もふもふをもふもふしたい!

龍春

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癒しと魅了とは

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「わっ、えっ? いつの間に?! え、病気? 病気なの? 怖すぎて失神したとか?」

くったりと膝上で脱力しているミンクの常ならあるまじき姿に思わず慌てて手を止めたら、うっすらと目を開いていたミンクと目が合った。
ちょっと我に返ったみたいな表情をしてピタリと固まったミンクは、私を見て驚愕しているみたいだった。

『ア アクマ コレ ダメ』
「どういうことよッ!?」
『テ スキ モット』
「て? って、手?」

流石に聞き捨てならない言葉に反射で叫んだらミンクのうっすらだった目がうっとりって感じの半眼になって脱力してた身体を器用に動かして腹を出した。
あれ? 見つめあってると動けないんじゃないの? え、やっぱり視線が合ってると固まるっていうのは単純に怖がられてるからなの? 検証案件増えた!
内心でそう叫んでみるものの初めてもふもふからもふもふを存分にしてくれと言わんばかりに腹を出されてもふもふが至高と思ってる私に耐えられるわけはない。
全力でもふらせて頂こうとぐったりした身体を両手で掬い上げてその無防備な腹に顔を突っ込むとスース―ハァハァしながら全力で撫で回す。
顔を埋めた腹の毛は柔らかくも芯がしっかりとした張りのある毛で、柔らかな弾力を持って頬や鼻先、額など私の顔の至る所を撫でていく。
背中を支えながら撫で回す私の手はもっふもふなミンクの毛皮に埋もれて柔らかく滑らかな背中の毛皮を堪能している。

「ふぁああああああ……ここが天国か!」

みゅっ、とかみゃっ、とかなんか時々変な鳴き声が聞こえるけど全く気にしないで撫で回すこと小一時間。
漸く満足してミンクから手を離すと撫で回されてぐったりかと思っていたミンクの毛艶はとても素晴らしくなっていた。
これは毛皮として売ったら一級品どころかその上だな。特級物だ。
見た目で分かる不調を探してみたけどその辺りも特に見当たらない。あんなに逃げまどってたミンクは足元でちょこんと座り込んでこっちを見上げてるから視線を合わせてみるとみゅーみゅー鳴き始めた声が単語に変換されていく。
やっぱり聲を聞く者は視線を合わせると鳴き声を人間の言葉として読み取れるようなスキルみたい。

『キモチ イイ マタ シテ』
「喜んで!」
『コワイ ナイ キズ ナオッタ』
「え? 傷って?」

傷が治ったと聞こえた気がして慌ててミンクを確認するけど、既に時遅し。
私が確認した限りではどこにも傷なんて見当たらない。なんということだ……。実質的なスキルの効果が特定できない!
魅了についてはなんとなくわかった。今までは撫で回されるという行為はもふもふにとってストレスだったのに、スキルのおかげで魅了という言葉通り魅力的で抗えない魅惑の行為に変わったんだ。
常に緊張を強いられている状態だったもふもふたちは正直毛皮は気持ちいいけど撫でにくいことこの上なかった。
でも今日は撫でれば撫でるほど気持ち良くなるのかどんどん身体が弛緩していって、調子に乗った私もついつい止まらずに小一時間は撫でてしまった。
スキルが発動して撫で回す手が気持ち良いものに成り代わったおかげで撫で終わったミンクは膝の上に乗ったままでもとってもリラックスしている。
視線を合わせて聞き取った言葉からも、またしてくれとおねだりするほどに気持ちが良いものだったということだ。
だって私は別に撫で方を変えたわけではない。今までも同じようにミンクたちの緊張をほぐす様にマッサージも兼ねて撫で回していた。
この撫で回し方法は両親にも教えている。私が触ると緊張から強張って効果はないけど両親には全幅の信頼を寄せている家畜たちであるからして、私と違って両親からのマッサージは大人しく受け入れている。
おかげで我が家の家畜たちはどれも毛皮や肉、乳に至るまで品質的にこの周辺の村の上位に君臨している。
両親もむかーし、幼少だった私が言い出したマッサージについて半信半疑だったが探求心のあった父がブラッシングするついでにやってみて検証してみようと言い、マッサージする家畜としない家畜で一年ほど経過を比べてみた。
結果はマッサージした方が良い品が出来たので以後継続することになったのが始まりである。

まぁ、それはさておき。現状を鑑みて失敗したなと思うのはうっかりもふもふの誘惑に理性を手放したせいでもふる前の状態をチェックしていなかったことだ。
傷が治ったとこの子は言った。けど、私はその傷を見てないからどの程度の傷がどんな風に治ったのかが確認出来ない。
毛並みだけ言うならまだもふってない子と比べれば良いのだから問題はないんだけれど、身体の傷についてはしっかりと確認しておく必要があった。
多分、そちらは『癒しの手』の効果になるだろう事柄だからだ。

「うーん……まぁ、終わったことは仕方がない! 次の子を捕獲して、次の子はしっかりと現状をスケッチ、箇条書きでメモも残してからもふもふを堪能しよう」

そう、現状を嘆いても仕方がないのだ!
この子一匹じゃないわけだし、わざわざ怪我をさせるのもスキル効果を見誤って治らなかった場合が大惨事だ。
そういうのはタイミングを見て使うチャンスを伺うべきだ。まぁ、私に確認できるのは外傷だけだから、内蔵疾患とかになってくると透視スキルとか持ってるお医者さんにお願いするしかないんだけどね。
そんな貴重なスキル持ってる協力してくれるお医者さんなんて都会に行かないとまずいないからその辺はスルーだ、スルー。
私のこのスキルはもふもふを愛でるためにあるわけで、みんなの便利屋になるためのスキルではないのだ!
だからといって、みんなが家族として一緒に暮らしてるペットに使うことについては否やはない。助けられるのならいくらでも使おうじゃないか!
使うためにもふもふが存分に出来るんだから私には願ってもないことである。

