もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ

文字の大きさ
上 下
13 / 77
2 彼女の事情

しおりを挟む
 町中ではなく山の中の駅なので、人通りもなく、建物もない。
 緩い勾配になっているその道を、登ろうか下ろうか迷った末、下ることにする。

(人が住んでるところへ出たら、コンビニ……とは言わないけど、さすがに商店ぐらいはあるんじゃないかな……)

 かすかな希望を抱いて下り始めたのだったが、少し行ったところで、畑の中で作業をしている人影が見えた。

「こんにちは」

 都会に住んでいる時は、ご近所の人にぐらいしか挨拶の声をかけることはしなかったが、ここでは誰にでも自分から積極的にしたほうがいいと、ハナちゃんが教えてくれた。

『悪い人なんぞおらんから、誰とでも顔見知りになっとったほうがええ。困った時、きっと助けてくれるから』

 ハナちゃんと同じくらいの年齢のお婆さんは、私の声にふり返り、ぺこりと頭を下げてくれた。

「はい、こんにちは」

 私はほっとして、畑に歩み寄る。

「近くに自動販売機はありませんか? 列車に乗ってたんだけど、友だちが、頭が痛くなっちゃって……」
「自動販売機……?」

 ゆっくりと首を傾げるお婆さんの仕草から、どうやらないようだと私は判断した。

「何か冷たい飲みものが売ってそうなお店でも……」

 その問いかけにはすぐに、首を横に振る仕草で答えられる。

「近くにはないねえ」
「そうですか……」

 ならばやはり、坂の下にあると思われる集落までこの道を下るしかないかと、坂道を見下ろす私を、お婆さんが手招きする。

「サイダーでよけりゃ持ってきちょるけえ、こっちおいで」
「え……いいんですか?」

 農作業の途中の休憩で飲もうと持参したのだろうに、申し訳ないという思いが一瞬頭を過ぎったが、椿ちゃんの辛そうな様子を思い出し、私はお婆さんの好意に甘えることにした。

「すみません……ありがとうございます」
「いいよ、いいよ」

 畑の奥のほうは山の岩肌に面しており、小さな川が流れていた。
 そこに浸けて冷やしてあるらしい網の中から、お婆さんは瓶を取り出す。

(わあっ……)

 缶ではなく瓶入りのジュースに、私は少し感動を覚えた。
 お婆さんは腰から下げていた金具で、器用に瓶の蓋を開けると、私に手渡してくれる。

「早く持っていっちゃれ」
「ありがとうございます!」

 私はジュース分のお金を払おうとしたが、いらないと何度も断られるので、代わりに丁寧に頭を下げて帰ることにした。

「本当にありがとうございます! 助かります!」

『年寄りは、若い人に喜んでもらえたら、それだけで嬉しいけえ』
というのも、ハナちゃんの言葉だ。

『助けてもらって嬉しかったら、自分も誰かが困っている時に助ける。相手は他の誰かでいい。そうして助け合いになる』

 都会では縁を持つことのなかった『恩返し』の輪の中に、自分も組みこまれたことを実感して、使命感のようなものと同時に、照れくさい嬉しさがこみ上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

処理中です...