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第二章 神苑の瑠璃 後編
第二十二話 最強と最狂 Ⅱ
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「よう――『最強』!」「やぁ――『最狂』」
エレヴァファルとカルナックの刃がぶつかり火花が散る。片や帝国随一の戦闘狂、片や世界最強の剣聖。十五年ぶりの再開はやはり闘争だった。遠い日の幼い自分を重ねて相手を互いが睨む。
「レイ君、コイツは私の客です。君達は先に行きなさい!」
斧を弾き飛ばして斬撃を放つ、しかしいずれも全てはじき返されてしまう。その強靭な肉体はシフトパーソルの弾丸をもはじき返すだろう。
「待ちわびたぜ! この時を、この瞬間をっ!」
エレヴァファルが咆哮する、鼓膜が破れるかと思うほど大きな声だ。それに後ろで見ていた四人は委縮する。それ以上に目の前で起きてることが信じられないでいた。あのカルナックと互角に戦える人間が帝国に残っているとは思いもよらなかったからだ。いや、もしかしたら互角以上なのかもしれないとレイは思った。咄嗟に霊剣を構えて前に出ようとしたがアデルによって静止されてしまう。思いのほかアデルはこの状況で冷静に物を見ていた。
「早く行きなさい、必ず追い付きます!」
「ずいぶん余裕じゃねぇかこの野郎!」
二人の間に入る余裕などないとレイは悟った、まさに次元が異なる戦いである。早すぎる攻撃に防御、そして数手先を予測しフェイントを交えた攻撃。すべてをとっても彼等四人がどうこうできる相手ではない。それに恐怖を覚え足がすくむ。だがその体に鞭を打って足を動かした。
「必ずですよ、必ず追ってきてください!」
レイが叫ぶ、しかしカルナックから返答はなかった。それでも彼らは先に進むしかない、ここにいれば必ずカルナックの足手まといになるだろうと考えたからだ。彼等四人は最終階層へとつながる扉を開けてその先に進む。その間にもエレヴァファルとカルナックの激しい攻防は続いていた。
「私は会いたくなかったですよ、貴方なんか!」
「俺も本当は会いたくなかったんだけどな、どうしても会いたいって言う奴がいてよ!」
激しい攻防の末一度二人が距離を取る、カルナックは納刀し抜刀の体制へと移る。エレヴァファルは空高く飛び上がりカルナック目がけて斧を振り下ろす。二人の刃が再び重なりあたり一面に衝撃波が飛び散る。
「十五年前、お前に切り飛ばされた俺の右腕がなっ!」
巨体から繰り出された振り下ろされる斬撃はカルナックにとってもすさまじい威力となって放たれる。重く強烈な一撃が彼の体を軋ませる。カルナックの足元が窪み体ごと沈みそうになる。
「相変わらず乱暴な技ですね」
「だろう? お前を殺す日を夢見て鍛えぬいてきたこの力、存分に味わうがいい!」
空中に浮いているエレヴァファルが体を捻りカルナックへと蹴りを放つ、その巨体な体躯のどこにそれほど俊敏な動きが出来るのか。左腕でガードするがその衝撃は凄まじく壁へと吹き飛ばされてしまう。だが吹き飛ばされながらも冷静に納刀すると壁を蹴り再びエレヴァファルの元へと飛ぶ。
「今度はその左腕も跳ね飛ばして差し上げましょう!」
高速で接近するカルナックに対し左腕を横に伸ばすエレヴァファル、切り飛ばすと宣言された左腕をだ。ニヤリと笑いながら。
「やってみな!」
そう叫んだ。カルナックはエレヴァファルとすれ違いざまに彼の左腕目がけて斬撃を叩きこむ、しかしここでカルナックの表情が歪む。刀越しに伝わる感触にまるで手ごたえが無い。それどころか彼の刀はまるで鋼鉄以上の金属に当たったかのような感覚を覚え弾かれてしまう。着地したカルナックがすぐさま振り向きエレヴァファルの左腕を確認する。
