『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

青葉かなん

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第四章 永久機関・オートマタ

第四十二話 カルバリアントの戦い Ⅱ

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 レイとミトが防衛に徹している姿を遠くから狙撃用のスコープで覗き見ている男がいた。
 現状どの様に彼等が動いているのかを部下に逐一報告させ、動きが有った瞬間に通信機でそれぞれに指示を出しながら温くなったコーヒーをゆっくりと啜っていた。灰皿から煙草を取ると着火剤を使い一服する。

「予想通り――いや、予想以上の強さだなこりゃぁ」

 スコープで状況を見ながらそう呟き次の指示、そしてまた次の指示を出していく。

「そっちにエルメアの餓鬼が行ったぞゲーテ、アレが今の剣帝序列筆頭だ。出来る限り街の反対側迄おびき出せ」
「”了解しました”」
「絶対に悟られるな、しくじったらテメェの命は間違いなくねぇんだ。二階級特進で俺より先に行くことは許さん」
「”それもまた一興ですな大尉殿、私の方が上になるだなんて心が躍ります”」
「寝言は寝てから言えクソッタレが、後二時間もすればそっちにダルが到着するはずだ。序列筆頭はダルに任せておけ」
「”ラジャ”」

 スコープから目を外してショットパーソルを壁に掛けた。ゆっくりと振り返り自分の獲物に手を伸ばしてため息を一つ付いた。

「まったく、どいつもこいつも死にたがりのクソッタレ野郎共だ。生きてれば何時か良い事があるって発想は無いもんかねぇ――」

 細長い直剣だった、鞘から引き抜くとその刀身を眺める。
 よく手入れされた業物、刃こぼれは無く柄には鷲のエンブレムが彫られている。刀身は細かい模様が浮かび上がっていて曇り一点すらない。

「剣聖と剣で一騎打ちってのも悪くはねぇなぁ……あぁ、きっと悪くねぇ」

 にっこりと笑顔を作り出して刀身を見つめていた。再び冷めたコーヒーに手を伸ばすと一口啜りカップを置く。もう一度窓際に立って発砲音が鳴り響く美しい街並みを見下ろした。

「わりぃなダル、先に逝ってるぜ」

 直剣を鞘に納めて窓から飛び降りた。




 絶対零度アブソリュート・ゼロを開幕使用した後氷雪剣聖結界ヴォーパル・インストールを解除する事無く継続してるレイに向かって集中的に発砲が行われていた。散発的にではなく集中的だった。疲弊させるのが目的と考えられる帝国兵の精密射撃、頭部を狙ったかと思えば次は腹部へと弾着箇所を修正してくる。それらを全て霊剣で弾き飛ばしていた。
 正直な所絶対零度アブソリュート・ゼロの使用は極力控えたいとレイは考えていた。予想だにしない奇襲や防ぎようのない攻撃、時間稼ぎ以外で使用することは出来る限り避けているのが現状。
 氷雪剣聖結界ヴォーパル・インストール時におけるエーテル消費量は想像をはるかに超える物が在る、そこに周囲を瞬間的に凍らせ分厚い氷の壁を作り出す絶対零度アブソリュート・ゼロは更なる消費を招く。アデルと違い再起動リブートを使えないレイにとって放出されたエーテル量の管理は必須だった。
 しかしだからこそミトと一緒に行動することを選んだとも言える。

 風と氷、レイと同じ属性であり多重法術使いデュアルのミトの相性は想像以上に良かった。以前砂漠越えを行った時にレイが法術を使用し、その消費分をミトが補う方法を取ったがコレがぴったりと型にはまったようだった。
 ミトの存在は還元法術に近い部分が有り、レイが消費したエーテルをミトで補う事が出来る。

「それで私と一緒なのね、てっきりか弱い女性は僕が守るっ! とかそう言うのかと思ってたのに」
「あはは……女の子を守るって言うのは男からしたらちょっとした憧れではあるけど、ミトは十分強いからそれは――」
「それ以上言ったらこの間のガズルみたいになるわよレイ?」
「命は大事にしたいけど、僕的には大体あってると思うんだ」

 まだ余裕がある様に見えた。
 出会ってまだ日は浅いが互いの事を信用できる程度に――特に背中を預けても問題は無いと思える程ではあった。少年期特有と言えばそうなのかもしれない。思春期を少し過ぎた両名は異性との接触の仕方を悩む所だが、それは危険な旅路を互いに経験しクリアしてきた事で補えた部分だろう。

「それにしても、アチラさんも容赦ないみたいね。的確にいやらしい場所を狙ってきてるみたいだし」
「頭の次は腹部、その後頭部への三連射もしくは多弾頭。ここで僕の事を沈めちゃえばって頭は向こうにもあるんだと思うよ。でも――」

 一瞬発砲音が途切れたと思った次の瞬間、タイミングを合わせたかのように各方面から一発分にも似た同時発射音が聞こえてきた。
 即座にレイも絶対零度アブソリュート・ゼロで対応する。周囲五メートルに氷壁を作り出し即座に防御体制へと移行する。これで三度目の絶対零度アブソリュート・ゼロの発動だった。
 二度目の発動時に若干視界がぐらついた感覚がレイには合った、そして三度目の発動によってソレは確実な物へと変わった。枯渇迄とはいかないが大量にあったレイのエーテル貯蔵量は確実に削られていた。もってもう一度の発動が本日のギリギリ限界だろうとレイは考える。

