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スキルの成長と増えた隣人
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森でコリスと対面を果たしてから早数か月。私の近くでは多少変わったことがある。
まず一つ目は、ミンクの変異種が完全に私の相棒になったこと。
大体はツンツンしてるんだけど、私がもふもふに飢えてくると自然と傍に来てもふもふさせてくれるようになったし森に行くときは必ずついてくる。
名前を付けても良いと言われたのはつい一か月ほど前だけど、言われた瞬間はまさに天国だった! だって、名前を付けて良いということは今後ずーっと一緒にいると言うことでしょう? もちろん、もふりたい放題かは確認したわ!
まぁ、それで相棒になってくれることになったので名前を付けた。わかりやすくグレイという名前。通常のミンクの毛皮は茶色から淡い金色なんだけれど、変異種のミンクはシルバーグレイだったからグレイ。
シルバーでも良かったんだけど、なんかツンと澄ました感じがグレイって感じだからグレイ。ミレイたちに説明したけど呆れられて理解されなかった。まぁ、問題ない。
二つ目の変化はなんと、森の入り口付近で初めて捕獲したコリスが我が家の近くに引っ越してきた!
当初は一定期間に一度、ミレイとデュランの許可を得て森の入り口にて待ち合わせという形を取っていたんだけど実は最初に捕まえたコリスは群れのリーダーだったらしい。
何度も通って交流を深めた結果、我が家が森に面した牧場であることを知ったコリスのリーダーが群れを説得して我が家に隣接した森の所に引っ越してきたのだ!
周囲に人間が近づくからか他の動物や魔物の縄張りではなかったことも大きいらしい。更に下見をした結果居心地の良さそうな大樹が良く育っているとかなんとか言ってたけど、その辺りは本人たちの経験が物を言うのだと思うから良く分からない。
ただ、人間を避けているのかと思っていたけどそこまで必死に避けているというわけでもないらしい。
色々と生態が謎だったんだけど、話を聞いてみたら尻尾を身代わりにして置いていくアレは本来不要な物を一緒に体外へ出すための習性らしい。
それが囮となり生き延びる術になると気付いた過去のコリスたちにより、そういう風に使われるようになっただけで何事もなく平和に過ごしていても決まった周期でアレをするらしい。
つまり、別にわざわざ探し出して引っ捕まえようとコリスを怖がらせなくても探せばゴミ置き場というか脱げた毛皮ばかり置く場所もあるらしい。
ただし、それは群れの住処からはかなり離れているし、方々に散っているらしくそれらを目印にコリスの群れ同士では縄張りの主張をしつつ自分たちの群れを外敵から守る手段になっているとのことだ。
片言でされる説明を自分なりに要約した結果だから、本当かどうかわかんないけど実際に探せば見つかるかもしれない。
ただ、穴を掘ってそこに置いているらしいのと、ふわっふわでとても気持ちが良い触り心地であるので野獣や野鳥、それらと同系統の魔物が巣作りの素材に使う傾向もありそうだなとは思う。
まぁ、そんなわけでコリスたちのその毛皮の成れの果ては一部我が家に提供されることとなった。数日の期間というのも三日から十日くらいに一度のペースだというから結構なハイペースだと思う。なるほど、確かにそのペースならコリスにとっての遠方へ置くにしても数か所に広げられるわけだ。
