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怪異1『退避キャンプの怪』
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飲んだくれのジャン・ベルジュに出会ったのは、ドラコニス大陸の北西部に広がるドラーテム王国の王都、ハルスベルグの酒場・アウルネスト(ふくろう亭)だった。
まだ30代を迎えたばかりのジャン・ベルジュは、かつて槍使いのジャンと呼ばれ、名うての冒険者の一人だったという。
しかし戦いの傷により利き手に麻痺が残り自慢の槍も扱えなくなってしまい、今では短剣を左手に持ち城壁の外にある水車番を務めているという。
「よろしかったら、不思議な体験とか一つお聞かせ願えませんか?」
「不思議な話だと?」
「冒険者ですから生死を彷徨うような恐ろしい体験はいくつもあるとは思いますが……怪異とでも申しますか……人智を超えたような、不思議な体験があれば聞かせてもらいたいんです」
「あんたは?」
「私は、怪異収集家のルークスと申します。その手の不思議な話を集めて、いずれ本にでもまとめようかと思ってまして」
「で? 俺のメリットは?」
「こういうのはどうでしょう? お話していただけたら一杯おごらせていただく」
「三杯だ」
「間をとって二杯では?」
「いいだろう。商談成立だ!」
そう言うと、ジャン・ベルジュは上記気に語りだした。
ーーーーーーーーーー
俺の名前はジャン・ベルジュ。
この辺じゃ、知らねぇ奴はいなかったぜ。
一時は銀等級の冒険者だったからな。
ま、それも今や過去の話さ……。
それは数年前の事さ……俺が血気盛んな冒険者だった頃の話だ。
俺は槍の扱いにはちょいとばかり覚えのあるランスマンとして、パーティの前衛を務めていた。
パーティは、前衛の槍使いのジャンこと俺、準前衛のクレリックのメイス使いパオロ、後衛は二人、レンジャーの弓使いのティムと、魔導士の炎使いキンバリー。
俺達は、いつものようにギルドの依頼を受けては、ドラコニス大陸の地下に広がるダンジョンの調査に当たっていた。
ドラーテムの冒険者ギルドで、俺たちを知らないものはいないってくらい、トレジャーハンターとして名声を得ていたんだ。
国宝級のマジックアイテムを見つけたことだってある。
ま、ギルドの依頼で得たアイテムってのは、全部、ギルドを通じて御上に献上しなきゃなんねーけどな。
一応、追加報酬は貰えるけどね……。
それで、その日も、俺たちは【カイザル鉱山跡】と呼ばれるダンジョンを探索する依頼をギルドから受けて地下第三階層の調査をしていたんだ……。
すでに第二階層までの坑道は、他の冒険者によって、調査が済んでいて、ギルドから渡された地図のおかげで特に問題もなく進むことが出来た。
「しっかし、薄気味悪い鉱山だぜ。同じ道をぐるぐると歩かされてるって言われても、今なら信じちまいそうだ」
ぼやき屋のレンジャー・ティムがさっそくぼやき始めた。
確かに、人が入らなくなって数十年も経つ坑道は、空気も淀み、まるで時が止まったようだった。
「この鉱山からは、かつて、多くの鉄鉱石を産出したらしいですが、30年前のカプト大地震の際、多くの坑道が崩れ、内部の様子がわからなくなってしまったそうですよ」
物知りのクレリック・パオロがうんちくを語る。
「ったく、パオロのうんちくが始まったぜ」
こう言って遮らないと、いつまでも語り続けるのがわかっているから、俺は早めに話に割って入った。
「当時は百年戦争真っただ中だったからねぇ……崩れた坑道の調査なんてことに、王国も金を使いたくなかったってことかねぇ」
皮肉屋のメイジ・キンバリーも口を開いた。
