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第三章 記憶の彼方
第三十二話 訪問者 Ⅰ
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彼等がメリアタウンを出発してから幾時が経った頃、カルナックの家ではアリスが目を回す勢いで慌てていた。
昨夜ギルドを通じてレイから連絡を受けた彼女は団体が来ると知らされてからこの通り朝から掃除やらなにやらと大忙し、同じくその手伝いとしてビュートも修行そっちのけで手伝いをさせられていた。当のカルナック本人はというと……ギルドの情報部員と一緒に彼の書斎で何か作業をしている。
あの事件以降、カルナックの家から程なくの距離に新しく小さな家が建てられている。家というにはあまりにも質素で小さく、人間が二人共同で生活できる程度の広さしか無い。そこはギルドの情報部員がカルナックと共同でとあることを調べる為に移住する為に建てられた家である。と言ってもほぼカルナックの家で作業をしているので使用するのは寝るとき以外使われていない。食事はカルナック家で済ませている。
それではアリスの仕事量が以前より増えてしまうのではないかとカルナックは最初こそ断りをしたのだが、ギルドの申し出により食材等は全てこちらで持つと申し出を受けた。カルナックはそれでもと断りを入れようとした所、アリスによって華麗に阻止されてしまった。
アリスからすれば願ってもない申し出であるのだ、麓の街に出向く必要がなくなりすべて家の中で家事が終わるのである。これにはビュートも同時に喜んでいたという。
話を戻そう、今カルナックの家では大掃除と一緒に人数分の食器を洗剤したり部屋の確保を行っている。その忙しさは半年前にレイ達が訪れた時以上の忙しさとなっていた。
「ビュート君、部屋のチェック終わったかしら?」
「まだです姉さん、もう少しかかります」
「わかった、でも午前中までに終わらせてね。午後からは君巻き割りだからね」
「また巻き割りですかぁ……」
二人で分担作業を行っている中の作業工程の確認、ビュートは少しばかり遅れている様子ではあったが彼らが到着するのは今日の夜か深夜あたりだろう。まだ慌てるような時間ではないはずの二人が何故ここまで急いでいるのか。それは夕方までに終わらせておきたい事情がある。
いや、正確にはここまでの作業工程で慌てても良いのかもしれない。前回と同様の人数がこちらへとやってくるのだ、夕方からはアリスだけは食事の支度もしなければならない。ましてや今度はギルドの情報部員も居る。その量は想像をはるかに超えるだろう。
「全く、レイ君も来るなら来るでもっと早く連絡してくれればいいのにね」
「その通りです! いくら先輩でも急すぎます、もっと余裕のある行動をするべきだとボクは思いますね!」
「そうね、でも余裕のある行動はあなたも一緒よ? そんな所で油売ってないでさっさと部屋の準備をするっ!」
レイ達の帰りを今か今かと待つビュートは知らず知らずの内に顔が緩み切っていた、ゴミを外に運び出そうとしていたが足を止めて何かを妄想している。傍から見ればそれはそれは気持ち悪い笑顔である。それを見たアリスは近くにあった包丁をビュート目掛けて投げると、彼の目の前を通過し壁に突き刺さった。
「……そういう姉さんだってその笑顔は何ですか? 僕は単純に先輩達に会えるのが楽しみなんです。姉さんのその笑顔は先輩に抱き付けるからですよね? 先輩言ってましたよ、それは悪い病気だって! だから早く直した方が――」
ビュートがすべてを言い終える前にもう一本の包丁が飛んできた、今度は彼を確実に突き刺すつもりで投げただろうその軌道。振り向きざまであったのが彼の命を救った。即座にしゃがみ込み頭の数センチ上を通過して壁に突き刺さる包丁を彼は確かに見た。目線をアリスへと向けると、そこには満面の笑みの――例えるなら般若の様な恐ろしい殺気が漂っていた。
「ビュートくぅん? 何か言ったかしらぁ?」
「なななな、何でもありません! 直ぐにゴミ出しを終わらせて部屋の作業に戻ります!」
殺気に充てられたビュートはその場を逃げるように去っていった、それを見てアリスが一つため息をつくと壁に突き刺した包丁を引き抜いて傷跡を見る。
「……ギルドに言えば修復材安くしてくれるかしら?」
思いのほか深くめり込んでいた包丁が一本、後に投げた物が予想以上に深く入ってしまっていた。そこまで力を込めてたつもりは本人には無いのだろうが、結果としてはこの様である。並の人間であれば避けきれないタイミングであるのは確かで、これはビュートがしっかりと修行を積んでいたことを意味する。アリスは彼の成長を素直に喜ぶべきか、はたまたこの壁の傷をどうするべきかを悩み複雑な気持ちでいたのは間違いないだろう。
「うん?」
暫くすると表からビュートの声が聞こえてきた、誰かと話をしているようだ。少し遠くにいる為か何を話しているのかはよく聞こえない。だがすぐにそれは分かった。
「姉さん、あのぉ~……」
「何よビュート、どうしたの?」
ゆっくりとドアを開いてこちらを覗き込むように顔を出したビュートに不思議な違和感を覚えアリスが玄関へと足を運ぶ、困惑した表情でビュートは一度後ろを振り向き、そしてドアを開けた。
「お客様です?」
ビュートの後ろには黒いローブを羽織った少し小さな女性が立っていた。
