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15 河童の恋

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「ええっと……たぶんこっちだと思うんですけど……」

 河太郎さんに教えてもらった住所へ近づくと、私は車を停め、歩いて目的の家を探した。
 スーツに革靴姿のクロもうしろをついてくる。
 私はそよ風宅配便の制服姿なので、おかしな組み合わせだと思うのだが、クロはまったく気にしていない。

「本当に合ってるのか?」

 私が手にしていた住所の書かれた紙を、手からさっと上に抜き取り、高い位置で確認されては、私には何も見えない。

「ちょっと! 返してください!」

 ジャンプして取り戻そうとすると、更に高い位置に上げられる。

「クロさん!!」
「伊助たちと一緒だ……」
「――――!」

 完全にからかわれているのだとわかり、私は渾身のジャンプでそれをクロの手からひったくった。

「早く届けないと、午後から他の用事があるんじゃないんですか?」

 出がけに確かそういうふうに言っていたと思いながら問いかけると、普段より少し緩んでいたクロの表情が、すっと冴えたものになる。

「ああ……そうだ」

(なに……?)

 その感情の変化が、私にはよくわからないが、ひとまず今大切なのは、河太郎さんから預かったこの荷物を、彼の恋人だという女性にまちがいなく届けることだ。

 電柱やブロック塀に貼られた住所表示を確認して、私は目的のマンションにたどり着いた。

「あった……ここだ」

 その様子をうしろから見ているクロは、呆れたように呟く。

「人間の配達はまどろっこしいな……あやかしなら気配だけで一発だ」
「悪かったですね!」

 五階建ての小さなマンションだったので宅配ボックスもなく、私は管理人さんに首から提げたそよ風宅配便の社員証を見せて、エレベーターを使わせてもらった。

 エレベーターを待っている間に、一組の男女がうしろに並んだので、一緒にエレベーターへ乗る。

「何階ですか?」
「五階です。ありがとうございます」

 笑顔で私たちの行き先を訊いて、「一緒ですね」と行き先の階のボタンを押してくれた女性は、三十歳前後の優しい雰囲気の可愛らしい人だ。
 同じ年くらいの男性と手を繋ぎ、とても幸せそうに顔を近づけて話をしている。

 対して私とクロは、壁際と壁際にめいっぱい離れて立っており、互いに無言で、ちぐはぐな服装も含めて、いったいどういうふうに見えるのだろうと思うと、虚しくなる。

(あー……なんか私も、新しい幸せを求めたい気がする……)

 最近はそういう感情などまったくなかったのだが、二人の幸せそうな様子にあてられてしまったようだ。
 それくらい幸せオーラいっぱいの男女だった。

 目的の五階へ着くと、クロが「お先にどうぞ」と声をかけたので、カップルのほうが先に降りていく。
 見た目がイケメンで態度もスマートなクロに、女性のほうがうっすらと頬を染めてお辞儀をし、それを恋人らしい男性にからかわれている一連の流れまで微笑ましい。

(いいなあ……)

 羨望の眼差しで二人を見送っていた私を、クロがエレベーターの外へ押し出す。

「さっさと降りろ。ぼけっとするな」

 幸せカップルのおかげでほわほわとしていた気持ちが、一気に現実へひき戻された。

「…………はい」

 やっぱりシロについて来てもらったほうがマシだったと、怒りを覚えながら歩く私は、河太郎さんの恋人の『後藤里穂』さんが住んでいるという部屋の番号を探す。

「ええっと、505……505……」

 しかし、501、502と順番に通り過ぎて、503にさしかかったあたりで、思わず足が止まってしまった。
 先ほどの仲のいいカップルが、二つ先の部屋の扉の鍵を開けて、中へと入っていった。

「え……?」

 扉が閉まると思わず駆け寄って、表札に書かれた部屋番号と、河太郎さんから教えてもらった住所が書かれたメモ用紙を、私は何度も見比べる。

「え? え?」

 どちらも部屋番号は『505』。
 焦る私に、クロが表札に書かれた名前を指さした。

「おい」

 そこには『田辺裕司・里穂』と先ほどの男女の名前らしきものが、書かれていた。

(え、里穂って……まさか……?)

 驚いて目線で問いかける私に、クロが黙ったまま頷く。

「そんな……」
「ひとまず帰るぞ」

 さっさと踵を返したクロを追い、河太郎さんから託された小箱を握りしめたまま、私もその部屋に背中を向ける。

「はい……」

 目的のマンションをうまく見つけられてからあれほど軽かった足が、帰りはとても重かった。
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