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第一章 暁の空から
バタフライ・エフェクト―アノソラ――Re:Ⅲ
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三日目――十一時
知らない間に眠っていた。
知らない間に夜が明けていた、瞼が重いのは寝不足の所為じゃない。泣き疲れて目が真っ赤に晴れているんだとそう思った。
そんな僕を起こしたのは陽の光ではなく、けたたましく鳴る携帯電話の着信音だった。飛び起きると慌てて現在の時刻を確認する。重大な時間が過ぎてしまったのじゃないかと冷や汗をかいた。
「もしもし」
ディスプレイに表示された名前も確認せずに電話に出る。
「あー、やっと起きた? おはよう寝坊助~」
「――七海か、おはよう」
「おはようじゃないよ、何回電話したと思ってるのさ全く」
「ごめんごめん、昨日の時点で雪掻きしてたから疲れてたんだよ。今起きた」
七海の声だった、何時もと変わらないその声に心のどこかで安堵していた。
何度も電話を掛けて来てくれていたらしい、相当深い眠りだったんだろう。昨夜のうちに少しでも糖分を脳に入れておくべきだったと少しだけ後悔した。
「潔と曽根から聞いてるよー、お昼食べたら海公園集合だって」
「七海も来るの?」
「何よ、私が居たら何か問題でもある訳?」
「いや、そういう意味じゃないけど。昨日七海の家誰も雪掻きしてなかったと思ったから大丈夫なのかなって」
「勿論雪掻きから逃げる口実に決まってるじゃない、と言う訳で今日は久しぶりに四馬鹿集合だからね」
七海らしいと言えば七海らしい。
確かにあの作業からは逃げたくもなる気持ちは分らなくない、一人暮らし故に僕はどうにかしなくちゃいけなかったけど、家族と一緒に暮らす実家暮らしの七海からすれば逃げたくなる気持ちも正直分かる。
気さくに話す僕と七海の会話が今は心地良い、昨日迄の荒んだ心を洗い流してくれるようだ。
だけど、これは僕の知ってる一週間じゃない。
そう、三日目に七海から電話が掛かって来る事なんて無かった。
七海はこの日、一日中雪掻きに追われていたはず。夜に電話でその報告と愚痴を聞いた覚えがある、今も雪掻きしてる頃な筈で、電話を掛けてくる余裕なんて無かった筈だ。
「ところで、雪掻きはどの程度終わったの?」
「まだ全然、庭が終わってこれから道路だよ。こんな事毎年やってる雪国の人たちには頭が下がるね」
「同感」
「それでも裏庭はまだだけどね、そっちはお父さんに任せて私は脱走。お昼から出かけるって話もしてあるから特に問題なしだよ」
明らかに早い。
朝早くから雪掻きしていたのかと思う程の速度だ、ずぼらな七海一家にしては行動に出るのが明らかに早い。事実夜に電話で聞いた時はその位の時間だったと思った。
このズレは何だ。
何で七海と潔だけこんなにも行動がズレるんだ、もしかしたら僕の知らない所で曽根の行動にも影響が出ているんじゃないか。ただ僕が知らないだけで世界中で様々なズレが生じているのではないか。小さなズレがいずれ大きな歪になるのなら、ここから先は僕の知っている一週間じゃないかもしれない。
昨日考えていたことが現実になって僕に襲い掛かってくる。
困るんだソレじゃ、困るんだソレだと。
何を困ることがある。
元来未来は分からない空白のページじゃないか、つまりは今まで通りの日常と変わらないじゃないか。それ見た事か、やっぱりアレは僕の妄想だったんだ。
「分かった、お昼食べたら僕の家に来てよ。久しぶりに一緒に行こうよ」
「何々、デートのお誘いですか孝雄さん」
「それもいいね」
ホッと胸を撫で下ろした、肩の力が抜けたとも言うか。七海と下らない冗談を言い合って電話を切る、他愛のない会話が今の僕には精神衛生上の処方箋か特効薬だ。相手が七海だからではない、これが潔だとしても多分同じだ。
