『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

青葉かなん

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第三章 記憶の彼方

第三十二話 訪問者 Ⅱ

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「ギズーっ!」

 乾いた発砲音があたり一面に鳴り響いた。レイの目の前に出された右手は発砲の反動で少しだけ水平から浮き上がっている。発射された弾丸はミトの顔スレスレを横切り森の中へと消えていく。同時に見知らぬ誰かの悲鳴が聞こえてきた。

「え?」

 悲鳴が聞こえた方向に一同が顔を向ける、すると馬に乗った帝国兵が右肩から血を流しながらこちらへと走ってくるのが見えた。

「スライドの最終チェックをしてる時にちらっとだけ見えた、おそらく右手に持ってるショットパーソルが日の光を反射して見えたんだろう」
「それならそうと言ってくれ、突然腕が出てきたときは驚いたよ!」
「妙な動きをしたら撃たれてただろうよ、そこの生簀かねぇ女がな」

 帝国兵は見るに一人だけ、撃ち抜かれた右肩ではもうショットパーソルを打つことは不可能だと悟るが、今度は左手に持ち替えて腕を伸ばす。

「この……餓鬼がぁ!」

 それがこの帝国兵士の最後の言葉だった、彼のこめかみに一発の銃弾が命中し命を落とした。今度はファリックが狙いを定めて精密射撃を行った。ギズーのシフトパーソルとは異なり、こちらは轟音が鳴り響く。

「あなた、私のことが嫌いだったんじゃないの?」

 ミトが心臓をバクバクとさせながらギズーに尋ねた、一方ギズーはそれまでと同じ表情でミトを睨みつけながらしゃべる。

「勘違いするな、てめぇは気に入らねぇし嫌いだ。さっさと消えてくれればと今でも思うね、どうせなら助けずにそのまま見殺しにするもよかった。だが、その軌道上レイがいるから撃っただけだ。だから決してテメェを助けたわけじゃねぇ」

 懐から煙草を取り出して口にくわえる、着火剤が見当たらず舌打ちをしたのちアデルを見た。目で合図を受けたアデルは無言のまま右手で指を鳴らすと摩擦熱にエーテルを加え少量の炎を作り出してギズー目掛けて放り投げる。

「だが気を付けたほうが良い、単独だったが追われてたってことを考えればこの先待ち伏せがあるかも知れねぇ」

 小さなアーチを描いて炎がギズーの咥える煙草の先端に落ちる。そのタイミングで息を吸い込み煙草に火をつける。深く吸い込み二酸化炭素と共に煙を吐き出した。
 シフトパーソルを右足に備え付けているホルスターにしまうとそのまま壁に寄りかかって両手を頭の後ろに回した。

「なぁギズー、俺にも一本くれよ」
「断る、暫くの間残り本数を気にしなくちゃいけねぇってのにテメェに分け与えるもんはねぇ」

 煙を見た瞬間アデルも吸いたくなったのか懐を弄るが在庫がなかった。ダメもとでギズーに頼むが案の定断られてしまう。

「そんな事より不思議だと思わねぇか?」

 左手で煙草を口元から離すと横目でレイを見た。

「出発前から南支部の動向はずっと探っていたはずだ、何も動きがなかったのにも関わらずなんで今日俺達がメリアタウンを発ったと分かった?」

 言われてみれば確かに不思議ではある。わざわざ帝国の南支部を迂回するルートを選んでいるのに何故場所が分かったのか、偶然通りかかった兵士が単独で追ってきたのだろうか? いや、そんなことはあり得ない。元より最低でもツーマンセルで動く帝国兵士が単独で、しかも現状一番の敵であろうFOS軍をだ。

「だからアレじゃね? 一人は追跡を行わせてもう一人は報告に行ってるとか」

 アデルが呑気にそんな事を言うがギズーは即座に反論する。

「考えられねぇ、だったらなんで危険を顧みずショットパーソルでこちらを狙っていたんだ? 隠密行動をしていたのであればそんな事はぜってぇ無いだろう」

 ギズーの言うとおりである、行き先が明確になる前に単独でFOS軍を叩こうなんて事はこれまでの戦闘で無理であると分かっているはずの帝国だ。では何故先ほどの追手は単独で且つこちらを狙っていたのか。

「じゃぁ、一体何だってんだよ?」

 今度はガズルが首を傾げながら口を開く。目の前でアデルと同じような姿勢でいるガズルをギズーは小馬鹿にしながら逆に問いかける。

「テメェも頭使えってんだ、最低でもツーマンセルって言っただろ。だったらもう一人は一体全体どこにいるのかって事だよ」
「だから、それが分かれば苦労はしねぇんじゃねぇのか?」

 そこまで言うとガズルは何かを理解したようでグローブを締めなおす。それを見たギズーもまた笑顔でホルスターからシフトパーソルを引き抜く。

「そうだよな? 帝国兵!」

 即座に左に体をひねり御者目掛けてシフトパーソルの引き金を引いた。アデルの右隣スレスレを弾丸が走り馬車を覆う布を貫通した。
 操縦している御者の心臓に弾丸は命中した、同時に度重なる発砲音に馬が驚き暴れ始める。速度は見る見るうちに加速し暴走寸前となる。

「ギズー! なんて無茶なことを! まだ帝国兵だってわかってないのに」
「なら確かめてみろレイ、間違いねぇ」

 そう言われて慌てて立ち上がると前方へと移動する、そこには既に息絶えた御者がうなだれていた。いつでも振り落とされそうになって。そして右耳に小さな通信機を発見しそれを自分の耳に当てた。

