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第七章
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「彼と一緒に行くことをきみが選んだら、それはそれで仕方ないと思ってたんだが……」
ルカの出て行った窓から外を見つめ、フィオレンツィオが独り言ともつかない言葉を呟く。
「え……?」
リリーアは驚いて聞き返したが、フィオレンツィオはふり返らなかった。
背中を向けたまま、話を続ける。
「俺の知っているコンスタンツェ様は、やっぱりきみだったんだな……」
「あ……」
その言葉にはさすがに気が咎めて、リリーアはフィオレンツィオに近づき、そっと隣に並んだ。
「すみません……」
「謝ることじゃないよ」
そこで初めてリリーアに視線を向けてくれたフィオレンツィオは、少し悔しそうに笑っている。
「きみが本物の姫君なんじゃないかって、何度も思った自分の勘はまちがってなかった……それは、嬉しくさえある……本物の姫君を探す必要も、もうないわけだし……」
「そうか……そうですね」
「きみがコンスタンツェ姫として、アルとの婚約を成立させてデモネイラへ無事帰れば、全ては万事解決だ」
「はい」
「だから……まだここに残ってくれて、こちらとしては有難いばかりなんだが……」
そこでいったん言葉を切ったフィオンレンツィオは、少し首を傾げて、リリーアの顔をのぞきこんだ。
「それでいいのか? それがきみの本来の目的だったんだろうか?」
「それは……」
ルカは何度も『任務』という言葉を口にしていたが、リリーアはその内容を覚えていない。
コンスタンツェ姫に成り代わること自体が、その『任務』だったとしたら、このまま姫として為すべきことを為すだけだが、それ以外に何かあったのだとしたら、それをやり遂げられるのかはわからない。
「わからないです……」
「そうだな」
ありのままを口にするしかないリリーアへ、向けられるフィオレンツィオの眼差しが優しくなった。
「約束は始めと変わらない……全てが終わって、きみに帰るところがあるのなら、そこへ帰してあげられるように計らうし、ないのなら、俺が静かに暮らせる場所を用意する……」
「……はい」
リリーアが、どうやらコンスタンツェ姫の身代わりとしてこの城へ来ていたらしいことがわかっても、態度を変えないフィオレンツィオのことを、リリーアは眩しく見つめる。
「出来るなら……」
何かを言いかけて、じっとリリーアを見るフィオレンツィオの瞳が、ふいに甘く輝いた。
(出来るなら……? 何?)
いったい何を言い出されるのだろうかと、息を呑み、俄かに胸の鼓動が速くなったリリーアは、表情もよほどうろたえたものになっていたのだろう。
フィオレンツィオが笑みを深くした。
「いや、なんでもない……今宵はいろんなことがあって疲れただろう。ゆっくり眠るといい……おやすみ」
笑いながら、慰労するようにリリーアの肩を叩き、部屋から出ていく。
「…………」
その背中を見送りながら、リリーアは少し寂しさを覚えていた。
(もう少し一緒にいて、話をしていたかった……なんて、ダメよね……)
リリーアは今、アルノルト王子と婚約する予定のコンスタンツェ姫だ。
それなのに別の男性と、深夜に二人きりというのは、いかに相手が護衛の騎士であっても普通ではない。
(いけない、いけない……)
頭をふるふると左右に振りながら、おかしな考えを頭から払い落とそうとしていると、以前にもこういうことがあったような気がした。
(あれ……?)
しかし、思い出そうとしてもはっきりしない。
ただ、記憶を失う前にも、ひょっとすると自分は、フィオレンツィオにこういう思いを抱いていたのかもしれないということは、心の片隅に留めておいた。
ルカの出て行った窓から外を見つめ、フィオレンツィオが独り言ともつかない言葉を呟く。
「え……?」
リリーアは驚いて聞き返したが、フィオレンツィオはふり返らなかった。
背中を向けたまま、話を続ける。
「俺の知っているコンスタンツェ様は、やっぱりきみだったんだな……」
「あ……」
その言葉にはさすがに気が咎めて、リリーアはフィオレンツィオに近づき、そっと隣に並んだ。
「すみません……」
「謝ることじゃないよ」
そこで初めてリリーアに視線を向けてくれたフィオレンツィオは、少し悔しそうに笑っている。
「きみが本物の姫君なんじゃないかって、何度も思った自分の勘はまちがってなかった……それは、嬉しくさえある……本物の姫君を探す必要も、もうないわけだし……」
「そうか……そうですね」
「きみがコンスタンツェ姫として、アルとの婚約を成立させてデモネイラへ無事帰れば、全ては万事解決だ」
「はい」
「だから……まだここに残ってくれて、こちらとしては有難いばかりなんだが……」
そこでいったん言葉を切ったフィオンレンツィオは、少し首を傾げて、リリーアの顔をのぞきこんだ。
「それでいいのか? それがきみの本来の目的だったんだろうか?」
「それは……」
ルカは何度も『任務』という言葉を口にしていたが、リリーアはその内容を覚えていない。
コンスタンツェ姫に成り代わること自体が、その『任務』だったとしたら、このまま姫として為すべきことを為すだけだが、それ以外に何かあったのだとしたら、それをやり遂げられるのかはわからない。
「わからないです……」
「そうだな」
ありのままを口にするしかないリリーアへ、向けられるフィオレンツィオの眼差しが優しくなった。
「約束は始めと変わらない……全てが終わって、きみに帰るところがあるのなら、そこへ帰してあげられるように計らうし、ないのなら、俺が静かに暮らせる場所を用意する……」
「……はい」
リリーアが、どうやらコンスタンツェ姫の身代わりとしてこの城へ来ていたらしいことがわかっても、態度を変えないフィオレンツィオのことを、リリーアは眩しく見つめる。
「出来るなら……」
何かを言いかけて、じっとリリーアを見るフィオレンツィオの瞳が、ふいに甘く輝いた。
(出来るなら……? 何?)
いったい何を言い出されるのだろうかと、息を呑み、俄かに胸の鼓動が速くなったリリーアは、表情もよほどうろたえたものになっていたのだろう。
フィオレンツィオが笑みを深くした。
「いや、なんでもない……今宵はいろんなことがあって疲れただろう。ゆっくり眠るといい……おやすみ」
笑いながら、慰労するようにリリーアの肩を叩き、部屋から出ていく。
「…………」
その背中を見送りながら、リリーアは少し寂しさを覚えていた。
(もう少し一緒にいて、話をしていたかった……なんて、ダメよね……)
リリーアは今、アルノルト王子と婚約する予定のコンスタンツェ姫だ。
それなのに別の男性と、深夜に二人きりというのは、いかに相手が護衛の騎士であっても普通ではない。
(いけない、いけない……)
頭をふるふると左右に振りながら、おかしな考えを頭から払い落とそうとしていると、以前にもこういうことがあったような気がした。
(あれ……?)
しかし、思い出そうとしてもはっきりしない。
ただ、記憶を失う前にも、ひょっとすると自分は、フィオレンツィオにこういう思いを抱いていたのかもしれないということは、心の片隅に留めておいた。
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