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第100話 受け継がれしもの
しおりを挟む殴り飛ばされた先から不死王がやってくる、彼の体は殆ど砕け散っていたが、彼の不死の能力は本物のようで、瞬く間に肉体が再生されていく。
「……とうとう死んだか」
頭部が修復され、次に胴体、手足と元に戻しながら不死王は歩き始める。
「最後にカヅチ・タケミの魂は最大の輝きを放った、それがこの破壊力を生み出した。これが狙いだったのか?」
不死王はタケミに近づく。
「なんてやつだ、死ぬこと前提か?いや言っていたな、生きてたらラッキーなのがこの人生と、にしても限度があるだろう。仲間の死は受け入れられんのに自分の死は受け入れ続けている、自分勝手にも程がある」
彼の前で倒れるタケミの身体は灰色の炭のようになっており、辛うじて残っている部分も崩れ始めていた。
「お前が放った全力の一撃、それを見た時俺は……俺は久しぶりに死を感じた、不死王と名乗っておきながら何とも情けない。しかしなぜだろうな、恐怖はなかった」
そう言って彼は小さく笑う。
「チャンスか……皆、いるか」
不死王は振り向いて兵士たちを呼ぶ。
「不死王様、こちらに」
「術式の準備をしてくれ」
彼はタケミの体を魔法でゆっくりと浮かせる。
「手足が無くなったというのに重たいな」
そんな事を言いながら彼は階段に向かう。
「彼女のいる間でおこなおう……」
「畏まりました」
不死王は階段を降りていく。
「お前の魂に刻まれた記憶をみたぞ、お前の親も相当酷いもんだな。ずっと床に伏せるお前をほったらかしか。俺も中々酷いもんでな、虫の居所が悪いってだけで殴られるし、刃物を向けられた事もしょっちゅうだ。どうやら金持ちの子でも貧乏人でも幸せの要因はまた別のようだな」
彼は階段を降りながらタケミに話しかける。
「子ども頃に思ったんだ、こんな所でこんな連中に殺されて死ぬなんて、死んでも嫌だと」
当然タケミは返事をしないが彼は話を続けた。
「だから俺はネラに不死の力を求めた、アイツはきっちり俺の願いを聞いてくれたよ。不死身の肉体、そして大量の魔力もおまけしてくれた」
下に降りていく階段の途中には様々な絵が飾られていた、その中には彼と妻が描かれているものがあった。
「そんな俺がこの世界にやってきて、国を治め、妻が出来た」
彼は自分と妻を描いた絵の前で止まる。
「お前の言うとおりだよタケミ。俺達が与えられたのは能力だけじゃない、チャンスなんだ。もう一度、生きたいように生きるチャンス」
自身の胸に手を当てる不死王。
「俺の中にある怒りはネラに向けたものじゃない、女神や世界に向けたものじゃない。本当は自分に向けたものだったんだ。それを勘違いしていたから苦しかったんだな」
彼はハッとした。
「驚いたな、妻を失ってから百年は経ったがその間に出なかった答えが、お前と話した事で出た」
そう言って彼は笑う。
「お前の助言のとおり、俺に必要なのはカウンセラー、話し相手だったのだな」
不死王は階段の先にある部屋に入る。そこは他の場所と違い落ち着いた雰囲気で花がいくつか飾られていた。部屋の中心には大きな棺があった。
「やあ、今日は随分と賑やかにしてしまったね」
彼は棺の横にタケミを優しく下ろす。
棺の蓋を開けると美しい女性が現れる。彼女はシンプルながらも綺麗なドレスを身に着けており、まるで眠っているかのように安らかな表情だ。
「今日は君に紹介したい人がいてね。カヅチ・タケミと言って、俺の後輩なんだ」
扉をノックする音が聞こえた。
「準備が出来ました」
兵士がそう告げると不死王は頷く。
「ああ、入って良いぞ。他の者も集めるんだ、話がある」
不死王はそう兵士たちに伝える。
兵士と馬が部屋に集まった。兵士たちが兜を外す、彼らの顔は焼けたものや傷だらけのもの、激しい戦闘直後のような顔ばかりだ。馬も馬の骨に灰色の霧が被さるようにして肉体の形を作っている。