小柄でビュートより身長は低い、ローブから見える顔立ちとその身長には不釣り合いな大きなバストがアリスの目に飛び込んできた。
「やぁアリス殿、儂の馬鹿弟子は御在宅かな?」
昨夜ギルドを通じてレイから連絡を受けた彼女は団体が来ると知らされてからこの通り朝から掃除やらなにやらと大忙し、同じくその手伝いとしてビュートも修行そっちのけで手伝いをさせられていた。当のカルナック本人はというと……ギルドの情報部員と一緒に彼の書斎で何か作業をしている。
あの事件以降、カルナックの家から程なくの距離に新しく小さな家が建てられている。家というにはあまりにも質素で小さく、人間が二人共同で生活できる程度の広さしか無い。そこはギルドの情報部員がカルナックと共同でとあることを調べる為に移住する為に建てられた家である。と言ってもほぼカルナックの家で作業をしているので使用するのは寝るとき以外使われていない。食事はカルナック家で済ませている。
それではアリスの仕事量が以前より増えてしまうのではないかとカルナックは最初こそ断りをしたのだが、ギルドの申し出により食材等は全てこちらで持つと申し出を受けた。カルナックはそれでもと断りを入れようとした所、アリスによって華麗に阻止されてしまった。
アリスからすれば願ってもない申し出であるのだ、麓の街に出向く必要がなくなりすべて家の中で家事が終わるのである。これにはビュートも同時に喜んでいたという。
話を戻そう、今カルナックの家では大掃除と一緒に人数分の食器を洗剤したり部屋の確保を行っている。その忙しさは半年前にレイ達が訪れた時以上の忙しさとなっていた。
「ビュート君、部屋のチェック終わったかしら?」
「まだです姉さん、もう少しかかります」
「わかった、でも午前中までに終わらせてね。午後からは君巻き割りだからね」
「また巻き割りですかぁ……」
二人で分担作業を行っている中の作業工程の確認、ビュートは少しばかり遅れている様子ではあったが彼らが到着するのは今日の夜か深夜あたりだろう。まだ慌てるような時間ではないはずの二人が何故ここまで急いでいるのか。それは夕方までに終わらせておきたい事情がある。
いや、正確にはここまでの作業工程で慌てても良いのかもしれない。前回と同様の人数がこちらへとやってくるのだ、夕方からはアリスだけは食事の支度もしなければならない。ましてや今度はギルドの情報部員も居る。その量は想像をはるかに超えるだろう。
「全く、レイ君も来るなら来るでもっと早く連絡してくれればいいのにね」
「その通りです! いくら先輩でも急すぎます、もっと余裕のある行動をするべきだとボクは思いますね!」
「そうね、でも余裕のある行動はあなたも一緒よ? そんな所で油売ってないでさっさと部屋の準備をするっ!」
レイ達の帰りを今か今かと待つビュートは知らず知らずの内に顔が緩み切っていた、ゴミを外に運び出そうとしていたが足を止めて何かを妄想している。傍から見ればそれはそれは気持ち悪い笑顔である。それを見たアリスは近くにあった包丁をビュート目掛けて投げると、彼の目の前を通過し壁に突き刺さった。
「……そういう姉さんだってその笑顔は何ですか? 僕は単純に先輩達に会えるのが楽しみなんです。姉さんのその笑顔は先輩に抱き付けるからですよね? 先輩言ってましたよ、それは悪い病気だって! だから早く直した方が――」
ビュートがすべてを言い終える前にもう一本の包丁が飛んできた、今度は彼を確実に突き刺すつもりで投げただろうその軌道。振り向きざまであったのが彼の命を救った。即座にしゃがみ込み頭の数センチ上を通過して壁に突き刺さる包丁を彼は確かに見た。目線をアリスへと向けると、そこには満面の笑みの――例えるなら般若の様な恐ろしい殺気が漂っていた。
「ビュートくぅん? 何か言ったかしらぁ?」
「なななな、何でもありません! 直ぐにゴミ出しを終わらせて部屋の作業に戻ります!」
殺気に充てられたビュートはその場を逃げるように去っていった、それを見てアリスが一つため息をつくと壁に突き刺した包丁を引き抜いて傷跡を見る。
「……ギルドに言えば修復材安くしてくれるかしら?」
思いのほか深くめり込んでいた包丁が一本、後に投げた物が予想以上に深く入ってしまっていた。そこまで力を込めてたつもりは本人には無いのだろうが、結果としてはこの様である。並の人間であれば避けきれないタイミングであるのは確かで、これはビュートがしっかりと修行を積んでいたことを意味する。アリスは彼の成長を素直に喜ぶべきか、はたまたこの壁の傷をどうするべきかを悩み複雑な気持ちでいたのは間違いないだろう。
「うん?」
暫くすると表からビュートの声が聞こえてきた、誰かと話をしているようだ。少し遠くにいる為か何を話しているのかはよく聞こえない。だがすぐにそれは分かった。
「姉さん、あのぉ~……」
「何よビュート、どうしたの?」
ゆっくりとドアを開いてこちらを覗き込むように顔を出したビュートに不思議な違和感を覚えアリスが玄関へと足を運ぶ、困惑した表情でビュートは一度後ろを振り向き、そしてドアを開けた。
「お客様です?」
ビュートの後ろには黒いローブを羽織った少し小さな女性が立っていた。
小柄でビュートより身長は低い、ローブから見える顔立ちとその身長には不釣り合いな大きなバストがアリスの目に飛び込んできた。
「やぁアリス殿、儂の馬鹿弟子は御在宅かな?」
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