もふもふをもふもふしたい!

龍春

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二度目の森

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「今日、私は盛大に張り切っている!」
『……』
「え? 言い方がおかしい? 気にしないで。テンションマックスだから!」
『ナニモイッテナイ』
「えー……少しは構ってよぉ」
『イヤダ』

 グレイが冷たい。まぁ、こんなテンションの私にも一因はあると思うけど、それにしたってもう少し乗ってくれてもいいのになぁ。
 むぅっと唇を尖らせる私を横目にグレイは安定の肩の上でクールな雰囲気だ。着替えは万全、救急セットに緊急用のダガー、それとお弁当とタオル、それにロープと他にも色々適当に詰め込んだリュックを背負って玄関を出る。
 外にはすでに来ていたらしい幼馴染たちが若干の呆れ顔とともに出迎えてくれた。

「ミレイ、デュラン、おはよう!」
「おはよう、リーフ」
「おはよう。朝から元気だな」
「あったり前じゃない! やーっと許可が出て森に行けるのに! 多少なら中に入ってもいいんでしょう?」
「まぁ、な」
「中心まではだめよ? ほどほどに折り返すからね?」
「はーい!」

 うきうきとした顔で挨拶をした私に苦笑を浮かべつつも返してくれたミレイと朝っぱらから疲れたような顔で言ってくるデュラン。
 私一人で森に行ってもいいのにって言うけど、それだけは絶対ダメだって言うのよね。理由を聞いたら、三日は返ってこなさそうって言われたわ。
 まぁ、否定はできないかもしれない。だって、以前父さんの知り合いの猟師さんに連れてってもらったときは二人に言わずに出かけて三日は森に籠ったもの。
 ちゃんと両親の了承の下よ? なのに、何も言わなかったって戻ったらすごく怒られたのよね。過保護だわ。ありがたいけど。
 ミレイに何度も奥までいかないこと、夕方には戻れる範囲で行動することを念押されて頷きつつ早速森に向かう。
 私と二人のやり取りに慣れてるグレイは我関せずでクシクシと前足で顔を拭いていたみたいで、ちょっとミレイの顔が和んでた。いい仕事したわね。
 それはともかく、牧場の入り口の近くを通ったら柵の上を掛けてきたコリスが見えて足を止める。

「おはよう。どうしたの?」
『イッショイク!』
「いいけど、群れの方は?」
『ダイジョブ、ワカイノレンシュウ』
「なるほど? ほんとあなたたちの生態って謎よね」
『ソウカ?』
「まぁ、良いんだけど。グレイと反対側の肩で良い?」
『ウン!』

 目の前までかけてきたコリスがそのままの勢いで飛び込んできたからとっさに受け止めると森へのお出かけについてくるらしい。
 若いコリスたちに上がいない時の経験を積ませるとかなんとか言ってるけど、人間みたいよねって思っちゃう。
 まぁ、良いんだけど。手に収まったコリスを撫で回しながら、移動中に居る場所を確認したら元気に頷いたので撫で回しでくにゃんとなった体をそのまま肩に乗せる。
 ミレイが興味津々にコリスのしっぽをツンツンするけど何度か顔を合わせてるので気にされてないようだ。
 ふるっとしっぽが揺れてもふっと指が毛の中に埋まったミレイは驚いて声を上げてたけど、そのままにこにことコリスを突いていたから手触りが気に入ったんだと思う。
 それはさておき、コリスも肩に落ち着いたので歩くのを再開する。こういう時デュランは何も言わない。
 私が言っても止まらないのもあるけど、危険があったり悪いことだったりしない限り放置だ。同じ歳なんだけど私のこの性格も相まって三人の中での私は末っ子ポジション。それを甘んじて受け入れている。別に困らないし。
 そんなことを考えながら三人で他愛もない話をしながら森の入り口に辿り着く。

「さぁ! いざ行かん! 森の奥!」
「待った! お前は俺とミレイの間!」
「ふぐうぅッ! く、くるしっ!」
「走りだそうとするからよ、本当に油断も隙も無い」
「だってぇ……」

