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第92話 拳で戦う彼の過去

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「もしかして魂そのものを作り出してるのか!」
 ネラは怒り、鎌を握りしめる力が一層強くなる。

「その通り、より魔力をもった魂を生み出す。成功率はまだまだと言った所だが、それよりも奴隷を買うよりもずっと効率的だ」

「どこまで堕ちれば気が済むんだテメェ等は!」
「堕ちるか、見解の相違だな。私達は次の段階へと進んだまでだ」
 ネラの怒りなど一切気にする様子もないグロリア、その態度はネラの神経を更に逆撫でする。

「魔神王との戦争の為か」

「そうだ、貴様もそうだろう?魔神王と私達の戦いの為にあの二人を用意した。今回のように二人を露払いに使用し、このような状況を作り出す。あとはその力を使って終わらせるつもりだろう」
「……」
 返事をしてこないネラを見てグロリアはニヤリと笑う。

「先ほど私達の行為に怒っていたようだが、貴様も同じことをしているではないか。ましてやあの二人とは、死者に鞭をうつような行為どころではない。やり方も中々にあくどいではないか……」

「好き放題言ってくれやがるな」
「真実を述べたまでだ」
 ネラは頭を振る。

「なあ、死神ネラよ。そんな名前は捨て昔に戻らんか?」
 グロリアは手を差し伸べた。

「共に来ないか?そうすればお前の中の力を少し我々が肩代わりしても良いぞ?」

「断る、今の話で私は1秒でも早く……」
 ネラは一瞬でグロリアの背後を取った。

「てめぇの首を取りたくなった!禍炎!」
 鎌に纏わせた黒炎を放つネラ。

 グロリアは黒炎に包まれる、しかしその炎はすぐに消えてしまう。

「……ちっ」

「貴様のこの能力は本当に厄介だった。我々から再生能力を奪い焼き尽くすまで消えない炎。しかし、それも既に対応済みだ。もうお前の炎は効かぬ」

「なら直接斬り落としてやる!」
 ネラはグロリアに急接近し斬りかかろうとする。

 グロリアに攻撃が当たるその瞬間、相手の陰から何かが現れ攻撃を防ぐ。

「なんだ?!」
 危険を感じ取ったネラは跳び下がる。

「紹介しよう、我々が誇る勇者に次ぐ兵”選ばれしもの”だ」
「いろんな奴の魂が混ざってる?あの闘技場にいた気色悪い奴か!」
 ネラが黒炎を放つ。

 ”選ばれしもの”は炎に飲まれながらもネラに攻撃を仕掛けてくる。

「無駄だ、それの回復能力は貴様の炎を上回る」

「クソ!面倒な奴らだな、こいつを使うか」
 ネラは魔力を更に放出し、黒い布を発生させる。

「始まりの力か」



 タケミは地下の施設で実験体のイチと魔力の子ども達と共に話をしていた。

「一つ聞いていいかな?」
「なんだ?」

「クロとはどこで知り合ったんだい?」
 イチはクロを見て質問した。 

「あー、コイツは奴隷商人の奴が連れてたんだ。そこで喰い合ったりしてー、気付いたら仲良くなってた。な、クロ!」
「ガウ!」
 クロは魔力の子ども達を背中に乗せている。

「聖獣と喰い合いって……どこまでも規格外だなタケミは」
「ん?聖獣ってクロのことか?」
 聞きなれない単語に反応するタケミ。

「え?知らないで一緒にいるのかい?」
「ああ、まあ強い虎だなぁとは思ったけどさ」

「クロは昔ここにいたんだよ、そういう存在がいるのは知っていたけど見たのは初めてだった。この子達に教えてもらったんだ」

「女神たちに捕まってた。でもある時逃げ出したの」
 魔力の子ども達がタケミにそう言った。

「お前ここから来たのか!それでさっきは嫌そうな顔してたのか」

「クロは女神に対しては極めて凶暴で、戦闘力も並外れている。女神達も色々と研究しようとしたんだが手に負えなかったみたいだね」

「ああ!クロは魔法も使えるし、それ抜きでも十分強いんだ」
「がう」
 顔をタケミにこすりつけるクロ。

「そんなクロにそこまで懐かれるなんてね。その時も素手だったのかい?今も武器を持っていないようだけど」
「そうだ、武器は持ってねえ」

「それにはなにか理由が?」
 タケミの拳をみるイチ、彼の拳は古傷だらけだ。

「おれなりの信念みたいなもんかな……たぶん」
「信念か、どういうのだい?」


「おれはこの拳でどこまで行けるのか知りたいんだ。ネラから貰った身体でな」

「君等はみな、転生したんだろ?君は生前格闘家とか武道家だったのか?それで今回も拳を極めようとしている!って感じかな?」
 イチがファイティングポーズを取って見せる。