コリスについては巣作りは自分たちでするということだったので、牧場の柵付近に縄張り主張スポットを作ってそこに置いた毛皮は自由に持ってって良いと言うことになった。
代わりに置いておくのはコリスたちの好きな物だ。サンショーという紅い木の実で私たち人間にはとても辛く感じるのだがコリスたちには甘く感じるモノらしい。
これもまた不思議なもので、味覚の違いってあったのね、と思ってしまう。ちなみにグレイにこの木の実について尋ねたら苦いから嫌いだと言われた。
『ナニシテル』
「あら、グレイ。おかえり」
『タダイマ、ナニシテル』
「ここ数か月の内容を書き記してたのよ。誰かに見せるわけじゃないけどね」
『フウン……』
机に向かって広げた紙にこれまでの内容をまとめていた私は掛けられた声に顔を上げるとグレイ用に取り付けた出入口から本人が入ってきたのを見つけ出迎えの言葉を掛ける。
トトトッと軽い足音で床を蹴って私の体を器用に駆け上がってくるグレイは肩のところで落ち着くと私が書いていた紙をのぞき込み首を傾げた。
人間の文字など読めないグレイには紙が何かなどわからないだろうけど、一応素直に説明するとやっぱりわからなかったみたいで適当な相槌が返ってきた。まぁ、適当でも私は気にしないけど。
まとめ終わった紙をトントンと机に打ち付けて揃え、折れないように厚紙を二つに折ったものへ挟み込んで机に並んでいる本の間に立てる。
それから立ち上がって部屋の出入り口に向かうと、グレイは肩から降りることもなく器用にバランスをとって乗っている。最近の移動はこれが通常運転だ。
グレイのもふもふが首と耳たぶの付近をわさわさとくすぐるのが気持ち良くて、ついついもっふもふしたくなるんだけど一度やり始めるとしばらく止まれないので今は我慢。
「ねぇ、今夜ももふもふしていい?」
『ミズアビ』
「了解。一緒に湯に浸かりましょ!」
我慢の代わりにと夜寝る前に思う存分もふりたい旨を伝えると、グレイも慣れたもので対価を要求してくるけどこれも私にはご褒美だ。
グレイはなんだかんだできれい好きのようで、一度泥だらけになって戻った時に私の入浴ついでに全身を洗ったらハマったらしくて何もなくても一緒に入りたいと告げてくる。
もふもふなグレイを濡れねずみにして泡だらけにしてぐたんぐたんになるまでマッサージし倒しても怒られない。ついでに湯から出た後タオルでもっふもっふと拭きまくってきれいに乾いた毛皮に顔を突っ込むのも文句言わない。
当初、仰向けてお腹に顔を突っ込むのは盛大にけり倒され殴り倒される案件だった。
まぁ、わからないでもない。強制的に無防備な体勢を取らされた挙句、急所になるのかわかんないけど心臓に近い位置へ顔を埋められるんだからブスリだかガブリだかいかれると思っても仕方ない。
そんなことしないってちゃんと言ってたのに信用できないって言われたのは私の目が真剣と書いてマジと読む具合にちょっとヤバかったからじゃないかというのは交渉中を見ていた両親の言だ。
だって洗った後のあのふわっふわのもっふもふの最高級な生きた毛皮が目の前にあるんだよ。つやっつやのさらっさらで物凄く手触りがよくなった毛皮がだよ? もふもふ好きにはたまらない環境下で我慢とか無理に決まってるじゃないか!
