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第二章 神苑の瑠璃 後編

第二十三話 神苑の瑠璃 ―死闘― Ⅳ

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「レイヴン!」

 レイとガズルの二人がシトラ相手に詠唱詠唱の隙を与えないように攻撃を続けている。怒涛の連続攻撃にシトラは防戦一方だった。だがここでシトラの動きに変化があった、それまで防戦一方だった彼女だったが、レイヴンが倒れた事で自分の中で無意識のうちタガが外れたのだ。いわば無意識のうちにセーブしているリミットを解除してしまった。暴走に近いエーテルの放出量にレイはとっさにガズルの襟をつかんで後ろへと飛ぶ。

「何すんだレイ!」

 攻撃を仕掛けようとしていたガズルが咄嗟に後ろに引っ張られたことに文句を言う、しかしその判断は正しかった。突如としてシトラの足元から巨大な氷が鋭い刃となって噴き出たのだ。もしもレイがあの瞬間に逃げてなかったら二人とも氷の刃によって体は貫かれていただろう。
 二人が地面に着地した瞬間、突如として体が動かなくなった。それは離れているギズーとアデルにも同じ症状が見えた。四人はこの感覚を知っている。まぎれもない精神寒波である。
 しかしレイが身動き取れなくなるほどの精神寒波なんて今まで見た事が無い。常に気を張っている彼等だからこそ分かる。カルナックの家では油断していたからこそ跳ねのけることが出来なかったが今は違う。常に発せられる精神寒波を難なく跳ねのけてきた彼等だったが今はその重圧によって体の身動きが取れなくなっていたのだ。
 元々ギズーとガズルに関しては精神寒波の体制は無かったものレイの氷雪剣聖結界ヴォーパルインストールの恩恵によって負担が軽減されていた。それが今崩壊したのだ。

「何だこれ……体が」

 必死に抵抗するレイだったが抗う事の出来ない程の重圧だった、氷雪剣聖結界ヴォーパルインストールを発動しているときは通常の法術障壁より格段に術式が上がっているにも関わらずだ。その重圧は恐怖を植え付ける。

「……」

 シトラはゆっくりとレイヴンの死体に目を向けた、ピクリとも動かないことを確認し絶命したのだと悟った。そして再び四人に強烈な精神寒波が襲い掛かる。いつしかカルナックが見せた衝撃波を伴った物とよく似ている。とても冷たい殺気も同時に混じっていた。レイ以外の三人はその衝撃によって三度壁へと吹き飛ばされる。何とかレイだけはその衝撃はだけは受け流すことが出来た。だが次は無いと覚悟する。

「――ありがとうレイヴン、後は私一人で何とかするわ」

 するとシトラの姿が消えた、その直後レイの腹部に衝撃が走る。瞬時にレイの元へと移動したシトラはレイの腹部を蹴り飛ばしたのである。それは予想だにしていなかった。これは剣聖結界の恩恵ではない。シトラ本人の身体能力の高さだった。これで四人は揃って壁の方へと弾き飛ばされてその場に倒れてしまう。

「やっぱり化け物だあの女っ!」

 ガズルが地面にひれ伏しながらそう叫んだ。そう、最初にシトラの恐怖を知ったのはガズルだった。ケルヴィン城で植え付けられたその恐怖を思い出していたのだ。

「失礼ね、女性に向かって化け物だなんて――」

 冷静に話し始めた、両手を広げて法術を詠唱すると氷の槍が二本出現した。それをまず動けないでいるガズルに向けて投げる、続けてギズーにも投げつけた。放たれた槍は地面に直撃しガズルとギズーの体をを凍らせて身動きが取れないようにした。続けてもう二本作り出すとレイとアデルに向けて投げつける。レイは何とかその場に立っていたが放たれた槍は左肩に突き刺さりそのままもう一度壁に張り付く形になる。同時にその場霊剣を落としてしまう。アデルはフラフラに成りながらも立ち上がったが左足に槍が刺さる。

「急に何だってんだ、さっきとはまるで別人じゃねぇか!」

 左足に突き刺さった氷の槍を引き抜きながらアデルが叫ぶ、突き刺さった場所は急速に温度が下がり凍傷となる。

「分からない、でもレイヴンが倒れた直後にシトラさんのエーテルが爆発的に増加したんだ。それも――」

 レイの瞳にはしっかりと映っていた、シトラの体に纏わりつく異常なまでのオーラを。体内のエーテルが溢れ過剰に放出されている。

「おそらくレイヴンのエーテルだ、きっと何方かの生命活動が停止した時に残りのエーテルを全て譲り渡すって契約でも結んでいたんだろう」

 体と地面が氷によって塞がれているガズルが冷静に分析をする、それを聞いてギズーが思わず笑ってしまった。

「冗談じゃねぇ、そんな事できるわけが――」
「いや不可能じゃない、普通そんな事する奴なんていねぇけど」

 アデルは知っていた、レイの深層意識の中で起こった出来事を思い出す。他人にエーテルを分与することは可能であると。厄災がアデルにしたのと同じように。そしてこの局面を打開する解決策を模索する。レイも同じことを考えているだろう。この局面において彼らに残された策は残り限られている。

「おしゃべりはもう済んだかしら?」

 シトラの体から放出されるエーテルが一段と増す、紛れもなく凄まじいまでのエーテル量だ。その膨大な量から法術が放たれればどうなるか四人は考えたくも無かった。しかし現実は無情な程現実味を帯びている。次第に周囲の気温が下がり始めて吐く息が白くなる。それまで溶岩の熱で汗を掻くほどだったのにだ。シトラから放出される冷気が一層強さを増し始めた。

「それじゃぁ、皆さようなら」

 最後に微笑むと彼等四人の元へと氷の刃が襲い掛かってきた、地面から付きあがる氷はシトラの体から前へ前へと突き出してくる。徐々に距離が詰められていきレイ達の目の前にまで迫ろうとしたその時。レイの右手人差し指にはめられた指輪が突如光りだした。その光にレイ達四人はもちろん、シトラの視界を奪う。

「レイ君、大丈夫だった?」

 目の前に迫ってきた氷の刃は突如真っ二つに割れた。レイの処へ向かってきた物だけじゃない。四人全員の目前に迫ってきた氷が全て真っ二つに割れていた。

「もう大丈夫だよ」

 レイの視界がぼんやりとだけ戻ってくる、そこには小さな人影が巨大な剣を右手にもって立っていた。そのシルエットをレイは知っている。アデル達と冒険を始めて以来ずっと一緒にいた大切な女性。そのシルエットと声が似ていた。

「シトラ・マイエンタ――私があなたを裁きますっ!」

 彼女の名前はメルリス・ミリアレンスト。普段の彼女からは想像もつかないエーテル量を携えて彼らの前に現れた。
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