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第十章 星空の下の真実

2.告白

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 家に帰って準備をしてくるという真実さんを見送ったあとも、俺は一人、その砂浜に残り続けた。
 
 知らない町で他に行く当てもなかったというのが、理由の一つ。
 あと一つは俺がこの場所にたどり着く前に真実さんがそうしていたように、じっくりと自分自身の心と向きあってみたかったからだった。
 砂浜に吸いこまれていく波の欠片を見つめながら、静かに自問自答する。
 
(たとえばもし今日この場所で、真実さんに本当のことを打ち明けたなら……そのあと彼女と離れることが、俺に本当にできるだろうか……?)

 いくら考えてみても、とても前向きな答えが出てきそうにはなかった。
 
(無理だよ……無理だろ?)
 
 しばらくの間会えなかっただけで、自分がいつもどうやって眠りについていたのかさえ思いだせず、真夜中に会いに行ったことを思い出す。
 
(だってもし本当に離れてしまったら……もう小さな約束を交わすことさえできなくなるんだぞ……?)
 
 もしそうなったら、明日から俺は何を支えに生きていくんだろう。
 想像することさえできない。
 見当もつかない。
 
 でも、このままでいいわけがないと――その思いがやっぱり、俺の中では一番大きかった。
 
(苦しそうな真実さんを……辛そうな真実さんを……早く俺から開放してあげたい。それは他の誰でもない、俺にしかできないことなのに……どうして迷う必要がある?)
 
 真実さんを守りたいというのが、いつだって俺の一番の願いだったはずだ。
 その思いに従って行動するならば、答えはサヨナラ以外には何もない。
 それなのに――。
 
(なんてわがままで、自分勝手なんだ……本当に嫌気がさす!)

 自分自身に絶望しながら、真実さんがそうしていたように、俺は砂浜に仰向けに寝転がった。
 
 空は青かった。
 つい今朝方まで病室の窓からぼんやりと眺めていた空より、ずっとずっと青かった。
 
(これを再現したいって思ったら、いったい何色と何色を混ぜたらいいんだ……?)

 目の前に画布があるかのように、俺は右手を空に伸ばす。
 浮かぶ雲や飛ぶ鳥をどこに配置するのかなんて、考えなくてもいいようなことを考えようとした瞬間、目の前に見える景色の何もかもが霞むような勢いで、空の青の中に、真実さんの笑顔が浮かんだ。
 
(…………!)
 
 思い浮かべようなんて思ってもいなかったのに、唐突に思い出してしまったから、なおさら現実的に、自分がどれだけその笑顔を大切に想っているのかを思い知らされた。
 
(くそっ!)
 
 忘れようったって、きっと忘れることなんてできやしない。
 確かに俺に向けられていたこの笑顔を、なかったことになんてできるはずがない。
 
(やっぱり無理だよ……!)

 涙で滲む視界の中で空も海も見えなくなっても、真実さんの笑顔だけはいつまでも、俺の頭から消えはしなかった。



 
 遠くの水平線が夕陽に赤く染まり、やがては闇にのまれ、どこまでが海でどこまでが空かわからなくなっても、俺はずっと同じ方向を向いていた。
 
 視覚をほとんど奪われてしまったからだろうか。
 波の音が昼間よりもやけに大きく感じる。
 
 それが果たして波の音なのか。
 それとも自分の体内を流れる血液の音なのか。
 それすらわからないほどに、いつの間にかその場所と一体となっている自分を感じた。
 
(いっそのこと本当に……この海になってしまえたらいいのに……)
 
 真実さんが愛して、俺にその名をわけてくれた海。
 ――この場所になれるのならば、これからもずっと、彼女と共にあり続けることができる。
 
 そう遠くない未来、俺が呆気なく死んでしまったあとも、この海はきっと真実さんを見守り続けるんだから――。
 
(いいな……)

 そんなことをさえ、うらやましく思わずにいられない俺は、きっともう当の昔に自分の限界を超えているんだろう。
 
 暗くなり始めた空に、次々と星明かりが灯り始める。
 一つ二つと数えることさえ断念させるほどの圧倒的な星空に、ただただ息をのんで俺は夜空を見上げた。
 
(凄い!)
 