「何も、テメェだけが仕えるんじゃないんだぜ? 忘れたかのか?」
その腕は漆黒に染まっていた、まるで黒曜石の鎧を着ているかのような見た目に変わっている。それどころかエレヴァファルの体全てがその鎧のような物に包まれている。そしてカルナックは思い出した。
「土竜剣聖結界、そうでしたね。あなたにソレを教えたのは私でした。全く年は取りたくありませんね」
再び抜刀の構えを取る、背中を見せてるエレヴァファルに向かって再度斬撃を叩きこんだ。だがそれらすべてが彼の体に弾かれてしまう。決定打はおろかかすり傷つけることも敵わない。
「神速の抜刀術のお前に鉄壁の俺を倒すことなんざできねぇ、いい加減本気でかかって来いよ!」
三度距離を取る、ため息を一つついてゆっくりと深呼吸をするカルナック。雷光剣聖結界を解いて目をつぶった。
「なるべく温存して置きたかったのですが、そうも言ってられませんね」
エレヴァファルがニヤッと笑う、ゆっくりと振り向きカルナックへと体を向ける。彼もまた深呼吸をして斧を構える。両足のスタンスを広く取りいつでも迎撃できる体制に移った。
「さぁ始めようぜ、あの時の続きを――あの闘争の続きをっ!」
カルナックの体の周りにフィフスエレメントのすべてが集まる、思い出してほしい、カルナックがエレメンタルマスターと呼ばれる由縁を、その本質は全てのエレメントとの対話。だがそれ以上に彼にこの称号が与えられる要因がもう一つある。剣聖結界以上の強大な力を付与する上位互換。すべてのエレメントを取り入れそれを一度に暴発させるカルナックだけに許された禁忌。その代償として通常の剣聖結界とは異なり徐々に体力が奪われ必要以上のエーテルが消費される、またそれを使う事によって精神汚染が進み人格をも壊すことがある。
「森羅万象現人神」
かつて四竜との死闘を繰り広げた際に使用したカルナックの究極奥義、そしてこの技が人に向けられるのは二回目である。全く同じ相手、エレヴァファルにだけ使われたカルナックの覚悟。
「そうだ、これこそ俺達の闘争に相応しい! 今日俺はテメェを倒し『最狂』と『最強』の二つを手に入れる!」
エレヴァファルの足元から突然炎が噴き出した、彼もまた希少な存在であった。レイと同じ二重属性使い、土と炎の両方と対話を可能とする。最強の矛と最強の盾、その二つを同時に使いこなすことが出来る。忘れてはならない、彼もまたカルナックと共に四竜と戦った一人であることを。剣聖と同格の称号である「戦闘神」を持ち合わせる。
カルナックの体から虹色のオーラが吹きあがる、五つのエレメントすべてを取り込んだカルナックの戦闘力は計り知れない。だがそれに臆することなく受けて立つエレヴァファルもまた人のソレではなかった。二人が同時に動く、互いに刃を重ね相手に一撃を入れようと幾度となく互いの刃が交差する。
現人神結界状態のカルナックですら多重剣聖結界時のエレヴァファルは強敵である。限界まで高めた攻撃力とカルナックの刃をもってもエレヴァファルに決定打を与えることが出来ない。鍛え抜かれた体と土竜剣聖結界の相性は抜群でありまさに無敵の肉体と言える。それだけではない、炎帝剣聖結界をも同時に身に着けるエレヴァファルの攻撃力は今のカルナックにも匹敵する破壊力を持ち合わせる。二人の攻防は想像を絶するほど激しく、刃がぶつかる度に衝撃波で振動する。部屋全体が大きく揺れてまるで大地震でも起きてるかのような感覚すら覚える程だ。
「楽しいなオイ! やっぱりテメェと殺り合うのは血が騒ぐぜぇっ!」
