悪役令嬢の断罪後

黒崎

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悪役令嬢は諦観を望んだ筈だった

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 と同時に、この男に黄泉から引き上げられた私も大罪人なのだと理解する。
 言い伝えでは、生ける死者が二度目の死を迎えれば、その魂は地獄の業火に焼かれると言う。
 
 それはきっと。
数世紀前まで処刑は、意識を保ったまま、斧で何度も首の肉を抉り骨を削られたというよりも、もっとおぞましく恐ろしい罰だ。
死ぬ前までの私は熱心な聖教徒だった筈だと言うのに、信仰心は欠片も残っていなかった。
信じたものも、信じるものも全て失ってしまったからだろうか。
死ぬまではあれほど渦巻いていた憎悪も、憎しみも、まるで凪いだ水面のように静まってしまっていた。

――本当に?ええ、そうよ
――嘘吐き本心だもの
――素知らぬ顔をして、また目をそらす今までと同じようにすればいいもの

私はただ安寧が欲しかった。
 
 この男も、私を放ってはくれないのか。わたしから死という安寧を奪った狂人は。
 私は諦観を望む。誰もがわたしを中途半端に気にかけ、その癖救ってはくれないのだ。

 
「あなたも、私を救ってくれないのね」
 その言葉に男がーー瞬き程の間を置いて、滑稽だと言うような笑い声を上げた。唖然とするわたしに、男は笑いながら言った。
「は、はははっ! 救うだって? 君はッ…気にかけてくれる他人が、誰しも、必ず救ってくれるとッーー思ってるのかい?」
「それは、君が善人だから、持てる思考だね。ふ、ふふ…死に追い込まれても、君はどこかで人を信じていると?」
 身体を震わせる男に、私は戸惑った。善人? 違う、わたしはそんな、綺麗な人間じゃない。妬み憎み、それでも届くことがない現実に、絶望し諦観を望んだ、哀れな女だ。誰にも理解されず、諦めることを選んで。
 それを目の前の男は、善人と呼んだ。
 気付けば、男の顔が目の前にあった。フードの陰から覗く、端正な顔立ち。爛々と輝く紅い瞳に、気圧される。
「君は全てを諦めたと言うけれど、」
「やっぱり、君は面白いね」
「面白そうだから、僕は君を黄泉がえらせたんだ」
「僕は君を勝手な理由で黄泉がえらせた。けど、悪いことじゃないと思ってる。人間なんて、利用し利用されるものだから」
 「だから君も、僕を利用するといい」
 息継ぐ間もなく畳み掛ける男の言葉を理解しようと、何かが男のスイッチを押してしまったことだけは分かっていた。
 
「君は、これからどうしたい? もう一度しぬ……なんて選択肢はないよ。どんな死も君には許されない、しねない。そう、不死身なんだ。
 まぁ……その呪いから開放される方法はないことはないけど……」
 
 「ーーやろうたって、そんな馬鹿なこと、僕が許さない」
 唸るような低い声へと切り替わった
 瞬間、
また元の淡々と、しかし嬉々とした声音へと。
「今の君は、何者でもない。自由だ。何をしてもいい。立場や行動に重い責任がついてまわることもない」
 
 あのわたしを気圧する紅い瞳が、私の目を射る。

自由。
生前では縁がなかった言葉私は幸せだった
 
 わたしは、どうしたいのだろう。生前の記憶をめぐらせ、すぐに後悔した。ろくなものがなかったからだ。何をしても、あのーーに……されてしまっていたから。だから、私は諦観を望むようになったのだ。
 
 わたしは、ただ。認められたかった。振り向かれなくても認めてくれる誰かがいれば。なのに。あれが全てを奪った。わたしに、あなたは恵まれていると、だから奪ってあげると。
嫌な記憶が脳裏を過り、思わず顔を歪める。

駄目だ!思い出すな!
ああ、嘘吐きめ。
自由になったんだ、
なら、我慢しなくたっていいだろう?

悪魔の囁きが聞こえる。

奪われて、庇われることなく処刑されて。
だったら、やり返してもいいじゃないか。

 ざわざわと胸を掻き立てられる濁った感情。蓋をしたはずのソレに、喉を掻きむしりたくなる。

違う!
わたしは許さない憎んでいない
許せない、……憎くて仕方がない恨んでなんかいない

悪魔の囁きがより強く、声が近づいてくる。
わたし、は……違う。
私はどうしたい?
ぐるぐると思考が渦巻く。
答えを探している。
私の答えを。
男が微笑んだ気がした。
「きみの、やりたいように……すればいい。さあ、願いを言って……言って!」
 急かすようなその言葉に、わたしは。

悪魔の甘言は、酷く甘ったるくて、心地のいいもの。
だから人は堕ちるのだ。
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