妄想が見せた幻影が消えていくようだ、まるで遠く高い青空の様に澄み渡って、光の屈折が見せる偽りの青色のように混沌を打ち消していってくれた。
これに留まってはいけない、心の栄養補給として親友達と騒ごう。何時もの様に、これからも変わらぬ世界の様に。
一度大きく伸びをして服を着替える。視線を落とした先で携帯電話の着信ランプが目に留まった。色からしてメールだろう。ボタンを操作しメールボックスを開いた。
「潔と曽根から一通ずつ入ってるな」
二人から今日の集まる場所と集合時間が書かれてたメールが届いていた、多分二人とも返事が無いことを不審に思って七海に連絡を入れたのだろう。その結果がこのモーニングコールだった。
そう言えば七海が言ってたっけ、何度も電話したって。普段なら気にすることも無い気の知れた仲間からの着信履歴を確認してみた。それがいけなかった。
「なんだ……これ」
思わず声が出た、ディスプレイにはおびただしい量の着信履歴が残っていて思わず息を吞む。
何度も電話を掛けたと七海は言っていた。
僕は数回掛けてきたぐらいだと思っていたんだ。
それが履歴一杯に七海の名前が残されていた。
着信間隔からして留守電に入ったと同時に通話を切って、再度掛けて来てると思われるその間隔。
底知れない恐怖を感じたんだ。
あの七海が何を思ってこんなことをしたのか、普段の彼女からは考えられないこの奇行に言い表せない恐怖を感じた。いや、絶対にこんなことを彼女はしない。することは無い。携帯電話を持ち始めた当初ならまだしも今となってこんな事彼女がするはずはない。
僕は、一体誰と会話をしていたんだ。
世界は、予想以上に僕の知らない方向へと進んでいる気がした。それが僕にとって良い方なのか悪い方なのか、この時点では分かるはずが無かった。
仮に分かっていたとして、僕に何ができるのだろう。
言い表せない恐怖。
言い表せない感情。
言い表せない、言葉にできない何か。
僕は戦慄していた、僕は震えていた。
そして、昨日と同様トイレへと駆け込んでいた。
知らない間に眠っていた。
知らない間に夜が明けていた、瞼が重いのは寝不足の所為じゃない。泣き疲れて目が真っ赤に晴れているんだとそう思った。
そんな僕を起こしたのは陽の光ではなく、けたたましく鳴る携帯電話の着信音だった。飛び起きると慌てて現在の時刻を確認する。重大な時間が過ぎてしまったのじゃないかと冷や汗をかいた。
「もしもし」
ディスプレイに表示された名前も確認せずに電話に出る。
「あー、やっと起きた? おはよう寝坊助~」
「――七海か、おはよう」
「おはようじゃないよ、何回電話したと思ってるのさ全く」
「ごめんごめん、昨日の時点で雪掻きしてたから疲れてたんだよ。今起きた」
七海の声だった、何時もと変わらないその声に心のどこかで安堵していた。
何度も電話を掛けて来てくれていたらしい、相当深い眠りだったんだろう。昨夜のうちに少しでも糖分を脳に入れておくべきだったと少しだけ後悔した。
「潔と曽根から聞いてるよー、お昼食べたら海公園集合だって」
「七海も来るの?」
「何よ、私が居たら何か問題でもある訳?」
「いや、そういう意味じゃないけど。昨日七海の家誰も雪掻きしてなかったと思ったから大丈夫なのかなって」
「勿論雪掻きから逃げる口実に決まってるじゃない、と言う訳で今日は久しぶりに四馬鹿集合だからね」
七海らしいと言えば七海らしい。
確かにあの作業からは逃げたくもなる気持ちは分らなくない、一人暮らし故に僕はどうにかしなくちゃいけなかったけど、家族と一緒に暮らす実家暮らしの七海からすれば逃げたくなる気持ちも正直分かる。
気さくに話す僕と七海の会話が今は心地良い、昨日迄の荒んだ心を洗い流してくれるようだ。
だけど、これは僕の知ってる一週間じゃない。
そう、三日目に七海から電話が掛かって来る事なんて無かった。
