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第二章 神苑の瑠璃 前編
第十八話 君の未来、ボクの願い Ⅲ
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イゴールが右手を伸ばしてアデルの帽子の上に手を置いた、するとゆっくりではあるがアデルの体内に知らないエーテルが流れ込んでくるのが分かる、先ほどまで禍々しいまでのオーラを帯びていたエーテルだったが今はとても穏やかで静かなものだとわかる。それと同時にイゴールのエーテルに驚愕する。多少のエーテルを流し込むと言っていたが今まで自分では感じることのないほど大きな力だった。それにアデルは唾を飲む。
「――っ!」
突然イゴールが手を放した、同期させる為にアデルのエーテルを少しだけ吸った直後だった。驚きと戸惑いがイゴールを襲う、何が起きたのか他の四人には分からなかった。
「まさか、君も――」
そこまで言いかけてその先を躊躇った、自身の思い違いなのかもしれない。だがそれははっきりと確信に近いものがあった。イゴールは感じ取っていた、アデルのエーテルの本質を。ここで炎帝がそれに気づきイゴールが言おうとしていた言葉を口に出す。
「お主も感じたか、アデルのエーテルに」
「ヴォルカニック殿、しかしこれは」
「魔人である貴様が感じた事じゃ、間違いじゃないようだのぉ」
二人はアデルを間に挟んでそう話した、当の本人は前と後ろを交互に見ながら舌打ちをする。その表情からは見て取れるほどのいら立ちが分かる、先ほど炎帝と痴話喧嘩をした時とはまるで違った。
「俺のエーテルがなんだ、二人だけで何納得してんだか知らねぇけど言いやがれ!」
「吠えるな小僧、貴様の素性が分かったと言っておるのじゃ」
「俺の素性だ?」
横目で炎帝を睨んだ、炎帝は微動だにせずこちらをにらんでいるアデルをじっと見つめていた。一度空を仰ぎ大きく深呼吸をする。
「お主には前にも一度言っておるな、お主のエーテルは人間のそれを遥かに凌駕すると。あの時儂には確信がなかったが今ならわかる、イゴールがお主のエーテルに違和感を感じたことがその答えじゃ」
ゆっくりとアデルの元へと歩き出した、それをじっと睨み続けるアデルに対し炎帝は臆することなく近づいてくる。レイは何が何だかさっぱり分からないでいたが炎帝の一言で気が付いた。
「待ってくださいご老人、まさか」
「そうじゃ、こやつはおぬしと同じ――」
両手を後ろに回して腰を押さえながら歩き、アデルの前で止まって顔を見上げた。しっかりとアデルの目を見つめて。
「魔人じゃよ」
その場全員に聞こえるようはっきりとそう告げた。その言葉を黙って聞いていたアデルは眉一つ動かさなかった。そして突然として笑い始める。
「ハハハハハ! なんだ、そんな事かよ爺さん」
「なんじゃと?」
突然笑い始めたアデルに炎帝は拍子抜けする、深刻に受け止めるだろうと思っていたことが大きく外れた。別に脅かすつもりはなかった、しかし真実を告げた時アデルが一体どんな反応をするのかは分からなかった。それがこんな結果になるとは誰が予想していただろうか?
「わりぃな爺さん、薄々感じては居たんだ」
「お、お主何時からじゃ!」
「俺の中で爺さんと喋ってた時さ、人間が持ち合わせていないエーテル量だとかなんとかって言ってた時にまさかとは思っていたんだ。だけどイゴールと爺さんの反応を見て確信したよ」
ケロッとした表情でアデルは笑っていた、だがその表情には少し寂しさのようなものも浮かんでいる。レイはそれを見逃さなかったが、あえて口を紡ぐ。
「別に俺が人間だろうが魔人だろうが関係ないんだよ、それまでの俺を否定するつもりは無いし今後俺自身がそれについて変わることも無いだろうしな。逆に大量のエーテルを内包して生まれたと思えばラッキーじゃねぇか、剣術以外にも俺には法術の素質もきちんと備わっているって分かったんだ。今後強くなることはあっても弱くなることはねぇだろうさ。それに――」
馬鹿笑いを止めて帽子を取る、すっかり髪の毛の形が帽子の形に変わっている。その昔カルナックから譲り受けた黒いとんがり帽子をじっと見つめてアデルは続ける。
「俺は、おやっさんの子だと今でも思ってる。記憶がない俺を拾って育ててくれた唯一の人だ、だから魔人であって人間なんだと思ってる」
そう言ってもう一度帽子を被りなおした。
「さぁ、続けようぜイゴール。仕込みまだだろ?」
「あ、あぁ……」
その場にいた全員が感じていた、どこか悲しそうなアデルの表情を。きっと無理している、そうに違いない。特にレイはそう感じていた。それは昔からのアデルの癖でもあった。悲しい時や寂しい時に彼は必死に喋って場を盛り上げようとする。そんな癖があったからだ。それでも今回ばかりは無理をしているのが良く分かる、今までレイが見た事のない表情を見たのだ。不器用でどこか兄貴気取り、レイからすれば実の兄にも思える存在であることは間違いない。親族を失ったレイに残されたのはカルナックとアデル、それとアリスの三人だけだったからだ。兄弟の居ないレイからすれば年上のアデルは親友でもあり、兄にも思える存在だったのだろう。そんな彼にどんな言葉を掛けようかと悩んでいるのも事実。だがそれは自分にとっても同じことだった。