「話は他でもない、今日で俺はここの王をやめる」
彼が話はじめると、兵士たちはただ黙って聞いていた。
「勝手な話だとは思う、皆に不死の呪いをかけたというのに。だが俺はどうしてもこの男を助けたいんだ」
彼がそう言うと先頭に立っていた隊長らしき兵士が言った。
「ではこの者に」
「そうだ、このカヅチ・タケミは全ての力を使い切ったことによって魂が形を保てなくなっている。だが俺の魂を、タケミの魂の欠けた部分に補填すれば助かるかもしれない。共通がある分、他よりも成功率は上がるだろうが、まあそれでも奇跡が必要なのは変わりない」
彼はそう言うと兵士から道具を受け取り、魔術陣を地面に発生させその陣を囲うように黄金に輝く粉をまく。
「術が完了すれば俺の身体は形を保てなくなり消える。そしてお前らの不死の呪いも解け、ようやく死ねるわけだ。長い間迷惑をかけたな」
不死王がそういうと兵士達は膝をつく。
「我らもお使いください、我らにも貴方様の魔力が多少ながら流れています」
兵士たちはそう申し出た。
「そうです、我々は自ら望んで不死王様に仕えました。不死の身になったのも全て自らが望んだ事、最後までお供させてください」
「全く、俺の周りには出来た人間しかいないのか、自分がみじめに思えてくる」
「あなたを、そして奥様を支えるのが我々の務めです。もっと頼ってください」
話している間に騎士たちは準備を終わらせた。
「この術は君を生き返らせようと研究していた時に見つけたものだ、まさか自分を殺す術を生み出してしまうとはな」
魔法陣は淡く光を放ち始める。
「魂の破壊と再構築、これを使って君の肉体に魂を入れても、まともな結果にはならないだろう。良くて俺の肉体が変わるだけだ。まったく無意味な術を生み出したと思っていた」
不死王は彼の妻の頬を撫でて言った。
彼女が綺麗なのは復活させる為に何かしらの術を施していたのだろうか。
「君は多くを望まなかったあの日君にも不死の呪いをかけていればと何度後悔したか、でもこれで良かった」
彼はタケミを魔術陣の真ん中に置く。
「長い間ずっと考えていた、なぜ俺は生きているんだろうかって、君もいないのに、でもようやくその答えが分かった気がする。俺の役目はこの男を先に進ませる事だ」
棺の隣に立ち、術を発動させる。
「これは必然なんだろうか、だとしたら何て危なっかしい運命だ。そんな道でもこの男は進むのだろうな、それがカヅチ・タケミという男なのだろう」
彼の腕が消え、木炭のような腕がタケミに現れる。
「もしこれが成功したら、それこそ神のような者がお前が生きるように仕向けているのだろう。カヅチ・タケミ、お前に俺たちの魂を託す。先輩からの贈り物だ、存分に使ってやってくれ」
今度は彼の両足が消え、落ちる彼を兵士たちが受け止める。タケミの身体に木炭のような足が現れる。
「それでは達者でな」
彼がそういうとタケミは姿を消す。彼は城の外にタケミを移動させたようだ。
「これで城の崩壊には巻き込まれないだろう」
「すまないが、彼女の横に寝かせてくれ」
彼らは不死王を棺へと運ぶ。
「トツカ様、今まで本当にお疲れさまでした」
「トツカ……随分と久しぶりだな、その名前で呼ばれるのは。皆最後までよく尽くしてくれた。ありがとう」
不死王は眠る妻の顔を見る。
「人生に意味なんてあるのか、もしかしたら最初からそんなもの無いのかもしれない。だからこそ意味を見出す必要があるのかもしれぬ、俺には出来なかった生き方だ。最後にようやくそれが出来た」
彼はそう言って彼女に寄り添い、笑みを浮かべる。
不陽城は音をたて崩れていく、城を覆う結界も壊れ、その隙間から光が差し込む。登りゆく朝日に照らされながら不陽城は崩れ去った。
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