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18 月が照らす道

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「瑞穂、お前その抜け道を見つける前に何かしなかったか? 例えば綺麗な小石を拾ったとか、不思議な絵の描かれた木の札を見つけたとか……」

 いったいそれが、抜け道がもうなくなっていることと、どう関係があるのかと思いながら、私は首を傾げる。

「ううん、特にないけど……」

「今まで見たことのないような木の実を食べたとか、何か動物を助けたとか……」

 食い下がるクロの言葉を、頭の中は疑問符だらけで聞いていたが、最後の質問でぴんと来たことがあった。

「あ! 動物なら助けた!」

 クロと頷きあったシロが、私に笑顔で質問する。

「それってどんな動物?」

 私は意気揚々と、あの時のことを二人に語って聞かせる。

「白い蛇だよ。壊れた橋に引っかかって動けなくなってたんで、棒で助けてあげたの……そういえばそのあと、あの抜け道を見つけたんだった……それがどうかしたの?」

 これはなかなかできない体験ではないだろうかと、私は多少自慢げに話したのに、二人の反応はあまり大きくない。

「白蛇……」

 クロは唸るように呟いたきり黙りこんでしまうし、シロはひゅーっと口笛を吹いただけで、何も言わない。

「え……何かまずかった?」

 恐る恐る訊ねてみると、先にクロから返答があった。

「いや、何もまずくない」
「そうそう、さすが! って驚いただけだよ」

 シロもそう付け足すと、車のダッシュボードを指でとんとんと叩いた。

「ここに貼ってあるお札、瑞穂ちゃん、みや様から直接いただいたらしいけど、そもそもみや様本人が、瑞穂ちゃんを狭間の空間に招いたんだって、びっくりしただけ」
「みや様? ……どういうこと?」

 みんながみやちゃんのことをそう呼ぶとは私も知っているが、今の話とみやちゃんがどう繋がるのだろう。

(そういえば前に千代さんもそんなことを言っていたような……)

 首を傾げた私に、シロが笑いながら語る。

「普通の人間では見つけられないものをわざと置いておいて、俺たちの世界に対応できそうな人間を探すのは、あやかしもよくやる手だけど……壊れてもいない道を壊れていると見せかけて、通りかかった人間が困っている動物を助けるかどうかを測るなんて仕掛けなら、みや様の悪戯で確定。しかも白蛇なら、それは本人だ」

 ぱちりと片目を瞑ってみせられるけれど、私はひっかかるものがある。
 今のシロの話だと、まるであの白蛇がみやちゃんだと言われているかのようだ。
 シロにそう確かめてみると、あっさりと頷かれた。

「うん、だからそうだよ」
「ええええっ?」

 驚きの声を上げる私に、クロが後部座席にゆったりと座り直しながら尋ねる。

「そもそも瑞穂……お前、みや様がどなたなのかわかってるのか?」
「え? 神社の子じゃないの?」
「神社の子……」

 絶句してしまったクロに代わり、シロが慌てて正しい答えを教えてくれる。

「みや様は、御橋神社に祀られている神様だよ……御橋神社は古い歴史があって、神宮と呼ばれていた時代もある……だから『宮様』……本当に知らなかったの?」
「知らなかった……」

 呆然と呟くと、クロが後部座席で大きな声で笑い始めた。
「はははははっ」

 普段とはまるで別人のような声で高らかに笑うので、思わずふり返ってしまったが、シロも同じようにふり返ったということは、どうやら彼にとっても珍しい現象だったらしい。

「……クロ?」

 呼びかけるシロに、待ってくれとばかりに大きな手を広げてみせて、クロはそれで自分の顔を覆う。
 大きく表情を崩して笑っている顔を初めて見て、私はとてもドキドキしていたのに、覆った手を退かした途端、いつもの冷たい無表情に戻っており、内心がっかりした。

(いつもあんなふうに笑っていればいいのに……)

 表情の乏しいクロには、どうやら悲しい過去があるらしいので、それはとても難しいのだろうが、いつかさっきのような無防備な笑顔を、いつでも浮かべられる心境になれるといい。
 人間と比べるととても寿命が長いらしいあやかしのクロにとって、例えそれが何十年後になっても、何百年後になっても――。

(その頃にはもう私はいないけど……)

 その事実を、とても苦しく思いながら、私は運転席に座り直し、ハンドルを握る。

「そろそろ帰ろうっか」

 三人で暮らすあの家に、せめて今だけは――この賑やかな車の中と同じように、笑ったり怒ったりしあう楽しい時間を過ごせるあの場所へ――帰れることが嬉しい。

「うん、帰ろう」
「そうだな」

 私が車を発進させると、またどちらかが話を始める。

「そうそう、そういえばこの前さ……」

 今となっては、それは私が運転中に眠くならないように、二人が気を遣ってくれているのだとわかる。
 本来ならば二人はあやかしの姿に戻り、とっくに山の上の家に帰れているのだから――。

(ありがとう)

 心の中でお礼を言いながら、私は二人のやり取りに耳を傾け続けた。
 大きな月が煌々と頭上から照らし、まるで今の私の気持ちのように、明るい月夜だった。
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