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第三章 記憶の彼方

第三十一話 世界情勢と彼等 Ⅰ

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 翌朝、まだ日の光が昇る前。メリアタウンが街として目を覚ます少し前から動く人影があった。FOS軍の拠点屋上に一人東の空を見つめる少年。名をレイ・フォワードと言う。
 齢十三にして剣士では最高位の称号『剣聖』を授与された法術剣士。決して彼の力が圧倒的と言う訳ではない、剣聖の名を引き継ぐにはそれ相応の条件が必要となる。まずはその剣技、当然の事ながら剣士としての最高位の称号を授かるからには強さは必要ではあるが剣聖という名は格別『剣士』だからという理由では授かることはできない。
 次に必要となる条件として『類まれな法術使い』も必要となる。これを法術剣士という。法術を使わない剣士での最高位称号は『剣帝序列けんていじょれつ』である。もちろん法術剣士もこの剣帝序列の称号を授与できる。剣帝序列とは筆頭から始まり二位、三位、四位までの四人までが存在する。俗に四剣帝しけんていと呼ぶ。圧倒的な戦闘力を誇り、その力は一騎当千とも噂されることも珍しくない。
 最後に人格である。剣聖とは即ち英雄なのである。人格破綻者であっても剣技が優れていれば剣帝序列に入り込むことは可能であろう。しかしその次の称号、つまり英雄と謳われる剣聖に含まれる条件からは外れる。英雄とはどの時代でも民衆の憧れなのである。

「良い朝だ」

 先の剣聖、現『剣老院けんろういん』であるカルナック・コンチェルトはまさに英雄であった。レイ・フォワードの師匠であり育ての親でもある。かつて一夜にして帝国を壊滅寸前にまで追い込み、最も帝国から恐れられた男である。
 帝国でもその右に出る者はいないと言われる戦闘狂、エレヴァファル・アグレメント。通称『最狂』との戦闘により右腕を失い現役を引退したが、その強さは現在の剣聖レイ・フォワードと四剣帝全てが束になっても勝てる見込みはない。文字通り世界最強の存在である。だが彼は前線から既に身を引き後続を育てる事に生きがいを感じ日々過ごしている。
 勿体ない話ではある、そもそも帝国との戦争時である現在彼が参戦していれば間違いなく帝国は敗北するだろう。では何故彼は戦わないのか、それはカルナック・コンチェルトのみぞ知る。

「出発する時間にはまだ結構あるな」

 幾度となく他方面より参戦をと頼まれてきたカルナックだが、返す返事はどれも同じで「お断りします、もう私の時代ではありません。彼等の時代なのですよ」と突っぱねてきたという。カルナックの言う彼等とはレイ・フォワード率いるFOS軍の事である。

「もしかしたら暫く戻れないかもしれないし、メルの墓参りしておいた方が良いかな」

 ギルドによって公表された先の戦い。カルナック・コンチェルトが右腕を失い、完全にその前線から身を引くことのきっかけになった戦いで彼らは一人の少女を失った。名をメルリス・ミリアメントと言う。
 何処にでも居るような、そんな印象を受ける彼女のおかげで今彼らはこの場所にいる。得るものより結果としては失った代償が彼にとっては大きかったのかもしれない。

「どうせみんなもまだ起きてこないだろうし、単独であれば時間もそんなに掛からないから行くなら今だよね」

 メリアタウン北東に位置する小さな山。街全体を見下ろせるほどには大きく、遠くに構える連峰と比べるには小さい。その山頂に彼女は眠っている。永遠に目覚めることのない眠りについた彼女の小さな墓がそこにはある。
 半年前と言えばつい最近のことにも思えるが、それはその人によっての感じ方の尺度でいくらかは変化するものだと思う。レイ・フォワードからすれば「まだ」半年ではあるが親友のアデル・ロードからすれば「もう」半年なのだ。
 格別思い入れがあるのはレイ・フォワード本人であるのは言うまでもない。それでも短い時間ではあるが共に行動した彼等からしても仲間であり友達であった。それだけは間違いないだろう。

 アジトから山頂まで通常であれば一時間掛かるかどうかの道のりをレイ・フォワードは木々を飛び越え、枝を蹴り進んでいる。山頂付近に到着したのはメリアタウンを出てから半時間程度だった。剣士であればベテランの域であるが、そこへ法術での身体能力向上を加えるともう少し時間を短縮することができるかもしれない。
 山頂には一本の大樹がある、そこを過ぎるともう目と鼻の先だ。彼は一度大樹の根元まで来るとゆっくりと深呼吸をした。夏の早朝という割には涼しい位の気温がここまで移動してきた彼の体をゆっくりと静めていく。体温調整を施す氷と風の法術で簡単に汗を引かせることも可能なのだが、彼は自然の風を選んだ。