七海はこの日、一日中雪掻きに追われていたはず。夜に電話でその報告と愚痴を聞いた覚えがある、今も雪掻きしてる頃な筈で、電話を掛けてくる余裕なんて無かった筈だ。
「ところで、雪掻きはどの程度終わったの?」
「まだ全然、庭が終わってこれから道路だよ。こんな事毎年やってる雪国の人たちには頭が下がるね」
「同感」
「それでも裏庭はまだだけどね、そっちはお父さんに任せて私は脱走。お昼から出かけるって話もしてあるから特に問題なしだよ」
明らかに早い。
朝早くから雪掻きしていたのかと思う程の速度だ、ずぼらな七海一家にしては行動に出るのが明らかに早い。事実夜に電話で聞いた時はその位の時間だったと思った。
このズレは何だ。
何で七海と潔だけこんなにも行動がズレるんだ、もしかしたら僕の知らない所で曽根の行動にも影響が出ているんじゃないか。ただ僕が知らないだけで世界中で様々なズレが生じているのではないか。小さなズレがいずれ大きな歪になるのなら、ここから先は僕の知っている一週間じゃないかもしれない。
昨日考えていたことが現実になって僕に襲い掛かってくる。
困るんだソレじゃ、困るんだソレだと。
何を困ることがある。
元来未来は分からない空白のページじゃないか、つまりは今まで通りの日常と変わらないじゃないか。それ見た事か、やっぱりアレは僕の妄想だったんだ。
「分かった、お昼食べたら僕の家に来てよ。久しぶりに一緒に行こうよ」
「何々、デートのお誘いですか孝雄さん」
「それもいいね」
ホッと胸を撫で下ろした、肩の力が抜けたとも言うか。七海と下らない冗談を言い合って電話を切る、他愛のない会話が今の僕には精神衛生上の処方箋か特効薬だ。相手が七海だからではない、これが潔だとしても多分同じだ。
妄想が見せた幻影が消えていくようだ、まるで遠く高い青空の様に澄み渡って、光の屈折が見せる偽りの青色のように混沌を打ち消していってくれた。
これに留まってはいけない、心の栄養補給として親友達と騒ごう。何時もの様に、これからも変わらぬ世界の様に。
一度大きく伸びをして服を着替える。視線を落とした先で携帯電話の着信ランプが目に留まった。色からしてメールだろう。ボタンを操作しメールボックスを開いた。
「潔と曽根から一通ずつ入ってるな」
二人から今日の集まる場所と集合時間が書かれてたメールが届いていた、多分二人とも返事が無いことを不審に思って七海に連絡を入れたのだろう。その結果がこのモーニングコールだった。
そう言えば七海が言ってたっけ、何度も電話したって。普段なら気にすることも無い気の知れた仲間からの着信履歴を確認してみた。それがいけなかった。
「なんだ……これ」
思わず声が出た、ディスプレイにはおびただしい量の着信履歴が残っていて思わず息を吞む。
何度も電話を掛けたと七海は言っていた。
僕は数回掛けてきたぐらいだと思っていたんだ。
それが履歴一杯に七海の名前が残されていた。
着信間隔からして留守電に入ったと同時に通話を切って、再度掛けて来てると思われるその間隔。
底知れない恐怖を感じたんだ。
あの七海が何を思ってこんなことをしたのか、普段の彼女からは考えられないこの奇行に言い表せない恐怖を感じた。いや、絶対にこんなことを彼女はしない。することは無い。携帯電話を持ち始めた当初ならまだしも今となってこんな事彼女がするはずはない。
僕は、一体誰と会話をしていたんだ。
世界は、予想以上に僕の知らない方向へと進んでいる気がした。それが僕にとって良い方なのか悪い方なのか、この時点では分かるはずが無かった。
仮に分かっていたとして、僕に何ができるのだろう。
言い表せない恐怖。
言い表せない感情。
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僕は戦慄していた、僕は震えていた。
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