春に落ちる恋

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　ふっと意識が浮上し、体を起こすと、もう辺りは薄暗闇に包まれていた。
　三日ほど前から風邪気味で、微熱の続いていた俺に将仁さんは今日は寝ていろと言い、一人で職場に出かけて行った。
　薬を飲んで長い時間眠ったせいか、唾を飲みこむだけで傷んだ喉の調子もだいぶよくなった。
　俺は馬鹿でかいベッドの上で、大きく伸びをした。寝る前より体も軽い。
　ベットから降りると将仁さんを迎えに行くため、俺は箪笥からチエックのシャツとジーンズを引っ張り出し着替え始めた。
　パーカーを羽織り、玄関に鍵をかける。
　庭の狂い咲きを見せる桜の大木に「行ってきます」と胸の中で語りかけた。
　　
　家の前の下り坂を降りて、右に曲がる。もう通い慣れた道だった。家から徒歩20分ほどの場所にある公民館。暗い田舎道に、そこだけ煌々と灯りが着いていた。
「京極先生、さようなら」
「おう、気をつけて帰れよ」
　将仁さんは自転車に跨ってそう言う中学生に手を振った。
　そっと近寄ると将仁さんは目を見開き、心配そうな表情を浮かべ俺の肩を抱き寄せた。
「家で寝てろって言っただろ。寒気とか大丈夫か？」
「もう全然平気だよ」
　そう言う俺のこめかみに将仁さんが慰撫するように唇を落とす。
「あー。先生キスしてる」
　小学校五年生になる圭太はお調子者だ。そんな俺達をみて囃し立てる。
「ああ、そうだ。好きな奴にキスして何が悪い」
　将仁さんは大人げなくそう言い返すと、俺を抱く腕にぎゅっと力を込めた。
　
　俺達はこちらで暮らし始めてから一ケ月は仕事も探さず、二人で田舎生活を満喫することに決めた。将仁さんは好奇心が旺盛で、そうと決まると近所の陶芸教室に通ったり、俺の母から山菜料理を学んだり、日々忙しそうにしていた。
　そんなある日。母の病院の待合室で宿題を解いている子供に、将仁さんが勉強を教えたことが俺達の転機だった。
　その子供は実は町長の孫で、その晩、町長自らが俺達の家を訪ねてきた。
　いわく、孫が京極さんの教え方は学校の先生よりも数倍分かりやすかった。また教えてもらいたいと言っている。この村に塾というものがないことを以前から苦慮していた町長は、もしよかったら公民館を使って勉強会を開いてくれないかと言った。
　頼まれた当初、子供嫌いの将仁さんはかなり渋っていたが、噂を聞きつけた小さな子を持つ親達からも熱心に口説かれ、お試しということで先生を引き受けることを決めたのだ。