光も差し込まない坑道の中だが、キンバリーのフレイムライトの呪文で坑道の先まで見通せているおかげで、無駄口を叩く余裕があるのだ。
「今じゃこうして金が出て仕事になってるんだ、百年戦争終結から10年。これもまた平和の恩恵ってやつだろ」
「それにしても、こんな何もない鉱山を、なんでまた調査する気になったんだろうねぇ」
「噂によると……」
「うんちくのパオロが噂をネタ元にすんのか?」
ティムがツッコむと、パオロは苦笑いを浮かべながら話を続けた。
「これに関しては……噂しかないので、なんとも言えないのですが、二か月前、この鉱山に、もぐった冒険者が、重傷を負いながら、ハルスベルグに担ぎ込まれたらしいんですよ」
「冒険者が傷を負って担ぎ込まれるなんざ、珍しいことじゃないけどな」
「いや、問題は、その冒険者が、ミスリル鉱を握りしめていたというんですよ」
「ミスリル鉱?」
ミスリル鉱とは、銀の輝きと鋼をしのぐ強さを持ち、魔法石を使うことなくちょっとした魔法くらいなら付加することもできる特殊な金属・希少性の高いミスリル銀を含んだ鉱石のことだ。
「ギルドからドラーテム王国の王室に、この情報が上がり、ミスリル銀の鉱山が残っているって噂が広がったそうなんですよ」
「この鉱山からってのは確かな話なのかい?」
ミスリルと聞いて、一同も色めきたった。
もしも、ミスリル鉱の鉱脈を見つけることができれば、追加報酬はとてつもない額となるだろう……。
冒険者なら、誰もがとらぬなんとかを夢見るもんさ。
「そりゃドラーテムも調査したくなるだろうなぁ」
「でも、その担ぎ込まれた冒険者に聞けば話は早いだろう?」
「それが、その冒険者ってのが、熱病に冒されて、翌朝には亡くなってしまったそうで……」
ま、冒険者の噂なんで、あてにならないもんで、今じゃ、噂に尾ひれがつきまくって、最下層にはアダマンタイトの鉱山があるなんて話にまでなっているそうだ。
話を戻すが、俺たちはさっそく、まる一日かけて第三階層の退避キャンプまでたどり着いた。
退避キャンプってのは、ギルドが用意した安全地帯みたいなもんさ。
一定のエリア(今回は第二階層から第三階層に降りた付近)に結界魔法をかけて、ギルド員以外の敵の侵入を拒むようにしてあるんだ。
そこをベースにして調査を続ければ冒険のリスクは大きく下がるってわけだ。
そこからマッピングをしながら三日間、周辺の坑道を調査したが、これといったお宝はおろか、モンスターにすら遭遇しなかったんだよ。
そして四日目、俺たちは、北に向かう坑道の奥に、第四階層へ続く階段を見つけたんだ。
階段は、崩れた木製の柱などで埋まっていたが、キンバリーのファイアーボールの呪文で、簡単に全て焼き払うことができた。
本来なら、これで調査は終了。
ハルスベルグに戻り、ギルドにマップと報告書を渡して報酬を貰えばよかったんだが……俺たちは、冒険者の悪い癖が出て、それでは満足できなかったんだ。
一度、ミスリル鉱の鉱脈を見つけた妄想をしてしまった以上、手ぶらで帰ったとあっちゃ、トレジャーハンターとしての名折れだ。
俺達は話し合った。
ぼやき屋のレンジャー・ティムは反対をしたが、多数決の結果三対一の賛成多数で第四階層へ降りることを決断した。
第四階層は、第三階層とは、様相が変わり、ジメっとした湿気が漂っていた……。
壁はヌメヌメと濡れて、フレイムライトの魔法で照らされると乱反射して、視界が余計に悪くなるように感じた。
狭く視界の悪い坑道に、俺を先頭に、パオロ、ティム、キンバリーが続いた。
しばらく曲がりくねった坂道を下りながら進むと、突然開けたドーム状の空間に出た。
天井はフレイムライトの光は届かないほど高く、地面は闘技場のステージのように平らになっていた。
ここだけ、人工的な作りになっている?
