71 / 77
18 月が照らす道
②
しおりを挟む
「瑞穂、お前その抜け道を見つける前に何かしなかったか? 例えば綺麗な小石を拾ったとか、不思議な絵の描かれた木の札を見つけたとか……」
いったいそれが、抜け道がもうなくなっていることと、どう関係があるのかと思いながら、私は首を傾げる。
「ううん、特にないけど……」
「今まで見たことのないような木の実を食べたとか、何か動物を助けたとか……」
食い下がるクロの言葉を、頭の中は疑問符だらけで聞いていたが、最後の質問でぴんと来たことがあった。
「あ! 動物なら助けた!」
クロと頷きあったシロが、私に笑顔で質問する。
「それってどんな動物?」
私は意気揚々と、あの時のことを二人に語って聞かせる。
「白い蛇だよ。壊れた橋に引っかかって動けなくなってたんで、棒で助けてあげたの……そういえばそのあと、あの抜け道を見つけたんだった……それがどうかしたの?」
これはなかなかできない体験ではないだろうかと、私は多少自慢げに話したのに、二人の反応はあまり大きくない。
「白蛇……」
クロは唸るように呟いたきり黙りこんでしまうし、シロはひゅーっと口笛を吹いただけで、何も言わない。
「え……何かまずかった?」
恐る恐る訊ねてみると、先にクロから返答があった。
「いや、何もまずくない」
「そうそう、さすが! って驚いただけだよ」
シロもそう付け足すと、車のダッシュボードを指でとんとんと叩いた。
「ここに貼ってあるお札、瑞穂ちゃん、みや様から直接いただいたらしいけど、そもそもみや様本人が、瑞穂ちゃんを狭間の空間に招いたんだって、びっくりしただけ」
「みや様? ……どういうこと?」
みんながみやちゃんのことをそう呼ぶとは私も知っているが、今の話とみやちゃんがどう繋がるのだろう。
(そういえば前に千代さんもそんなことを言っていたような……)
首を傾げた私に、シロが笑いながら語る。
「普通の人間では見つけられないものをわざと置いておいて、俺たちの世界に対応できそうな人間を探すのは、あやかしもよくやる手だけど……壊れてもいない道を壊れていると見せかけて、通りかかった人間が困っている動物を助けるかどうかを測るなんて仕掛けなら、みや様の悪戯で確定。しかも白蛇なら、それは本人だ」
ぱちりと片目を瞑ってみせられるけれど、私はひっかかるものがある。
今のシロの話だと、まるであの白蛇がみやちゃんだと言われているかのようだ。
シロにそう確かめてみると、あっさりと頷かれた。
「うん、だからそうだよ」
「ええええっ?」
驚きの声を上げる私に、クロが後部座席にゆったりと座り直しながら尋ねる。
「そもそも瑞穂……お前、みや様がどなたなのかわかってるのか?」
「え? 神社の子じゃないの?」
「神社の子……」
絶句してしまったクロに代わり、シロが慌てて正しい答えを教えてくれる。
「みや様は、御橋神社に祀られている神様だよ……御橋神社は古い歴史があって、神宮と呼ばれていた時代もある……だから『宮様』……本当に知らなかったの?」
「知らなかった……」
呆然と呟くと、クロが後部座席で大きな声で笑い始めた。
「はははははっ」
普段とはまるで別人のような声で高らかに笑うので、思わずふり返ってしまったが、シロも同じようにふり返ったということは、どうやら彼にとっても珍しい現象だったらしい。
「……クロ?」
呼びかけるシロに、待ってくれとばかりに大きな手を広げてみせて、クロはそれで自分の顔を覆う。
大きく表情を崩して笑っている顔を初めて見て、私はとてもドキドキしていたのに、覆った手を退かした途端、いつもの冷たい無表情に戻っており、内心がっかりした。
(いつもあんなふうに笑っていればいいのに……)
表情の乏しいクロには、どうやら悲しい過去があるらしいので、それはとても難しいのだろうが、いつかさっきのような無防備な笑顔を、いつでも浮かべられる心境になれるといい。
人間と比べるととても寿命が長いらしいあやかしのクロにとって、例えそれが何十年後になっても、何百年後になっても――。
(その頃にはもう私はいないけど……)
その事実を、とても苦しく思いながら、私は運転席に座り直し、ハンドルを握る。
「そろそろ帰ろうっか」
三人で暮らすあの家に、せめて今だけは――この賑やかな車の中と同じように、笑ったり怒ったりしあう楽しい時間を過ごせるあの場所へ――帰れることが嬉しい。
「うん、帰ろう」
「そうだな」
私が車を発進させると、またどちらかが話を始める。
「そうそう、そういえばこの前さ……」
今となっては、それは私が運転中に眠くならないように、二人が気を遣ってくれているのだとわかる。
本来ならば二人はあやかしの姿に戻り、とっくに山の上の家に帰れているのだから――。
(ありがとう)
心の中でお礼を言いながら、私は二人のやり取りに耳を傾け続けた。
大きな月が煌々と頭上から照らし、まるで今の私の気持ちのように、明るい月夜だった。