巨大な斧で足元の岩盤を破壊する、その衝撃で粉々に砕けた岩盤がカルナックに襲い掛かる。一つ一つを丁寧に刀で叩き落すが飛んでくるものは岩盤、硬すぎる。捌ききれなくなりいくつかがカルナックの体に当たる。まるで弾丸を生身で受けているような感覚にも似ている。流石のカルナックもそれには苦悶の表情を浮かべる。しかし彼はレイとの約束の通り後を追わなければならない、このままジリ貧状態の戦いを続けていては埒が明かない。そう焦ったカルナックはエレヴァファルの懐へと飛び込んだ。
「一つ!」
六幻が始まった、アデルに見せた時より何倍もの速さで斬撃を叩きこむ。初段から斬撃音は遅れて聞こえてくる。
「二つっ!」
この時点でエレヴァファルはカルナックの斬撃に対処することが出来ていない。体に多少なり傷が付き始めたのは二つ目からだ。
「三つ!」
この時カルナックの体に異変が起きていた、現人神結界を施して尚六幻を放つ負担がカルナックの体を苦しませる。あまりの攻撃速度に彼の体が悲鳴を上げ始めた。体のいたるところから血管が破裂し皮膚が切れてそこから流血し始める。
「よ、四つっ!」
まだ決定的な攻撃が入っていない事と体に襲い掛かってくる激痛に顔が歪む、あまり長くこの状態を続けるわけにも行かないカルナック。この先の戦いもまだ残っているのだ。
「五つっ!」
此処でやっとエレヴァファルの体に異常が見え始めた。体を覆う鋼鉄の黒い物体が剥がれ始めたのだ。その一点に最後の奥義を叩きこむ。
「六幻!」
六つの剣閃は見えた肉体へと集まり命中する、そこから血しぶきが舞いエレヴァファルは初めて痛みによって表情を変えた。しかしカルナックもまた体の限界を感じていた。この状態で六幻を放てば体の細胞が破壊される可能性もある、それを承知で放った奥義だったが致命傷を与えることは出来ていない。ガクンとカルナックの速度が落ちた。その時初めてすべての斬撃音が重なってその場に爆音となり鳴り響いた。
「今度は耐えたぞ、カルナックぅぅぅっ!」
斧を左下から振り上げる、咄嗟にカルナックは防御力を高めてその攻撃を右腕で防御しようとした。
「獲ったぁ!」
その瞬間、カルナックの防御力をエレヴァファルの攻撃力がほんの少しだけ上回った。カルナックの右腕は切り飛ばされ、ひじの少し上の処から鮮血が飛び散る。この瞬間エレヴァファルは勝利を確信した。利き腕を飛ばされた過去の自分をカルナックに重ねて歓喜する。
「終わりだカルナック! あの世の餓鬼たちによろしく言っといてくれ!」
「そうですね、あの子達に――」
右腕を振り上げて最後の一撃を放とうとするエレヴァファル、後は振り下ろすだけで満身創痍のカルナックを仕留めることが出来る。しかし、彼はその腕を振り下ろすことはなかった。
「貴方があの世で、詫びて来なさいっ!」
腕を切り飛ばされてからのカルナックの動きは恐ろしかった。防御体制を取ったあの瞬間彼は左腕で抜刀し逆手で刀を握っていた。しかしカルナック自身まさか自分の防御力が打ち負けるとは思いもよらなかった。一瞬だけ自分の腕が切り飛ばされたシーンが目に焼き付き激痛で軋む体に鞭を入れ体を捻る。そのまま逆手で持っている刀をエレヴァファルの一か所だけ防御が剥がれた処へと刀を滑り込ませた。その場所こそ人の急所の一つ。心臓だった。
「……てめぇ」
口から血が溢れる、ガクガクと揺れる体と遠のく意識。心臓を一突きにされてなおこの男は生きていた。脅威の生命力だった。カルナックは刀を持つ左手に力を入れさらにねじ込む。
「――あぁ、やっぱり強ぇなお前は。それでこそ俺が認めた男……だ」
