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第83話 超える者の闘い

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 今から数十年も前の話、その頃プロエは闘技場で名を上げ始めたばかりだった。

「おい兄ちゃん、武器はどうした?」
参加者の一人がプロエに声をかける。その日の試合は各地から呼び寄せられた者達10人の生き残り戦で、他にも参加者が自分の装備を確認していた。

「……」
プロエは相手の声が聞こえないふりをしていた。

「なんだよ、無愛想なやつだな」
男はそう言った。

「はぁ……がはっ……!」
そして今、その男は目の前で血まみれになり倒れている。プロエがやったのだ、鍛えた拳で男の顎を打ち砕いた。

 倒れた男の顔面に拳を振り下ろすプロエ、男はそれ以降動く事はなくなった。

「ひ、ひぃ!も、もう勘弁してくれ!」
返り血を浴びたプロエを見て他の対戦相手が武器を放棄する。

 プロエはその者の懐に一瞬で入り込んだ。

「え?」
プロエは相手が捨てた剣を拾い、それを突き刺す。

「そんな覚悟でここに立つんじゃない」
倒れた相手にそう伝えるプロエ。


試合終了、観客は闘技場に向かって魔石や食料を投げ入れる、これが当時の報酬のようなものだった。プロエはそれを一つ残らず拾いあつめる。

試合を終えて、プロエは1人トレーニングをしていた。後ろには先ほど拾った食料や魔石を入れた袋が置いてある。

「優しい奴だな、鬼の子どもと聞いていたが」
そう声をかけて来たのは1人の老人だった。

「だれだ」
「ダマト、雑用に買われた奴隷のじじぃだ。お前は良い戦士になる、おれが今日から鍛えてやろう」
プロエは妙な老人に絡まれたと思い無視する。

「闘技場に連れてこられる連中は訳ありのばっかりだ、なんせ途中放棄したら後で殺されるからな。それもこっぴどく痛めつけられてな。だから剣で急所を一突き、苦しまねぇように殺したんだろ」
ダマトが話しかけるがプロエは無視を継続する。

「おいおい、無視かよ。お前もここで闘うために連れてこられた奴隷だろ?奴隷同士仲良くしようじゃねぇか」

「おれは奴隷じゃない、カテナ・ベラードの直属部隊隊長だ」
「知ってるよ、あいつの部下全員をボコボコにしたんだって?それで落とし前つける為に部下になったんだろ?地元の奴等を人質に取られてさ」
ダマトの言葉に反応するプロエ。

「なんでそれを」
「やりたくもねぇ事をやり続けるなんてな、奴隷の俺等と何が違う?」
この言葉にプロエは返す事が出来なかった。

「悪い悪い、話をかえよう。お前さん身体が思うように強くならなくて困ってんだろ?」
「どこまでも知っているな。ひょっとしてお伽噺に出てくる魔法使いかなんかか?」
プロエの言葉にダマトは笑う。

「ははは!そんなじゃねえ。血みどろの試合のあとにこんなトレーニングして、どうみてもやり過ぎだ。オーバーワークって言うんだ」
「……」
ダマトの言葉を無視してトレーニングを再開する。

「強さは身体だけじゃない」
「……」
プロエはトレーニングを止めた。

「聞く気になったか?おれはこう見えても昔は名のある戦士だったんだ、その技術をお前に叩き込んでやる。その限界を取っ払ってやる」
「なんでそんな事を……なんの得にもならないぞ」
ダマトは笑った。

「お前を良い戦士にしてみたいと思った、それだけだ」
「酔狂ってやつだな」

「かもな、これ食って良いか?というかお前食わねぇのか?食わないと力でないぞ」
「少しならいいぞ、村のみんなに送るんだ。おれの食料は別で支給されるから」

この日から二人の道が始まった。



『さぁ、第5試合開始ィィィッ!』

「先に言っておくがこれは手加減していた訳じゃないからな」
「分かってるよ」
タケミにそう返されたプロエはニヤリと笑う。

魔蓋勿まがいぶつッ!」
プロエの肉体の内側から青い光が発せられる。

 プロエの皮膚が硬質な鱗のように変わり、更に外殻が現れた。肘や膝には鋭い突起物が生まれ、頭部には角が生え始めた。甲殻の隙間からは蒼色の炎のようなものが溢れ出ている。