この時、ここはヤバい……何かあると俺は感じたんだ。
これは冒険者の勘だ。
なんの確信も根拠もない。
間違いなく『ここで引き返せ』と、俺の本能がささやいたんだ。
だが、その時、引き返せない状況が目の前に飛び込んできた。
ドーム状になっている広場の真ん中で何かがキラリと光ったんだ。
「何か光ったよ!?」
「あれを見てください!」
そこには、ミスリル鉱に似た鉱石が山積みになっていた。
「ミスリル鉱じゃないかい!?」
全員が色めきたった。
まて、おかしい……。
こんな開けた場所の真ん中に、鉱石が山積みになっているはずがない……。
考えられるとしたら、それは……。
「バカ野郎! 罠だ!」
俺が叫ぶよりも先に、レンジャーのティムが叫んだ。
だが、欲に目のくらんだパオロとキンバリーは鉱石の山に走り出ていた。
次の瞬間のことだった。
ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト。
何かが天井から大量に降り注いだ。
無数の人の体ほどの大きさの黒い塊。
それが何か分かるのに、数秒の時を有した。
落ちた黒い塊からユルリと数本の足が現れる。
丸く固まって落ちてきた、それらの黒い塊は、巨大な蟲……。
赤い複眼、腹部には禍々しい赤い斑点。
それは、ポイズンスパイダーの群れだった……。
一体二体なら、毒牙にさえ気をつければそれほど脅威とはならないモンスターだが、数百の単位で囲まれては、戦える状況ではないのは明らかだった。
「パオロ! キンバリー、戻れ!」
「ファイアーウォール!」
炎使いのキンバリーが、呪文を駆使して道を切り開いた。
俺は合流した二人は、広場の出口を目指して走る。
「ティム! 援護をしろっ!」
だが、ティムは一人でポイズンスパイダーに囲まれて苦戦していた。
本来、レンジャーは遠距離からの弓での援護が主な役割であり、接近されてしまうと、手持ちの短剣で対処せざるえなくなるのだが、一撃でも食らえば毒を食らうポイズンスパイダーが相手では、相性が悪すぎた。
「だから、反対しただろーがっ!」
と、叫ぶようにぼやくと、ティムは背中を向け、一人、坑道へと逃げて行った。
「ティム!」
「あいつ……あたし達を見捨てやがったのかい?」
「こうなれば三人で突破しましょう!」
俺は殿しんがりとなり、槍を手に二人を先に行かせた。
あと少しで、坑道だ……。
坑道に入れば、少なくとも周囲を囲まれることはなく、最悪でも前後から攻撃されるだけ。
仲間がいれば対処できる。
その時だった。
一匹のポイズンスパイダーが俺に飛びかかってきた。
「たぁっ!」
渾身の突きを、そいつの顔面に突き刺した。
ガチンッ!
引きぬこうとした瞬間、毒牙に槍の突起が引っ掛かった。
すぐに引き抜いたが、その一瞬の隙が命取りとなった。
ガッ!
と、右の手甲を貫きポイズンスパイダーの毒牙が突き刺さった。
カッと右腕が熱くなるのを感じた。
「ジャンッ!」
そこからの記憶は飛び飛びで、よく覚えていない。
左手一本で槍を振り回しながら走り回った記憶。
次の記憶では、地面を誰かに引きずられていた。
おそらく、パオロだと思う。
でも、引きずられていく足元には、無数のポイズンスパイダーが俺達を追いかけてきていた。
次に記憶が戻った時、俺は退避キャンプの中にいた。
「キュアポイズン!」
右腕がぼうっと光り、少し暖かくなった気がした。
「ジャン、パオロが毒を消してくれたから、もう大丈夫よ……」
キンバリーが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「毒が全身に回っていますから、完全に回復するには時間がかかると思いますが……」
「あ……ありがとう……ティムはどうした?」
「知らないわよ、あんな裏切り者……」
