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13 人間とあやかし

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 ある日、いつものように田中さんの家の近くに車を停めて、建物へを続く長いスロープを上がると、異変に気がついた。
 いつも様々な野菜やお茶などが入れてあるざるやかごが、整頓されて小屋の前に積まれている。
 軒先に下がっていた玉葱やへちまも片づけられており、今まさに田中さんが、自分で彩色したいろいろな形の瓢箪ひょうたんを、大きなダンボールにしまっているところだった。

「こんにちはー」

 声をかけた私を見て、「よお」と手を上げてくれたが、ごほごほと咳きこんで手にしていた瓢箪を落とす。
 私は慌てて田中さんに駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 しばらく背中をさすってから、縁側に置いてあった水筒から麦茶をグラスに注いで、田中さんに手渡すと、ごくごく飲んで田中さんはひと息つく。

「ありがとう、瑞穂ちゃん。助かったわ」

 お礼を言うとすぐにまた作業を再開するので、私もそれを手伝う。

「全部片づけるんですか?」

 田中さんは眉尻を下げて、少し寂しそうな顔になった。

「ここを引き払うんじゃよ。都会に住んどる息子が、自分のところに来いって前から言ってくれちょったんだけど、なかなかこの咳が抜けんで心配じゃから、もうすぐにでもって……」

 豆太くんや私以外にも、田中さんを気にかけて、心配する存在はいるのだと気がつき、私は少しほっとした。

「そうなんですか……」
「仏壇も準備するから、位牌だけ持って来いって言われたら、いつもの言い訳も通用せん……畑は放り出すことになるけど、仕方ないの……」

 荷物をたくさん運び入れる場所もないので、家財の多くも置いていくことになるのだという。

「よかったら、一つ持って行かんか?」

 箱に詰められた瓢箪の中から、私は赤とオレンジで塗られた小さなものを選んだ。
 田中さんが庭に植えている木から取った実を、乾燥させて中身をくり抜いて彩色して上塗りしてと、一つ一つ手作業で作って、近くの農作物直売所で売っていたのを知っているので、箱にしまわれてしまっているのを見ると、切ない気持ちになる。

「ありがとうございます。出張所に飾りますね」
「ああ」

 田中さんは笑顔で、そよ風宅配便のロゴが入った箱を持ってきた。

「最後にこれを豆太に届けてくれんか。もうわしへの荷物は送らんでいい。これまでにもらったものは、全部大切に持っていくからって伝えてくれるとありがたい」
「はい、わかりました」

 それを聞いた時、豆太くんがどれほど悲しむかと思うと、喉の奥に熱いものがこみあげてきそうになったが、私は必死に我慢した。
 田中さんが、箱の上に封筒を乗せる。

「これは瑞穂ちゃんに。こんな遠くまで一日おきに……大変じゃったやろ? 何度も断ろうと思いながら、来てくれるのが嬉しくて……断りきれんかった。少ないけど、ガソリン代と手間賃。そしてこの宅配便の代金じゃ」

 封筒の中にはかなりの額のお札が入っており、私は慌てて首を振る。

「受け取れません! 私そんなつもりじゃ……」
「わかっとるよ。善意で来てくれちょったんじゃよな。でも仕事もしながら、たいへんだったとわかっちょる。だから受け取ってくんしゃい」

 深々と頭を下げられると、もう断わる言葉が出てこなかった。
 代わりに、必死にこらえようとしていた涙が溢れてくる。

「出張所の仕事もがんばっての。優しい社員さんが働いちょる、いい宅配便じゃった、そよ風宅配便は……こんなじじいを、七十五まで雇ってくれたんじゃからの……これからいく街には、そよ風宅配便はないのが寂しいのう……」

 涙を必死に拭って、田中さんから預かった荷物を私は大切に抱え直す。

「確かにお預かりしました。明日の夜には、豆太くんに渡せると思います」
「ああ。わしも明後日には出発じゃけ……今頃豆太が喜んどるだろうなと思いながら、明日は荷造りするよ」

「本当にありがとうございました」
「ああ。こちらこそ、ありがとうのう」

 田中さんに見送られて、いつものように車に乗ったが、私はなかなか出発できずにいた。
 瞳は潤ませながらも、最後まで笑顔で私を見送ってくれた田中さんが、顔をくしゃっと歪めて、腕で顔を大きく拭ったのが見えたから――。

「…………」

 唇を噛みしめて、嗚咽をこらえながら車のエンジンをかけた。
 涙で視界が塞がると危ないので、何度も何度も拭いながら、時には道路脇に車を停めて、いつもより長い時間をかけて、山の上の営業所までの道のりを帰った。
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