「"おい、今の発砲はなんだ! 応答しろ! ――反逆者共に気づかれたのか!?"」

 通信機からは男の声が聞こえた、そしてレイは驚きの表情を隠せなかった。

「……帝国兵だ」

 ギズーの読みは当たっていた、そうなるとこちらの動きは筒抜けになっている可能性が高い。この先で待ち伏せされている事も配慮しなければならないとギズーはもう一度念を押す。

「どこかのタイミングで入れ替わったんだろう、何度か休憩と称して馬車を止めたからな。その時かはたまたもっと前、メリアタウンを発つ時か? どっちにしろこのまま進むのは反対だな」

 荷台から顔を出してきたガズルが軽快な身のこなしで荷台全体を覆っている布の上へと上がった。ゆっくりと立ち上がり双眼鏡を手に周囲を確認する。だが現在地は森の中を抜ける街道であり、前方か後方どちらかしか遠くまで見渡せない。今度はアデルが飛び出し名綱を握って一度荒れ狂う馬を何とかなだめ始める。

「どう、どう、どう」

 手慣れた手つきで馬をなだめると、ゆっくりとではあるが混乱していた馬は正常な状態に戻りつつある。そしてゆっくりと駆け回る足を止めた。

「いいぞガズル」

 アデルがガズルに向けて親指を突き出すと同じくそれを返した。同時に馬車の屋根を蹴り少しだけ高く飛んだ。
 もう一度双眼鏡をのぞき込むと、現在地より数キロ先に野営地みたいなものが見えた。木材で囲いを作りその中央に小さな小屋が見える。その周りにはショットパーソルらしきものを構える人間が数名。

「ビンゴ」

 ゆっくりと降下すると馬車の隣に着地した。

「数キロ先に帝国と思われる野営地を見つけた、どうやらコースを大きく外してるみたいだな」

 ギズーの予想はここでも命中する、すると今度は近くにおいてあるバックパックから地図を取り出して広げる。今自分たちがどこにいるのかを明確にする為だ。

「ガズル、周囲に何が見えるかもう一度飛べ」
「人使いが荒いこって」

 愚痴をこぼしながらもう一度空へと飛ぶ、今度は肉眼で周囲を見渡した。

「十時の方向に連峰、それと……三時の方向に湖? かなり大きい奴だ」

 地図を手にギズーも外へと出た、空を見上げて日の位置を確認しギズーから受けた情報をもとに現在地を割り出す。大き目の湖は地図を見ると一発で分かった。中央大陸最大に湖がメリアタウンの東北東に位置する。ここで一度咥えていた煙草を地面に捨てると左足で踏みつぶした。

「『グランレイク』の西、ってことは此処は『グランレイク街道』か。かなり西へとそれてるな、どうすんだレイ」

 呼ばれたレイもようやく馬車を降りた、両手で地図を広げているギズーの元へと歩き地図をのぞき込む。

「本来の行路はグランレイクの東側を通る予定だったけど、戻るとなると結構時間がかかるね」
「グズグズしてられねぇぞ、あっちだって馬鹿じゃねぇ。俺達が気づいてるのはもう知ってるだろうし、早いところ動かねぇと大量のお客さんが来ちまうぞ」

 戻るか強行突破を行うか、はたまた迂回路を探すかの選択を迫られているレイ。そこにアデルが馬車から首を出してたった一言。

「何を悩んでるんだ? 別に迎え撃てばいいじゃん?」

 さらっと言いのけた。

「このピーマン野郎、ショットパーソルぶら下げてる大群を相手にするつもりかよ。この間のアレだって大半が近接戦闘だから簡単に勝てた物を……それに向こう側に法術に長けた奴が居たらどうする? 数で押されて終わりだ」

 アデルはギズーの剣幕に押されて反論することが出来なかった、しかしギズーのいうことは正しい。いくらこちらが手練れの集団だとしても向こう側に何が居るのか分からない今は下手に動くことはあまりにも危険であった。情報不足にもほどがある。仮に練度の低い一般兵士が相手となればそれはたやすく抜けることも可能だろう、しかしこの半年間の間にこんな所に野営地なんて見たこともない。どれほどの戦力がそこにいるのかがわからない以上迎え撃ったり強行突破を行うのは無策と言えよう。
 だが、引き返したところで万が一挟み撃ちに会う可能性も否定できない。だからこそレイは選択を迫られているのである。

「どうするよリーダー、テメェの判断に任せるぜ」

 ギズーはそういってレイを見た。苦悶の表情を浮かべるレイの元へと馬車から降りてきたミトが近づいてくと隣に立って地図をのぞき込んだ。

「ねぇ、このグランレイク? だっけ、縦には長いけど横幅はどんなものなの?」

 突然訪ねてきたミトにギズーが今日何度目かの舌打ちをする。目を細めて睨みつけるようにミトに視線を送った。

「三キロ程だ、南北には十数キロと伸びてるが東西はたったの三キロ程度しかねぇんだよ。それがどうしたってんだ」

 するとミトがにんまりと笑うとレイの耳元で何かを囁く。あまりの内容にレイがびっくりしてミトの顔をまじまじと見つめて。

「ミト? それ本気で言ってるのかい?」

 あまりの作戦内容に驚愕する、だがミトはきょとんとした顔レイを見つめて、もう一度笑顔で。

「もちろん」

 そう言った。
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