「ここに戻ってきた様子もありませんし……最後に見た時、無数の蜘蛛が群がっていましたから……おそらく」
「そうか……」
「仕方のない状況でした。気を病むことはありません」
「そうよ。それに、あいつが逃げ出したせいでジャンが噛まれて……」
「……」
気分が悪かった……全身に回った毒のせいか、目を開くのも辛かった。
噛まれた腕は、ズキズキと痛みを増していた。
解毒の呪文の効果があまり出ていないように感じていた……。
その時。
ドンドンドンドンと扉を叩く音が響いた。
「開けてくれ! 俺だ! ティムだ!」
「ティム!? 無事だったのか?」
「なんで、このドアあかねーんだ! いるなら開けてくれ」
俺は、重い体を起こし、ふらふらしながらもドアの元へ向かった。
「いけません!」
突然、パオロが叫んだ。
「何言ってんだ、ティムが戻ってきたんだ」
「それはティムじゃありません」
「!?」
「本当のティムなら、この結界に遮られることなく入れるはずよ……」
「そして、本当のティムは、下の階層で死んだのです」
「何言ってんだ! 仲間の声も忘れたのか? いいからドアを開けてくれ! 蜘蛛が来ちまう」
「ダメよ! そいつはティムじゃない」
「そうです、そいつはティムじゃありません」
「……」
すると、ティムの声が鮮明に聞こえてきた。
「ジャン! しっかりしろ! ジャン!!」
その時、俺の本能はドアを開けろと言った。
さっきは、信じることの出来なかった本能に身をゆだね、俺はドアノブに手をかけた。
「ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…」
「いけません! いけません! いけません! いけません! いけません! いけません!」
突然、パオロとキンバリーが壊れた機械のように同じ言葉を繰り返した。
そして、パオロとキンバリーの二人が背中にしがみついてきたのだ。
「!?」
朦朧としながらも、ふり向き目を見開くと、そこには、血まみれで蜘蛛の顔をしたパオロとキンバリーが立っていた。
「いけませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「あけちゃ……だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
俺は、遠のく意識中、最後の力を振り絞りドアノブを回し、ドアを開いた。
そして再び意識が戻った時、目の前にはティムがいた。
ティムは泣いていた。
「すまねぇ……ジャン……すまねぇ……俺、怖かったんだ……」
ティムは、一人逃げたことを、ずっと俺に謝り続けていた。
ティムの話を聞くと、一度は逃げたティムだったが、思いとどまり戻ったという。
すると、俺を置いてパオロとキンバリーが逃げてきたのだという。
「ジャンは噛まれたの!」「もう手遅れですっ」
そう言って逃げて行ったという。
それでも、狭い坑道の中、得意の弓で確実にポイズンスパイダーを排除しながら戻ると、俺を発見したのだという。
ティムは、俺を引きずり、第三階層に入り込んだ蜘蛛達を排除しながら、この退避キャンプまで戻ってきたのだという。
そして戻る坑道で、ポイズンスパイダーの毒牙に噛まれ絶命しているパオロとキンバリーを確認したという。
そして退避キャンプに戻ったティムは、意識のない俺に、解毒剤を飲ませてくれたのだという。
結局、俺を助けてくれたのは、ティムで、パオロとキンバリーは、俺を見捨てた上に、死んでいたんだ……。
ーーーーーーーーーー
僕に話し終えたジャンは、悲しそうにうつむいていた。
「あの時見た、パオロとキンバリーは、毒でうなされる中見た悪夢だってみんな言うんだ」
僕も、そう思った。
でも、ジャンさんは、麻痺のない左手でシャツのボタンを外すと肩口を出して僕に見せてくれた。
「でも、俺にしがみ付いたパオロとキンバリーの手形が……アザになって、消えないんだよ……」