いったいそれが、抜け道がもうなくなっていることと、どう関係があるのかと思いながら、私は首を傾げる。
「ううん、特にないけど……」
「今まで見たことのないような木の実を食べたとか、何か動物を助けたとか……」
食い下がるクロの言葉を、頭の中は疑問符だらけで聞いていたが、最後の質問でぴんと来たことがあった。
「あ! 動物なら助けた!」
クロと頷きあったシロが、私に笑顔で質問する。
「それってどんな動物?」
私は意気揚々と、あの時のことを二人に語って聞かせる。
「白い蛇だよ。壊れた橋に引っかかって動けなくなってたんで、棒で助けてあげたの……そういえばそのあと、あの抜け道を見つけたんだった……それがどうかしたの?」
これはなかなかできない体験ではないだろうかと、私は多少自慢げに話したのに、二人の反応はあまり大きくない。
「白蛇……」
クロは唸るように呟いたきり黙りこんでしまうし、シロはひゅーっと口笛を吹いただけで、何も言わない。
「え……何かまずかった?」
恐る恐る訊ねてみると、先にクロから返答があった。
「いや、何もまずくない」
「そうそう、さすが! って驚いただけだよ」
シロもそう付け足すと、車のダッシュボードを指でとんとんと叩いた。
「ここに貼ってあるお札、瑞穂ちゃん、みや様から直接いただいたらしいけど、そもそもみや様本人が、瑞穂ちゃんを狭間の空間に招いたんだって、びっくりしただけ」
「みや様? ……どういうこと?」
みんながみやちゃんのことをそう呼ぶとは私も知っているが、今の話とみやちゃんがどう繋がるのだろう。
(そういえば前に千代さんもそんなことを言っていたような……)
首を傾げた私に、シロが笑いながら語る。
「普通の人間では見つけられないものをわざと置いておいて、俺たちの世界に対応できそうな人間を探すのは、あやかしもよくやる手だけど……壊れてもいない道を壊れていると見せかけて、通りかかった人間が困っている動物を助けるかどうかを測るなんて仕掛けなら、みや様の悪戯で確定。しかも白蛇なら、それは本人だ」
ぱちりと片目を瞑ってみせられるけれど、私はひっかかるものがある。
今のシロの話だと、まるであの白蛇がみやちゃんだと言われているかのようだ。
シロにそう確かめてみると、あっさりと頷かれた。
「うん、だからそうだよ」
「ええええっ?」
驚きの声を上げる私に、クロが後部座席にゆったりと座り直しながら尋ねる。
「そもそも瑞穂……お前、みや様がどなたなのかわかってるのか?」
「え? 神社の子じゃないの?」
「神社の子……」
絶句してしまったクロに代わり、シロが慌てて正しい答えを教えてくれる。
「みや様は、御橋神社に祀られている神様だよ……御橋神社は古い歴史があって、神宮と呼ばれていた時代もある……だから『宮様』……本当に知らなかったの?」
「知らなかった……」
呆然と呟くと、クロが後部座席で大きな声で笑い始めた。
「はははははっ」
普段とはまるで別人のような声で高らかに笑うので、思わずふり返ってしまったが、シロも同じようにふり返ったということは、どうやら彼にとっても珍しい現象だったらしい。
「……クロ?」
呼びかけるシロに、待ってくれとばかりに大きな手を広げてみせて、クロはそれで自分の顔を覆う。
大きく表情を崩して笑っている顔を初めて見て、私はとてもドキドキしていたのに、覆った手を退かした途端、いつもの冷たい無表情に戻っており、内心がっかりした。
(いつもあんなふうに笑っていればいいのに……)
表情の乏しいクロには、どうやら悲しい過去があるらしいので、それはとても難しいのだろうが、いつかさっきのような無防備な笑顔を、いつでも浮かべられる心境になれるといい。
人間と比べるととても寿命が長いらしいあやかしのクロにとって、例えそれが何十年後になっても、何百年後になっても――。
(その頃にはもう私はいないけど……)
その事実を、とても苦しく思いながら、私は運転席に座り直し、ハンドルを握る。
「そろそろ帰ろうっか」
三人で暮らすあの家に、せめて今だけは――この賑やかな車の中と同じように、笑ったり怒ったりしあう楽しい時間を過ごせるあの場所へ――帰れることが嬉しい。
「うん、帰ろう」
「そうだな」
私が車を発進させると、またどちらかが話を始める。
「そうそう、そういえばこの前さ……」
今となっては、それは私が運転中に眠くならないように、二人が気を遣ってくれているのだとわかる。
本来ならば二人はあやかしの姿に戻り、とっくに山の上の家に帰れているのだから――。
(ありがとう)
心の中でお礼を言いながら、私は二人のやり取りに耳を傾け続けた。
大きな月が煌々と頭上から照らし、まるで今の私の気持ちのように、明るい月夜だった。
0
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる