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第99話 消えゆく者の拳

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 不死王の攻撃を喰らい、深刻なダメージを負ったタケミ。彼はなんとか拳を地面に突き立て再び立ち上がる。

「内臓までやられたはず、最初は感心したが流石にしつこいな。何よりもその眼」
 タケミの目はいまだ真っすぐ彼を見ている。

「まだまだぁ……!」
 タケミは黒夜叉の出力を引き上げ、拳を繰り出す。

「……強烈無比!しかし」

 攻撃を受けた不死王は妙な音を聞き取った。タケミが行動をする度に妙な音が彼の身体から発せられていたのだ。

(行動する度に筋肉が断裂しているのか、骨も折れている。それを持ち前の回復力で治している。しかし、それも治ったそばから破壊されている。加えて先程よりも大きく聞こえる奴の心臓が鼓動する音、いつ心臓が破裂してもおかしくない)

「オラァッ!」

 タケミは自身の肉体を壊しながらも攻撃を続け、最後に不死王を殴り飛ばす。

「しまった、また力が分散したな、はぁっはぁ」

 彼は倒れそうになるがなんとか持ちこたえる。この時点ですでにプロエと闘った時よりも遥かに長い時間、黒夜叉を使用していた。

「はあ、はあ……なんだ?煙の色が」

 タケミの身体から上がっていた赤い煙が青色に変わっていく。

「なるほど、そのドーピングのタネがようやくわかったぞ」



「貴様は魂そのものを燃料にし、ドーピングを実現しているのだな?」
「魂?これは全身の血流速度を早めてんだ、さっきから心臓の音聞こえてんだろ?」

 タケミの返答を聞き首をふる不死王。

「なんだ、自身の能力を理解していないのか」
「おれがネラから貰ったのはこの肉体だ、挑戦できる身体だ」

 自分の胸を叩きそう言うタケミ。

「そう説明したのか、やはりアイツは本当のことを語らないな……」

「?」

「貴様の魔力が極めて低い、最初はそう思った。だが違うな。貴様は魔力になるはずのモノを生命力に変換している。生命力を用いてその肉体を構成しているのだ」

 不死王はタケミの身体を指差す。

「俺は魂に関する研究をしていた。故に魂をより詳細に観察することができる」

「魂ね、それで魂を燃料にしてるって?」

「貴様の黒夜叉だったか、それは生命力を膨大に消費している。少しの間なら我々が魔法を使うように貯蔵分を消費するだけだ。しかし貯蔵している物を使い切ったらどうなるか……」

 不死王は手の上に灰色の炎を出し、その色を青へと変えた。

「本来使ってはならぬ領域のエネルギーを使わざるをえない。より根源的なエネルギー、魂という事だ」

「それが燃えているから煙の色が変わったのか?」

「そうだ、魔力や貴様の生命力は放っておけば回復する、だが魂はそうは行かない。実を取っても枯れていない木が残れば、次の実はいずれ生るだろう。しかし貴様は木そのものを燃やしているのだ。それが今の貴様だ」


「随分と丁寧に教えてくれるね、先輩」
「分からんのか、貴様の魂は最早消えかけている。たとえこの場を逃げ出したとて、その先は極めて短いものだぞ」

 肩をすくめるタケミ。

「それが?」
「恐ろしくないのか?死ぬことが」

「やりたいことやってるからな。まあ生き残れたらラッキーって感じでずっとここまでやって来たし」

「なんだと?」
 不死王は彼の返答に驚いていた、タケミはそれよりも自身の身体の様子を確認していた。

(あと一撃って所か……どうすっかな……)
 タケミは身体の感覚から次の攻撃が自分が出せる最後の一撃だと確信した。

「そうだ……、なぁ!ちょっと賭けしようぜ!」

「賭け?」
 不死王は聞き返す。

「アンタが勝ったらおれ達をどうぞ殺してくれ、望みの死にざま見せてやるよ。だが勝ったら今回は見逃してくれ、出来ればおれ達が決着を付けるまで待っててくれ。それが終わったらいつ来てもいいからよ」

 突拍子もない話に不死王は呆然とする。

「どの道、この戦いを制するのは俺だ、その賭けにのる意味がない」
「まあ最後まで話を聞けって、この賭けの内容が面白いんだから」
 タケミは手を前に突き出して話す。

「お互いに全てをのせた、正真正銘、全力の一撃を相手に叩き込むんだ」

 その発言で眉間にシワを寄せる不死王。

「また全力か、好きだなその言葉」
「勿論この話に乗ってくれるって言うなら先手はアンタに譲るよ」

「それとも何か?全力の一撃じゃあおれを仕留めきれないって思っているのか?」
 タケミは笑ってそう言った。

「そんなに安い挑発は初めて聞いたぞ」
 不死王は笑った。

「魂が見えてるんだろ?なら次におれが、アンタの言う【全力】の一撃を出したらどうなるか分かるだろ」

「だから尚更ききたいな、そんな事をして何になる?」

 タケミは握りしめた拳をみせる。

「はじめの方に言っただろ?挑戦しないで終わるのは嫌なんだよ。最後まで挑み続けたいだけだ」

「死神にそこまで尽くしても奴は何も返してはくれんぞ」
 不死王の返答にタケミは笑った。

「これ以上ネラから何か貰おうなんて思ってねぇよ」
「?」
「だってネラはおれに、死んだはずのおれに、もう一度チャンスをくれたんだ」
 
 不死王の目から見て、タケミの命は風前の灯火、いつ消えてもおかしくない状態だった。

「矛盾していないか?そのチャンスを今棒に振ろうとしているんだぞ」
「矛盾してないさ、おれは生きたい道を生きてるだけだ。それに最初に挑戦するのが望みだってネラには言ってあるし」