ジャンの背中には、明らかに人のモノとわかる四つの手形がハッキリとアザとなって残っていた。
ジャンは、ティムに解毒薬を飲まされ一命を取り留めたものの、噛まれた腕の麻痺は消えることなく、冒険者稼業から足を洗ったという。
そして最後にこう言った。
「俺は、ずっとこの二人を背負って生きていかなくちゃなんねぇんだ……あんたも旅をしているなら本能を疑っちゃいけないよ……あの時、俺はそれに従わなかった……これはその罰なのさ……」
ジャンさんは、器用に片手でボタンをはめ直すと、追加で頼んだ二杯のエールのジョッキを飲みほし、ふらつく足取りで店を後にした。
まだ30代を迎えたばかりのジャン・ベルジュは、かつて槍使いのジャンと呼ばれ、名うての冒険者の一人だったという。
しかし戦いの傷により利き手に麻痺が残り自慢の槍も扱えなくなってしまい、今では短剣を左手に持ち城壁の外にある水車番を務めているという。
「よろしかったら、不思議な体験とか一つお聞かせ願えませんか?」
「不思議な話だと?」
「冒険者ですから生死を彷徨うような恐ろしい体験はいくつもあるとは思いますが……怪異とでも申しますか……人智を超えたような、不思議な体験があれば聞かせてもらいたいんです」
「あんたは?」
「私は、怪異収集家のルークスと申します。その手の不思議な話を集めて、いずれ本にでもまとめようかと思ってまして」
「で? 俺のメリットは?」
「こういうのはどうでしょう? お話していただけたら一杯おごらせていただく」
「三杯だ」
「間をとって二杯では?」
「いいだろう。商談成立だ!」
そう言うと、ジャン・ベルジュは上記気に語りだした。
ーーーーーーーーーー
俺の名前はジャン・ベルジュ。
この辺じゃ、知らねぇ奴はいなかったぜ。
一時は銀等級の冒険者だったからな。
ま、それも今や過去の話さ……。
それは数年前の事さ……俺が血気盛んな冒険者だった頃の話だ。
俺は槍の扱いにはちょいとばかり覚えのあるランスマンとして、パーティの前衛を務めていた。
パーティは、前衛の槍使いのジャンこと俺、準前衛のクレリックのメイス使いパオロ、後衛は二人、レンジャーの弓使いのティムと、魔導士の炎使いキンバリー。
俺達は、いつものようにギルドの依頼を受けては、ドラコニス大陸の地下に広がるダンジョンの調査に当たっていた。
ドラーテムの冒険者ギルドで、俺たちを知らないものはいないってくらい、トレジャーハンターとして名声を得ていたんだ。
国宝級のマジックアイテムを見つけたことだってある。
ま、ギルドの依頼で得たアイテムってのは、全部、ギルドを通じて御上に献上しなきゃなんねーけどな。
一応、追加報酬は貰えるけどね……。
それで、その日も、俺たちは【カイザル鉱山跡】と呼ばれるダンジョンを探索する依頼をギルドから受けて地下第三階層の調査をしていたんだ……。
すでに第二階層までの坑道は、他の冒険者によって、調査が済んでいて、ギルドから渡された地図のおかげで特に問題もなく進むことが出来た。
「しっかし、薄気味悪い鉱山だぜ。同じ道をぐるぐると歩かされてるって言われても、今なら信じちまいそうだ」
ぼやき屋のレンジャー・ティムがさっそくぼやき始めた。
確かに、人が入らなくなって数十年も経つ坑道は、空気も淀み、まるで時が止まったようだった。
「この鉱山からは、かつて、多くの鉄鉱石を産出したらしいですが、30年前のカプト大地震の際、多くの坑道が崩れ、内部の様子がわからなくなってしまったそうですよ」
物知りのクレリック・パオロがうんちくを語る。
「ったく、パオロのうんちくが始まったぜ」
こう言って遮らないと、いつまでも語り続けるのがわかっているから、俺は早めに話に割って入った。
「当時は百年戦争真っただ中だったからねぇ……崩れた坑道の調査なんてことに、王国も金を使いたくなかったってことかねぇ」
