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8話 覚悟
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やってきたローウェンは、いかにも反省したような空気を醸し出していて、わたしの同情を誘ってくる。
瞳は泣き腫らしたのか、かなり腫れぼったくなっている。
「ごめんな、リエナの気持ちに気付いてやれなくて」
そこに取って付けたような謝罪も加わり、わたしはどう反応すれば良いのか分からなくなっていた。
シエルはそういった態度に惑わされること無く、厳しさを込めた視線を彼へ向ける。
わたしもシエルに同感であり、彼の所業を簡単に許すつもりは毛頭無い。
「そう邪険にしないでくれ」
「あれだけのことをしておいて、わたしが許すとでも?」
「それは、分かっているけど」
分かっていてのこのことやってくるなんて、どれだけ都合の良いことを考えてやってきたのかは計り知れない。
「わたしはあんたに裏切られたの。そんな顔をしたくらいじゃ許すなんて不可能よ」
彼の悲しみよりも、わたしの味わった不幸の方が遥かに上である。
ローウェンはあくまで自分のしでかした過ちを思い返し、業の深さに浸っているに過ぎない。
自業自得の彼に同情をしてやれるほど、わたしは甘くはなれなかった。
「私はたしかに、君を悲しませたよ。何回も君を裏切り、放置してきた。なんて罪深い話だ」
他人事みたいな語りで、彼は自分の悪行を大雑把にまとめて吹聴する。
周りの使用人からは女の敵だと、婚約破棄だと、様々な罵声を浴びせられる。
彼を未だに憎み切れていない甘ちゃんなわたしも、実際にはそのような考えを抱いている。
「本当に反省しているのかしら」
わたしは勢い任せに、拳で隣にある机を強く叩く。
それに大きな反応を示した彼は体を弾ませ、一気に青褪めた表情へ変わっていった。
「ああ、反省しているさ!」
ローウェンは床に座し、大声で反省の意を唱えている。
わたしが細目になって凝視すると、信じてくれと言わんばかりに肩をすくませ、頭を下げる。
嘘はついていないと思うが、どうにも胡散臭い印象が強く残っている。
「お嬢様、こんな奴を信用してはなりません。この男は貴族とはいえ、やっていることは小癪なコソ泥と変わりません。姑息な考えであなたをまた嵌めようとしているのです!」
物静かなシエルが柄にも無く声を荒げ、ローウェンの所業を取り上げて糾弾する。
何度もわたしを裏切った彼を許すというのは、再び裏切られるリスクを多大に背負うことに繋がる。
もしも再び裏切られたら、わたしはもはや縋るものを失くし、自分を見失ってしまうに違いない。
「……お願いだ。チャンスをくれないか」
「何を世迷言を仰られる! 貴公にそんなものはすでに無い! 即刻婚約破棄を突きつけ、関係を破棄したいくらいですよ!」
わたしの両親はおそらくわたしとローウェンが繋がるのは、レイナと彼との橋渡しに利用できれば丁度いいくらいの緩い心構えだ。
わたしが婚約破棄を彼に突きつけた場合、今度は彼らの直接の関係に着目して二人をくっつけるように保険をかけているだろう。
つまりは痛くも痒くもない。彼らからはわたしなどどうでも良いといった考えが透けている。
「わたしとしても、あんたとは金輪際付き合いたいとは思わない考えの方が強いわ」
「そんな、リエナ、私を信じてくれ……」
「信じたいのはわたしも同じよ」
わたしは彼を信じられる気がせず、その言っていることが全て偽りに聞こえてくる。
思わず耳を塞ぎたくなる雑音に化け、それらが溶け込んでいく。
心底から彼を拒絶する土台は固まりつつある。
「信じられないけど……チャンスくらいは与えても良いわ」
「お嬢様……」
そんなわたしだが、昔の名残に唆された結果、ローウェンを心から排斥することは敵わないでいる。
ローウェンの意思は関係無く、わたしは彼との過去と決別するきっかけを設けるべく、彼を見極めるチャンスを自身に与えた。
「二人きりでわたしとデートしなさい」
「デート、そのくらいならいくらでもするさ。罪滅ぼしならなんでもやる!」
わたしに許してもらえる機会を与えられた彼は消沈から立ち直り、わたしの手を取ってくる。
「三日後にやりましょう」
「ああ」
「すっぽかしたりしたら、もう許さないわよ」
「わ、分かっているさ。後が無いのは自覚している」
ローウェンは終始わたしに下手に出て、ヘコヘコしながら部屋を出て行き、そのまま馬車に乗り込んでは帰路に着く。
「本当に良かったのですか? 私はあの男を信用できないので、今回の件は悪手だと考えておりますよ」
「どの道、彼への未練は断ち切らないといけないもの。玉砕覚悟で臨むまでよ」