レイもまたイゴールによって魔人であると分かった。しかしアデルの言葉を聞いたレイは考えを改めることにした。自分には親が居たがこの世界で生きていく術を教えてくれたカルナックの存在をアデルは自身の親だと言った。思い返せば自分の人生は一度終わっているのだと、新しい人生は今なのだと。魔人であることに何の意味がある? 今まで人間として過ごしてきた自身がこれから魔人として生きる、しかし周りはきっと何も変わらない。それは自分の中での問題なのだと。
「……兄さん」
「あ? なんか言ったか?」
思わず言葉が漏れ出してしまった、そして自身の頬を伝う無意識に流れた涙に気が付いた。慌てて涙をぬぐい笑顔で平静を装う。
「何でもないよアデル。ほら、さっさと終わらしちまおう。きっとみんな心配してるはずだ」
「そうだな、そういえばお前氷漬けになってるんだよな~。どうするかな」
「氷漬け? なんで!? 何で氷漬けになってんの!?」
イゴールには確かに聞こえていた、レイが零した言葉をしっかりと。だがあえてそれに触れようとしなかった。イゴールからすればきっととても羨ましい言葉だろう。いや、彼だからこの二人もまた兄弟みたいな存在なのかもしれない。この世に残された魔人の末裔、自身が生み出した厄災から生き延びて現在を生きる同胞の仲の良さに少しだけ嫉妬した。
「ねぇお兄ちゃん」
小さなレイがグイグイとレイのズボンを引っ張る、それに気が付いたレイがしゃがみ込んで小さなレイと目線を合わせた。
「ボク、しっかりとこの黒いおじちゃんの事見張ってるから頑張ってね!」
「ははは、あんまり見張らなくても大丈夫だよ。もう悪さはしないから」
「分かった、じゃぁ最後に約束して!」
笑顔を作って両手を上げた、まるで無邪気な子供そのもののようだった。それを見たレイが小さなレイの頭に右手を置いて撫でる。その手を小さなレイは両手でつかんでにっこりと笑う。
「悪い奴ら倒してね! 必ずだよ!」
「あぁ、約束するよ。僕を誰だと思ってるんだ? 僕は――」
そう笑顔でレイも答える、二人は笑顔で笑いながらゆっくりと手を放して互いに右手を前に突き出す。アデルはその様子を見てニッコリと笑顔を作った。
「君の未来」「ボクの願い!」
こつん、と二人は互いの右手を合わせた。
「――っ!」
突然イゴールが手を放した、同期させる為にアデルのエーテルを少しだけ吸った直後だった。驚きと戸惑いがイゴールを襲う、何が起きたのか他の四人には分からなかった。
「まさか、君も――」
そこまで言いかけてその先を躊躇った、自身の思い違いなのかもしれない。だがそれははっきりと確信に近いものがあった。イゴールは感じ取っていた、アデルのエーテルの本質を。ここで炎帝がそれに気づきイゴールが言おうとしていた言葉を口に出す。
「お主も感じたか、アデルのエーテルに」
「ヴォルカニック殿、しかしこれは」
「魔人である貴様が感じた事じゃ、間違いじゃないようだのぉ」
二人はアデルを間に挟んでそう話した、当の本人は前と後ろを交互に見ながら舌打ちをする。その表情からは見て取れるほどのいら立ちが分かる、先ほど炎帝と痴話喧嘩をした時とはまるで違った。
「俺のエーテルがなんだ、二人だけで何納得してんだか知らねぇけど言いやがれ!」
「吠えるな小僧、貴様の素性が分かったと言っておるのじゃ」
「俺の素性だ?」
横目で炎帝を睨んだ、炎帝は微動だにせずこちらをにらんでいるアデルをじっと見つめていた。一度空を仰ぎ大きく深呼吸をする。
「お主には前にも一度言っておるな、お主のエーテルは人間のそれを遥かに凌駕すると。あの時儂には確信がなかったが今ならわかる、イゴールがお主のエーテルに違和感を感じたことがその答えじゃ」
ゆっくりとアデルの元へと歩き出した、それをじっと睨み続けるアデルに対し炎帝は臆することなく近づいてくる。レイは何が何だかさっぱり分からないでいたが炎帝の一言で気が付いた。
「待ってくださいご老人、まさか」
「そうじゃ、こやつはおぬしと同じ――」
両手を後ろに回して腰を押さえながら歩き、アデルの前で止まって顔を見上げた。しっかりとアデルの目を見つめて。
「魔人じゃよ」
その場全員に聞こえるようはっきりとそう告げた。その言葉を黙って聞いていたアデルは眉一つ動かさなかった。そして突然として笑い始める。
「ハハハハハ! なんだ、そんな事かよ爺さん」
「なんじゃと?」
突然笑い始めたアデルに炎帝は拍子抜けする、深刻に受け止めるだろうと思っていたことが大きく外れた。別に脅かすつもりはなかった、しかし真実を告げた時アデルが一体どんな反応をするのかは分からなかった。それがこんな結果になるとは誰が予想していただろうか?
