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「母さんも女も時が止まったみたいに口を開けて、長い時間放心していたよ。しばらくたって女が叫び声をあげると、母さんが正気に戻って俺を直ぐ病院に連れて行った。元通りにしてくれと母さんは訴えたけど、これが限界だった」
硝は自分の火傷の後を指さした。
「それから母さんは塞ぎこんで、ご飯もろくに食べずに、あまり眠りもしなかった。一ケ月ほどそんな調子だったのに、急に旅行に行こうと俺に言って、母さんは突然家を売ってしまった。その金で色々なところに旅した。金が尽きるとその場所で働いたりもしたよ。おかげで俺は四か国語話せるようになった。ああ、途中ですごく綺麗な国があったんだ。色とりどりの花が咲き乱れて、砂浜が白くて。もう一度、あそこに行きたいなあ。そして旅の最後に母さんは俺を日本に連れてきて言ったんだ。この国はどんなに貧しい人間でも、飢えて死ぬようなことは絶対にないってね。そして母さんは俺をここに置き去りにして、消えてしまった」
ふっと硝が俯いた。
「きっと父さんのところに行ったんだよ」
その声に哀しみの色は含まれていなかった。ただ酷く疲れを滲ませていた。普段、話さない硝がこれだけ話したんだ。疲れも感じるだろう。
俺はベンチから立ち上がると、大きく伸びをした。
「帰ろうぜ。ここは寒すぎる」
硝は夢から覚めたような目で俺を見ると、頷いた。
「ああ、そうだね。帰ろう」
俺達は確かに酷い環境で育った。だが今何より重要なのは俺達の帰る家は同じだということじゃないか。
家族だと思うことはまだできない。しかし同じ船に乗る仲間だとは思えるかもしれない。
俺はそんなことを考えたが、その気持ちを硝に伝えるつもりはなかった。
硝は自分の火傷の後を指さした。
「それから母さんは塞ぎこんで、ご飯もろくに食べずに、あまり眠りもしなかった。一ケ月ほどそんな調子だったのに、急に旅行に行こうと俺に言って、母さんは突然家を売ってしまった。その金で色々なところに旅した。金が尽きるとその場所で働いたりもしたよ。おかげで俺は四か国語話せるようになった。ああ、途中ですごく綺麗な国があったんだ。色とりどりの花が咲き乱れて、砂浜が白くて。もう一度、あそこに行きたいなあ。そして旅の最後に母さんは俺を日本に連れてきて言ったんだ。この国はどんなに貧しい人間でも、飢えて死ぬようなことは絶対にないってね。そして母さんは俺をここに置き去りにして、消えてしまった」
ふっと硝が俯いた。
「きっと父さんのところに行ったんだよ」
その声に哀しみの色は含まれていなかった。ただ酷く疲れを滲ませていた。普段、話さない硝がこれだけ話したんだ。疲れも感じるだろう。
俺はベンチから立ち上がると、大きく伸びをした。
「帰ろうぜ。ここは寒すぎる」
硝は夢から覚めたような目で俺を見ると、頷いた。
「ああ、そうだね。帰ろう」
俺達は確かに酷い環境で育った。だが今何より重要なのは俺達の帰る家は同じだということじゃないか。
家族だと思うことはまだできない。しかし同じ船に乗る仲間だとは思えるかもしれない。
俺はそんなことを考えたが、その気持ちを硝に伝えるつもりはなかった。
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