 せっかく森に来て、中に入れるのに! と非難がましく二人を見ても慣れっこの二人には堪える様子もない。
 そんな私と二人のやり取りを呆れた雰囲気で眺めてるのがグレイで、クスクスと笑っているっぽい仕草をしてるのがコリスだ。
 二匹とも私とデュランのひと騒動で揺れる肩でも器用にバランスを取って落ちる気配はない。優秀。
 そう思いながらも渋い顔でお説教を続けるデュランの顔を見上げ、渋々分かったと頷けば漸くお説教が止まった。
 改めて、デュランが武器をいつでも抜ける状態にして先頭を歩きつつ森の小道を入る。
 この森、実は途中までは村の人たちが普通に出入りしてるからそれほど大きな危険はない。
 木の実や薬草、キノコなんかを採るためなので群生地までの道が踏み固められて小道になってる。
 整えられているわけじゃないけど、大体野山で駆けずり回った経験しかないような子供時代を送っている人間ばかりだから問題はない。もちろん私たちも。
 とはいえ、気を付けないと野生の狼とか熊とか出てくる時がある。まぁ、今日はそんなのが出るほど奥に行く予定はないんだけど、それでも注意するに越したことはないと言う二人に今度は素直に頷く。
 途中で紐みたいなのがひゅるっと足元を抜けてった気がしたけど、草がしなったのかなと思ってスルーしておく。グレイもコリスも反応しなかったし。
 そうして奥へと進むと少し開けた場所に泉が現れた。ここは休憩場所として先人が整えた場所で、森の動物たちも喉を潤しに来る休戦地だ。

「無事についたけど、なーんにも動物には会わなかったねぇ」
「元々野生動物は人の気配があると出てこないだろ」
「そうなんだけどさー。未だに良く分からない魅了の手のスキルが発動! とかなんないかなぁって思ったんだよ」
「あー……そういや、そんなスキルもあったんだったな」
「そうだよー。魅了の手がどんなスキルなのかさっぱりなんだけどねー」

 泉の周囲にも特に小動物の姿はない。残念だなぁと思いながらも空腹を覚えて空を見上げる。泉の上は木々の枝がないので空が見えるのだ。それで確認すれば太陽は真上。つまりお昼ご飯の時間だ。

「とりあえず、その辺に敷物しいてご飯食べよう!」
「お前は……」
「ふふっ、リーフらしいわね。じゃあ、敷物頂戴。持ってきてるんでしょう?」
「もちろん!」

 肩に乗っていたコリスとグレイに声を掛けて退いてもらうと背負っていたリュックを下すと、中をごそごそと漁って敷物を出す。
 それからお弁当も出して、デュランに渡す。お弁当は私が作りましたよ! 付き合ってもらうからね! 母さんにも手伝ってもらったけどデュランがたくさん食べるからね!
 どどんっと出したお弁当の入った入れ物の大きさに若干引きつったミレイだったけど、ふと横に居たデュランを見て、もう一度お弁当の入れ物を見てすごく納得した顔で準備を手伝ってくれる。
 どんどんどんと入れ物を置いてカトラリーを差し出せば思い思いに使いやすいのを手に取って食べ始める。
 ついでに良い干し肉が手に入ったので周囲を見回っていたグレイを呼び寄せて手渡す。
 割と胴が長いのにグレイは器用に後ろ足で立ち上がって干し肉を受け取るとぽてりと私の身体に背を預けて両前足で持った干し肉を食み始める。
 その隣に駆けてきたコリスには家で育ててる果実の食べごろを渡してあげる。
 こちらは普段から静止中は後ろ足で立ち上がってるから馴染みの格好で、やっぱり両前足で果実を一個持ち上げると実を食べ始める。あっという間に一つ実を食べ終わってるなと思ったらカリカリといい音がして、見るとコリスが器用に種の殻を割って胚芽まで食べてた。

「コリスってそんなとこも食べるの?」
『ミナジャナイ』
「君は好きってこと?」
『ソウ』

 思わずへぇって声を漏らしつつ、私もご飯を食べる。ちょっと味が濃かったかなと思ったけど冷めたらそんなことないな。なんて思いながらもくもくと食べてると、なんだか視線を感じた。
 気になって視線を感じた方を見てみたけど、別に何もないし気配もない。なんだろう?

「どうした?」
「んー……いや、何かに見られてる気がしたんだけど、特に何もないから気のせいかも」

 私が何かを探す様に森の中へ視線を向けたのに気づいたデュランが声を掛けてきてそれに答えるけど、はっきりとは分からないものを説明するのは難しくて言葉を濁す。
 確認するように私が見ていた方を見たデュランは、何も見つけられなかったようで顔を顰めた。
 私はそれを見なかったフリで食事を再開するとやっぱり視線を感じる。私は昔からもふもふを捕まえるために、気配に気を配ってたから実は猟師さんたちにも呆れられるくらいに敏感になってる。だからこそ、見られてるのは間違いないと思う。
 ただ、改めて感じた視線へ意識を向けると、どうにも襲おうとして身構えてるとかそういう気配ではない気がする。どちらかというと観察されているような?
 内心で首を傾げるけど、傍にいるグレイは全く無反応だしコリスの方が過剰なほど反応するはずなのにまったりしてる。
 もしかしたら何かあるのかもしれないとは思うけれど、とりあえずの危険はないのかなと思って放置することにする。
 ディランだけが何か考え込んでる様子だけど、食べる手が止まってないからそこまで深刻じゃないだろう。
 しかし、本当にディランはよく食べるな。そんでもってミレイはさり気なくディランに給仕してるし、性分なの?

