『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

青葉かなん

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第二章 神苑の瑠璃 前編

第十七話 記憶の彼方にある物は―― Ⅱ

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 違和感は次第に確信へと変わり始める。アデルが感じていた違和感は主に二つ、一つは何故殺すのに火を使った方法を取ったのか。単純に不治の病に掛かったとはいえ動けなくなるまで酷使し、その後動けなくなれば捨てればいいだけの話。それを何故火をつけて殺すという手段を取ったのか。
 二つ目はそこに魔人以外の子供が混じっていることだった、厄災は多分気が付いていない。その多くは魔人の子供だったからかも知れない。数人の人間の子供も一緒に混じっている、それが猛烈に違和感を感じていた。厄災が見せてきた記憶では奴隷として仕事を強制的に行わせてきたのは魔人の子供だけ、そこに何故人間が混じっているのだろうか。また、魔族の子供はその中に存在していない。それも違和感の一つでもあった。

 その後、厄災が封印されるまでの一部始終を見せられたアデル達は再び焦土が広がるレイの記憶の中に戻ってきた。体を拘束していた厄災の影も消え動けるようになっていた。つっかえが外れたように炎帝と小さなレイは崩れ落ちて地面に膝をつく。

「あ――あぁ――あぁぁぁぁぁぁ……」
「少年には荷が重すぎたかな? 一度ならず二度もアレをみたんだ、もう二度と戻ってくることも無いだろう」

 小さなレイが頭を抱えてその場に蹲る、それを見ていた厄災は再び大きな声で笑い始めた。その姿を見た炎帝が急いで小さなレイへと駆け寄ろうと。が、再びその体がぴたりと動きを止める。

「イゴール――貴様っ!」
「ご老人は動かないで頂こう、もう少しで私の目標は完遂するっ!」

 炎帝の体の周りには黒い影が渦巻いていた、厄災が再び炎帝の動きだけを止めていた。そしてゆっくりとアデルのほうへと体を向けると笑顔のまま続ける。

「さぁアデル君、君も私と一緒に人間を一人残さず根絶やしにしよう。君も見ただろう? これが君達人間の性なのだよ」

 無表情のままアデルはその場に立っていた、視線だけを厄災へと向けピクリとも動かないでいる。だがアデルには厄災による束縛は受けているように見えない。

「炎の厄災。いや、イゴール――お前は勘違いをしているよ」
「勘違い? 何を言いますか、君も見たでしょう。人間が我等魔族に対して行った仕打ちを――残虐さを!」

 淡々と口を開いたアデルに厄災が叫ぶ、その声には先ほどと同様に怒りと憎悪が混ざっている。だがアデルは眉一つ動かさずに厄災を見つめた。

「確かにテメェの記憶はきちんと見た、人間がお前らにやったことや魔人に対して行った仕打ちは確かに非道だ。それを否定するつもりはねぇ」

 一度帽子を深く被りなおす、大きく開いた鍔を右手で顔つかみ切れ目の隙間から左目だけをのぞかせる。

「では何を勘違いしているというのですか、我等魔人だけがあれだけの事を受けたのです。勘違いもなにも――」
「不治の病『黒色塩化結晶症候群こくしょくえんかけっしょうしょうこうぐん』、通称:黒色病」

 厄災が叫びながらアデルへと近づくが、その声を遮るように一つの病名をアデルは口にする。それを聞いた厄災は足を止めた。

「当時の医療技術じゃ治せなかった病だ、一度発症すればそれは空気感染する。初めに倦怠感が体を襲い次第に発熱を伴う。この発熱期間が長くて一見風邪の症状にも似ているため早期発見が難しいと言われているがその症状は次第に変化を見せる。発熱が続いた後最初に体の一部分が黒色化する、次第に患部は広がり始めて全身を覆い、最後には塩の塊となって体が朽ちていく。治療技術はテメェが生きていた西部戦争時代から六百年後に確立され不治の病ではなくなった。当時は感染したら最後、原因となるウィルスは熱に弱く八十度以上の高温下では生きていくことができない。空気感染を防ぐためにも感染者を焼き払う必要があった」

 次々にアデルは自分が知っている病気の歴史を話し始めた、何故彼がこれを知っているのかというとそれはガズルにある。この世界を旅するにあたって一番の悩みは病気にある。それも危険な病気だけでも覚えておけばいざという時に役に立つとガズルが幾つかの感染症について説明していたからだ。
 しかし、何故アデルがこの病名を口に出したのか。それは厄災が見せた記憶と厄災本人に答えがあった。

「黒色病は一度発症するとワクチンを打たない限り完治しない、仮に患部を切り落とし焼こうものなら一気にウィルスが増殖し症状が進行する。本来なら数週間かけて進行するものがものの数秒で体全体に症状が発生する。ウィルスの自己防衛機能で爆発的に増殖を始める――」
「デタラメを言うな、焼かれたのは我等魔人の子供達だ! お前たち人間は我等を迫害し、奴隷として労働を強制してきたではないか!」

 厄災はアデルの襟を両手でつかみ持ち上げた、身長差でアデルの体は簡単に持ち上がり地面から十数センチ浮き上がる。

「いずれも発症するのは未成年の子供に多く、稀に大人へと感染する。大人に感染すると最後、ウィルス自体が進化を初めて大人にまで感染拡大が始まる。だから感染した子供は一か所に集めて焼くしかなかった。それは人間の子供も同じだ!」