「わりぃな爺さん、薄々感じては居たんだ」
「お、お主何時からじゃ!」
「俺の中で爺さんと喋ってた時さ、人間が持ち合わせていないエーテル量だとかなんとかって言ってた時にまさかとは思っていたんだ。だけどイゴールと爺さんの反応を見て確信したよ」
ケロッとした表情でアデルは笑っていた、だがその表情には少し寂しさのようなものも浮かんでいる。レイはそれを見逃さなかったが、あえて口を紡ぐ。
「別に俺が人間だろうが魔人だろうが関係ないんだよ、それまでの俺を否定するつもりは無いし今後俺自身がそれについて変わることも無いだろうしな。逆に大量のエーテルを内包して生まれたと思えばラッキーじゃねぇか、剣術以外にも俺には法術の素質もきちんと備わっているって分かったんだ。今後強くなることはあっても弱くなることはねぇだろうさ。それに――」
馬鹿笑いを止めて帽子を取る、すっかり髪の毛の形が帽子の形に変わっている。その昔カルナックから譲り受けた黒いとんがり帽子をじっと見つめてアデルは続ける。
「俺は、おやっさんの子だと今でも思ってる。記憶がない俺を拾って育ててくれた唯一の人だ、だから魔人であって人間なんだと思ってる」
そう言ってもう一度帽子を被りなおした。
「さぁ、続けようぜイゴール。仕込みまだだろ?」
「あ、あぁ……」
その場にいた全員が感じていた、どこか悲しそうなアデルの表情を。きっと無理している、そうに違いない。特にレイはそう感じていた。それは昔からのアデルの癖でもあった。悲しい時や寂しい時に彼は必死に喋って場を盛り上げようとする。そんな癖があったからだ。それでも今回ばかりは無理をしているのが良く分かる、今までレイが見た事のない表情を見たのだ。不器用でどこか兄貴気取り、レイからすれば実の兄にも思える存在であることは間違いない。親族を失ったレイに残されたのはカルナックとアデル、それとアリスの三人だけだったからだ。兄弟の居ないレイからすれば年上のアデルは親友でもあり、兄にも思える存在だったのだろう。そんな彼にどんな言葉を掛けようかと悩んでいるのも事実。だがそれは自分にとっても同じことだった。
レイもまたイゴールによって魔人であると分かった。しかしアデルの言葉を聞いたレイは考えを改めることにした。自分には親が居たがこの世界で生きていく術を教えてくれたカルナックの存在をアデルは自身の親だと言った。思い返せば自分の人生は一度終わっているのだと、新しい人生は今なのだと。魔人であることに何の意味がある? 今まで人間として過ごしてきた自身がこれから魔人として生きる、しかし周りはきっと何も変わらない。それは自分の中での問題なのだと。
「……兄さん」
「あ? なんか言ったか?」
思わず言葉が漏れ出してしまった、そして自身の頬を伝う無意識に流れた涙に気が付いた。慌てて涙をぬぐい笑顔で平静を装う。
「何でもないよアデル。ほら、さっさと終わらしちまおう。きっとみんな心配してるはずだ」
「そうだな、そういえばお前氷漬けになってるんだよな~。どうするかな」
「氷漬け? なんで!? 何で氷漬けになってんの!?」
イゴールには確かに聞こえていた、レイが零した言葉をしっかりと。だがあえてそれに触れようとしなかった。イゴールからすればきっととても羨ましい言葉だろう。いや、彼だからこの二人もまた兄弟みたいな存在なのかもしれない。この世に残された魔人の末裔、自身が生み出した厄災から生き延びて現在を生きる同胞の仲の良さに少しだけ嫉妬した。
「ねぇお兄ちゃん」
小さなレイがグイグイとレイのズボンを引っ張る、それに気が付いたレイがしゃがみ込んで小さなレイと目線を合わせた。
「ボク、しっかりとこの黒いおじちゃんの事見張ってるから頑張ってね!」
「ははは、あんまり見張らなくても大丈夫だよ。もう悪さはしないから」
「分かった、じゃぁ最後に約束して!」
笑顔を作って両手を上げた、まるで無邪気な子供そのもののようだった。それを見たレイが小さなレイの頭に右手を置いて撫でる。その手を小さなレイは両手でつかんでにっこりと笑う。
「悪い奴ら倒してね! 必ずだよ!」
「あぁ、約束するよ。僕を誰だと思ってるんだ? 僕は――」
そう笑顔でレイも答える、二人は笑顔で笑いながらゆっくりと手を放して互いに右手を前に突き出す。アデルはその様子を見てニッコリと笑顔を作った。
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