狂気に染まっていた笑顔に穏やかさが見え始めた。そして完全に心臓を破壊されたエレヴァファルはこの時、ようやく絶命した。巨大な体躯がカルナックの刀にのしかかってくる。ゆっくりと刀を引いて体を元に戻す。つっかえが無くなったエレヴァファルの体はそのまま地面へと倒れた。
「さようなら、親友――」
背中越しにエレヴァファルにそう告げ納刀する。いつしか森羅万象現人神の効果も切れている。彼にもはやこの先戦うだけのエーテルは残っていなかった。膝から崩れるとカルナックもまたうつ伏せで地面に倒れこむ。
「すみませんレイ君、少しだけ休ませてください」
ゆっくりと仰向けになると右腕から流れる血を最後のエーテルで止血した。同時にカルナックは気を失う。この日、この世界から最狂の称号は消え去り、また一人の伝説がこの世を去った。この男、エレヴァファルが過去に孤児院を襲ったのは地位や権力、金に目が眩んだ訳ではない事を訂正しておこう。
この男の本当の目的、それは全力のカルナックと戦いたかったのだ。しかし並大抵の理由ではカルナックは全力を出すことは無い。指定危険種との戦闘ですら八割程度の力しか出しておらず、初めてカルナックの全力を見たのは四竜討伐の時だった。その光景がエレヴァファルの目には輝いて見えていた。
彼は羨ましかったのだ、これほどまでに強い男が身近にいることを。その男と戦いたい、全力で戦いたい。だがカルナックの全力を出すことなぞできなかった。そう悩んでいた時、反逆罪に問われそうになった時に思いついた大義名分が孤児院の襲撃だ。思いついた時エレヴァファルは歓喜した、そうなればきっとカルナックは全力で自分を殺しに来る。
あの美しくも恐ろしい迄の姿をもう一度見られる、あまつさえ戦うことが出来る。それこそが彼の思惑だった。「最狂」、その称号はまさに彼に相応しく、また彼を表現する一言がそれであった。彼が最後に見せた笑顔、それはカルナックと全力で戦えたことに対する感謝と、楽しい一時を過ごせた安らぎだったのかも知れない。
エレヴァファルとカルナックの刃がぶつかり火花が散る。片や帝国随一の戦闘狂、片や世界最強の剣聖。十五年ぶりの再開はやはり闘争だった。遠い日の幼い自分を重ねて相手を互いが睨む。
「レイ君、コイツは私の客です。君達は先に行きなさい!」
斧を弾き飛ばして斬撃を放つ、しかしいずれも全てはじき返されてしまう。その強靭な肉体はシフトパーソルの弾丸をもはじき返すだろう。
「待ちわびたぜ! この時を、この瞬間をっ!」
エレヴァファルが咆哮する、鼓膜が破れるかと思うほど大きな声だ。それに後ろで見ていた四人は委縮する。それ以上に目の前で起きてることが信じられないでいた。あのカルナックと互角に戦える人間が帝国に残っているとは思いもよらなかったからだ。いや、もしかしたら互角以上なのかもしれないとレイは思った。咄嗟に霊剣を構えて前に出ようとしたがアデルによって静止されてしまう。思いのほかアデルはこの状況で冷静に物を見ていた。
「早く行きなさい、必ず追い付きます!」
「ずいぶん余裕じゃねぇかこの野郎!」
二人の間に入る余裕などないとレイは悟った、まさに次元が異なる戦いである。早すぎる攻撃に防御、そして数手先を予測しフェイントを交えた攻撃。すべてをとっても彼等四人がどうこうできる相手ではない。それに恐怖を覚え足がすくむ。だがその体に鞭を打って足を動かした。
「必ずですよ、必ず追ってきてください!」
レイが叫ぶ、しかしカルナックから返答はなかった。それでも彼らは先に進むしかない、ここにいれば必ずカルナックの足手まといになるだろうと考えたからだ。彼等四人は最終階層へとつながる扉を開けてその先に進む。その間にもエレヴァファルとカルナックの激しい攻防は続いていた。