「そんな大層なもんじゃなかったよ。ずっとベッドの上か車輪付の椅子の上にいるだけ人生だった」
 タケミは笑ってそう言った。

「病弱だったんだ」
「なんかあんまり思い出せないんだけどな。でも鮮明に覚えている事はあるよ」
「それは?」
 イチが聞かれて、クロを撫でてタケミは口を開く。

「おれは何もかも諦めちまった事」
「諦めた?」
 タケミはため息をついた。

「もうどうせ何しても無駄だってな、こんな環境じゃ、こんな身体じゃあ、こんなおれじゃあってな。今もそれを思い出すと身体の芯の方からズシンと嫌に重たくなるんだ。探せば必ず何か出来ることがあっただろうに。世の中には自分よりも過酷な環境でも全力で何かやり遂げて輝いてる人がいるっつーのに」

 そう言ってタケミは自分の手をみる。

「だからネラにこの世界でもう一度生きられるって言われた時に思ったんだ。今度は挑戦し続ける、そんな人生を歩んでみたいって」

「なるほどね、挑戦し続けるか。中々自分に厳しいね、でも楽しそうだ。じゃあ最初からずっと拳だけで戦ってたのかい?」

「いや、最初は普通に石や木で作った武器を使ってたよ。まあこっちに来た時に山の中に放り出されてな、そこで少しの間サバイバルしなきゃならなかったんだ。その頃はまだ身体は細くてさ」

「細い?君の身体が?想像できないな」
 タケミの身体を見て”信じられない”、といった顔をするイチ。

「そん時に会ったんだ」
「誰に?」

「魔神王だよ」
 イチが目を見開く。

「ええ!魔神王に会ったのかい?!魔神王ってそもそもどこにいるか不明で、女神たちでさえその姿をみたものは殆どいないんだよ」

「そうなのか、まぁ確かにあいつ突然やってきたな。なんか別の目的だったみたいだけど。そん時のおれは敵だと思って襲いかかったんだ」

「すごい、豪胆だなぁ」



「なんだお前ら!」
「この山に人?まあ良い、邪魔をするな」
 バアルがタケミに向かって魔法を放とうとする。

「待てバアル」
 そんな彼をある者が一声で止める。

「魔神王様」
 バアルは後ろに下がった。

 魔神王、身長は2mほどだろうか、異形の髑髏を模した仮面をつけている。ネラのようなうねった黒髪、マスクの隙間から青い炎が漏れ出している。

「どうやら君の縄張りに土足で踏み入ってしまったようだ。だが我々にとってもこの場所は重要でね」
 魔神王は何もない場所から剣を生み出してタケミの足元に投げる。

「どうだ?一つ決闘をしようじゃないか。君が勝ったら我々はここを去る、そして副賞として食糧も渡そう」

 タケミは剣を取り、魔神王も自分の剣を生み出す。

「バアル、水を差してくれるなよ」
「畏まりました」

(何がなんだか分からねぇが、食糧が貰えるってんならやるしかねぇ。森の魔獣も怯えて出てこないし、こいつら何者だ?)
 タケミは剣を構え走り出す。

「オラァッ!」
「なんだその剣の振りは。棍棒じゃないんだぞ」
 タケミの攻撃を難なくかわす魔神王。

「うるせぇ!剣使った事ねぇんだよ!」

 それからタケミは必死に攻撃を仕掛けるも全く魔神王には当たらない。
 その後も絶えずに攻撃を続けるが一向にあたる気配がない。

「やっぱりお前は戦闘向きではないか?」
「はぁ、はぁ……このやろう!」

 タケミが斬りかかるが剣が弾かれてしまう。

「……ぐ!」
「決着かな」
 剣をタケミの喉元につきつけた魔神王がそう言う。

「勝手に決めんなッ!」
 タケミは剣を掴み、それを押しのけた。

「ーーーッ!」
 声を上げ、タケミは相手の懐に飛び込み拳を放つ。

 拳は魔神王の顔に叩き込まれた。

「素晴らしい、期待できる一撃だ」
 魔神王はそう言って殴り返す。

「……がぁ」
 殴り倒されたタケミは気を失った。

「また会おう、それまでにその拳を磨き上げてみせろ。カヅチ・タケミ」



「以来おれは自分の拳で戦うようになったんだ。単純だろ?でも嬉しかった、自分がしたことを本心から褒めてくれる奴なんていなかったから」

「素敵な理由じゃないか」
 タケミの話を聞いてイチは微笑む、どこか羨ましそうな顔だ。

「今思えばわざとアイツはおれの一撃を受けたんだろうな。だから今度は手加減なしのアイツに一撃ブチかましてやるんだ」

 タケミが両拳を突き合わせる。

「魔神王に素手で挑むか。面白いね」
 イチがそう言うとタケミは何かを思いついたのか手を叩く。

「あ、そうだ!お前も一緒に来るか?」
「え?」

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