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第110話 武芸の神、アルタ・モリス
しおりを挟むダイゲンがまだ目で物をみて、盗みを生業としていた時代、彼はある建物へ盗みに入った。
何もめぼしい物はなく、彼はそこに住んでいた女性に返り討ちにあってしまう。
「う、うう……ここは?」
目を覚ました彼は腹部に痛みを感じながら起き上がろうとする。周囲を見渡すと畳のある部屋で横になっていた。体が冷えないように掛布団をかけられ、近くには火鉢もあった。
「痛っ……」
ここに来る前に彼は一悶着あったようで彼の身体にいくつもの傷があった。
「ほら、まだ安静にしてないと駄目ですよ」
部屋の襖をあけ一人の女性が入ってくる、昨日暗闇で戦った相手の声だ。
昨夜は暗闇で戦った為詳細まで相手の外見は分からなかったが、彼女は白と黒の着物を身に着けており、絹のような黒髪の美しい女性であった。
ダイゲンは見惚れてしまう。
「さぁ、朝食にしましょう」
彼女はダイゲンの為に小さな机を用意し、料理が盛りつけられた皿を並べていく。
「……」
彼はただ黙ってその料理を見ていた。
「どうされました?食欲が出ませんか?それとも何かお嫌いな物でも?」
「い、いや、何でここまで、オイラはアンタに……」
昨日の出来事から考えれば彼はここまでされる理由はない、むしろ殺されていてもおかしくはない。
「まだアナタは何もしていないではないですか」
彼女はそう言ってフフッと笑う。
「まあ、結果だけみたらそうかもしれねぇけどよ」
昨日の自分を思い出す、一方的に倒された彼は自分を恥じる。
「ささ、そうとなれば食べましょう」
「……いただきます」
ダイゲンは食事を口に運ぶ。もしかしたら一服盛られているかもしれない、そんな考えが一瞬頭をよぎらない訳では無い。しかし、目の前の女性からそのような悪意を彼は感じとれなかった。
それ故の不気味さはあったものの彼は観念し食事をする。
「……うまい」
料理はとても上手く、優しい味で温かい料理だった。
彼はそこから止まることなく料理を口にかき込んでいく。
「随分とお腹が空いていたんですね」
彼女は口元を隠し笑う。
「そうだ、アンタはどうしてあんな暗闇であそこまで戦えるんだ?オイラも暗闇で動くのには自信があったが、あそこまでは無理だ。灯りも一つ付けずによ、オイラが入ってくるのが分かってたのか?」
ダイゲンは食事をしながら話をする。
「勿論あなたには気付いていましたよ。灯りはいつも付けてないんです」
「え、どうして……」
ここで彼は初めて彼女の顔をしっかり見た、すると彼は気付く。
彼女は目を閉じていた、目を細めている訳ではなく、完全に閉じていた。
「アンタ、目が……」
「そう言う事です」
「すまねぇな、妙な事聞いちまったかな」
「気にしないでください、見えないが故に視えるものがあるんですよ」
ダイゲンは食事を終えて質問を続けた。
「そ、そう言ってもよ、あの動きはなんだい?素人の動きじゃなかったぜ」
「日ごろから鍛錬していますからね」
答えのような、答えじゃないような返しに彼はピンと来ずにいた。
「それよりもあなたの状態ですが、相当無理をしているようですね。全身傷だらけじゃないですか、ここで少し休まれてはいかかです?」
確かに彼女の言う通り彼はここまでずっと盗みの仕事をしており、その中では戦う事もあった。彼は憑りつかれたようにそれを繰り返す日々だった。
「……アンタ、名前は。オイラはダイゲンって言うんだ」
ダイゲンがそう名乗ると相手もそれに応える、明らかに話をそらしているが、相手はそれを指摘する事もなく頷く。
「私はアルタ・モリス、もう感づいてるかもしれませんが元女神です」
「その元女神様が何だってこんな所に、もっと豪華な生活してるもんだろ」
彼が見聞きした女神たちの生活はどれも豪華絢爛なものだった。
「そのような生き方は私の好みではありません。ですが……」
彼女はそう言うと酒を取り出す。
「お酒は如何です?寒い日には良いですよ、私はこれに目が無くて」
ニッコリと笑うモリス。
「目がないって、こりゃあまた一本取られたな」
ダイゲンはそう言って笑い返す。
それからダイゲンはその神社でモリスと時を共にするようになった。
彼女は時折村に降りては人々の悩みを聞き助けていた、病気の者には治療を施し、飢えた土地があれば彼女の力を持って息を吹き返させる。
「モリス、アンタはもっと凄い事が出来るんじゃねぇか?」
ある日ダイゲンはそんな質問を彼女にした。
「確かに、私たちにかかれば、ここら辺一帯を最も富んだ土地にする事もできます、そして火の海に変える事も。でもそれは混沌を招きます、行き過ぎた力は暴走し、そして全てを奪い去ってしまう」
彼女のその声はとても悲しそうだった。
「ダイゲン殿はここ以外にも世界があることをご存じですか?」
「世界?」
彼は彼女が何を言っているのか意味が分からなかった。
「私の目はこんな風ですが、他の世界を見ることができるのです。私はこの目で見て知りました、他の世界にも神の話があるのです。彼らは人々の平穏を願って尽くした、今はどうやらその意思も軽薄化しているようですが」
彼女はそう言うと穏やかな声でこう言った。
「そのような存在に私はなりたい」
ある日の早朝、ダイゲンが目を覚ますと神社の庭でアルタ・モリスが稽古をしている最中だった。
「その見たこと無い技も他の世界の奴か」
「ええ、これは武術、武の道を歩む者が使う技です。武はただ人を殺す術にあらず、鍛錬を積み、その道を進むことで己の精神を高みへと導く。フフッ不思議ですよね、こんな事を言っても殺す技には変わらないはずなのに」
彼女はそう言うと持っていた薙刀を壁にかけ、刀を取り出した、その刀身の全体は彼女の身長よりも長い。
再び外に出て地面に落ちていた枯れ枝をポンと蹴り上げる。刀を構えた彼女は目にも止まらぬ早業で刀を抜き、宙に浮いた枝を一瞬にしてバラバラに斬り裂く。綺麗な切り口、均等に切り分けられた枝たちが地面に落ちるとまるで慎重に置いたかのように整列し立っていた。
「……お見事」
感嘆の言葉を述べるダイゲン。
「そんな殺しの技でも……何か希望が見えたんです、心を感じました。私たちは罪を重ね過ぎた、魂が未熟であったが故に」
モリスはその薪を拾い上げ、縁側に座った。
「かつて仲間が捕らわれたおりにこの技を持って助ける事ができました。ですがその時の心は荒波のようだった。私もまだまだです」
「……なぁ、その武の道って奴をオイラにも教えてくれないか」
「ふふふ、喜んで」
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