「私は会いたくなかったですよ、貴方なんか!」
「俺も本当は会いたくなかったんだけどな、どうしても会いたいって言う奴がいてよ!」
激しい攻防の末一度二人が距離を取る、カルナックは納刀し抜刀の体制へと移る。エレヴァファルは空高く飛び上がりカルナック目がけて斧を振り下ろす。二人の刃が再び重なりあたり一面に衝撃波が飛び散る。
「十五年前、お前に切り飛ばされた俺の右腕がなっ!」
巨体から繰り出された振り下ろされる斬撃はカルナックにとってもすさまじい威力となって放たれる。重く強烈な一撃が彼の体を軋ませる。カルナックの足元が窪み体ごと沈みそうになる。
「相変わらず乱暴な技ですね」
「だろう? お前を殺す日を夢見て鍛えぬいてきたこの力、存分に味わうがいい!」
空中に浮いているエレヴァファルが体を捻りカルナックへと蹴りを放つ、その巨体な体躯のどこにそれほど俊敏な動きが出来るのか。左腕でガードするがその衝撃は凄まじく壁へと吹き飛ばされてしまう。だが吹き飛ばされながらも冷静に納刀すると壁を蹴り再びエレヴァファルの元へと飛ぶ。
「今度はその左腕も跳ね飛ばして差し上げましょう!」
高速で接近するカルナックに対し左腕を横に伸ばすエレヴァファル、切り飛ばすと宣言された左腕をだ。ニヤリと笑いながら。
「やってみな!」
そう叫んだ。カルナックはエレヴァファルとすれ違いざまに彼の左腕目がけて斬撃を叩きこむ、しかしここでカルナックの表情が歪む。刀越しに伝わる感触にまるで手ごたえが無い。それどころか彼の刀はまるで鋼鉄以上の金属に当たったかのような感覚を覚え弾かれてしまう。着地したカルナックがすぐさま振り向きエレヴァファルの左腕を確認する。
「何も、テメェだけが仕えるんじゃないんだぜ? 忘れたかのか?」
その腕は漆黒に染まっていた、まるで黒曜石の鎧を着ているかのような見た目に変わっている。それどころかエレヴァファルの体全てがその鎧のような物に包まれている。そしてカルナックは思い出した。
「土竜剣聖結界、そうでしたね。あなたにソレを教えたのは私でした。全く年は取りたくありませんね」
再び抜刀の構えを取る、背中を見せてるエレヴァファルに向かって再度斬撃を叩きこんだ。だがそれらすべてが彼の体に弾かれてしまう。決定打はおろかかすり傷つけることも敵わない。
「神速の抜刀術のお前に鉄壁の俺を倒すことなんざできねぇ、いい加減本気でかかって来いよ!」
三度距離を取る、ため息を一つついてゆっくりと深呼吸をするカルナック。雷光剣聖結界を解いて目をつぶった。
「なるべく温存して置きたかったのですが、そうも言ってられませんね」
エレヴァファルがニヤッと笑う、ゆっくりと振り向きカルナックへと体を向ける。彼もまた深呼吸をして斧を構える。両足のスタンスを広く取りいつでも迎撃できる体制に移った。
「さぁ始めようぜ、あの時の続きを――あの闘争の続きをっ!」
カルナックの体の周りにフィフスエレメントのすべてが集まる、思い出してほしい、カルナックがエレメンタルマスターと呼ばれる由縁を、その本質は全てのエレメントとの対話。だがそれ以上に彼にこの称号が与えられる要因がもう一つある。剣聖結界以上の強大な力を付与する上位互換。すべてのエレメントを取り入れそれを一度に暴発させるカルナックだけに許された禁忌。その代償として通常の剣聖結界とは異なり徐々に体力が奪われ必要以上のエーテルが消費される、またそれを使う事によって精神汚染が進み人格をも壊すことがある。
「森羅万象現人神」
かつて四竜との死闘を繰り広げた際に使用したカルナックの究極奥義、そしてこの技が人に向けられるのは二回目である。全く同じ相手、エレヴァファルにだけ使われたカルナックの覚悟。
