『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

青葉かなん

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第三章 記憶の彼方

第三十五話 約束 Ⅲ

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 居間に下りると全員が集合していた、何とかなると豪語していたシュガーは酷く落ち込んでいる様子でソファーの上で体を小さくしている。

「気が付きましたかレイ君、体の調子はどうですか?」
「ご心配をおかけしました先生、特に目立った外傷は無く体の方も問題ありません」

 お茶を飲みながら一服していたカルナックがレイに気付いて声を掛ける。その声に反応してすぐさま。

「レイっ!」

 ギズーが駆け寄ってきた。

「ギズー……僕達は全員仲間だ、仲間にむやみに発砲したら駄目だよ」
「しかし――」
「僕の事大事に思ってくれるならもうこんな事は止めてくれ、体がもたないよ」

 優しい顔でレイはそう伝えた、同時にギズーも悟った。
 今後ミト達に向けて発砲すれば必ずレイが助けに入る、もしも、その銃弾が彼の体に着弾してしまったら? それが結果的に致命傷だとしたら?
 もう彼女達に向けて銃を向けてはいけない、その引き金の先には必ずレイがいる。そう悟った。

「分かった、それが結果としてお前を傷つけるのならばもう俺は撃たない」
「約束だよギズー、僕はもう倒れたくない」

 二人は笑いながらそう約束した。と、同時に隣でレイに肩を貸しているミトをギズーは見て。

「すまない、まだお前たちの事を全面に信用したわけじゃ無いがレイとの約束だ。もうお前たちに銃口は向けない、そして先の事は謝罪する。すまなかった」

 周囲の者全員が驚いたのは言うまでも無かった。ここまで素直に謝罪するギズーの姿を見たのは初めてだからだ。それなりの付き合いであるアデルやガズル、そしてカルナックまでも驚いていた。

「大丈夫よ、もしもまた何かあったらレイが守ってくれるから」
「――そうだな」

 ミトは数時間前に自分へ銃口を向け、あまつさえ発砲したギズーに対し笑顔を作って見せた。それにはレイへの建前もある。自分を守ってくれた彼が今ギズーとの約束をしたばかりだ、それに泥を塗る訳には行かない。彼女なりのレイへの、いや……ギズーにも配慮した結果だった。

「さて、落ち着いたのでしたら話をしましょう。レイ君達も座りなさい」

 咥えていた煙草を左手で取って灰皿へと移し揉み消すカルナック、同時に空気が一度だけ張り詰めた。

「御師様の術でも分からなかった彼女達の記憶ですが、現状では何をやっても封印は解けないでしょう。私の知る限りでは御師様以上の魔術師は居ません」

 懐からもう一本煙草を取り出して口に運んだ、右手で指をはじくと摩擦熱を増幅させて小さな火種を作るとタバコの先端へと放り投げる。

「ですが――」

 着火と同時に一気に吸い込み一度火を煽る。酸素と一緒に吸い込まれた煙は肺に入ると二酸化炭素と一緒にゆっくりと吐き出された。

「彼女達が本当に未来から来たというのであれば、その記憶を呼び起こす事は私は反対です」
「なんでだよ剣老院、こいつらの身分を証明するにはそれが一番だと俺は思うんだが」
「いう事は確かに分かりますよガズル君、でも考えてみてください。彼女達が本当に二千年先から来たタイムトラベラーだとしてたら――彼女達の記憶は非常に危険な物になりませんか?」
「だから何を言って――」

 ガズルは瞬時に理解した、カルナックが一体何を言おうとしたのかを。そして何故その事に気が付けなかったのかと自分自身の無能差に舌打ちをした。

「どういう事だってよおやっさん、俺みたいな馬鹿にも分かるように説明してくれ」

 アデルも煙草を取り出して火をつけてから深く煙を吸い込んだ。そして何の話をしているのかさっぱり理解できていない様子で悪態をついた。

「良いですかアデル? 彼女達はこれから先。つまり、私達の先二千年の歴史を知ってます、その歴史の中で何が起きて何があったが彼女達の頭の中に入ってます。それは物凄く危険な事なのですよ」
「だから何で危険なんだよ?」
「少しは考えなさい……すでに彼女たちがこの時代にいることで未来に変化が起きかねているのです。未来が変わってしまえば彼女達の存在が危うくなってしまいます」
「……つまり?」
「彼女達の存在そのものが消えてしまう可能性があるのです、彼女達からすれば今この時代はいわば過去です。過去を変えてはいけません。未来そのものが変わってしまうのですよアデル。その結果彼女達が生まれなくなる世界になってしまう可能性も否定できません。そして何より――」