皮肉屋のメイジ・キンバリーも口を開いた。
光も差し込まない坑道の中だが、キンバリーのフレイムライトの呪文で坑道の先まで見通せているおかげで、無駄口を叩く余裕があるのだ。
「今じゃこうして金が出て仕事になってるんだ、百年戦争終結から10年。これもまた平和の恩恵ってやつだろ」
「それにしても、こんな何もない鉱山を、なんでまた調査する気になったんだろうねぇ」
「噂によると……」
「うんちくのパオロが噂をネタ元にすんのか?」
ティムがツッコむと、パオロは苦笑いを浮かべながら話を続けた。
「これに関しては……噂しかないので、なんとも言えないのですが、二か月前、この鉱山に、もぐった冒険者が、重傷を負いながら、ハルスベルグに担ぎ込まれたらしいんですよ」
「冒険者が傷を負って担ぎ込まれるなんざ、珍しいことじゃないけどな」
「いや、問題は、その冒険者が、ミスリル鉱を握りしめていたというんですよ」
「ミスリル鉱?」
ミスリル鉱とは、銀の輝きと鋼をしのぐ強さを持ち、魔法石を使うことなくちょっとした魔法くらいなら付加することもできる特殊な金属・希少性の高いミスリル銀を含んだ鉱石のことだ。
「ギルドからドラーテム王国の王室に、この情報が上がり、ミスリル銀の鉱山が残っているって噂が広がったそうなんですよ」
「この鉱山からってのは確かな話なのかい?」
ミスリルと聞いて、一同も色めきたった。
もしも、ミスリル鉱の鉱脈を見つけることができれば、追加報酬はとてつもない額となるだろう……。
冒険者なら、誰もがとらぬなんとかを夢見るもんさ。
「そりゃドラーテムも調査したくなるだろうなぁ」
「でも、その担ぎ込まれた冒険者に聞けば話は早いだろう?」
「それが、その冒険者ってのが、熱病に冒されて、翌朝には亡くなってしまったそうで……」
ま、冒険者の噂なんで、あてにならないもんで、今じゃ、噂に尾ひれがつきまくって、最下層にはアダマンタイトの鉱山があるなんて話にまでなっているそうだ。
話を戻すが、俺たちはさっそく、まる一日かけて第三階層の退避キャンプまでたどり着いた。
退避キャンプってのは、ギルドが用意した安全地帯みたいなもんさ。
一定のエリア(今回は第二階層から第三階層に降りた付近)に結界魔法をかけて、ギルド員以外の敵の侵入を拒むようにしてあるんだ。
そこをベースにして調査を続ければ冒険のリスクは大きく下がるってわけだ。
そこからマッピングをしながら三日間、周辺の坑道を調査したが、これといったお宝はおろか、モンスターにすら遭遇しなかったんだよ。
そして四日目、俺たちは、北に向かう坑道の奥に、第四階層へ続く階段を見つけたんだ。
階段は、崩れた木製の柱などで埋まっていたが、キンバリーのファイアーボールの呪文で、簡単に全て焼き払うことができた。
本来なら、これで調査は終了。
ハルスベルグに戻り、ギルドにマップと報告書を渡して報酬を貰えばよかったんだが……俺たちは、冒険者の悪い癖が出て、それでは満足できなかったんだ。
一度、ミスリル鉱の鉱脈を見つけた妄想をしてしまった以上、手ぶらで帰ったとあっちゃ、トレジャーハンターとしての名折れだ。
俺達は話し合った。
ぼやき屋のレンジャー・ティムは反対をしたが、多数決の結果三対一の賛成多数で第四階層へ降りることを決断した。
第四階層は、第三階層とは、様相が変わり、ジメっとした湿気が漂っていた……。
壁はヌメヌメと濡れて、フレイムライトの魔法で照らされると乱反射して、視界が余計に悪くなるように感じた。
狭く視界の悪い坑道に、俺を先頭に、パオロ、ティム、キンバリーが続いた。
しばらく曲がりくねった坂道を下りながら進むと、突然開けたドーム状の空間に出た。
天井はフレイムライトの光は届かないほど高く、地面は闘技場のステージのように平らになっていた。
ここだけ、人工的な作りになっている?
