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2人目のお客様 2

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 男の子は恐る恐る本を受け取り、そして揺尾を鋭い目で睨みつけた。

「なんのつもり?」

「? なんのつもりとはなんだ?」

 揺尾はキョトンと首を傾げた。その手には何も握られていないが、彼の周囲にはたくさんの本が浮かんでくるくると動き回っていた。

「俺は野球が上手になりたい。身体が大きくなりたい。そう言ったんだ。なのに、なんで本なんか渡されるんだ!!」

「我には関係ない。よって叶えるのが面倒になった。」

「そんな!!」

 男の子の必死さが面白くなってきたが、揺尾はそろそろ時間になったことを悟り、さらりと呪文をとなえはじめる。

「『我に連なりし眷属達よ、彼の者の願いを叶えるために顕現したまえ。野球が上手になり、身体が大きくなる力を彼の者に分け与えたまえ。ーー“妖華”ーー』」

「っ!」

 ぶわりと大きな霞に巻かれ、男の子はとっさに目をぎゅっと瞑って腕を前へやり、うずくまった。
 パラパラパラパラと沢山の本が捲れるけたたましい大きな音と、揺尾の呪文のような不可思議な力の籠った静かで平坦な声音が『あやかし書堂』に響き渡り、その場を支配した。

「「……。」」

 僅かな時間、『あやかし書堂』に夜の闇のような暗くて寂しい静寂が訪れた。

 本が、本棚が、雲が、光が、灯火が、男の子と揺尾以外の全てのものが、霧散して無に帰った。帰って行った。跡形もなく消えてしまった。だが、男の子はそのことに気がつかない。男の子の前には変わらぬ景色が写り続けている。

「な、………。」

 男の子の身体からは溢れんばかりの力がみなぎっていた。男の子は目を見開き、手をぐーぱーしている。身体は大きくなっていないようだ。

「身体は徐々に大きくなっていくだろう。無理をするでないぞ?」

 揺尾の忠告は、男の子の耳には入らない。男の子はそのくらいに喜びに満ちていた。ついでにいうと、最初の頃疑問に抱いていた揺尾の耳と尻尾も気にならなくなっていた。小学生くらいの年齢とは実に大雑把で一直線なものだ。

「えっと、お代は………?」

「要らぬ。『あやかし書堂』では現世うつしよの客から銭をとっておらぬでな。」

「いいの!?」

「あぁ。」

「ありがと、おっちゃん!!」

 そう言って走って出て行く男の子の背に、ニンゲン嫌いな揺尾はカッと目を見開いて叫んだ。

「我は『お兄さん』だ!!『おっちゃん』ではない!!」

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読んでいただきありがとうございます😊😊😊

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