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15.手紙

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 ユーリオーリが降伏を宣言したのはそれから一週間後、フート島に出た兵士の半数以上が死傷し、残りの大半が捕虜として捕まった頃であった。ジオル島で初めてその力量差を思い知らされてから、数ヶ月の時が経っていた。
 そして首都サントオールにある北葉月家に一通の手紙が届いたのは、その知らせが発表されたまさにその日のことだった。


 ――前略、母上殿

 こうして手紙を書くのは軍学校時代以来ですね。このようなものは残さないつもりで戦場へ出てきました。
 俺はもう、そちらへは帰れないでしょう。もちろん悔いなどはありません。ですがひとつだけ頼みがあります。
 いちが俺の代わりに北葉月家へ帰ります。どうか、北葉月いちとして迎えてやってください。

 あいつが知らなかった人間らしい生き方を教えてやってください。文字を教えてやってください。愛情を教えてやってください。
 帰れない俺の代わりに、幸せを与えてやってください。あいつが心から笑える日々が来るのを願っています。

 今まで育ててくださって、ありがとうございました。このご恩は忘れません。――



「あれで、よろしかったのですか?」
 1人の海兵が呟くように言った。視線の先には大きな背中がある。振り返った大男は体躯に似合わぬ優しい瞳をした海軍大佐であった。
「え…うん、どうして?」
「悲しそうな顔をしておられます」
 彼の部下たちは総じて彼に心酔している。よくも本人さえ気付かない感情に気付けるものだ。それだけ彼が良い指揮官であり、人間として立派な証拠であった。
 そのようなことを自覚した上でバーンハードは照れたように、少し困ったように微笑んだ。
「あれを届けるのが、アラタからの最後の頼みだったからね」
 それに関しては何も無いよ。そう返して水平線を眺め、ぼんやりと2人のことを思い出す。
「でも、義姉さんには申し訳ないことをしたな、と思って」
 一度に息子を2人も亡くすんだからな。言いながらバーンハードは肩を揺らし、今度こそ笑った。


 いちはあれから、とうとう本隊へは帰らなかったのだ。その後どこへ行ったのか、誰にもわからない。ただ、アラタの遺体にはいちのマントが被せられていた。
「あいつら…2人して戦うのは怖い、嫌だって、この僕に向かってよくも言ってくれたよ」
 取っ捕まえて処刑ものだ。そんな言葉に海兵も笑って、そろそろ行きましょうと踵を返した。バーンハードは海に向かって敬礼し、後に続いた。

 ――これから、大国の支配下に置かれ、このクニはどうなっていくのだろう。






「なんだ、思ったより早かったな」

 小さな背中に呼びかけると彼は振り返り、その綺麗な瞳が太陽を反射して煌めいた。
 全く、お前はどうしたら俺の言うことを聞いてくれるんだ。そう言うと彼は口を尖らせて鼻を鳴らす。
「ほら、怒らないから、こっちに来い」
 手招くと彼はゆっくり俺の前まで歩いて来た。

「いち」
 名を呼ぶと彼は笑った。
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