この時、ここはヤバい……何かあると俺は感じたんだ。
これは冒険者の勘だ。
なんの確信も根拠もない。
間違いなく『ここで引き返せ』と、俺の本能がささやいたんだ。
だが、その時、引き返せない状況が目の前に飛び込んできた。
ドーム状になっている広場の真ん中で何かがキラリと光ったんだ。
「何か光ったよ!?」
「あれを見てください!」
そこには、ミスリル鉱に似た鉱石が山積みになっていた。
「ミスリル鉱じゃないかい!?」
全員が色めきたった。
まて、おかしい……。
こんな開けた場所の真ん中に、鉱石が山積みになっているはずがない……。
考えられるとしたら、それは……。
「バカ野郎! 罠だ!」
俺が叫ぶよりも先に、レンジャーのティムが叫んだ。
だが、欲に目のくらんだパオロとキンバリーは鉱石の山に走り出ていた。
次の瞬間のことだった。
ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト。
何かが天井から大量に降り注いだ。
無数の人の体ほどの大きさの黒い塊。
それが何か分かるのに、数秒の時を有した。
落ちた黒い塊からユルリと数本の足が現れる。
丸く固まって落ちてきた、それらの黒い塊は、巨大な蟲……。
赤い複眼、腹部には禍々しい赤い斑点。
それは、ポイズンスパイダーの群れだった……。
一体二体なら、毒牙にさえ気をつければそれほど脅威とはならないモンスターだが、数百の単位で囲まれては、戦える状況ではないのは明らかだった。
「パオロ! キンバリー、戻れ!」
「ファイアーウォール!」
炎使いのキンバリーが、呪文を駆使して道を切り開いた。
俺は合流した二人は、広場の出口を目指して走る。
「ティム! 援護をしろっ!」
だが、ティムは一人でポイズンスパイダーに囲まれて苦戦していた。
本来、レンジャーは遠距離からの弓での援護が主な役割であり、接近されてしまうと、手持ちの短剣で対処せざるえなくなるのだが、一撃でも食らえば毒を食らうポイズンスパイダーが相手では、相性が悪すぎた。
「だから、反対しただろーがっ!」
と、叫ぶようにぼやくと、ティムは背中を向け、一人、坑道へと逃げて行った。
「ティム!」
「あいつ……あたし達を見捨てやがったのかい?」
「こうなれば三人で突破しましょう!」
俺は殿しんがりとなり、槍を手に二人を先に行かせた。
あと少しで、坑道だ……。
坑道に入れば、少なくとも周囲を囲まれることはなく、最悪でも前後から攻撃されるだけ。
仲間がいれば対処できる。
その時だった。
一匹のポイズンスパイダーが俺に飛びかかってきた。
「たぁっ!」
渾身の突きを、そいつの顔面に突き刺した。
ガチンッ!
引きぬこうとした瞬間、毒牙に槍の突起が引っ掛かった。
すぐに引き抜いたが、その一瞬の隙が命取りとなった。
ガッ!
と、右の手甲を貫きポイズンスパイダーの毒牙が突き刺さった。
カッと右腕が熱くなるのを感じた。
「ジャンッ!」
そこからの記憶は飛び飛びで、よく覚えていない。
左手一本で槍を振り回しながら走り回った記憶。
次の記憶では、地面を誰かに引きずられていた。
おそらく、パオロだと思う。
でも、引きずられていく足元には、無数のポイズンスパイダーが俺達を追いかけてきていた。
次に記憶が戻った時、俺は退避キャンプの中にいた。
「キュアポイズン!」
右腕がぼうっと光り、少し暖かくなった気がした。
「ジャン、パオロが毒を消してくれたから、もう大丈夫よ……」
キンバリーが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「毒が全身に回っていますから、完全に回復するには時間がかかると思いますが……」
「あ……ありがとう……ティムはどうした?」
「知らないわよ、あんな裏切り者……」
「ここに戻ってきた様子もありませんし……最後に見た時、無数の蜘蛛が群がっていましたから……おそらく」
「そうか……」
「仕方のない状況でした。気を病むことはありません」
「そうよ。それに、あいつが逃げ出したせいでジャンが噛まれて……」
「……」
気分が悪かった……全身に回った毒のせいか、目を開くのも辛かった。
噛まれた腕は、ズキズキと痛みを増していた。
解毒の呪文の効果があまり出ていないように感じていた……。