わたしは去っていく馬車を窓から見つめ、今後への不安を覚悟を言い訳に、シエルたちにひた隠しにするのだった。
瞳は泣き腫らしたのか、かなり腫れぼったくなっている。
「ごめんな、リエナの気持ちに気付いてやれなくて」
そこに取って付けたような謝罪も加わり、わたしはどう反応すれば良いのか分からなくなっていた。
シエルはそういった態度に惑わされること無く、厳しさを込めた視線を彼へ向ける。
わたしもシエルに同感であり、彼の所業を簡単に許すつもりは毛頭無い。
「そう邪険にしないでくれ」
「あれだけのことをしておいて、わたしが許すとでも?」
「それは、分かっているけど」
分かっていてのこのことやってくるなんて、どれだけ都合の良いことを考えてやってきたのかは計り知れない。
「わたしはあんたに裏切られたの。そんな顔をしたくらいじゃ許すなんて不可能よ」
彼の悲しみよりも、わたしの味わった不幸の方が遥かに上である。
ローウェンはあくまで自分のしでかした過ちを思い返し、業の深さに浸っているに過ぎない。
自業自得の彼に同情をしてやれるほど、わたしは甘くはなれなかった。
「私はたしかに、君を悲しませたよ。何回も君を裏切り、放置してきた。なんて罪深い話だ」
他人事みたいな語りで、彼は自分の悪行を大雑把にまとめて吹聴する。
周りの使用人からは女の敵だと、婚約破棄だと、様々な罵声を浴びせられる。
彼を未だに憎み切れていない甘ちゃんなわたしも、実際にはそのような考えを抱いている。
「本当に反省しているのかしら」
わたしは勢い任せに、拳で隣にある机を強く叩く。
それに大きな反応を示した彼は体を弾ませ、一気に青褪めた表情へ変わっていった。
「ああ、反省しているさ!」
ローウェンは床に座し、大声で反省の意を唱えている。
わたしが細目になって凝視すると、信じてくれと言わんばかりに肩をすくませ、頭を下げる。
嘘はついていないと思うが、どうにも胡散臭い印象が強く残っている。
「お嬢様、こんな奴を信用してはなりません。この男は貴族とはいえ、やっていることは小癪なコソ泥と変わりません。姑息な考えであなたをまた嵌めようとしているのです!」
物静かなシエルが柄にも無く声を荒げ、ローウェンの所業を取り上げて糾弾する。
何度もわたしを裏切った彼を許すというのは、再び裏切られるリスクを多大に背負うことに繋がる。
もしも再び裏切られたら、わたしはもはや縋るものを失くし、自分を見失ってしまうに違いない。
「……お願いだ。チャンスをくれないか」
「何を世迷言を仰られる! 貴公にそんなものはすでに無い! 即刻婚約破棄を突きつけ、関係を破棄したいくらいですよ!」
わたしの両親はおそらくわたしとローウェンが繋がるのは、レイナと彼との橋渡しに利用できれば丁度いいくらいの緩い心構えだ。
わたしが婚約破棄を彼に突きつけた場合、今度は彼らの直接の関係に着目して二人をくっつけるように保険をかけているだろう。
つまりは痛くも痒くもない。彼らからはわたしなどどうでも良いといった考えが透けている。
「わたしとしても、あんたとは金輪際付き合いたいとは思わない考えの方が強いわ」
「そんな、リエナ、私を信じてくれ……」
「信じたいのはわたしも同じよ」
わたしは彼を信じられる気がせず、その言っていることが全て偽りに聞こえてくる。
思わず耳を塞ぎたくなる雑音に化け、それらが溶け込んでいく。
心底から彼を拒絶する土台は固まりつつある。
「信じられないけど……チャンスくらいは与えても良いわ」
「お嬢様……」
そんなわたしだが、昔の名残に唆された結果、ローウェンを心から排斥することは敵わないでいる。
ローウェンの意思は関係無く、わたしは彼との過去と決別するきっかけを設けるべく、彼を見極めるチャンスを自身に与えた。
「二人きりでわたしとデートしなさい」
「デート、そのくらいならいくらでもするさ。罪滅ぼしならなんでもやる!」
わたしに許してもらえる機会を与えられた彼は消沈から立ち直り、わたしの手を取ってくる。
「三日後にやりましょう」
「ああ」
「すっぽかしたりしたら、もう許さないわよ」
「わ、分かっているさ。後が無いのは自覚している」
ローウェンは終始わたしに下手に出て、ヘコヘコしながら部屋を出て行き、そのまま馬車に乗り込んでは帰路に着く。
「本当に良かったのですか? 私はあの男を信用できないので、今回の件は悪手だと考えておりますよ」
「どの道、彼への未練は断ち切らないといけないもの。玉砕覚悟で臨むまでよ」
わたしは去っていく馬車を窓から見つめ、今後への不安を覚悟を言い訳に、シエルたちにひた隠しにするのだった。
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