「と、いうわけで。次の子に手を出したいわけなんだけど……。ねぇ、アナタ、悪いけど私にもふもふさせたい子を一匹連れてきてくれない?」
『ツギ』
「そう、次。アナタは今日は終わり。だから違う子に交代。さ、アナタが譲っても良いって思う子を連れてきてよ。自分からは来ないでしょ?」
『ワカタ』

視線を合わせたままもふもふ待機してるっぽい膝の上の子に声を掛けると、首を傾げられたから丁寧に説明してみる。
果たして、私の言葉が通じているのかわかんないけどたぶん思念的な物も伝わってるのよね。
どうして欲しいのかは伝わった。理解されてるのかはわからないけど、ミンクの知能はその辺の動物と同程度らしいから理解までは及んでない気がするわね。
したいことが伝わって、それを実行してくれるなら私にとってはその辺りの研究はどうでも良いのよね。
そもそも、スキルなんて千差万別で同じようなスキルでも個人の生活や使い方で変わっていくって聞くからね。
私のスキルは私のもふもふをもふもふしたいという崇高な欲求のために進化を遂げてもらうべきだし、要は伝わって動いてくれれば良いのよ、動いてくれれば。
私の膝から飛び降りたミンクがたったか対面の隅に逃げて行った他のミンクたちの輪の中に飛び込んでいく。
みゅーっという声が一つ聞こえたかと思ったら、直後にみゅーみゅーみゃーみゃーみょーみょーちょっとおかしな声まで聞こえてくるけど気にしない。
気にしないったら気にしない。あんなに小柄で可愛いミンクが雄々しい鳴き声あげるなんて気のせいに決まってる!
ぶんぶん頭を振ってたら、ぴきゅーっと甲高い悲鳴が聞こえて何事かと思ったら首根っこ噛みつかれて仲間のミンクに引きずられてる子が一匹。

「わ、どうしたのその子。なんか見るからに傷だらけじゃない!」

じたばたともがくミンクを器用にいなしながら連れてくるミンクはさっき私が撫で回したミンクで間違いない。
毛皮がふわふわのもふもふで艶やかの特級品だし、頼んだことを素直に実行してるからね。
それにしても、引きずられてきた子は一体何がどうなってこんな風になったんだろう。目の前に放り出されて固まっている間にひょいっと持ち上げると更に固まった。
ガタガタブルブル、動物でもこんな風に歯がかみ合わないくらい震えたりするんだとあほな感想が思い浮かぶけどとりあえず手の中で転がしてみる。
ミンクたちの中で喧嘩なんてほぼほぼないと思っていたけど、実はそうでもないのかもしれない。
ストレスレスを目指して小屋の中はミンクが好む環境と共に敷地を広く取っている分だけ建物が大きい。
ミンクの声はそんなに大きくはないから夜中に喧嘩をしても気づかない可能性は高い。

「うーんっと、お腹に1クル禿げ、脇の下は自分で毟ったのかしら? 皮膚が傷ついてる。それから切り傷が耳に少々っと」

きゅうきゅう鳴いてるミンクを誰も助けようとしないどころか見もしない他の子たちの様子にいじめがあったことは間違いないかなと思う。
手に取ってわかったけど、汚れじゃなくて毛色が他の子とは違ってグレーに近い。身体の大きさもちょっと小さ目だし、異分子扱いされてた可能性が高いわね。
うちとしても毛色が違う子は出荷できないしこの個体の大きさじゃ食用というわけにもいかないはずだから私が貰おうかな。
目を合わせるとガタガタと震えていたのが嘘のようにピタリと止まって固まった。さっきの子と同じように自分では動けないみたいで視線を逸らされることもなくひたすら見つめあう。
視界の端で紙に簡単な図を描いて患部の詳細をメモしながら何を聞こうかしら? そう思ってるとか細い聲が聞えてきた。

『ステラレル マタ ステラレル』
「捨てられる? またって?」
『ココ チガウ イエ オイテカレタ』
「……もしかして、捨て子? 確かに野生で育てようと思ったら小さくてか弱い個体は置いていかれるわね。そういえば、半年くらい前に野生のミンクがこの小屋に潜り込んで子を産んでた騒ぎがあったわね」

そら、いじめられるわ。毛色が違うくらいで動じるような子いたかしら? って思ってたけど、うちの群れとは違う群れの匂いさせてる上にこんな小さな個体じゃ嫌がる子はたんと居る。
私がさっきまで捕まえて撫で回していたのはこの群れの小隊のリーダー格だ。群れ全体のリーダーではないけれど、それなりに立場がある。
たぶん、あの子はこの子を育てようとしてたからこの程度の傷で済んでるのね。なるほど、納得。
さて、まぁ、この群れのことは横に置いておいてスキルの実験をしなくっちゃ。魅了の手の効果がどれくらいで切れるのか分からない。魅了されて言うことを聞いてくれるうちに色々やらないといけないし、癒しの手の効果がどんな感じなのかも確認しなきゃ。
怪我が治ったりするのか、治癒力を高めるのか、もっと違う効果があるのか。
魅了の手の効果時間はさっき撫で回した子がこの子を連れてくるまでの間にそれが何時だったかメモしたからこれからね。
さて、では、癒しの手の効果はいかほどか。一通り傷やら毛皮の傷みやらチェックしてメモをし終えた私は、ショックを受けている手の中の子にお構いなく本日二度目のもふもふ堪能へと移行した。
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