 海は無理でも、この満天の星の中のどれか一つになら、きっともうすぐなれるはず――そんなことを考えて笑えるほどには、俺の決意は少しずつ固まりつつあった。
 
 気がつけばもうすっかり夜も更けていた。
 
 砂を踏んで誰かが近づいてくる気配を感じるから、俺は砂浜に寝転んだまま、わざと目も開けない。
 俺の隣に腰を下ろし、そっと俺の体に自分の上着を掛けてくれる人は――きっとまちがいなく真実さんだから。
 
 鼻をくすぐるような、あの甘いシャンプーの香りがしたから、俺は頬に触れてきた手を、持ち上げた自分の手ですぐに掴んだ。
 
「やっぱり起きてたの……?」
 
 やっぱりってことは、俺が寝たフリしてたってことを――なんだ――真実さんだってすっかりお見とおしだったわけだ。
 
 少し悔しかったから、掴んだ真実さんの手を自分のほうに引き寄せる。
 華奢なのに柔らかな体が、覆い被さるように俺の上に倒れこんでくる。
 
 ドキリと跳ねた心臓をごまかすように、俺は、
「すっごい星空なんだね……」
 と彼女に問いかけた。
 
 真実さんは俺の上から体を起こすと、すぐに隣にゴロンと寝転んだ。

「うん」
「俺……本当にこんな星空……今まで見たことなかったよ」
 
 この感動をどう伝えたらいいのだろう。
 生まれて初めて見るもの。
 それはそれだけでもじゅうぶん過ぎるほどの価値があるのに、真実さんが隣にいてくれることで、俺にとって更に何倍もの意味を持つ。
 
 そんな特別な気持ち。
 どう言って伝えたらいいのか、思うように言葉が出てこない。
 
 口で伝えることを断念して、俺は砂浜の上、手探りで真実さんの手を探した。
 いつだって繋いでいたその手を、様々な想いをこめて握りしめる。
 
「私も……すごくひさしぶりに見たよ……」

 優しい真実さんの声は、いつもよりずっとずっと近くで聞こえる。
 そのことが、全身が痺れるほどに嬉しかった。
 
「この星空も、ぜひ海君に見せたかったんだ……だから一緒に見れて良かった……」
「うん」

 ため息を吐く真実さんの頭に、俺はそっと自分の頭を寄せた。
 
 静かだった。
 ただ波の音だけが聞こえる中、この時間が永遠ならいいのにと、叶うことのない願いだけが頭を過ぎる。
 
 でも永遠なんてない。
 今この時だって、俺に残された僅かな時間は刻々と過ぎ去っていく。
 だから――。
 
 身じろぎしてゆっくりと体を起こす真実さんの邪魔にならないように、俺自身も砂浜に座り直した。
 その間も一瞬足りとも、繋いだ手を放そうとはしなかった自分たちが妙におかしかった。
 
(それが別れの合図だって、お互い確認しあったわけでもないのにね……)
 