「これも俺からしたら余興の一つ、受けてやる」
 不死王は剣を構えた。

(なぜだろうか……死神に呪いをかけた時、遂にこの時が来たと、達成感を得たのに。今しがたその事を忘れていた。不思議な奴だ)

 タケミは傷だらけの両腕を前に構え、不死王の姿を腕の間から見据える。
(さあ、一か八か、いや万に一つ、人生最後の大博打って所か)

 不死王が掲げたその大剣は魔力を纏い、より強く剣を灰色に光らせた。

「先も言ったが、この魔剣は魔力を増幅させる。そんな剣に過去にないほどの魔力を注いでいる」

「へぇ、そいつは楽しみだな」

(この一撃を耐えれる筈はない、一帯を軽々と消し飛ばせる破壊力を集中させ、こいつ一人に叩き込むんだ、確実に死ぬ)

「アンタの腹ん中で煮詰めてる怒りも、全部その一撃に込めて撃って来い!」
 声を上げるタケミ。

「おれを……討ち取ってみろォッ!」
 彼は笑ってみせた。

「ハッ、どこまでも分からん男だ」
 不死王は笑う。

「俺の怒りか良いだろうッ!」

 彼の魔剣がより一層強く光り輝く、彼らの周囲は大きく揺れている。



 不死王は遂にその魔剣を振り下ろした。

 タケミの視界は灰色一色になる、そして想像を絶する衝撃が襲う。その衝撃は城を半壊させた。

「城すらも、この一撃の前では流石にもたんか」

 不死王の視線の先にはタケミが残された壁にめり込んでいた。

「酷いありさまだな」

 タケミは右肩から先を失い、両足大腿部の側面を多く失っていた。傷口はその圧倒的な魔力に焼かれたのか、あるいは彼の身体にはもう流すだけの血が無いのか、出血すらしていない状態だった。

「さあ、俺の番は終わったぞ」

 不死王が呼びかけるとタケミが動き始める。

「その体でまだやる気か?」
「当たり前だ……へへへ、ラッキー、片腕残ってたから殴れるぜ」
 タケミの言葉を聞いてため息をつく不死王。

「そうだよな」

「これで……ようやく、準備が……できた」
「準備だと?」

 顔をしかめる不死王。もう満身創痍どころか死体と言っても過言ではない彼が一体何ができると言うんだろうか。

「あんたの言う通り……全力を出したつもりになってた、でもどこかで次の為に、明日の為にってギリギリのところで踏みとどまっちまう。それが生きてる者なんだろう、だから……」

 タケミは壁から這い出てくる。

「本当に底が見えんな」

 不死王は剣を床に突き立て、自ら彼に近づく、タケミが近寄る必要が無いように。

「ありがてぇ……もう歩くのもシンドクてよ」
 笑いながらタケミは不死王が来るのを待ちながら残った拳を構える。


「最後に聞いて良いか」
 タケミに近づいた不死王は静かに尋ねる。

「今の貴様に怒りの感情はない。俺は仲間を殺そうとしており、人質を使い貴様をおびき出すような卑怯な手を使っている。貴様のようなタイプはこういう手段を取る相手には激怒すると思ったんだがな」

 かつてスライム族がユイとネラを盾にした際、彼は激怒した。

「最初はな……だけどアンタ悪い奴に見えねぇんだよ」
 ボロボロの顔で微笑むタケミ、彼のその表情には優しさすら感じられる表情だ。

 不死王は一瞬目を見開き、驚いた表情をする。

「お前は人を見る目がなさ過ぎるな」



「行くぜ」
 タケミは左拳に力を込め、そして大きく、片足を踏み出す。

(この一撃を出すには生きてたらダメなんだ、生きているからまだ生きねぇとって無意識に考えちまう。だから、もうどうしようもない状況に陥るしかない)

 彼の身体はもう活動している事自体不思議な状態だ。

 いつも傷を治してくれるユイはいない。
 倒れた彼を守ってくれる仲間もいない。

 この時点で彼の死は確定的なものになった。

 だが彼はこの状況を生み出す事こそが、賭けを持ちかけた一番の理由だった。
 今の状況だからこそ打ち出せる一撃がある、彼はそう考えていた。

「これが……俺の全てをのせた一撃だッ!」

「ーーーーッ!」
 咆哮し、最後の一撃を不死王に放つタケミ。

 不死王は逃げる事なく、顔をそむける事もなく正面からその一撃を受ける。

 その衝撃はどこまで驚いたのだろうか。
 城の屋根が破壊され、城外にあった山さえも大きく抉っていく。


 不死王を捉えたその拳は、まるで石のように砕け散る。次に腕が砕け、肩が砕けた。同じように一撃を支えた両足も砕け崩れる。

「やりゃあ……できるもんだな……」

 自分が放った一撃が起こした光景をみてタケミは笑った。

(イチ、これが俺の生きる道の終着点だ。せっかく託してくれたのに、託す相手が悪かったな。そうだ、今度会ったら見る目がねぇって言ってやろうかな)

 地面に落ちた際、胴体にも一部ヒビが入り崩れた。

(ネラ、ユイ、クロ、ごめんな。それとマートル……すまねえな、結婚できなくて。幸せにしてくれる相手をみつけてくれ、お前ならきっと見つけられる)

 彼はそんな事を考えながら目を閉じた。

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