『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

青葉かなん

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第二章 神苑の瑠璃 前編

第十五話 剣聖結界 ―深層意識と心象世界― Ⅰ

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 暗い空間に二人の人影が見える。一人は黒いとんがり帽子を被った少年、もう一人は老人だった。少年は体全体にオレンジ色の淡い光を漂わせている、それを老人が見ながら何かを話していた。

「で、この先どうすればいいんだ?」

 少年が問う、体全体に漂う淡いオレンジ色の光を見ながら期待の眼差しで老人を見る。

「一度バーストさせて放出したエーテルを対象のエレメントと同期させ自身の体内へ取り入れる。その時に必要になるのがエーテルコントロールじゃ、だが貴様はそのコントロールが苦手のようじゃな」
「あぁ、自分でいうのもなんだけど得意じゃねぇ」

 老人は大きくため息をついた、左手で顔を覆うと首を横に振る。

「威張って言うな小僧、今は貴様の深層意識の中じゃ。現実とは異なるがコントロールはこっちのほうがやりやすかろうて、何故さっきできてもうできなくなっておるんじゃ!」

 アデルだった、彼は目覚める前に感覚を覚えたいと申し出て今に至る。老人が無理やりバーストさせた最初のインストール後、二度目のインストールを試している。が……今一つパッとしない。

「そうは言ってもよ爺さん、バーストさせる感覚は何となくわかったけど同調ってのが難しいんだ。俺が持ち合わせてるエレメントは炎だって分かるんだけど、どうにも他のエレメントも干渉してくる気がして仕方ないんだよ」
「それはそうじゃ、エレメントは世界のいたるところに存在する物じゃ。炎一つじゃないのは貴様も分かっているだろうに……その中から儂のエレメントだけを取り入れない限りインストールなんぞ夢のまた夢だわ」

 アデルは目を閉じて老人のエレメントを探し始める、周囲に感じるエレメントはオレンジ色の物が多いがその他の物も少なからず存在している。

「でも何で俺の深層意識の中で他のエレメントも存在してるんだ? 今爺さんがいるってことは炎のエレメントしかないと思うんだけど」
「馬鹿かお主は、いくら貴様の深層意識の中とはいえ体の外は通常の世界じゃ! 儂が気を使ってエレメントを放出しているだけで他のエレメントもわんさかと居るわい!」

 なるほど、とアデルは驚いた様子もなく頷いた、言われてみれば至極当然の事だった。いくら深層意識の中とはいえ体はバーストを起こしてる状態である。それが意識の中とはいえそのほかのエレメントを極力排除しているこの状態でもそのほかの干渉は受けることになる。

「ん? それってつまり周りに火があれば結構簡単になるんじゃないのか?」
「何もないところに比べれば比較的容易いだろうが、水の中や海じゃ貴様のコントロールでは無理だろうのぉ」

 老人はニヤニヤしながらそう告げる、アデルは舌打ちをして悪態をつく。

「大きなお世話だ爺さん、ついでにもう一つ聞きたいんだけどさ」

 次第に炎のエレメントだけを取り入れる感覚を覚えてきたアデルはゆっくりとその容姿が変わり始める、髪の毛は真っ赤に染まり足元から炎がわずかながら噴き出してきた。

「爺さんに名前ってあるのか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんで今までやってきたのか。カルナックは何も教えなかったのか?」
「おやっさんは自分に打ち勝て、それだけしか言わなかったよ」

 カルナックめと老人は小さく呟く、また一つため息をついて語り始める。

「儂達はそれぞれ姿かたちさえ違えど名前がある、他のエレメントにも名があっての」
「へー、それで爺さんはなんていうんだ?」
「儂は炎帝ヴォルカニック。他には風の暴風シルフィード、雷の雷光ライジング、氷の氷雪ヴォーパル、土の土竜ノーム、そして姿を見なくなって久しいがもう一人いたんじゃがのぉ」

 炎帝はそこまで言うと口を閉じた、今まで厳しい表情をしていた炎帝は一度だけそれが緩む。どこか懐かしくどこか寂しいような。そんな表情だった。

「そんな事より集中せい、こんな所で躓いていたんじゃ現実世界で通用できんぞ」
「わかったよ爺さん、そう小言を言うなって」

 足元で吹き出し始めた炎は一気に火柱となりアデルを包み込む。渦を巻き灼熱の炎となってその姿が乱れる。火柱の根元からはさらに炎が噴き出し、業火となって巨大な火柱を作り出す。

(不思議なもんじゃ、これほどまでに大量なエーテルを貯蔵しているにも関わらずこれほどコントロールが苦手とはな。本来であれば立派な法術士になれただろうなこやつは……この貯蔵量は人にあらず)

 巨大な火柱が突如として消滅し始める、まるで服の糸が解けた様に姿を保つことができなくなっていった。その中央、アデルは息を切らしながら両手を膝についていた。

「お主、それほどまでに大量のエーテルを所持していて何たる様じゃ」
「あ? 俺は元々エーテル量が少なくコントロールも出来ねぇよ。だからこうやって剣の道に進んでるんじゃねぇか」
「否、お主の貯蔵量はまるで人のそれにあらず。わからんのか? 並の術者でもこれほど貯蔵はしておらん」