『どういう事でしょうか!王者プロエの姿大きく変貌した!?』

「うそ、あれって!」
「なんて無茶な戦闘法を考えやがる」
ユイとマリスが彼の姿をみて反応する。

「へぇーかっこいいなそれ、んじゃあおれもやらせてもらうぜ。これを出すには時間がかかるんだ、今ようやく使えるようになったんだ、手加減してたわけじゃないぜ」
「分かってる」
プロエはそう返し、タケミもニヤリと笑った。

「名前は決めてある、赤鬼の更に先!」
タケミは赤鬼を発動させその出力を引き上げる。

 彼の赤くなった身体に亀裂が走り、亀裂付近の皮膚が黒く変色する。この現象が全身に及んだ時、身体の亀裂から赤黒い煙が昇り始めた。

「黒夜叉ッ!!」

『挑戦者タケミも変身した!なんという姿でしょうか!人間であるはずの彼がまるで別物のようです!』
会場が二人の変身にどよめいた。

「あの現象を全身で再現したのか」
「ほほぉ、あれが」
「もう化け物じゃん」
バアル、フォルサイト、マリスが彼の黒夜叉をみてそう言った。

「はぁーッ♡タケミ様のあのお姿!それも全身だなんて!ああ、あの時の思い出がフラッシュバックしてしまいますわ!今は目の前の試合に集中したいのに!」
「落ち着いてください姫。とりあえず興奮し過ぎで鼻血が出てます」


「最終ラウンドだ!行くぞタケミ!」
「ああ、行くぞプロエッ!」
両者は拳を相手に放つ。

「ッ!」
「……ッ!」
お互いが大きく吹き飛ぶ。しかし倒れない。

「っとっと、効くなぁ」
「いい一撃だ」

『なんという音!衝撃ぃ!これが素手の闘いで生み出せるものなのでしょうかッ!』

「あの二人、もう限界だったんじゃあ」
「その通りだ。両者ともに動けない筈の身体を無理やり動かしている」
バアルがカシンに向かってそう言う。

「マリス先生、プロエさんのあれって」
「私達の魔力解放とはまったくの別物だ。私達の魔力解放は普段抑え込んでいる魔力を使うだけだ。言ってしまえば本来の力を出している状態だ」
マリスがプロエの状態の説明をする。

「だがプロエのは魔力核の出力を限界以上に引き上げるもの。一歩間違えれば魔力核がぶっ壊れる。そんな事になればどうなるか……」
「タケミもタケミだけどプロエさんも大概ですね」
ユイはそう言って闘技場の二人をみる。

「タケミ殿のあの姿は、筋肉が急激に膨張し皮膚が裂け、裂けた部分から出た血が蒸発しているのですね。それほどの大量血液を筋肉に流し込んでエネルギー供給しているという事ですか」
フォルサイトもタケミの状態を分析した。

「正に自身の肉体の持つあらゆる機能を攻撃力に集中させた姿」
「非常に危険な戦い方ではありますが、あれがタケミ殿が導き出した最善の一手」
マートル姫とフォルサイトが交互に話す。

「闘ってみたい」
「闘ってみたいですわ」
やはり二人はノリが合うようだ。

「狂人どもめ」
二人にツッコミを入れるマリス。


「どうした!勢いが弱まって来たんじゃないか?」

(前に進む事だけを考えろ!地面を見るな!)
プロエが鋭い拳を放つ。

「そっちこそ!キレが落ちたんじゃねぇか?」

(倒れるな!身体!攻撃を止めるんじゃねぇ!)
タケミが殴り返す。

((倒れたらもうそこまでだ!))
二人はどれだけ相手の攻撃をクリーンヒットで受けようとも絶対に倒れようとはしない、ひたすらに殴り返した。

『激しい殴り合いだァァァ!』

「行けぇぇぇ!チャンピオン!!」
「チャレンジャー!勝っちまえ!」
会場が2人の闘いに熱狂する。

『会場が、いやベスガ全体が揺れていますッ!』
二人の闘いの衝撃、そして観客席の大歓声、かつてないほどの熱が闘技場から放たれていた。

「オラァッ!」
『挑戦者の右ィィ!』
タケミの一撃がプロエをゆらがす。

「まだまだぁ……ッ!」
『王者の左が深く突き刺さる!』
プロエの一撃がタケミを打ち抜く。

「ーーーッ!」
「ーーーッ!」
猛獣のような声を上げ、2人は連続で拳を繰り出した。

『ラッシュの撃ち合いだァァァッッ!まさに嵐のようなラッシュ!』

(ああ、なんて強いんだ。一撃、一撃、身体が粉々に砕け散りそうだ!)
(本当に強いな。一発貰うたびに意識が叩き潰されそうになる!)