 けれど真実さんも俺と同じように、きっとそう感じているのだろう。
 だからこそ放せない。
 今はまだ意地でもこの手は放せない。
 
「海君……」

 ふいに呼びかけられるから、口は開かずに、「何?」と視線だけで返事する。
 
 何かの決意を秘めたように真剣な真実さんの目が、本当は恐くてたまらないから、俺はいっそうなんでもないような顔をする。
 
 何度も口を開きかけ、やっぱり閉じてをくり返した真実さんが、とうとうその言葉を口にした。
 
「海君……ひょっとして、どこか体の調子が悪いの?」
 
 とっさにポーカーフェイスを気取ろうかとも思ったが、やっぱりそれは無理だった。
 もうそんなことに意味はないと、俺にだってわかっている。
 
「お願い。教えて……」
 
 静かに首を横に振りながら真実さんがそう言った瞬間、全てが終わったことを、ズキズキと痛み始めた胸で理解した。
 
「真実さん……」
 
 声がかすれる。
 意を決して彼女の名前を呼んでみたのに、それが自分自身の声だとは、到底信じられない。
 
「本当のことを話したら、今までと同じではいられないって、俺は最初から決めている。それでも……? それでも聞きたい……?」
 
 未練がましく彼女に確かめているのは確かに俺自身だ。
 けれどそんな状況ですら、「嘘だ! 嘘だ!」と否定しながら、どこか遠いところから他人事のように傍観している俺がいる。
 
 今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる真実さんは、これ以上ないほど悲痛な表情をしていた。
 
(ああ……どうして真実さんにこんな顔をさせなくちゃいけなかったんだろう……どうしてもっと早くに、俺のほうから話してあげなかったんだろう……!)
 
 今頃後悔したって、もう間にあわないのに。
 辛い役目を彼女に押しつけてしまったのは、他の誰でもないこの俺なのに。
 ――このままこの場所に倒れ伏してしまいそうに胸が痛む。
 
(ゴメン真実さん……!)

 心の声と重なるようにして、
「海君……いつも無理してたんだよね? 本当はいつだって、無理して私に会いに来てくれてたんだよね……?」
 真実さんが問いかけて来たから、俺は彼女の体をしっかりと抱きしめて、やっと頷くことができた。
 
「うん。そうだよ」

 絞り出すような声で、ようやく本当のことを告げることができた。
 
「俺は生まれつき心臓が悪いんだ……だからずっと入退院をくり返してる。学校にもほとんど行ってない……」
 
 降るような星空の下。
 一旦こぼれ出した言葉は、もう止まらない。
 ずっと言いたくて言えなかった言葉が、俺の中から次から次へと溢れ出てくる。
 
「どれぐらい悪いかと言えば……今こうして生きているのが不思議なくらい……正直、いつ死んでもおかしくないって、医者に言われてるくらい……」
 
 繋いだままの真実さんの手が、ひどく緊張していることがわかるのに、
「もうやめろ!」
 と頭のどこかで自分自身もストップをかけているのに、どうしても止まらない。
 
「海君。ゴメン……もういいよ。もういい……」

 嗚咽まじりの真実さんの声が、あまりにも胸に痛くて、俺は無我夢中で彼女を引き寄せた。
 
「ダメだってわかってるのに、真実さんに声をかけちゃったんだよな……結局こんなふうに泣かすことになるって、最初からわかってたのに……」

 小さな頭を右手で支えて、半ば強引にキスする。
 ギュッと目を閉じた真実さんは俺の頬に自分の頬を寄せて、何度も何度も謝った。

「ごめんなさい。ゴメンね、海君……」

 俺の頬を濡らす彼女の涙が愛しかった。
 
「俺の抱えてるものは重過ぎる……それは自分でもよくわかってる。だから、誰とも深く関わりわわないようにして生きてきた。いつ俺が死んでしまっても、誰の心も必用以上には痛まないように、生きてきたつもりなんだ……」
 
 砂浜にもう一度座り直して、真っ暗な海を見つめながら、砂を右手ですくっては、風に流し、またすくい、流し、そんな行動をくり返しながら、俺はまるで他人事のように自分のことを話す。
 
「なのに、真実さんに声をかけちゃったんだよな……俺じゃどうしようもないってわかってたのに、声をかけずにいられなかった。そんな想いって本当にあるんだね……」
 
 いつの間にか自分のことを、笑って話せるようになっていることに気がつく。
 ――諦めにも似た感情で。
 
「俺のことは何も知らせずに、真実さんを守りたかった。ただ傍にいたかった。ゴメン。俺の身勝手に巻きこんで、結局傷つけることになってゴメン……」

 頭を下げると、真実さんが慌てて首を振った。
 
「違う! 傍にいて欲しかったのは私だよ。海君が体調が良くないってなんとなくわかっていても……それでも無理をさせてたのは私のほうだよ……!」
 
(こんなに辛い目にあったって、やっぱり真実さんは俺を許してしまう……卑怯な俺を丸ごと許してしまうんだ……)
 
