『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

青葉かなん

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第三章 記憶の彼方

第三十八話 その悲しみの中でお前は

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 遡る事、三日前。

 フレデリカ・バーク率いる帝国軍は要塞都市メリアタウンの目前まで侵攻していた。先行部隊として重装砲兵二百、法術士五百。その火力なるや恐怖の一言だっただろう。
 先陣を切るフレデリカによってあの強固な城壁は一瞬のうちに破壊されてしまった、後続に控える重装砲兵の一団がトリガーを引く。八十八ミリ炸裂徹甲弾アハト・アハトはフレデリカが破壊した城壁の内部を徹底的に破壊し始めた。
 メリアタウンは防護陣形を取ろうとしたが時既に遅し。炸裂徹甲弾が城壁を超えて降り注ぐその光景はまさに地獄、鉄の雨は容赦なくメリアタウンを破壊し、破壊し続け、破壊の限りを尽くした。

 思考回路が止まる。

 鉄壁とまで謳われたあの城壁が一瞬で破壊される、それが何より理解できなかった。前衛を守備していた城壁カロット砲部隊も山から突如として現れた帝国兵に気付くも、通信機のボタンを押す事すらかなわず即死していた。同時に法術による通信機器は全てジャミングを受け機能停止、沈黙していた。

「彼等が帰還するまで絶対に落としてはならん!」

 メリアタウン本部統括のレナードが叫ぶ、中央に陣取った司令部から各方面へと次々に指示が飛ぶ中、用意をしていたとはいえ奇襲を受けたメリアタウンのダメージは予想を超えていた。住民街にダメージが無いのがまだ幸いしてるとは言え負傷者の数は勢いを増していく。
 
「レナード司令、医療班が足りません!」
「泣き言いってんじゃねぇ! 何とかして持たせろ! 彼等は必ず帰ってくるっ! それまでここを落としてはならん! 法術士を前線から少人数抜いて後ろに回させろ!」

 唇を噛みしめながら悔しそうにそう言った。
 城壁の上から見下ろした光景はまさに絶望、大量の帝国兵が押し寄せてくるのをはっきりとレナードは目撃した。

「化物共めっ!」

 地獄を作り上げるぞ、まさにその一言で全てが表現できる様だった。
 重装砲兵から放たれる八十八ミリ炸裂徹甲弾の火力もさることながら、その後方で永遠と詠唱を繰り返しては法術を放つ術師達も脅威。そして何より、その彼等の前方でたたずむ白い悪魔が一人。

「アルファセウス最後の一人――最恐フレデリカ・バークっ!」

 白い悪魔、破壊の女神、デストロイヤー、歩く恐怖、稀代の法術使い。曰く最恐、曰くフレデリカ・バークラスト・アルファセウス
 帝国最後の切り札は、その破壊されて行く街を見て密かに笑っていた。





 レイ達がメリアタウンへ戻ってきたのはそれから三日後の事。
 ガズルの知らせを受けて全速力で山を下り、そして彼等は絶望した。

「何だよ――これ」

 アデルが膝から崩れ落ちた。
 彼等の目に映ったのは、かつて城壁都市と呼ばれたメリアタウンの原型を留めていない廃都市だった。城壁は半分が崩れ落ち、街に至っては大火災が起こったであろう。炭と化したかつて家だった物の残骸が残り、石造りの家は原型を留めておらず。綺麗だった街道は粉々に粉砕していた。

「そんな、たった一週間――一週間の間に」

 受け入れがたい事態に思考が追い付かない。

「メリアタウンが――墜ちた?」

 アデル同様レイもまたその場に崩れた。そう、彼等の敗北だった。
 嫌な予感は確かにあった、だがそれはあくまで最悪の状況を想定した可能性の低い事態。しかし現実に起きたのはその排除しても差し支えない状況だった。

「――おい馬鹿二人とも」

 ギズーがレイとアデルの首根っこを掴んで立たせる。絶望に支配されたその表情にギズーは二人に向けてシフトパーソルを向ける。

「しっかりしろテメェら!」

 その銃口を空へ向けて引き金を引いた。
 乾いた音が彼等の耳に届くとハッとして二人はギズーを見た。いつもの苛立ちを隠せない表情と共に残念そうに二人を見る顔があった。

「らしくねぇぞ、確かにメリアタウンは墜ちたけどまだ俺らが居るじゃねぇか! それに避難状況もどうなってるか分かってねぇ。運よく生き延びた奴も居るかもしれねぇんだ。まずはその確認と捜索が先だろう馬鹿野郎共」
「ギズー……あ、あぁそうだね。その通りだ」
「お前にそんな事言われるとは思わなかったな」