「やっぱりここまでくると少し涼しいな」

 森に囲まれた土地で生きてきた彼としてはこの自然の風が落ち着くのであろう。彼が深呼吸を数回繰り返しているその間に東の空から朝日が顔を出し始めた。大気によって光源が赤色をよく通す、実はこの場所から見る朝日が彼はとても好きだった。
 少し目を細めて右腕で顔を覆う、だがその目はしっかりと朝日を捉えて離さなかった。
 彼の顔にほんの僅かだが笑みがこぼれる、そしてゆっくりと歩きだし、メルリスの墓へと足を動かした。

 ほんの数十メートルの場所に彼女の墓がある、先日の騒動でその先にある崖が崩れてしまった以外はどこも変わりはない。

「おはよう、メル」

 道中に咲いていた小さな花をメルリスの墓の前にそっと添えて手を合わせた。数秒の沈黙の後に彼は目を閉じていつものようにその場に座り込んだ。

「あのさ、もしかしたら暫く来れないかもしれないから」

 腰のポーチから水筒を取り出すと水をお墓にかけ始める、その表情はとても穏やかで……少し寂しそうな。そのどちらともとれる。

「あれから半年しか経ってないけど、この数日はちょっとバタバタしてたんだ」

 中身を全て出し切ると蓋を閉じてポーチに戻す、両手を後ろに回してゆっくりとのけぞりながらやっと明るくなってきた夏の空を見上げて微笑む。

「瑠璃の後は内戦、その次は人助けだよ。なんだろう、メルのお節介が移っちゃったのかな?」

 その微笑は長くは続かなかった。もう一度瞳を閉じてこの半年に起きたことをなぞるように思い出し始める。彼女がなくなってからというもの、彼らはただひたすらに走って来ただけなのかもしれない。初めから帝国の野望を阻止ししようと走って来た彼等だが、メルリスが亡くなってからは心に余裕が無かった。

 いや、正しくは「ぽっかり空いた穴を埋める為」にひたすら走って来ただけなのかもしれない。それが周りから見たときに余裕が無いと捉えられる、別に彼等は焦っていた訳でもなければ日々に追いかけられていた訳でもない。それは、彼等がまだ子供だからである。簡単な話、心が未熟なのだ。

 いくら剣聖と世間から呼ばれようが、カルナック・コンチェルトの弟子と讃えられようが彼等はまだ十四、十五の子供なのだ。これは周囲の大人も時々忘れてしまう場面がいくつもある。こと戦闘時には――。
 そう、彼等の戦闘能力は圧倒的なのである。一騎当千に等しいその力、周りの大人達でさえ束になっても勝てないだろうその戦闘能力はまさに圧巻。鍛え抜かれた軍隊や場数を踏んできた傭兵団ですら舌を巻く強さなのである。
 しかし彼等が特別なのではない。育ってきた環境も大きいのだろう。英雄カルナック・コンチェルトの元で修業をし、その技を伝授された。それも幼少期全てを費やしてである。それこそ地獄のような修業をしてきたレイとアデルの二人はまさに規格外の強さであるのは言うまでもない。

「今度来るときは、お土産話を持ってくるよ。だからそれまで待っててね」

 ガズルも幼少期は孤児院で過ごし、類まれな頭脳で地元の大学まで飛び級。その後主席卒業を果たした。法術こそ苦手であれど彼には天性の力がある。
 一方ギズーはどうだろうか? 戦闘能力だけを見ればこの三人には到底及ばない彼だが殺しの才能だけは群を抜いている。元々彼の家計は特殊であり、帝国から懸賞金が一家全員に掛けられている。罪名は猟奇殺人、特にギズーの兄に至ってはその道から言わせれば芸術とも言われている。

 その兄と共に幼少期を過ごしたギズーもまた並みの子供ではない。殺人術を兄から叩き込まれ、自分もまたシフトパーソルの名手として名を轟かせている。だがギズー本人の才能は殺人術でもなければシフトパーソルでもない。本業は闇医者である。
 殺人術、見方を変えれば「人体のどこを弄れば死ぬのか、殺さずに苦痛を与え続けるのか」その応用である。

「それじゃ、行ってきます」

 ゆっくりと立ち上がり、墓石をじっと見つめた後にその場を去った。
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