とはいえ、この主張はないわーって両掌を上に向けて肩をすくめて見せた両親や幼馴染たちには理解してもらえなかった。気持ちいいのに。
グレイにしても、当初は理解ができなかったらしいがとりあえず私が自分の毛皮が大好きだという主張はだんだんと理解するに至ったらしく最近は文句も言わない。諦念という言葉が辞書に載ったんじゃないかと思われる。
「さて、コリスの様子を見に行こうか」
『イッショ』
「うん。よろしく」
廊下に出て行先を告げると、コクリと頷いたグレイが頬にすりっと頭を摺り寄せてくれる。
なんだかんだでグレイは面倒見がよいということがよく分かった。群れで敬遠されていた頃もやり返すでもなくやられるまま、特に抵抗らしい抵抗はしなかった結果があのボロボロ具合だったらしい。
よくよく聞いてみたら、実はあの群れでリーダーになれるだけの実力者だった。ただ、自分が異端であることも本能的に察していたらしく、群れを出ていくか悩んでいるところだったようだ。
そんなグレイを気にかけていたのが最初に私にグレイを差し出したリーダー格の子で、今では私を見ると一目散に駆け寄ってきてくれる。グレイとも良好な関係を続けていて、群れのメンバーも私とグレイの様子を見るに漸く警戒を解くに至ったらしい。
ついでに私のスキルは少しずつだけど成長しているらしい。関係が希薄な子は単語でしか聞こえないけど、付き合いが長くなってきた子なんかはちゃんと文章で声が聴こえるようになった。
私が意識しなければ視線を合わせても体が動かないなんてことにもならなくて、普通に会話が成り立つようになったのだ。
グレイが単語の返事なのは本人に長文を話す気がないせいだろうと思う。その証拠に、リーダー格の子はおしゃべり上手で私との会話を楽しんでいる節がある。その奥さんもなかなかの情報通だった。
奥さんとはまだ片言の言葉しか聞こえないけど、的確な言葉選びでとてもためになる情報をくれる。例えば、ここ数日で森に大型の狼のような魔物が住み着いたかもしれない……とか。
癒しの効果の方は成長がよくわからない。受けてる側のグレイたちが言うには、ぽかぽかした感じがすると言うんだけど自分ではよくわからない。湯船に浸かるみたいだってグレイなんかは言うんだけど。ただ、私の方としては何となくツボのようなものが目に見えるようになってきた気はしてる。
ぼんやりとだけどマッサージをすると不調が改善しそうな場所が光って見える気がしている。実際に光ってるのかよくわかんないけど感覚的にはここってはっきりと場所がわかるようになってきた。つまり、こっちもたぶん進歩してる。
「はっきりわからないのがなぁ……」
『ナオリ、ハヤイ』
「それ、前からじゃない?」
『マエヨリ』
「そう?」
『チイサイ、ソノバ。スコシオオキイ、サンカイアサクル』
「小さい傷ならマッサージの時に治るし、ちょっと大きな怪我も三日くらいで治るってこと?」
『ウン』
こっくりと深く頷いたグレイの言葉は間違いないとは思う。思うんだけど実感がないんだよなぁ……。
いっそ瀕死じゃない? ってくらい大きな怪我がバリバリ治っていくとかの方がわかりやすい。いや、そんなもふもふは見たくないからできれば大怪我なんてしてほしくない。野生は弱肉強食だからするのは仕方ないとも思うけどね。
でも、言葉を交わせるようになって実は森の中には争い禁止の水飲み場があって、種族関係なく安穏と休憩できる場所が存在するとか、温かなお湯が出る場所(つまり温泉)があるとか、そのお湯に浸かると怪我の治りが早いとかあるらしい。
人間はそこを狙って打とうとする輩も居るらしいから、そういうのは大型獣なんかが追っ払うとかいう話まであった。マジか……。
きちんと弁えた狩人なんかは一緒に温泉浸かってたりするらしいから、あながちありえないとも言い切れない不思議。
面白そうだから行ってみたいんだけど、コリスの案内があっても幼馴染二人からの許可が出ないので今のところ行けないでいる。許可さえ出れば行けるんだけど、場所が森の奥の方ということで無慈悲に却下されてる。