「そうだ、これこそ俺達の闘争に相応しい! 今日俺はテメェを倒し『最狂』と『最強』の二つを手に入れる!」
エレヴァファルの足元から突然炎が噴き出した、彼もまた希少な存在であった。レイと同じ二重属性使い、土と炎の両方と対話を可能とする。最強の矛と最強の盾、その二つを同時に使いこなすことが出来る。忘れてはならない、彼もまたカルナックと共に四竜と戦った一人であることを。剣聖と同格の称号である「戦闘神」を持ち合わせる。
カルナックの体から虹色のオーラが吹きあがる、五つのエレメントすべてを取り込んだカルナックの戦闘力は計り知れない。だがそれに臆することなく受けて立つエレヴァファルもまた人のソレではなかった。二人が同時に動く、互いに刃を重ね相手に一撃を入れようと幾度となく互いの刃が交差する。
現人神結界状態のカルナックですら多重剣聖結界時のエレヴァファルは強敵である。限界まで高めた攻撃力とカルナックの刃をもってもエレヴァファルに決定打を与えることが出来ない。鍛え抜かれた体と土竜剣聖結界の相性は抜群でありまさに無敵の肉体と言える。それだけではない、炎帝剣聖結界をも同時に身に着けるエレヴァファルの攻撃力は今のカルナックにも匹敵する破壊力を持ち合わせる。二人の攻防は想像を絶するほど激しく、刃がぶつかる度に衝撃波で振動する。部屋全体が大きく揺れてまるで大地震でも起きてるかのような感覚すら覚える程だ。
「楽しいなオイ! やっぱりテメェと殺り合うのは血が騒ぐぜぇっ!」
巨大な斧で足元の岩盤を破壊する、その衝撃で粉々に砕けた岩盤がカルナックに襲い掛かる。一つ一つを丁寧に刀で叩き落すが飛んでくるものは岩盤、硬すぎる。捌ききれなくなりいくつかがカルナックの体に当たる。まるで弾丸を生身で受けているような感覚にも似ている。流石のカルナックもそれには苦悶の表情を浮かべる。しかし彼はレイとの約束の通り後を追わなければならない、このままジリ貧状態の戦いを続けていては埒が明かない。そう焦ったカルナックはエレヴァファルの懐へと飛び込んだ。
「一つ!」
六幻が始まった、アデルに見せた時より何倍もの速さで斬撃を叩きこむ。初段から斬撃音は遅れて聞こえてくる。
「二つっ!」
この時点でエレヴァファルはカルナックの斬撃に対処することが出来ていない。体に多少なり傷が付き始めたのは二つ目からだ。
「三つ!」
この時カルナックの体に異変が起きていた、現人神結界を施して尚六幻を放つ負担がカルナックの体を苦しませる。あまりの攻撃速度に彼の体が悲鳴を上げ始めた。体のいたるところから血管が破裂し皮膚が切れてそこから流血し始める。
「よ、四つっ!」
まだ決定的な攻撃が入っていない事と体に襲い掛かってくる激痛に顔が歪む、あまり長くこの状態を続けるわけにも行かないカルナック。この先の戦いもまだ残っているのだ。
「五つっ!」
此処でやっとエレヴァファルの体に異常が見え始めた。体を覆う鋼鉄の黒い物体が剥がれ始めたのだ。その一点に最後の奥義を叩きこむ。
「六幻!」
六つの剣閃は見えた肉体へと集まり命中する、そこから血しぶきが舞いエレヴァファルは初めて痛みによって表情を変えた。しかしカルナックもまた体の限界を感じていた。この状態で六幻を放てば体の細胞が破壊される可能性もある、それを承知で放った奥義だったが致命傷を与えることは出来ていない。ガクンとカルナックの速度が落ちた。その時初めてすべての斬撃音が重なってその場に爆音となり鳴り響いた。
「今度は耐えたぞ、カルナックぅぅぅっ!」
斧を左下から振り上げる、咄嗟にカルナックは防御力を高めてその攻撃を右腕で防御しようとした。