「大丈夫なの?」
「あまり連続で発動できないんだこの氷壁、多分次がギリギリ最後かも」
「それまでにアチラさんが玉切れ起こしてくれることを祈るばかりね、今の内に回復して」
「ありがとうミト、とても助かる」

 ミトにはきっとこう見えていただろう。
 目の前で自分の事を庇いながら戦う少年は自分の命を削りながら剣を振るい、術を使っているのだろうと。その証拠に蒸気機関アクセルを下りた時と比べて顔色がかなり悪い。大量の汗に歪む表情。何より今目の前で膝から崩れ落ちたのが消費している確実なる証拠だと。

 風法術でレイの体に刻まれた小さなかすり傷を治療していく、全弾弾く勢いではあったがそれでも何発かは剣の軌道からそれてその体を掠っていた。最初こそ小さな傷だった物の数が増えれば出血量も比例して増えていく。
 何より出血と痛みによって体力をも削られている、エーテルだけの疲労では無いと誰が見ても分かる消費だった。

「もっとエーテルコントロールを先生から学ぶべきだったなぁ、絶対零度アブソリュート・ゼロの消費があまりにも大きすぎる」
「今更ぼやいても仕方ないでしょ、でも今のままだと防戦一方だけど何か策はあるの?」
「正直現状は何も、相手の方角は分かるけど氷塊を飛ばしても隠れられるのが落ちだし何より蒸気機関アクセルを死守しなくちゃいけないからどのみち動けないよ」
「なら、私が攻撃すればいいのよね?」

 レイの治療を行っていたミトがスッと立ち上がると左手に風を集め始めた。
 今まで彼の治療に専念していた為それ程エーテルは消費していない、法術で集められた風は徐々に圧縮され小さく小さくその形を変えて行った。

「ミト、それは?」
「私のとっておき、街並み少しだけ壊しちゃうけどこっちが死んじゃうよりマシよね?」
「それはそうだけど、それじゃ僕が今まで努力してきたことが無駄になると思うんだ」
「ならここで死にたい? 私は死にたく無いし君を失いたくもない。ミラが懐いてるんだから死なれたらちょっと寂しいのよね」

 圧縮を続けた風は次第に光を放ち始めた。高温となった風の球体は高い音を立てながら高速回転しているようにも見えた。まだレイはミトがソレをどうするのか理解していない。して居ないからこそ若干の恐怖を感じる部分があった。

「それでミトさん、一体ソレで何をするおつもりでしょうか?」
「何って勿論――」

 左手を上に放ると足を大きく開いて右手に持っていた杖を両手で握りしめ大きく振りかぶった。

「ちょっと待って、それってあの巨大兵器ガーディアンの時にやった」
「そっ、それ……よっ!」

 高速回転している球体に向かって勢いよく杖を叩きつける。降りぬくと球体は狙撃手が居る方向へと拡散し目にも止まらない速度で飛んで行った。勿論レイが作り出した氷壁を突き破ってだ。
 音速を超えているのだろう、弾き飛ばした球体は小さな塊へと姿を変えて狙撃手を確実に仕留めていく。きっと各方面に居る狙撃手にはこう見えていただろう。様子を伺う為に覗いていたスコープに光の球体が見えたと思ったら突如として真っ暗となった。いや、真っ暗になったというより意識がそこで無くなったと。

「着弾四、他に隠れていなければこれでしばらくは安泰でしょ」
「ごめんねミト、さっきのか弱い云々はやっぱり否定せずにいようと思う」
「何よレイ迄、ガズルと言いアデルと言い君達は女性に対して失礼だと思うよ」
「――メル、君はやっぱり大人しくてか弱い女性だったんだね」

 ミトには聞こえないように呟いたつもりだったが耳に入っていたようで、振り抜いた杖がゆっくりとレイの肩へと降りてきた。ビクッと背を震わせゆっくりと振り返ると静かな笑顔でレイを見つめるミトの姿があった。

「レーイー? 他人と比較するのは失礼じゃないかなぁ? 失礼じゃないかなぁ?」
「二度言わなくて大丈夫です、ごめんなさい」

 座っていたレイはゆっくりと立ち上がると絶対零度アブソリュート・ゼロを解除する。全体に亀裂が入りゆっくりと崩壊し始める氷壁に発砲音は響いてこない。今倒した四人が最後だったのか、はたまたミトの攻撃を恐れて伏せているだけなのかはレイ達には分からない。

「とりあえず最初のヤマは越えたみたいね」
「そうだね、でもこういう時の僕の感って結構当たるんだ」
「どんな感?」
「うーん、こういう時ってのは大体――」

 汚れた裾を手で払い、左手に持っていた霊剣を逆手に持ち替えて正面に顔を向けたその時。メリアタウンの中央広場によく似た噴水の近くで何かが落ちてきた音が聞こえてきた。びっくりしたミトも思わず音の方向へと顔を向けると一人の男が立っていた。

「――大体、強い人が出てくる」
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