もっと強い味方ができれば一度くらいは行かせてもらえるんだろうか……冒険者の誰かを食堂で捕まえるか? そんなことを考えつつコリスの元に辿り着くと、グレイが高らかに鳴き声を上げる。招集の合図。
『リーフ!』
「やぁ! 元気そうだね。今日は怪我コリスや病コリスは居るの?」
『キョウハナイ! デモ、オモシロイ、モッテキタ』
「ないなら良かった。面白いを持ってきたって? あっ、ツリーベリー! これ、めちゃんこ高い場所にしか実をつけない珍品じゃない!」
『チカク、キ、アルゾ?』
「うっそ?! いや、そもそも見分けつかないし実があるかもわからないし取れる位置にないわ……」
『アマイニオイ』
「いや、人間は君たちほど鼻良くないよ」
『ソウカ。ナラ、マタトル』
「是非ッ!」
『ワカッタ』
珍味中の珍味。完熟しか収穫できないと言われるツリーベリーは見た目は歪な三角錐をした紫色のツルンとした果実。熟す前が何色なのか見たことないけど……。
「ねぇ、コリス?」
『ナンダ?』
「食べごろじゃないコレって何色なの?」
『……イロ?』
「え、色知らない? え、じゃあなんて聞いたら正確に伝わるの?」
『タベレナイ、ハトオナジ。タベゴロ、コノイロ』
「食べれないのは葉っぱと同じってことは緑? え、待って、ツリーベリーってどんな木よ。人間が登れないほど背が高いとしか知らないんだけど」
『ソレハカンタン。コレ、オオキイヤツ』
「え、それヒーラギー……マジか、え、それが高いの? 想像できないんだけど」
ヒーラギーは上半分がとげとげの葉、下半分が真ん丸な葉がついたちょっと変わった植物だ。上手に育てると人の背より高くなり、葉はちょうど真ん中できっちりと丸ととげとげが真っ二つに分かれる。
しかも、成長中、伸びた先端には葉がつかない。代わりに年に一度寒くなると葉を落として暖かくなるとまた葉をつける。それで、葉をつけたときに見事に真っ二つになるのだ。上と下の葉の種類が。
そのヒーラギーと同じということは……もしかしてヒーラギーと同じ系統の木になるんだろうか? 人間みたいに研究してるわけじゃないけど、もっふもふは割と物知りだ。人間でいうおばあちゃんの知恵袋的な感じ。いろいろ知ってるから聞くのが楽しい。そのままいろいろ聞き出してもコリスは嫌がったりしないのがまた良い。
このままスキルがもっと成長して、コリスやほかのもふもふとの交流が増やせたらもっと人間っぽい会話ができるようになるかもしれないと思うととても楽しみになった。
そのためには、まずもふもふの知り合いを増やすところからだ! ひそかに気合を入れると、グレイが何かを察したように小さなため息を吐いたけど聞こえないふりで私はコリスとの会話を楽しんだ。
まず一つ目は、ミンクの変異種が完全に私の相棒になったこと。
大体はツンツンしてるんだけど、私がもふもふに飢えてくると自然と傍に来てもふもふさせてくれるようになったし森に行くときは必ずついてくる。
名前を付けても良いと言われたのはつい一か月ほど前だけど、言われた瞬間はまさに天国だった! だって、名前を付けて良いということは今後ずーっと一緒にいると言うことでしょう? もちろん、もふりたい放題かは確認したわ!
まぁ、それで相棒になってくれることになったので名前を付けた。わかりやすくグレイという名前。通常のミンクの毛皮は茶色から淡い金色なんだけれど、変異種のミンクはシルバーグレイだったからグレイ。
シルバーでも良かったんだけど、なんかツンと澄ました感じがグレイって感じだからグレイ。ミレイたちに説明したけど呆れられて理解されなかった。まぁ、問題ない。
二つ目の変化はなんと、森の入り口付近で初めて捕獲したコリスが我が家の近くに引っ越してきた!
当初は一定期間に一度、ミレイとデュランの許可を得て森の入り口にて待ち合わせという形を取っていたんだけど実は最初に捕まえたコリスは群れのリーダーだったらしい。
何度も通って交流を深めた結果、我が家が森に面した牧場であることを知ったコリスのリーダーが群れを説得して我が家に隣接した森の所に引っ越してきたのだ!
