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12 豆だぬきの依頼

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(うらやましいような……ここまで忙しいのは、やっぱり望んでいないような……)

 黙々と荷物を積んでいる私の耳に、珍しく少し困ったようなシロの声が聞こえてくる。

「ごめんね。それは預かれないんだ……」

 配達を断ることもあるのだと思いながら、シロのほうをふり返ってみると、利用客がいるはずのカウンターの向こうに誰もいない。

「!?!?」

 荷物を取りに行くついでに覗いてみると、背が低くて見えていないだけだった。

(びっくりした……)

 みやちゃんより少し大きいくらいだろうか。
 目がくりくりした茶色い髪の可愛い少年が、涙目で必死に訴えている。

「お願いします! お願いします!」

 困ったようにシロがクロのほうを向き、クロが黙ったまま首を横に振ったので、シロはもう一度少年に向かって謝った。

「ごめんね」
「次」

 クロが冷たく言い放つと、少年の後ろに並んでいた大男が前に出て、少年は列からはじき出されてしまう。

(あっ!)

 ぶつかられた拍子に少しよろめいて、落としそうになった荷物を大切に抱え直した様子に、私は憤りを感じた。

「ちょっと! クロさん……」

 しかしまだ何も言葉にできないうちに、クロの声が重なる。

「口を開いている暇があるのなら、さっさと手のほうを動かせ、瑞穂」

(むむむ……)

 私はきゅっと唇をひき結び、これまでよりもスピードを上げて荷物を運んだ。
 その間に、男の子は列の後ろに並び直して、またシロくんに荷物の引き受けを頼んでいるけれど、何度も断られている。

(どうして……?)

 怒りのあまり猛スピードで荷物を積み終え、少し余裕ができた私は、カウンターを出て、外の夕暮れ具合と、残りのお客の数を確認するふりをして、シロとクロからは死角になる場所に、男の子を手招きした。

 涙に潤んだ瞳で私を見た男の子は、怪訝そうにしながらもこちらへやってくる。

「これを送りたいの?」

 胸に大切に抱えている包みを指さして小声で尋ねると、細い首が折れてしまいそうにこっくりと頷いた。
 
 私はカウンターの中から持ち出してきた木簡と印章をとり出して、見よう見まねで引き受けの手続きをしてみる。

(ここにお届け先の名前を書いて、ここに差出人の名前を書いて……)

 筆など扱えないので、ボールペンでいいだろうかと危ぶみながら、少年に問いかける。

「僕のお名前は?」

 少年は私の横にしゃがみこみ、小さな声で耳打ちした。

「豆太」
「まめたくん、と……」

 漢字でどう書くのかまでは訊ねなかった。
 あやかしの子どもが私たちと同じ字を使っているのかわからないし、ひらがなでいいのかも不明だし、そもそも時間がない。
 クロとシロに気づかれないうちに、なるべく早く引き受けてしまわなければいけない。

「誰に届けるの?」

 少年は少し頬を緩めて、にっこりと笑った。

「じいちゃん」
「じいちゃん……」

 さすがにそれではダメだろうと思いながら、もう一度訊ねてみる。

「じいちゃんのお名前は? わかる?」
「ん? 瑞穂……どこ行った?」

 私がいないことに気づいたらしいクロの声がカウンターの向こうから聞こえてきて焦る。
 木簡に先に割印を押して、少年が答えてくれた名前を急いで走り書きした。

「たなかしょうきち」
「たなかしょうきち」

 問題は、私に指で木簡が切れるのかということだ。
 指ですっと撫でてみたが、変化はなかった。

「おい、瑞穂?」
「瑞穂ちゃん?」

 私を捜しに二人がカウンターから出てくる前にと念をこめて、もう一度指で線を引く。
やっぱり切れない。

(お願い!)

 少年の縋るような眼差しをすぐ近くに感じながら、祈りをこめて指を動かすと、何をどうしてそうなったのか、木簡がぱかりと二つに切れた。

「あ……できた」
「いたいた瑞穂ちゃん、こんなところにって……ああ?」
「瑞穂、お前!」

 ちょうど私を発見したシロとクロから庇うように、豆太くんを背中に隠し、小さな手に木簡の控えを握らせた。

「はい、確かにお引き受けしました」
「何をやったかわかってるのか? おい!」

 すごい剣幕のクロから守るように、豆太くんを出入り口のほうへ押し出して、それからその場に立ち上がる。

「何をって……だから、宅配便の引き受けを……」
「いったいいつの間に印を結べるように……そもそもあれは……」

 もともと吊り気味の目を更に吊り上げて、大きな声で怒鳴るクロよりも大きな声で、その時シロが叫んだ。

「まずいよクロ! 日が暮れ終わる!」

 その声に弾かれたようにふり返ったクロと共に、私が目を向けたガラス扉の向こうでは、確かに参道の風景が闇に染まり終わろうとしていた。

 クロは大きなため息を吐いて頭を左右に振ると、声の大きさをいつものレベルに戻して、私の腕を掴み、壁へ向かって歩き始める。

「とにかく今は戻れ、瑞穂。話は家へ帰ってからだ」
「え? ……え」

 山の上出張所へと続く扉を開けたクロに、背中をぐいぐいと押され、何も答えられないままに私は、狭間の時間の宅配便屋から追い出される。

「ちょ、ちょっと!」

 ぼわっと体を膜に包まれ、次の瞬間には、何もない白い壁に向かって叫んでいた。

「なんだっていうのよ!」

 誰もいない店内に、響く声が虚しい。
 気がつけば私は、すっかり暗くなった宅配便出張所の店内に、一人で佇んでいた。

「あ……」

 頭では理解しているつもりだが、あちらの世界とこちらの世界の間にあるという狭間の宅配便屋の営業時間は、日が沈み始めてから沈み終わるまでの間だけ。
 その時間を過ぎるとこちらの世界へ帰れなくなるそうで、それを回避すべく、クロとシロが私を返してくれたことは理解できるが、突然気持ちを切り替えるのは難しい。

『話は家へ帰ってからだ』

 最後にクロが言っていた言葉を思い出すと、出張所裏の社宅へも帰りたくなくなる。

(嫌だな……街のアパートに帰ろうかな……)

 そうは思っても、どうしてあそこまでクロが怒ったのかも気になり、理由を知るためには、やはり社宅へ帰るしかない。

(嫌だな……怒られるんだろうな……)

 憂鬱な気持ちながらも、お昼に美味しくいただいたクロの手作り弁当のカラになった容器を持って帰ることは、しっかりと忘れなかった。
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