 今までのギズーならまずこんな事は言わないだろう、だがこの一週間で彼もまた少しばかりの変化を見せ始めていた。
 そう、まだ全面的に敗北したわけじゃ無い。中央大陸での戦闘はメリアタウンの壊滅によって終わったかもしれない。が、まだ彼等が残っている。反帝国を掲げる組織の中で最大勢力且つ、最小の戦闘集団が残っている。

「一先ず生存者の確認をしよう、アデルとガズルは北側。ギズーとミラ、そしてファリックは東側を。ミトは僕と一緒に西側を捜索しよう。何かあったら通信機で連絡して」
「おう、南はどうするんだ?」
「南はとりあえず大丈夫だと思う。あそこは――」

 ギズーに言われレイがそこで言葉に詰まる。
 そう、南側は商業施設となっている。常駐してる者はメリアタウンの住民が半分、残りは商いで立ち寄った人である。多分一番最初に避難できるヵ所である。それは城壁の破壊された具合からうかがえた。

「うん、南部は最後にしよう。何もなくても調査が終わったら中央のアジト――」

 そこでハッとする、そう、自分達のアジトの事を。留守番を頼んでいたプリムラやゼットの事を思い出す。その言葉でアデルとガズルの双方が顔面蒼白になる。

「プリムラっ!」「プリムラ!」

 二人は即座にアジトへと走った。
 その後ろ姿をレイ達は何も言葉を掛ける事が出来ずにいた。そして同時に編成を変える。

「アジトの事はあの二人に任せよう、残ったメンバーで各方面を見て回って欲しい」
「仕方ねぇな、俺は北部行くぜ。おいファリック付いてこい」

 突如指名されたファリックは頷いてギズーの後を追う。

「そしたらミトは西部、ミラは一応南部を調べて。僕は東部を見て回る」
「分かった」「了解」

 ミトとミラの両名が即座に行動を開始する、走り去っていく姿を見てレイはもう一度この情景を見渡した。
 美しい街だった、周囲が城壁に囲まれているとはいえ街並み、街道、そこに住む人々。往来でにぎわった南地区へと続く一本道。それら全てが粉々に破壊されてしまっていた。
 予想だにできなかった。
 
「東部、作戦司令本部がある場所だ……」

 ゆっくりと歩き出したレイの目前に広がるのは瓦礫の山、ひときわ立派に目立っていた作戦司令本部の姿はもちろんなかった。東部といっても中央部から少し離れたところにあった司令本部だが現時点でその面影は見るも無残な状態になっていた。焦げて炭化している元「人」の腕や頭部、あたり一面が異臭で満ちていた。
 この中で生存者を発見するのは困難であるとレイはメリアタウンへと侵入した時点で理解していた。だからこそ絶望したのだ。だが彼等の所為ではない。

 たったの十四、五の少年少女達だ。そんな彼らが一週間留守にしただけでこの惨状が起きるとは誰も予想できなかった。それは作戦司令のレナードもまた同じだ。ここに生き残りがいればきっと「気に病むことは無い」と言葉をかけてくれるだろう。

「っ!」

 瓦礫の中で微かだが動きを感じたレイ、即座にそこへと駆け寄り木材や瓦礫を退かしていく。そして――。

「――レナードさん」

 変わり果てたレナードの姿がそこにあった。四肢の欠落はないものの左腕は本来曲がらない方向へと捻られていて右足もまた、同じように。

「あぁ剣聖、遅かったじゃないか……」
「ごめんなさい、遅くなっちゃいました」

 朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞っているのだとレイは感じた。伝えなければいけないことがある。それを伝える前に逝くことは許さない。と、弱っているレナードの瞳から感じ取れた。しゃがみ込みレナードの無事な手を握ると、左手で近くにあったシフトパーソルを拾い上げて空へとむけて発射した。

「気に病むことはねぇよ、まだ子供のお前さん方を俺ら大人の戦争に巻き込んじまったのは俺達――ダメな大人なんだ」
「何言ってるんですか、ロクに剣もシフトパーソルも扱えなかったおじさんが……何があったんですか」

 目線を落とすと胸ポケットに収まっているタバコが目に入った。一本取り出してポシェットから着火剤を取り出して火をつける。先端に火が付いたことを確認したのちレナードの口元へと運んだ。

「あぁ、うめぇなぁ――気をつけろよ剣聖。ありゃぁ……化け物だ」
「やっぱり居たんですね、彼女が」
フレデリカ・バークラスト・アルファセウスは強いぞ、骨の髄まで染み込んだぜ……恐怖をな」