周囲に人間が近づくからか他の動物や魔物の縄張りではなかったことも大きいらしい。更に下見をした結果居心地の良さそうな大樹が良く育っているとかなんとか言ってたけど、その辺りは本人たちの経験が物を言うのだと思うから良く分からない。
ただ、人間を避けているのかと思っていたけどそこまで必死に避けているというわけでもないらしい。
色々と生態が謎だったんだけど、話を聞いてみたら尻尾を身代わりにして置いていくアレは本来不要な物を一緒に体外へ出すための習性らしい。
それが囮となり生き延びる術になると気付いた過去のコリスたちにより、そういう風に使われるようになっただけで何事もなく平和に過ごしていても決まった周期でアレをするらしい。
つまり、別にわざわざ探し出して引っ捕まえようとコリスを怖がらせなくても探せばゴミ置き場というか脱げた毛皮ばかり置く場所もあるらしい。
ただし、それは群れの住処からはかなり離れているし、方々に散っているらしくそれらを目印にコリスの群れ同士では縄張りの主張をしつつ自分たちの群れを外敵から守る手段になっているとのことだ。
片言でされる説明を自分なりに要約した結果だから、本当かどうかわかんないけど実際に探せば見つかるかもしれない。
ただ、穴を掘ってそこに置いているらしいのと、ふわっふわでとても気持ちが良い触り心地であるので野獣や野鳥、それらと同系統の魔物が巣作りの素材に使う傾向もありそうだなとは思う。
まぁ、そんなわけでコリスたちのその毛皮の成れの果ては一部我が家に提供されることとなった。数日の期間というのも三日から十日くらいに一度のペースだというから結構なハイペースだと思う。なるほど、確かにそのペースならコリスにとっての遠方へ置くにしても数か所に広げられるわけだ。
コリスについては巣作りは自分たちでするということだったので、牧場の柵付近に縄張り主張スポットを作ってそこに置いた毛皮は自由に持ってって良いと言うことになった。
代わりに置いておくのはコリスたちの好きな物だ。サンショーという紅い木の実で私たち人間にはとても辛く感じるのだがコリスたちには甘く感じるモノらしい。
これもまた不思議なもので、味覚の違いってあったのね、と思ってしまう。ちなみにグレイにこの木の実について尋ねたら苦いから嫌いだと言われた。
『ナニシテル』
「あら、グレイ。おかえり」
『タダイマ、ナニシテル』
「ここ数か月の内容を書き記してたのよ。誰かに見せるわけじゃないけどね」
『フウン……』
机に向かって広げた紙にこれまでの内容をまとめていた私は掛けられた声に顔を上げるとグレイ用に取り付けた出入口から本人が入ってきたのを見つけ出迎えの言葉を掛ける。
トトトッと軽い足音で床を蹴って私の体を器用に駆け上がってくるグレイは肩のところで落ち着くと私が書いていた紙をのぞき込み首を傾げた。
人間の文字など読めないグレイには紙が何かなどわからないだろうけど、一応素直に説明するとやっぱりわからなかったみたいで適当な相槌が返ってきた。まぁ、適当でも私は気にしないけど。
まとめ終わった紙をトントンと机に打ち付けて揃え、折れないように厚紙を二つに折ったものへ挟み込んで机に並んでいる本の間に立てる。
それから立ち上がって部屋の出入り口に向かうと、グレイは肩から降りることもなく器用にバランスをとって乗っている。最近の移動はこれが通常運転だ。
グレイのもふもふが首と耳たぶの付近をわさわさとくすぐるのが気持ち良くて、ついついもっふもふしたくなるんだけど一度やり始めるとしばらく止まれないので今は我慢。
「ねぇ、今夜ももふもふしていい?」
『ミズアビ』
「了解。一緒に湯に浸かりましょ!」
我慢の代わりにと夜寝る前に思う存分もふりたい旨を伝えると、グレイも慣れたもので対価を要求してくるけどこれも私にはご褒美だ。
グレイはなんだかんだできれい好きのようで、一度泥だらけになって戻った時に私の入浴ついでに全身を洗ったらハマったらしくて何もなくても一緒に入りたいと告げてくる。
もふもふなグレイを濡れねずみにして泡だらけにしてぐたんぐたんになるまでマッサージし倒しても怒られない。ついでに湯から出た後タオルでもっふもっふと拭きまくってきれいに乾いた毛皮に顔を突っ込むのも文句言わない。
当初、仰向けてお腹に顔を突っ込むのは盛大にけり倒され殴り倒される案件だった。
まぁ、わからないでもない。強制的に無防備な体勢を取らされた挙句、急所になるのかわかんないけど心臓に近い位置へ顔を埋められるんだからブスリだかガブリだかいかれると思っても仕方ない。
そんなことしないってちゃんと言ってたのに信用できないって言われたのは私の目が真剣と書いてマジと読む具合にちょっとヤバかったからじゃないかというのは交渉中を見ていた両親の言だ。
だって洗った後のあのふわっふわのもっふもふの最高級な生きた毛皮が目の前にあるんだよ。つやっつやのさらっさらで物凄く手触りがよくなった毛皮がだよ? もふもふ好きにはたまらない環境下で我慢とか無理に決まってるじゃないか!