 アデルは首を傾げた、過去にカルナックから言われた一言が脳裏をよぎる。一般の旅人並の貯蔵量で本来なら法術を使うことすら困難であると。故にアデルが使用できる法術も簡単なものばかりだった。教えられた法術ということもあるが。

「お主、何処の出身じゃ?」

 炎帝は問う、稀に人間の中に類まれな法術士が生まれる地域がある。西大陸の一部限定ではあるが膨大な貯蔵量を持って生まれるものがいる、その大半は歴史上に名を遺す賢者にまで上り詰める程の術者であることも。

「悪いな爺さん、それは知らないんだ」

 呼吸を整え額の汗を手で拭う、少しだけ疲労の色が見える顔を炎帝に向けてそういった。

「何と、孤児か?」
「いや、記憶がないんだ。覚えてるのはおやっさんに拾われた事だけ、場所だってあやふやでよ。中央大陸だってのは知ってるんだけどそれ以上は教えてもらえなかった」

 淡々と話していた、自身の名前以外は全て覚えていない状態でアデルは拾われていた。カルナック自身もその事については触れられてもやんわりと受け流す、きっとアデルの事を思っての行動であろう。

「分かってたのは名前だけ、それ以外は何一つわからねぇんだ。そんな俺を一人で生きていける様にと育ててくれたおやっさんには感謝しているけどな」
「そうか、すまんのぉ」

 申し訳なさそうに炎帝が頭を下げた、それを見たアデルが笑顔で首を振る。

「詫びと言ってはなんじゃ、お主の記憶を呼び起こすこともできるが」
「いや、俺は知らないままでいい。覚えてなかったことを思い出して今の俺が変わっちまうのが嫌なんだ。今はあのレイヴンって野郎に一泡吹かせてやりてぇ、帝国の思惑を絶対に阻止する。それだけが今の俺の目標であり願いだ、ありがとな爺さん」
「なら確実にコントロールできるようにならねばのぉ」



 それから何時間たっただろう。
 アデルは実に数十回とインストールの回数をこなしていく。維持する時間は当初カルナックが伝えた通り五秒前後、それ以上はどうしてもエーテルが乱れ意識が刈り取られそうになる。その度に息を切らし片膝を地面につけそうになる。だがそれだけは許されなかった。今後実戦でインストールを使う際に死活問題になるからである。

 それもカルナックが危惧していた一つであった。戦闘中、目の前の敵が意識を失い倒れたらどうだろうか? 動けない状態で無抵抗になっていた場合、それは死を意味する。
 単純な殺し合いであれば尚の事である、動けない相手に剣を振るうだけで簡単に殺せるだろう。首を跳ねるもよし、心臓を一突きにするもよし。色取り取りだ。だからこそアデルは倒れそうな体に鞭を入れ、歯を食いしばりギリギリのところで意識だけは保とうとしていた。

「そんなに連続で行えば体に無茶も来るだろうて、少し休憩してはどうじゃ?」

 炎帝が手を差し伸べる。だがアデルはそれを頑なに拒んでいた。

「いや、今ここでヘバッてるわけには行かないんだ。普通の人よりコントロール技術が落ちぶれている以上並の努力じゃ追い付けねぇ、必ず追い付かなきゃいけない奴がいるんだ」
「お主のいう仲間か」
「あぁ、あいつも今は同じようなことをやってるだろうさ」
「そうじゃな、向こうも今頃は――なんじゃ?」

 炎帝が急に空を見上げる、真っ暗だった空間に目に見えてひびが入っているのに気づく。

「なんだあのヒビ」

 アデルも同じようにして見上げた、ほんの小さなヒビが一か所亀裂の様に入っていた。二人が不思議そうに眺めていると突然亀裂が大きくなった。

「!?」

 ビキビキと大きな音を立てて亀裂がそこら中に入り始める、天井どころか左右、足元にまでその亀裂が迫ってくる。

「お主何をした!」
「何もしてねぇって! 何が起きてんだよこれ!」

 二人が怒鳴りあう、その間も音を立てて亀裂が広がり続ける。周囲全てに亀裂が入った後、突如として天井が崩れはがれていく。

「ぐぅ……」

 炎帝が声を上げて苦しみ始める、それを聞いた炎帝に手を差し伸べる。苦痛に表情を曇らせながら右手で頭を押さえていた。

「どうした爺さん!」
「このエーテルは――何故じゃ、何故奴が今頃になってっ!」
「なんだよ爺さん、何が起きてる!」

 苦痛のあまり炎帝はその場に蹲ってしまった、それを見ているだけしかできないアデルは唇を嚙みしめる。だがここでアデルも同様の苦痛を受け始めた。

「なんだこれ」

 アデルの方は心臓が一度高鳴る、感じた事のない痛みに彼もまたその場に跪く。

「小僧、お主に止められるとは思っても居ないが――何とかして奴を止めろ」

 苦痛のあまり意識が飛びそうになる、それをギリギリのところで踏みとどまり辛うじて意識をつないでいる。炎帝の言葉はかすかにだが耳に届いていたが途切れ途切れに聞こえるような気がした。

「厄災が、蘇る――」

 そこで意識が途絶えた。
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