 正直フレデリカ・バークが前線に出てくることさえ予想していなかった。言わば帝国の最終兵器、フレデリカが落ちれば帝国の勝利はない。故にカルナックとの対決を控えているであろうフレデリカを前線に出してくることは無い。そう彼らの中で結論付けていた。
 同時にカルナック家で伝えられた話も相まってのことだった。だが現実は違っていた。
 きっと軽い準備運動のような物だったのだろう。フレデリカにとってこの破壊活動は本命との対決、カルナックとの決着をつけるための準備運動。そう考えるとより一層絶望が押し寄せてくる。そうレイは感じ取っていた。

「でも安心しろよ、お前さん達の仲間は全員逃がした。今頃は西大陸へと渡ってる頃だろ……なぁ剣聖」
「はい」

 レナードが咥えているタバコの火が徐々に弱まっている。吸い込む力もほとんど残ってはいないのだろう。それを目の当たりにしたレイの瞳に涙が浮かぶ。

「泣くんじゃねぇよ、男の子だろ。生き残れよ、こんなクソッタレな時代だからこそ……」
「はいっ!」

 握りしめていたレナードの手に一瞬力が入って、笑顔を作って見せた。そして。

「あぁ――最後の一服ってのも、乙なモンだな……なぁ……剣聖――」

 そこで事切れた。
 笑顔のまま旅立ったレナードの亡骸を見つめるレイ、そこにシフトパーソルの発砲音を聞きつけた他のメンバーが集まってくる。同時に目の当たりにしたレイとレナードの姿を見て一同が絶句した。

「――逝ったのか?」
「うん」

 レナードの胸ポケットから煙草を取り出して一本口に咥えるレイ。声を掛けたアデルはその仕草に驚いていた。決してタバコを吸おうとは思っていなかったレイがレナードの遺品であるソレを咥えたのだ。

「プリムラ達は逃げたって、今頃は西大陸だろうって――弱っていく声で……そう教え……てくれた」

 その声に力が入っていた、震える声、悲しみの声、怒りの声。その三つが入り交ざっていた。瞳からはおびただしい量の涙が流れ、頬を伝いシャツに伝わる。

「――この世界はクソッタレで、残酷なほど現実を突き付けてくる」
「レイ……」

 震える背中を見てミトが声を掛ける、振り向いたその顔には今しがた旅立った者から受け継いだ確かな絆、約束を守るんだと誓う眼をしていた。

「みんな、ちょっとだけ協力して欲しい」





 その日の夕刻、廃墟と化した要塞都市メリアタウン近郊に墓地群が出来上がった。
 この街で戦死した者達を一人一人埋葬し、最後にレナードの遺体を盛り上がった高い場所へと埋めた。墓標として彼が生前愛用していた剣を突き立て、柄から紐で括り付けたシフトパーソルをぶら下げた。
 レイが懐からレナードのタバコを取り出して火をつけると、吸い口を土に埋める。生前吸っていたように火は燃えあがると同時に白い煙を上げる。
 後ろにはアデルを始めとしたFOS軍の面々が整列していた。全員が土埃にまみれていて汗が止まらないでいた。
 
「これで、全部か」
「うん、レナードさんで最後」

 アデルがレイの横に立つと左肩に右手を置いた。震えるその肩が物語るもの、何も言わずにただ一人かみしめるレイ。その姿はまるで――。

「ありがとうみんな」

 振り向いてレイが答える。その言葉に誰も声を上げず、ただただレナードの墓を見つめていた。

「それじゃ、頼むねギズー」
「あぁ」

 彼らの中央にレイが並ぶとギズーがウィンチェスターライフルを空に向けて構える。引き金を引くと大口径の銃弾が銃口から飛び出し、その周囲に轟音を打ち鳴らした。

「敬礼っ!」

 レイが声を上げた。
 発砲音と共にレイ達は一斉にレナードと、その先に眠る兵士達に向けて敬礼をした。続けて二発目、三発目とギズーは空に向かって引き金を引く。

 発砲音と共に大気が揺れる気がした。
 発砲音と共に彼等の目には涙が滲んでいた。
 発砲音と共に、彼等を見守るようにメルリスが眠る丘からやまびこが届いた。

 彼等は分かっていた、この世の中は自分達が考える程甘い物じゃないと。この戦争を引き起こしたのは自分達であると、決して大人達に巻き込まれた事じゃない。自分達が巻き込んでしまったものだと理解していた。故にレイの瞳からは涙が止めどなく流れていた。

 墓を作るのはこれで二度目だ。

「行こう、西大陸へ――」

 帝国との戦争はまだ始まったばかり、始まったばかりで彼らの初めての敗北だった。


 統一歴二七六五年、八月十七日。
 中央大陸南部要塞都市メリアタウン陥落、死者二千五十六人、行方不明者一万弱。後に語られるメリアタウン攻城戦であった。


 第三章 記憶の彼方
 END
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