とはいえ、この主張はないわーって両掌を上に向けて肩をすくめて見せた両親や幼馴染たちには理解してもらえなかった。気持ちいいのに。
グレイにしても、当初は理解ができなかったらしいがとりあえず私が自分の毛皮が大好きだという主張はだんだんと理解するに至ったらしく最近は文句も言わない。諦念という言葉が辞書に載ったんじゃないかと思われる。
「さて、コリスの様子を見に行こうか」
『イッショ』
「うん。よろしく」
廊下に出て行先を告げると、コクリと頷いたグレイが頬にすりっと頭を摺り寄せてくれる。
なんだかんだでグレイは面倒見がよいということがよく分かった。群れで敬遠されていた頃もやり返すでもなくやられるまま、特に抵抗らしい抵抗はしなかった結果があのボロボロ具合だったらしい。
よくよく聞いてみたら、実はあの群れでリーダーになれるだけの実力者だった。ただ、自分が異端であることも本能的に察していたらしく、群れを出ていくか悩んでいるところだったようだ。
そんなグレイを気にかけていたのが最初に私にグレイを差し出したリーダー格の子で、今では私を見ると一目散に駆け寄ってきてくれる。グレイとも良好な関係を続けていて、群れのメンバーも私とグレイの様子を見るに漸く警戒を解くに至ったらしい。
ついでに私のスキルは少しずつだけど成長しているらしい。関係が希薄な子は単語でしか聞こえないけど、付き合いが長くなってきた子なんかはちゃんと文章で声が聴こえるようになった。
私が意識しなければ視線を合わせても体が動かないなんてことにもならなくて、普通に会話が成り立つようになったのだ。
グレイが単語の返事なのは本人に長文を話す気がないせいだろうと思う。その証拠に、リーダー格の子はおしゃべり上手で私との会話を楽しんでいる節がある。その奥さんもなかなかの情報通だった。
奥さんとはまだ片言の言葉しか聞こえないけど、的確な言葉選びでとてもためになる情報をくれる。例えば、ここ数日で森に大型の狼のような魔物が住み着いたかもしれない……とか。
癒しの効果の方は成長がよくわからない。受けてる側のグレイたちが言うには、ぽかぽかした感じがすると言うんだけど自分ではよくわからない。湯船に浸かるみたいだってグレイなんかは言うんだけど。ただ、私の方としては何となくツボのようなものが目に見えるようになってきた気はしてる。
ぼんやりとだけどマッサージをすると不調が改善しそうな場所が光って見える気がしている。実際に光ってるのかよくわかんないけど感覚的にはここってはっきりと場所がわかるようになってきた。つまり、こっちもたぶん進歩してる。
「はっきりわからないのがなぁ……」
『ナオリ、ハヤイ』
「それ、前からじゃない?」
『マエヨリ』
「そう?」
『チイサイ、ソノバ。スコシオオキイ、サンカイアサクル』
「小さい傷ならマッサージの時に治るし、ちょっと大きな怪我も三日くらいで治るってこと?」
『ウン』
こっくりと深く頷いたグレイの言葉は間違いないとは思う。思うんだけど実感がないんだよなぁ……。
いっそ瀕死じゃない? ってくらい大きな怪我がバリバリ治っていくとかの方がわかりやすい。いや、そんなもふもふは見たくないからできれば大怪我なんてしてほしくない。野生は弱肉強食だからするのは仕方ないとも思うけどね。
でも、言葉を交わせるようになって実は森の中には争い禁止の水飲み場があって、種族関係なく安穏と休憩できる場所が存在するとか、温かなお湯が出る場所(つまり温泉)があるとか、そのお湯に浸かると怪我の治りが早いとかあるらしい。
人間はそこを狙って打とうとする輩も居るらしいから、そういうのは大型獣なんかが追っ払うとかいう話まであった。マジか……。
