上 下
51 / 72
 第三章 殺人事件について

モノゴトはそう単純ではない

しおりを挟む
「何はともあれ、まず考えるべきはなぜ毒殺なのかということね」
  ノエルが指で自分のこめかみをつつく。
 それは我輩も考えた。
 魔族のことを知っているものが毒を使うという発想はそもそも浮かばないだろう。
 なぜなら、魔族は基本概念が実体化したものである、毒なんぞ効きもしない。
「一応、人間に転生しているのね、もしその肉体が死んだらどうなるの?」
「まあ、一端は肉体から離れ、しばらくしてから別の人間に転生するだろうな」
「しばらくってどれくらい?」
「まあ、数百年単位ってところか、受肉した場合はさすがにそうはいかんが転生ならその程度だろうな」
「自分で意図的にはできないの?」
 いい質問だ、それは我輩も考えた、しかしそれはありえない
「魔族は自殺できんのだ」
「なぜ?って、あっ!」
 ノエルは気づいたようだ。
「魔族の成り立ちはそもそも負の実体化だ、それを自分で否定しては存在そのものが無くなってしまう。」
 否定を否定すれば肯定になってしまう、コインの裏を裏返すと表になる。そんな理屈と同じなのだ。
「転生さえしていなければ、ヒトに憑依し、体をのっとり、ヒトとヒトを渡り歩く術があるが、あれは冥王の得意技だったな」
「海王は?」
「術式を教わっていれば多少は使えるかもな」
 しばらくノエルが考え込んでいたが、ふと
「でも、なぜ魔王はあの死体をすぐに海王だと気づかなかったの?」
「なぜって、魂の欠片が微かにしかなかったからな…ほう」
 そういいかけて我輩もノエルの言いたいことに気づく。
 滅ぼされたわけではないのに、どうして魂が微かにしかならなかったのか
 「術式を変えたということか」
 確かに術式を変化させることで肉体から肉体を移す方法は可能だ。
 そして我輩に魂を見破られないよう細工するのも可能だ。
「これは殺人事件ではなく、海王の体のっとりだったとすれば…」

 まったく違う展開が待っているぞ
 
 奥から悲鳴があがった。
しおりを挟む

処理中です...