その時。
ドンドンドンドンと扉を叩く音が響いた。
「開けてくれ! 俺だ! ティムだ!」
「ティム!? 無事だったのか?」
「なんで、このドアあかねーんだ! いるなら開けてくれ」
俺は、重い体を起こし、ふらふらしながらもドアの元へ向かった。
「いけません!」
突然、パオロが叫んだ。
「何言ってんだ、ティムが戻ってきたんだ」
「それはティムじゃありません」
「!?」
「本当のティムなら、この結界に遮られることなく入れるはずよ……」
「そして、本当のティムは、下の階層で死んだのです」
「何言ってんだ! 仲間の声も忘れたのか? いいからドアを開けてくれ! 蜘蛛が来ちまう」
「ダメよ! そいつはティムじゃない」
「そうです、そいつはティムじゃありません」
「……」
すると、ティムの声が鮮明に聞こえてきた。
「ジャン! しっかりしろ! ジャン!!」
その時、俺の本能はドアを開けろと言った。
さっきは、信じることの出来なかった本能に身をゆだね、俺はドアノブに手をかけた。
「ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…ダメ! 開けちゃ…」
「いけません! いけません! いけません! いけません! いけません! いけません!」
突然、パオロとキンバリーが壊れた機械のように同じ言葉を繰り返した。
そして、パオロとキンバリーの二人が背中にしがみついてきたのだ。
「!?」
朦朧としながらも、ふり向き目を見開くと、そこには、血まみれで蜘蛛の顔をしたパオロとキンバリーが立っていた。
「いけませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「あけちゃ……だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
俺は、遠のく意識中、最後の力を振り絞りドアノブを回し、ドアを開いた。
そして再び意識が戻った時、目の前にはティムがいた。
ティムは泣いていた。
「すまねぇ……ジャン……すまねぇ……俺、怖かったんだ……」
ティムは、一人逃げたことを、ずっと俺に謝り続けていた。
ティムの話を聞くと、一度は逃げたティムだったが、思いとどまり戻ったという。
すると、俺を置いてパオロとキンバリーが逃げてきたのだという。
「ジャンは噛まれたの!」「もう手遅れですっ」
そう言って逃げて行ったという。
それでも、狭い坑道の中、得意の弓で確実にポイズンスパイダーを排除しながら戻ると、俺を発見したのだという。
ティムは、俺を引きずり、第三階層に入り込んだ蜘蛛達を排除しながら、この退避キャンプまで戻ってきたのだという。
そして戻る坑道で、ポイズンスパイダーの毒牙に噛まれ絶命しているパオロとキンバリーを確認したという。
そして退避キャンプに戻ったティムは、意識のない俺に、解毒剤を飲ませてくれたのだという。
結局、俺を助けてくれたのは、ティムで、パオロとキンバリーは、俺を見捨てた上に、死んでいたんだ……。
ーーーーーーーーーー
僕に話し終えたジャンは、悲しそうにうつむいていた。
「あの時見た、パオロとキンバリーは、毒でうなされる中見た悪夢だってみんな言うんだ」
僕も、そう思った。
でも、ジャンさんは、麻痺のない左手でシャツのボタンを外すと肩口を出して僕に見せてくれた。
「でも、俺にしがみ付いたパオロとキンバリーの手形が……アザになって、消えないんだよ……」
ジャンの背中には、明らかに人のモノとわかる四つの手形がハッキリとアザとなって残っていた。
ジャンは、ティムに解毒薬を飲まされ一命を取り留めたものの、噛まれた腕の麻痺は消えることなく、冒険者稼業から足を洗ったという。
そして最後にこう言った。
「俺は、ずっとこの二人を背負って生きていかなくちゃなんねぇんだ……あんたも旅をしているなら本能を疑っちゃいけないよ……あの時、俺はそれに従わなかった……これはその罰なのさ……」
ジャンさんは、器用に片手でボタンをはめ直すと、追加で頼んだ二杯のエールのジョッキを飲みほし、ふらつく足取りで店を後にした。
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