((最高だ!))
両者の拳が互いの顔面にヒットする。しかし2人の身体は止まらずに攻撃を続行した。

『両者一歩も引かない!避けない!どれだけ殴られようと構わない!ただより鋭く!より強く!より多く!相手に拳を叩き込むだけだ!』

 お互いの拳に弾き飛ばされ、後ろに押し出される二人。

「はぁ……はぁ……楽しいな」
「ああ、こんなに楽しいのは無かったかもな」

 タケミの片目は腫れ、殆ど見えない状況だ。プロエも口に溜まった血を吐き出す。両者ともに満身創痍だった。

 それでも二人は吊り上がった口角を下げる事が出来なかった。二人は即座に接近し拳をくり出した。お互いにその攻撃を受けきり次の攻撃にうつる。

「もうボロボロなのに……」
「そうですね両者とも破壊力がなくなっています。このラウンドが始まってすぐの時は凄まじい衝撃でしたのに。お互いを殴り飛ばす事も少なくなってきています」
ユイとマートル姫が二人の闘いを見て終わりが近い事を悟る。


(もっと闘いてぇ、この人の強さをもっと知りたい!)
タケミは初めて相手の強さに関心以外の感情を持った、憧れにも似たものだった。

『おおッと!鋭い一撃が挑戦者を襲う!』
プロエの一撃を受けてタケミの身体が曲がる。

(これで倒れるやつではない!)
プロエはタケミに再度攻撃を加える。

『王者の二発目もヒットォォッ!』
「まだ……目は閉じねぇッ!おれを……」
タケミは跳ね上がった上体を引き戻し、前に倒した。

「おれを討ち取ってミロォォッ!」
拳を全力で振り上げたタケミ、その拳がプロエの顎を打ち抜く。

『王者の体勢が大きく崩れた!最早これまでか!?』

 顎を打ち上げられ、ふらつくプロエ。そんな彼にタケミは雄叫びを上げながら拳を振り下ろす。

「プロエ来るぞ!」
ダマトが叫ぶ。

(この戦士を倒す……私の持つ全てを賭けて!)

 プロエが会場全体に轟くほどの咆哮を放ち、拳を突き出した。渾身のカウンターは見事タケミを捉えた。

「カウンター!?」
「あんな状況でも出せるのかよ!タケミ倒れるな!」
ユイとネラが叫ぶ。

「……!」
タケミは倒れずに踏みとどまる。

 咆哮をあげ、タケミは身体ごと叩きつけるように右拳を放つ。

「避けろプロエ!」
ダマトが叫ぶ。

(避けられない、全てを賭けた一撃で彼の意識を断ち切れなかった)

 プロエは自身に飛んで来る拳から一切目を逸らす事は無かった。先のカウンターに全てを賭けた彼はもう動けなかった。だからせめて、自分を倒す拳、それを最後の瞬間まで目に焼き付けようと決めたのだ。

 だがここで再びプロエの予想は覆された。

音を立てて地面に倒れたのはタケミだったのだ。

「はぁ……はぁ」
驚きの表情で倒れたタケミをみるプロエ。

『挑戦者タケミダウンッ!!起き上がる様子がありません!』
審判が現れてタケミの元へ向かう。

「タケミ!タケミ!」
ネラもすぐに彼の側に駆け寄った。

「気を失っている」
タケミの状態を確認した審判、タケミは目が開いてはいたが完全に意識は無い状態だった。それを確認し、ウェルズに向かって手を振った。

『け、決着ぅぅッ!世紀の大試合!制したのは王者プロエだぁぁぁッ!!』
ウェルズはそう言って今まで一番の力と勢いでゴングを鳴らした。

 そのゴングを聞いて、プロエもその場に倒れた。

「プロエ!」
すぐにダマトが彼の元に駆け寄る。それからタケミとプロエ、両者共にセコンドに運ばれて闘技場から降りていく。

「最高の試合だったぞ!」
「お、おれ、おれ、なんだか涙が……最高だ二人とも!」

 会場から豪雨のような拍手が二人に降り注いだ。

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