楽園の在処

まめ太郎

文字の大きさ
上 下
159 / 161

終わりの始まり 下

しおりを挟む
「藤崎さん、僕達のこと抱いてよ」
 小さな冷蔵庫からビール缶を取り出し、煽っている藤崎は、星の言葉に目を丸くした。
「どうした、いきなり」
「抱いてっ」
 二人で藤崎の腰に抱きつく。
 そんな二人の腕を藤崎は優しい手つきで剥がすと、頭を撫でた。

「俺は子供を抱く趣味はねえよ」
「僕達子供じゃない」
 月が藤崎を睨み、言い返す。
「月…」
 藤崎が聞き分けのない月に困ったように、その名前を呼んだ。
「藤崎さん。僕達のこと嫌い?」
 月が潤んだ瞳をむけ、藤崎に問う。
 星が藤崎の手を取り、自分の胸に押し当てる。
「藤崎さん。僕達にここにいる理由をちょうだいよ」
 藤崎が息を飲む。目を瞑ってゆっくり何度か頷くと、口を開いた。

「それがお前たちの望みなんだな?」
 星と月は揃って頷いた。
 その瞬間、藤崎は二人を同時に抱き寄せた。
 
 それからずっと星と月は藤崎の家で暮らしている。
 ここで暮らすのも三年目になった。
 ずっと快適で、変わらない時間がここでは流れる。
 そう思っていた。
 しかし本当に変わらないものなんて、この世の中にはないんじゃないか?
 
硝と海が来て、去っていったことは、星の心にも大きな影を落とした。
 カラ元気の星と明らかに落ち込んでいる月を見て、藤崎は何を思ったのか。
 そんな二人を慰めるためか、昨夜の藤崎はいつもより優しく、甘く二人を抱いた。
 星も月も泣きながら何度も絶頂を極め、思い出すと顔が赤くなるほど、最高の晩だった。
 星はくすりと笑うと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しグラスに移し、それを飲みながら、寝室に戻ろうとした。

 ふとリビングの机の上を見ると、封筒が三つと二人の外出着が並べて置いてあった。
 外出着の置き場所は知っていたが、藤崎の許可がある時しか二人は身に着けなかった。
 星は嫌な予感を覚えて、テーブルに近づくと、封筒を開けた。

 そこに入っていた手紙を読み終えた時、星の全身は細かく震えていた。
 手紙には、今までありがとう。この部屋は星と月にやるから、好きに使え。学校に入学するならそれもいいだろう。困ったら、同封してある名刺の弁護士に連絡しろ。と書かれていた。

「もうお前たちは俺がいなくても大丈夫だ」
 という一文で手紙は締めくくられていた。

「なんでそう思ったのぉ?」
 尋ねても答えてくれる声はない。
 ジワリと星の目の縁に涙が盛り上がる。

「星。それ何?」
 月の声に振り返る。
 月は星が手に持っていた紙をひったくると、それに目を走らせた。 
 ふっと笑うと、手紙を床に放る。

「結局、セックスしても僕達捨てられちゃったね」
 そう言う月の瞳は何も映していないようだった。
「ひっ、酷いよねー。藤崎さんも。お別れも言わせてくれないなんて」
 星の言葉にも、月の表情は変わらなかった。
「知らない。僕達のこと、煩わしいと思ったんじゃない?」

 星はショックで目の前が真っ暗だった。これからどうすればいいのか、今にも崩れ落ちそうな心境だったが、月の様子の方が気がかりで、何とか言葉を紡いだ。
「ほらっ、月。藤崎さんが短大や専門学校のパンフ置いていってくれたよ。美術系の学校にいって、先生から本格的に絵を習えばいいよ。月のイラストすごいもん。ちゃんと勉強したらプロにだって…」
 そう言って月にパンフレットを渡そうとする星の手を、月が払い落した。
 叩かれた自らの手を星が呆然と見つめる。
「もう僕のことなんて放っておいて」
 そう言って自分の膝に月は顔を埋めた。
 星はそんな月を見て、奥歯をぐっと噛みしめると、月の顔を強引に持ち上げその両頬を手で挟んだ。

「放っておかない。放ってなんかおけるもんか」
 月を間近に見つめ、星はそう怒鳴った。
「海も硝も出て行っちゃって、藤崎さんにも捨てられた。もう僕達、二人きりの家族なんだよ?月まで居なくなったら僕、一人ぼっちになっちゃう」
目に涙を浮かべながら星が言う。

 星と月を家族と呼んだのは藤崎が始まりだったけれど、二人の中にもその意識は根付いていた。
 実の親のことは家族と思ったことはなかったが、藤崎に家族と言われた時、星の胸には確かに温かいものが灯ったのだ。

 最後の一人の家族まで失いたくない。

 星は必死な思いで、無気力な月に訴えた。
「確かに僕じゃ、藤崎さんの代わりにはならないかもしれない。でもずっと月の傍にいるよ。約束する」
 そう言うと、星は涙を拭い、月に微笑みかけた。

「着替えて、弁護士さんに電話しよ」
 月は痛ましい表情でそれでも何とか頷いた。
 
 二人で服を身に着けると、星が鍵を持って立ち上がった。
 封筒の中に入っていた首輪の鍵だった。
「怖い?」
 目の前の月に問う。
「怖いよ。でも、星が一緒にいてくれるなら平気」
「…月、大好きだよ」
「僕も星が好き」
 二人で一度ギュッとお互いの体を抱きしめると、星が月の背後に立った。
 鍵穴を見つけると、星はゆっくりとそこに鍵を差し込み、まわした。
カチリと音がした瞬間、何故か目の前がパッと明るく開けたように星は感じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義兄に寝取られました

天災
BL
 義兄に寝取られるとは…

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

処理中です...