「あ。お茶も持ってきたんだった」
「私が配るわよ?」
「じゃあお願い。これコップ」
「はいはい」

 木製のコップと木製の蓋つきの器を鞄から取り出す。密封はできないんだけど、横倒しにしなきゃよっぽどこぼれないし落としても多少の高さじゃ割れない木製万歳。
 そうして三人でまったりとご飯を食べ終えて休憩まで済ませると片付けて、午後をどう過ごすか相談する。
 私としてはもう少し奥に入りたいけど、さっきの私の反応と返答が気になるデュランに反対された。ミレイもいつになく慎重な様子のデュランを見て日を改めるべきって思ったみたい。私を宥めにかかったから、仕方なくこれ以上奥への散策は諦めることにした。
 代わりにコリスが泉の周囲にある木の一本を案内してくれると言うのでそれを受けることにした。つまり、木登り。

「私はいいわ。流石に、昔みたいに軽々と登れるとは思えないし」
「そっかー。じゃあ、デュランはミレイの警護で残りね」
「は? いや、そんな勝手に」
「だって、ミレイを一人ここに残すなんて絶対ダメよ! 私はコリスとグレイが居るから、最悪逃げ切るくらいはできるわ。それに登る気はあの目の前の木よ? デュランならある程度の高さまで目視できるでしょ?」
「はぁ……仕方ねぇなぁ。俺が目視できる高さ以上に登らないこと。居場所はきちんと判るようにすること」
「了解! じゃあ、行ってくるね!」

 渋るデュランに粘り勝ちした私は『コッチ』と先になって木に走っていくコリスを追いかける。木の幹を地面と垂直に駆け上がっていくコリスと競うように私も助走をつけて地面を強く踏み切る。
 踏み切った先には私の身長より十五センチほど高い位置にある太めの枝。パシッといい音を立ててそこに手を付いて掴むと足を振り子のように振って枝の上に身体を跳ね上げる。

「よし!」
『コッチ』
「今行くわ!」

 少し上の方でコリスが声を掛けてくる。交流頻度が上がったおかげで視線を合わせなくても声を聴けるようになったのはいいわね。
 誘導されるままに太めの枝や幹の分かれ目を選んで上に登っていくとしたからエンジかとか聞こえてくるけど無視、無視。
 ちなみに、本当にエンジが居るなら触ってみたいわね。小さな三歳児くらいの大きさで、全身にもっふもふの毛皮を持ってるというからきっとぎゅってしたらぬいぐるみ並みに気持ちいいわ。サイズも手ごろよね。
 さらに、エンジは木登りがとても得意だと言われている。でもこの辺の地域じゃなく、もう少し寒い土地に住んでいると聞くから見かけることはないと思うのよね。
 家を出て旅でもすればいいんだろうけど、あいにくと私は家と家業が大好きだからそれを放置して旅に出るということはしたくないの。まぁ、機会があったら見てみたい、程度ね。
 下にいるデュランとミレイの場所を確認しながら、泉側の面を登っていくと突然葉の形態が変わってびっくりする。

「え、これもしかして……?」
『ツリーベリー!』
「こんなとこにあるの?!」
『コレ、マダワカイ。ミ、ナイ。ケド、ツリーベリー!』
「うわぁ……この高さだと葉の形態変わってるのわからなかったわ。教えてくれてありがとう!」

 葉の形態が変わったところで登るのをやめて、下から見上げてるミレイたちに手を振りながらコリスに声を掛けると予想した通りの答えが返ってきた。
 確かにこれはヒーラギーをそのまま大きくしたみたいな木だわ。でも、こんなに高いのに若くて実ができないなんて一体樹齢何年になったら実ができるのかしら?
 もふもふと意思疎通ができるようになって知らないことを教えてもらえるのはとても楽しい。毎日が充実している気がする。
 下からも手を振り返す二人を見て、今度はもっと奥まで行ってみたいわねぇと思った。
 ある程度上から周囲を眺めて、コリスに声を掛けると地上へ戻るために今度は幹や枝を反対に移動していく。
 ひょいひょいと降りる途中、不意に誰かに呼ばれたような気がして動きを止めたけどまだ登ったところから半分も降りていない高さだから周囲には木しかない。
 気のせいかなと思って再び下り始めたけど、私は後にこの時の視線の正体を知ることになる。それがまさかその先の将来に関わってくる出会いになると思いもしていなかった。
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