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怪異18『隙間女』

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 ゲイル・ベンゾは、風車小屋番だった。

 カウダ地方を統治するシュヴァンツブルク王国の南西部の街・ウインズミルズの飲み屋の常連だったゲイルは、ほら吹きゲイルと呼ばれていて、有る事無い事面白おかしく話す男だという。

 そんなゲイルが怪異を収集しているという旅人である僕に話しかけてきた。
奇妙な目的で旅をしている僕に興味を持ったのだという。

「あんた、怖い話を集めてるんだって?」
「えぇ……怪異収集人のルークスといいます。もし怖い話を教えていただけるなら……蜂蜜酒を一杯おごりますよ」

 僕がそう持ちかけると、ゲイルはニヤリと笑って、とっておきの話があるという。

「この話は作り話なんかじゃねぇ、本当の話だぜ……」

 そう言うと、彼は上機嫌に話し始めた。

----------

 ウインズミルズの街は、牧草地帯が広がるカウダ地方でも中規模の農村で、村の名前の通り、30基もの風車ウインズミルズが立ち並ぶ、牧歌的な農村だ。
それはな、まだ暑い盛りの八月だった。

 この時期は秋蒔きの小麦の収穫を終え、風車はフル回転で脱穀と小麦粉の製粉にと稼働する。
そのため、風車小屋番は、三交代制で風車を稼働させなくてはならないので、大忙しになるんだよ。

 俺は同僚のカールとダグールと一緒に、休むことなく交代しながら12番の風車を管理していた。
3人で三交代でシフトを回すんだ、そりゃキツイぜ。

 ところが、同僚の一人、ダグールが、突然出てこなくなってしまったのさ。
 こうなると大変だ。

 三交代でやっていたものを、二人で回さなくてはならない。
単純計算で仕事が1.5倍に増えちまうってことだろ?
一週間は、それで頑張ってみたんだが、そりゃ居眠りすることも多くなり、このままでは事故を起こしかねない。

 仕方ないので、カールが担当している時間に、俺はゲイルは飲み仲間のゴルムを連れて、ダグールの家を訪のさ。

 ダグールとも幼馴染のゴルムを連れてきたのは、もしもダグールがゴネるようなら、強制的に連れていくためさ。ゴルムは、腕っぷしが強いからな。

 ダグールの家は、町はずれの街道近くにあった。

「おい! ダグール、いるか?」

 俺が声をかけると、部屋の中から「いるよー」と返事がある。

「いるじゃねーか」「入るぞ!」

 そう言って、俺はダグールの家のドアを開けた。
ドアには鍵もかかっていなかったから、そのまま上がりこんだ。

「ダグール! なんで仕事に来ない! このままじゃ俺もカールも倒れちまう」
「……あぁ、ゴメンな……」

 ダグールは、部屋の隅に座ったまま素直に謝った。
この村で生まれ育ったダグールは根っから明るくて、口を開けばバカな冗談を飛ばすような奴だ。
俺とは幼馴染みだからな、ダグールの様子がおかしいってことはすぐに分かった。

 今は見るからに元気がないし……ひどく痩せていたのさ。
部屋は散らかって、カーテンも閉め切ったまま。

「ダグール、具合でも悪いのか? それなら治療師の婆連れきてやるぞ」
「あの婆の薬は、ちと苦いがな!」

 とゴルムがかぶせる。

「いや大丈夫だよ。どこも悪くない」

 ダグールは首を振った。

「それにしちゃ痩せてるじゃないか……飯はちゃんと食ってるのか?」
「お前はダグールの母ちゃんかよっ」

 ダグールの両親は、数年前、収穫し袋詰めした小麦粉をシュヴァンツブルグの城に運ぶ途中に、盗賊に襲われ殺されていた。
そんなことを知らないはずもないのに、ゴルムはズカズカとモノを言う奴だった。

