行きましょう」
「和奏ちゃん……?」
私の突然の提案に、誠さんはとまどったような声を上げる。
当然だ。
百合さんの話から察するに、今私たちが訪ねていって、椿ちゃんに会わせてもらえるとは思えない。
それでも何もしないままに、引き下がるのは嫌だった。
椿ちゃんは今夜ここへ来るために、出来るだけの努力をした。
それに見合うだけの努力を、私も彼女のためにしたいと心から思った。
「椿ちゃんに、燈籠祭りの様子、話してあげましょうよ。そして椿ちゃんの部屋から、一緒に花火を見ましょう」
「でも、それは……」
言い淀む誠さんに代わり、百合さんが私との間に割って入る。
「お気持ちはとても嬉しいです、和奏お嬢さん。でも今夜お嬢さんに会うことはもう無理かと……」
ひき止めようと百合さんが私に伸ばした手を、私は体を捻ってするりとかわした。
まだ考えこんでいるふうの誠さんに、手をさし出す。
「誠さんが無理なようなら、私一人でも行きます。だからあの小箱を私に託してください」
「これを……?」
懐から赤いリボンのかかった小箱を出した誠さんの手から、私はひったくるようにそれを奪った。
「和奏ちゃん!」
声を荒げた誠さんに背を向け、私はさっき百合さんが走って来た参道を、逆向きに走り出す。
「誠さんの立場も、百合さんの立場もわかります! 無茶なことをしたら、ますます椿ちゃんを困った状況に追いこむことも……でも私なら! 余所者の私なら! もともとこの町の人間じゃない者が勝手にやったことだと、切り捨ててもらえると思います! だから諦めたくありません!」
夢中で叫んだとおりに、心から思っていたのだ。
それがこの時私が取れる、最善の策だと――。
しかし実際には、まったくそうではなく。
私はこの時、とり返しのつかない過ちを犯していた。
それに気がつくのは、神社の敷地を抜けたところで、道脇の石灯篭の陰にちょうど入った私に気がつかず、猛スピードで横断歩道を走り抜けようとした車が私を撥ね、運びこまれた救急病院で、私がようやく二日後に目を覚ました時だった。
(どうして椿ちゃんは……どんなにがんばっても自分のやりたいことができないの?)
私にはやはりそれが、根底のところで許せない。
家の事情や椿ちゃんの置かれている立場など、本人や誠さんや百合さんから話してもらったり、自分の目で見たりもしたが、それで納得には至っていない。
(あんなに嬉しそうだったのに……あんなに楽しみにしてたのに……!)
唇を噛みしめていないと涙が浮かんできそうで、私はしばらく沈黙していた。
しかし決意して、それを、こぶしを握ることに変えた。
「誠さん……椿ちゃんが来れないなら、私たちが行きましょう」
「和奏ちゃん……?」
私の突然の提案に、誠さんはとまどったような声を上げる。
当然だ。
百合さんの話から察するに、今私たちが訪ねていって、椿ちゃんに会わせてもらえるとは思えない。
それでも何もしないままに、引き下がるのは嫌だった。
椿ちゃんは今夜ここへ来るために、出来るだけの努力をした。
それに見合うだけの努力を、私も彼女のためにしたいと心から思った。
「椿ちゃんに、燈籠祭りの様子、話してあげましょうよ。そして椿ちゃんの部屋から、一緒に花火を見ましょう」
「でも、それは……」
言い淀む誠さんに代わり、百合さんが私との間に割って入る。
「お気持ちはとても嬉しいです、和奏お嬢さん。でも今夜お嬢さんに会うことはもう無理かと……」
ひき止めようと百合さんが私に伸ばした手を、私は体を捻ってするりとかわした。
まだ考えこんでいるふうの誠さんに、手をさし出す。
「誠さんが無理なようなら、私一人でも行きます。だからあの小箱を私に託してください」
「これを……?」
懐から赤いリボンのかかった小箱を出した誠さんの手から、私はひったくるようにそれを奪った。
「和奏ちゃん!」
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「誠さんの立場も、百合さんの立場もわかります! 無茶なことをしたら、ますます椿ちゃんを困った状況に追いこむことも……でも私なら! 余所者の私なら! もともとこの町の人間じゃない者が勝手にやったことだと、切り捨ててもらえると思います! だから諦めたくありません!」
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