 優しさが嬉しかった。
 胸はどうしようもなく痛んでるのに、嬉しくてたまらなくて、笑わずにいられない。
 
 感謝の気持ちをこめて、俺は真実さんに笑いかけた。
 ――告げる言葉の真剣さとは裏腹に。
 
「でも不安だったよね……? 本当はいろんなこと、ずっと聞きたくてたまらなかったよね……?」

 そっと彼女を抱き寄せて、胸の中に抱きしめる。
 
「俺も不安だったよ……俺には自分がいつ死んでしまうかの予想もできないから、ひょっとしたら真実さんをもっと傷つけるようなことになるかもって……本当はずっと不安だった……その前に、いなくなったほうがいいのに……早くこの手を放さなきゃって、ずっと焦ってた……なかなか踏んぎりがつかなくて、結局真実さんに辛い役目を任せちゃって……ゴメン」
 
 もう心は決まってた。
 真実さんを俺から解放してあげたい――。
 全ての想いをさらけ出してしまった今、俺の心に残っているのはもう、その想いしかない。
 だから――。
 
「俺に未来はないよ……真実さんに約束できるような未来は持ってないんだ……だから、さよなら……今まで俺のわがままにつきあわせて……ゴメン」
 
 到底言えるはずないといつもいつも思っていた言葉を、思いのほか簡単に告げることができた。
 
 そして、早くそうしてあげなければと思っていたままに、ずっとずっと繋いでいた真実さんの手を、俺は自分の意志で放した。
 
 出会ったあの夜のように、世界から自分と真実さん以外の全てのものが消え去ったかのようだった。
 他には何の気配さえも感じない。
 
 抱きしめていた腕を解いたあとも、俺の目の前に座ったまま、真実さんは微動だにしない。
 大きな黒目がちの瞳をいっぱいに見開いて、ただ真っ直ぐに俺の顔を見つめる。
 
「それは……私とはもう一緒にいれないってこと……?」

 声が震えていることがわかる。
 
「……もう私に会いに来ないの?」

 一つ一つ念入りに確認していく真実さんの消え入りそうな声に、胸はどうしようもなく痛んでいるのに、俺は無情にも無言のまま頷く。
 
「俺と会えないと真実さんが寂しがるからって……もう言ってくれないの?」

 涙混じりの問いかけに、たまらなく胸を灼かれる。
 でも一瞬伸ばしかけた手を、俺は意志の力で止めた。
 
『さよなら』を言った瞬間、俺はもう二度と真実さんに触れないと決めた。
 だからどんなにそうしたくても、もう彼女を抱きしめることはしない。
 
「……ゴメン」

 言葉で謝ることしかできないのが辛くて、俺は俯く。
 
「傍にいても、私には何もできない……? 海君の力にはなれない……?」
 
 真実さんの優しさも気遣いも、こんなに嬉しいのに、もう全部踏みにじることしかできない自分が悔しくて、唇を噛みしめる。
 
「それは…… !でもゴメン……俺は真美さんにだけは、最悪の場合を見せたくないんだ……」
 
 俺の死を必要以上に悲しんで、真実さん自身の人生をだいなしになんかしてほしくない。
 ――それがやっぱり、俺の一番の望みだから。
 
 だから否定の言葉しか彼女に返すことができない。
 それがどうしようもなく苦しかった。
 
 必死に我慢していたであろう涙が一筋、真実さんの頬を伝って落ちる。
 もうそれをすくい取ってやることのできない俺の目の前で、あとからあとから大粒の涙が零れ出す。
 
「泣かないで真実さん……」

 思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
 
(でももうそれはできないから……俺はそう決めたから……! どうか、泣かないで……誰か彼女の涙を止めてくれ……!)
 