「ゴルムうるせーぞ……」

 ダグールと俺は親友だった。
だからこそり家族にも勝る存在だったし仲間のガキ大将的な存在だった俺はダグールの守護者でもあったわけだ。

 ところがゴルムがまたかぶせる。こいつは調子に乗るとゴルムは止まらないのだ。

「わかった! ダグール、お前、飲み屋のジョナに振られたんだろ?」
「いや、そんなことないけど……」
「え? お前ら付き合ってたのか?」
「付き合ってもいないって……」
「そうか……」
「なんで、ゲイルがホッとしてるんだよ……お前、もしかしてっ!?」
「ゴルム、うるせーよっ! 今はそんなことよりもダグールのことだろっ! なんで、仕事に来ないんだ! このままじゃクビになっちまうぞ!」
「わかってるんだけど……」
「それによぉ~昼間なんだから、カーテンくらい開けろよ」
「さすが母ちゃんっ」
「だから、黙れって……」

 すると、ダグールは静かに首を振った。

「ダメだよ、カーテン、開けるなって言われてるし……」
「へ? 開けるなって……誰に?」

 親も恋人もいなく、この家を訪ねる者なんて、俺達くらいしかいないはず。
来るとしても時折、街道を通る行商人が訪ねてくるくらいなものだ。

「何?! もしかして女か?」
「んなわけねーだろっ」

 と、ダグールの代わりに否定したのだが、当のダグールは、

「まぁ……ね」

 俺とゴルムは顔を見合わせた。

「マジか?!」

 しかしダグールの部屋もベッドも狭く、女といちゃいちゃ出来そうな感じがどこにもないし、女が訪ねてきているなら、もうちょっと小綺麗になっていてもいいはずだ。

 ゴルムがゲス丸出しで興味津津に聞き始める。

「え~と、その女はどこの女なのかな?」

 ところが意外な答えがダグールから帰ってきた。

「そこにいるよ」

 そう言ってダグールは建てつけてある棚を指した。
もちろん、棚の前に女なんていない。

「ダグール、やっぱりお前、大丈夫か?」
「女なんてどこにもいないじゃないか」
「いや……本当に、そこにいるんだ」

 俺とゴルムは、改めて顔を見合わせた。
こうなるとダグールにどんな言葉をかけていいのか、わからなくなっていたんだ。

 ダグールが、いくらいるって言っても、そこには壁に建てつけられた棚と壁しかないんだからな。

「えーと……」
「俺たちには見えないってことかな?」
「見えるよ、そこだって…その隙間だよ」
「隙間?」

 改めてダグールの指の方向を見やると、そこは、棚と壁の間を指していた。

「この棚と壁の間ってことか?」
「そう、その隙間……」

 どうやらダグールが言っているのは棚と壁の隙間ことらしい。
しかし、その隙間は指二本が入るかどうかの隙間で、もちろん人が入れるはずもない。

「そこから出てきてくれないんだよ。俺が出かけるとどこ行ったかわからなくなっちゃうから……ずっと見張っているんだ……」
「……」

 俺とゴルムは、何度目かの見つめ合いの後、意を決して、その隙間を覗いてみることにした。
頭を重ねるように、俺とゴルムは隙間を覗いてみた。

 指二本ほどの隙間。
だが、その隙間を覗くと、有り得ないこの隙間に、確かに女性が立っていた。
小人なんかじゃない。
身の丈も普通の女くらいあるのに、指二本の隙間にギュっと詰まってるんだ。
そして、俺と目が合うと女はニッコリとほほ笑んだ。

 次の瞬間、俺は意識を失ったのさ。

----------

 ほら吹きゲイルの言うことには、気がつくと三人とも意識を失っていたという。

「何故か、あの隙間女の事は、俺以外、すっかり忘れちまっていたんだ……。お陰で、今じゃほら吹きゲイルなんて呼ばれてるがね……」

 ゲイルは、ふいに真剣な表情になると、俺を見つめて静かに言った。

「あれは、ホラなんかじゃねぇ……本当に見たんだ……」

 そう言って、僕の奢りの蜂蜜酒のグラスを手にすると、元いた仲間達の席へと戻っていった。
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