きちんと弁えた狩人なんかは一緒に温泉浸かってたりするらしいから、あながちありえないとも言い切れない不思議。
面白そうだから行ってみたいんだけど、コリスの案内があっても幼馴染二人からの許可が出ないので今のところ行けないでいる。許可さえ出れば行けるんだけど、場所が森の奥の方ということで無慈悲に却下されてる。
もっと強い味方ができれば一度くらいは行かせてもらえるんだろうか……冒険者の誰かを食堂で捕まえるか? そんなことを考えつつコリスの元に辿り着くと、グレイが高らかに鳴き声を上げる。招集の合図。
『リーフ!』
「やぁ! 元気そうだね。今日は怪我コリスや病コリスは居るの?」
『キョウハナイ! デモ、オモシロイ、モッテキタ』
「ないなら良かった。面白いを持ってきたって? あっ、ツリーベリー! これ、めちゃんこ高い場所にしか実をつけない珍品じゃない!」
『チカク、キ、アルゾ?』
「うっそ?! いや、そもそも見分けつかないし実があるかもわからないし取れる位置にないわ……」
『アマイニオイ』
「いや、人間は君たちほど鼻良くないよ」
『ソウカ。ナラ、マタトル』
「是非ッ!」
『ワカッタ』
珍味中の珍味。完熟しか収穫できないと言われるツリーベリーは見た目は歪な三角錐をした紫色のツルンとした果実。熟す前が何色なのか見たことないけど……。
「ねぇ、コリス?」
『ナンダ?』
「食べごろじゃないコレって何色なの?」
『……イロ?』
「え、色知らない? え、じゃあなんて聞いたら正確に伝わるの?」
『タベレナイ、ハトオナジ。タベゴロ、コノイロ』
「食べれないのは葉っぱと同じってことは緑? え、待って、ツリーベリーってどんな木よ。人間が登れないほど背が高いとしか知らないんだけど」
『ソレハカンタン。コレ、オオキイヤツ』
「え、それヒーラギー……マジか、え、それが高いの? 想像できないんだけど」
ヒーラギーは上半分がとげとげの葉、下半分が真ん丸な葉がついたちょっと変わった植物だ。上手に育てると人の背より高くなり、葉はちょうど真ん中できっちりと丸ととげとげが真っ二つに分かれる。
しかも、成長中、伸びた先端には葉がつかない。代わりに年に一度寒くなると葉を落として暖かくなるとまた葉をつける。それで、葉をつけたときに見事に真っ二つになるのだ。上と下の葉の種類が。
そのヒーラギーと同じということは……もしかしてヒーラギーと同じ系統の木になるんだろうか? 人間みたいに研究してるわけじゃないけど、もっふもふは割と物知りだ。人間でいうおばあちゃんの知恵袋的な感じ。いろいろ知ってるから聞くのが楽しい。そのままいろいろ聞き出してもコリスは嫌がったりしないのがまた良い。
このままスキルがもっと成長して、コリスやほかのもふもふとの交流が増やせたらもっと人間っぽい会話ができるようになるかもしれないと思うととても楽しみになった。
そのためには、まずもふもふの知り合いを増やすところからだ! ひそかに気合を入れると、グレイが何かを察したように小さなため息を吐いたけど聞こえないふりで私はコリスとの会話を楽しんだ。
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ファンタジー
ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。
どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?
そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。
深く考えないでください。
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