「獲ったぁ!」
その瞬間、カルナックの防御力をエレヴァファルの攻撃力がほんの少しだけ上回った。カルナックの右腕は切り飛ばされ、ひじの少し上の処から鮮血が飛び散る。この瞬間エレヴァファルは勝利を確信した。利き腕を飛ばされた過去の自分をカルナックに重ねて歓喜する。
「終わりだカルナック! あの世の餓鬼たちによろしく言っといてくれ!」
「そうですね、あの子達に――」
右腕を振り上げて最後の一撃を放とうとするエレヴァファル、後は振り下ろすだけで満身創痍のカルナックを仕留めることが出来る。しかし、彼はその腕を振り下ろすことはなかった。
「貴方があの世で、詫びて来なさいっ!」
腕を切り飛ばされてからのカルナックの動きは恐ろしかった。防御体制を取ったあの瞬間彼は左腕で抜刀し逆手で刀を握っていた。しかしカルナック自身まさか自分の防御力が打ち負けるとは思いもよらなかった。一瞬だけ自分の腕が切り飛ばされたシーンが目に焼き付き激痛で軋む体に鞭を入れ体を捻る。そのまま逆手で持っている刀をエレヴァファルの一か所だけ防御が剥がれた処へと刀を滑り込ませた。その場所こそ人の急所の一つ。心臓だった。
「……てめぇ」
口から血が溢れる、ガクガクと揺れる体と遠のく意識。心臓を一突きにされてなおこの男は生きていた。脅威の生命力だった。カルナックは刀を持つ左手に力を入れさらにねじ込む。
「――あぁ、やっぱり強ぇなお前は。それでこそ俺が認めた男……だ」
狂気に染まっていた笑顔に穏やかさが見え始めた。そして完全に心臓を破壊されたエレヴァファルはこの時、ようやく絶命した。巨大な体躯がカルナックの刀にのしかかってくる。ゆっくりと刀を引いて体を元に戻す。つっかえが無くなったエレヴァファルの体はそのまま地面へと倒れた。
「さようなら、親友――」
背中越しにエレヴァファルにそう告げ納刀する。いつしか森羅万象現人神の効果も切れている。彼にもはやこの先戦うだけのエーテルは残っていなかった。膝から崩れるとカルナックもまたうつ伏せで地面に倒れこむ。
「すみませんレイ君、少しだけ休ませてください」
ゆっくりと仰向けになると右腕から流れる血を最後のエーテルで止血した。同時にカルナックは気を失う。この日、この世界から最狂の称号は消え去り、また一人の伝説がこの世を去った。この男、エレヴァファルが過去に孤児院を襲ったのは地位や権力、金に目が眩んだ訳ではない事を訂正しておこう。
この男の本当の目的、それは全力のカルナックと戦いたかったのだ。しかし並大抵の理由ではカルナックは全力を出すことは無い。指定危険種との戦闘ですら八割程度の力しか出しておらず、初めてカルナックの全力を見たのは四竜討伐の時だった。その光景がエレヴァファルの目には輝いて見えていた。
彼は羨ましかったのだ、これほどまでに強い男が身近にいることを。その男と戦いたい、全力で戦いたい。だがカルナックの全力を出すことなぞできなかった。そう悩んでいた時、反逆罪に問われそうになった時に思いついた大義名分が孤児院の襲撃だ。思いついた時エレヴァファルは歓喜した、そうなればきっとカルナックは全力で自分を殺しに来る。
あの美しくも恐ろしい迄の姿をもう一度見られる、あまつさえ戦うことが出来る。それこそが彼の思惑だった。「最狂」、その称号はまさに彼に相応しく、また彼を表現する一言がそれであった。彼が最後に見せた笑顔、それはカルナックと全力で戦えたことに対する感謝と、楽しい一時を過ごせた安らぎだったのかも知れない。
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