 カルナックはそこで一度言葉を選ぶために口を閉じる。そう、その先の言葉は彼等にとっても死活問題になりかねないからだ。だがその一瞬の静寂を破ったのは意外にも。

「この戦争そのものが変わってしまうかもしれんのぉ」

 シュガーだった。

「良いか小僧、この娘たちの記憶が蘇って帝国の手に渡ってみろ。仮に帝国側が勝利するならまだしも負けてしまうという事態が未来で確定しているのであればそこに打開策を見出すじゃろう。そして勝利が確定した後娘たちは消えるか殺されるんじゃ。それが未来改変に繋がる可能性があるからカルナックは反対したのじゃろう」

 ガズルはその話を聞いて頷いた。そして補足するように続けて話をする。

「その考え迄至らなかったのは俺の責任だ、だけど自体は予想以上に悪い方向に進んでる可能性だってある。先のガーディアンがもしも帝国の手に渡っていればこの戦争帝国側がかなり有利になる。そこにこいつらの記憶まで渡ったらもうどうすることも出来ねぇだろうな」

 自分自身そこまで考えが至らなかった事に苛立ちを隠せなかった、アレ以来ガーディアンの行方も分からず現状も未来改変の可能性が掛かっている爆弾を背負っているような物。
 しかし、誰一人ガズルを攻める者はいなかった。いや、責められる筈が無かった。そんなことまで配慮をしていた人が誰か一人でもいただろうか?
 かのカルナックですら最初は記憶を呼び起こすために御師であるシュガーを呼び寄せた位だ、その呼ばれたシュガーも賢者と言われる知能と知性を合わせていたにも拘らず、好奇心が先行していたのだ。
 よって今はその事を責めるより今後どうするべきかを考える事の方が有益である。現状カルナック含め至高の弟子達は爆弾を抱えてしまっている。かと言ってここまでかかわった以上レイと言う人間は放っておくことが出来ないお人よしだ。見捨てる事なんて出来るはずがない。

「んじゃぁオイラ達はどうすれば良いんだい?」

 事情を把握したファリックが珍しく口を開いた。

「安心しろよ、俺達のリーダーはこんな事でお前達を見捨てる程愚かじゃない。むしろその逆でどうにかしてやりたいってお人好しだ」

 その問いに答えたのはギズーだった、今までの彼ならば何も言わずに睨むか「俺達は便利な何でも屋じゃねぇんだ」と捨て台詞を吐いていただろう。レイとの約束がそれほど彼にとって重要な事だと分かる。

「――だが、それは俺達を裏切らなかった場合の話だ。もしも裏切る様なそぶりを見せるもんならそれはレイとの約束の範疇外だ。その時は容赦なく後ろからだろうが何だろうが撃ち抜く」

 その一言を聞いてミラは何故か安心した表情をしていた。ファリックの顔を見て一度頷くとレイの隣に座る姉にも同じようにして頷いた。

「なら大丈夫だね、ここまでしてくれた人の事をボク達は裏切る真似絶対にしないよ」
「その言葉、今は信じておこう」

 今まで彼等の間にあった溝が少しだけ埋まった気がした、ミト達三人は彼等に信頼を。レイ達は彼女達を信じると約束を交わした瞬間だった。

「良い話だねぇ、おじさん涙が出ちゃうよ――」

 外から聞こえたその声に一同は即座に反応した。初めて聞いた声に混じって届く僅かな殺気が彼等を瞬間的に動かしたのだ。低いその声は窓の外――カルナック家の庭から聞こえた物だった。
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