「ゴメン……真美さんゴメン……」

 謝ることしかできない俺にゆるく首を振って、真実さんがそっくり同じセリフを返した。
 
「ごめんなさい、海君……」

 そして求めるかのように――俺に腕をさし伸べた。
 
 自分に向かってさし出された細い腕を、呆然とした思いで見つめる。
 
(『誰か』って……本当に他の誰かに、この手を委ねてもかまわないのか……? 俺は本当にそれでいいのか……? こんなにボロボロになっても、真実さんが求めてくれているのは俺だ……他の誰でもない俺なんだ! だったらどうして背を向けなければならない? いったい何のために? 誰のために? ……俺はこれ以上この人を傷つけないといけないんだ? ……真実さんの気持ち以上に大切なものなんて……俺が守るべきものなんて……ありはしないのに!)
 
「謝るのは俺のほうだ……!」

 全ての思いを振り払うかのように頭を振って、俺はもう一度左手で、彼女の右手を掴んだ。
 いつも繋いでいたその手と指を絡めた瞬間、真実さんの体中から力が抜けたことがよくわかった。
 俺を取り戻すために、どれだけ懸命にがんばってくれたのかが、よくわかった。
 
(ありがとう真実さん……! 変に意地ばっかり張ってる俺のために……こんなに傷ついても……それでも……また手をさし伸べてくれて……本当にありがとう……!)
 
 言葉にできない想いを行動で示すかのように、俺は彼女の涙を次々とすくい取っていく。
 濡れた頬に、柔らかい唇に触れるたび、愛しさがこみ上げて止まらない。
 
(ダメだ……他の奴になんて渡せない! やっぱり誰にも触れさせたくなんかない!)

 熱に浮かされたように、何度も何度も真実さんにくちづけてから、俺は頭を振った。
 
「ゴメン真美さん……本音を告げずにかっこよくいなくなるなんて……やっぱり俺にはできそうにない……!」

 言葉と同時に、真実さんの体を自分の胸の中に抱きこむ。
 
「一度だけ! 一度だけでいいから本当のことを言わせて……! 忘れてしまってかまわない。聞かなかったことにして、すぐに違う誰かを好きになってもいいから……!」

 もうどうしようもない心からの叫びに、真実さんは俺の腕の中で必死に首を振った。
 
「誰かを好きになんてならない! 私が好きなのは海君だもの! ずっとずっと、海君だけだもの……!」
 
 息が止まりそうになる。
 俺に向けられる真実さんの強い愛情に、確かな想いに、目が眩む。
 
 激情のままに、俺は彼女を抱きすくめた。
 すぐ近くから彼女の目を、真っ直ぐにしっかりと見つめる。
 
「放したくない。俺だって他の誰にも渡したくなんかない……! ずっと隣にいて、俺が真実さんを守りたい! こんなふうに泣かせるんじゃなくって……本当はずっと……ずっと俺が……!」
 
 真実さんの耳元で囁く、今まで誰にも吐露したことはない俺の本心。
 
 もっと生きたい!
 ――なんて、当たり前すぎて誰もが改めて望みもしない願い。
 でも俺にとっては大切な願い。
 
 また真実さんの黒目がちの大きな目から、涙が溢れ出す。

「好きだよ海君……大好きだよ……!」
 
 言葉と同時に、俺の首に腕を伸ばした真実さんが、きっと許してくれたとおり、俺は何度も何度も狂おしいくらいに彼女にキスした。
 
「今までありがとう」

 そう言って俺を見上げた彼女の顔は、涙で濡れてはいたが笑顔だった。
 
「さよなら海君……」

 笑顔でそう告げられたから、この時真実さんも俺と離れる覚悟を決めたことを、俺は悟った。
 
 返事をする代わりに、もう一度真実さんを強く強く抱きしめる。
 想いの強さをこの腕で示すように。
 もう二度と口にしない本当の気持ちを、彼女の心に刻みこむように。
 ――ただ抱きしめた。
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