 掴みあげられたアデルは厄災を睨みながら続ける、本人は一切気づかなかった事実を告げそのまま続ける。

「テメェが見たのは確かに魔人の子供が焼かれるその現場だ、お前も当事者だ。でもな、あの積み上げられた魔人の子供たちの下に元からいた人間の子供も居たんだ! 最後にやってきたお前には分からなかっただろうがな!」

「人間があそこに? 馬鹿馬鹿しい、あそこには我等魔人しかいなかった! 人間など一緒ではなかった!」
「じゃぁもう一度見てみろ! お前が見逃した事実を俺が付きつけてやる!」

 アデルを掴んでいる厄災の手を振りほどいて地面に落ちる。喉元を圧迫されていた為かアデルが咳き込んだ、地面に落ちた衝撃で帽子が脱げていた。足元に落ちた帽子を被りなおしてまっすぐと厄災を睨む。右手に持つグルブエレスを逆手に持ち替えると体の正面に持ち、手を放す。

再起動リブート

 地面にグルブエレスが刺さるとそこから光があふれる、逆光剣だった。カルナックがレイ達に使った深層意識の中へとダイブする時に使ったもう一つの使い方である。逆光剣には主に二つの使い分けがある、一つは目くらましと同時に相手の深層意識に干渉し一時的に動きを封じる効果。もう一つはこの深層意識の中へ直接ダイブする手法である。
 光は焦土の世界を瞬く間に包み込んだ、その光にその場にいた全員が目を眩ます。厄災の視力が回復した時そこは再び厄災が見せたあの世界だった。だが状況が異なる。時間の流れはぴたりと止まっていた。

「テメェが人間を恨む気持ちは分かったつもりだ、だけどな」

 厄災は火が放たれる前の小屋を無意識に見つめていた、だがアデルは別の方向を見ていた。それに気が付いた厄災が同じ場所へと視線を動かす。

「人間も、同じ気持ちだったんだ」

 そこに映ったのは泣き崩れる人間と魔人の大人たちだった、その景色を厄災は理解できなかった。何故人間が泣いているのか、大人の魔人達が泣いているのは理解できたが何故人間たちと一緒にいるのか。それも理解できなかった。

「何故だ、何故魔人や魔族までもが人間と一緒にいる」

 厄災は歩き始めた、彼の目に映った異常なまでの違和感の正体を知るために泣き崩れている人々の元へと足を運ぶ。そこには見慣れた面々が集まっていることを初めて知る。

「皆知ってる顔だ、それも魔人にまで優しくしてくれた人間の顔だ……」

 そこに並んでいた人々の顔を見て驚く、それはまさに一握りの良識のある人間たちだった。路上で過ごす魔人の子供達を拾っては匿い、独立国家の兵士から匿ってくれた人間たちがそこにはいた。

「理解したろ、何もお前たちを憎んで焼いたわけじゃない。仕方なかったんだ」

 アデルが厄災の斜め後ろに立ってそう諭す様に話した、厄災は振り返ることはなかった。唯々目の前の状況を受け入れようにも思考が混乱しているだろう。

「人間の子供も一緒に焼かれていると言ったな」
「あぁ」

 アデルが指を鳴らすと時間が進み始めた。そして一斉に声が聞こえた、人々の泣き叫ぶ声や無念を口にする声。いろんな言葉が混ざりあって厄災の耳に届く。その声に戸惑いを感じていた。

「子供というにはあまりにも幼すぎるだろうな」

 アデルのその言葉が聞こえた瞬間、景色が一変する。それは何時しか見た厄災の友達が焼ける場面だった。仲間たちが焼かれているその下、小さな褐色の手が見える。魔人の物ではない。人間の子供、幼年期程だろうか。五歳、いや六歳程度の人間の子供の手に見えた。

「魔族や魔人に褐色の肌を持つ者はいない、俺はそう聞かされてきたが真実はどうなんだ」

 炎でそう見えるとは言えなかった、隣に魔人の子供の足が出ているが肌の色は全く別物だった。それを見た厄災は膝から崩れ落ちる。

「我等魔人に褐色の肌は居ない、生まれることは決して無かった――」

 そっとその褐色の持ち主に手を伸ばす、しかし触れることはできない。スッと通り抜けてしまった手に力がこもる。

「私は、人間を憎んでいた。しかし実際は私の考えるものとは異なっていた、私達に手を差し伸べてきた人間を私は……私はあの人達を」

 厄災は後悔した、悔やんでも悔やみきれない程の悲しみが突如として彼を襲った。誤解の一言で済まされる事ではない過去の過ちが彼に降りかかる。

「俺も炎の厄災については師匠に聞かされた話だ、詳しくは知らねぇ。だがお前達魔人にひどい仕打ちをしたのは人間だ。それを否定するつもりはねぇが、お前達にひどい仕打ちをした奴らを。俺はそいつらに覚えがある」

 もう一度指を鳴らすと今度は外の景色へと切り替わった、此処でアデルはずっと不思議に思っていたことがあった。それは泣き崩れる人々の正面に立つ軍人の姿だった。

「イゴール、お前が憎むべき相手はこいつらじゃないか」

 涙は流れていなかったが、後悔で泣いて蹲って肩を震わしている厄災にアデルは問う。顔を上げて問われた軍人の後ろ姿を見て。

「お前が憎むべきはこの軍人たち、帝国軍の人間だ」
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