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第十八糞
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「げ、元気出そうよ!」
戦場の野営地で、佐藤がそう言った。手に武器を握りしめて暗い表情をしていた皆を励まそうとしたのだ。
「元気?」
聡美が引きつった笑みを浮かべた。
「この三ヶ月で何人死んだか分かってるの!? いいよねっ、守ってもらってるだけのあんたは!」
その声には、はっきりと拒絶の色合いが浮かんでいた。
「ご、ごめんなさ―」
「戦えないあんたを守るために一体何人死んだのよ!」
「ま、まあ落ち着いてよ」
「内山くんは黙ってなさいよ!」
内山が間に入ろうとしたが、聡美の怒りは収まらない。
「だいたい、内山くんだってノロノロ動いてるだけでほとんど役に立ってないじゃない! ……みんなの代わりにあんたたちが死ねば良かっ―」
バシン。
乾いた音が響いた。
「頭、冷やしてこい」
和人が聡美をはたいた音だった。
「…………っ」
聡美は体を震わせてテントを出て行った。
33HRの皆がこの異世界に飛ばされたのは三ヶ月前。最初は訳が分からなかったが、事情はすぐに思い知った。
皆を召喚したのはこの世界のベンボットン王国。ベンボットン王国は隣国ブーリスッカトロスト共和国との戦争で厳しい状況に陥っていた。窮地を脱するために、彼らは異世界から戦士を召喚した。それがたまたま33HRの生徒たちだったというだけだ。
召喚された者は数々の物語で英雄的な位置づけになっているが、この物語では違った。生徒たちは首輪を付けられ、「命令に背けば頭が吹き飛ぶ」と脅迫されたのだ。
納得できないと反抗した痔持ちの中村が最初の犠牲者だった。それを目の当たりにした皆は王国に従わざるをえなかった。そのまま戦場に送られた生徒たちは、戦い方を知るはずもなく、犠牲者は増えるばかりだった。王国の者も「今回の召還は失敗だったな」「まあ、壁くらいにはなるだろう」と半ば見捨てていた。
絶望的な状況での希望は、「戦争に勝利したあかつきには元の世界に戻してやる」という王国戦士の言葉のみだった。
「今日は何人残った」
和人が疲弊した表情で問うた。
「七人だ」
山本が答えた。
「そうか……明日は何人生き残れるかな」
「全員生き残ってみせるさ」
「そうだな」
山本の励ましに和人が笑ったとき、突然矢が降り注いだ。
「伏兵か!? みんな次の射までに後退するぞ!」
和人が大声を上げると、皆全速力で撤退を開始する。
「みんなついてきてるか!?」
「大石さんが!」
「どうした!?」
「大石さんがさっきの矢で足をっ」
佐藤の報告で和人が振り返ると、足から血を流しながら這っている聡美がいた。
「くそっ」
和人が助けに行こうとしたとき。
「私が、行く!」
佐藤がターンをして駆けていった。
「ばかっ! 何で来たのよ!?」
非難する聡美に佐藤は言った。
「私は……戦えないから!」
聡美を抱える佐藤。
「僕も手伝うよ!」
同じく戻ってきていた内山が反対側から支えた。
「あんたまで、何で……」
「もう、誰にも死んで欲しくないから!」
そう、訴える内山の目には強い光が宿っていた。
「……この借りは絶対に返すから」
ボソッと言った聡美に内山と佐藤が笑った瞬間。
ドス。
敵の第二射が佐藤の胸を貫いた。
「佐藤さん!」
聡美が叫んだとき、彼女は地面に倒された。
「内山くん?」
内山が聡美の上に覆い被さっていた。
「何、してるの?」
「僕、太ってるから大石さんのところまでは届かないと思うんだ」
「何、言って…………まさか!」
気づいたときにはもう遅かった。
ドスドスドス。
複数の矢が内山に突き刺さった。
内山の血が、ポタポタと滴り落ちる。
ごろん。
横に転がる内山。
「内山くん…………何で…………」
内山は息も絶え絶えの状況で聡美に笑いかけた。
「死ぬのが……僕で良かった」
「うああああああああああああ!!」
聡美の絶叫が、戦場にこだました。
この日、新たに二名を失い、生き残ったのは和人、山本、聡美、泰平、藤田の五名のみだった。
「本当に、いいの?」
あの日から一年がたった。
「うん、生き残ったの私たちだけだからね」
向き合っているのは山本と聡美。
「山本さんはみんなの遺品を家族に渡して真実を伝えて。私は、この世界にみんなが生きていたことを語り継いでいく」
聡美は空を見上げた。
「みんな、生きてたんだよ。佐藤さんも、内山くんも、泰平も……和人も」
「うん」
山本も空を見上げた。
「あ、そうだ。これ、持ってってくれる?」
聡美が思い出したように、手に持っていた物を山本に渡した。
「これは?」
「さっきした私のう○こ」
「あ、うん」
それには、まだほんのりと温かさが残っていた。
「髪の毛、とかにしても良かったんだけど。それじゃあ、死んじゃったみたいだし。私はまだ生きてるんだって、お父さんやお母さんには感じてほしいから」
「あ、うん」
聡美はささやかな笑顔を浮かべた。
「それじゃ、さよならだね」
「うん、元気で」
「大石さんも」
「うん」
聡美の後ろで王国の兵士が号令をかける。
「王国に勝利をもたらした異世界の英雄たちに、敬礼」
ザッという靴音ともに、兵士たちと聡美が山本と皆の遺品に向かって敬礼をした。
山本は光に包まれ、そして消えていった。
願わくば、彼女たちに幸福を。
緞帳が下りていく。
鳴り止まない歓声。
一つの物語が、終わった。
「以上、33HRによる演劇『ベンボットン王国物語~最後の排泄~』でした。続いて―」
こうして、鰤高祭演劇部門優勝は33HRが勝ち取ったのだった。
これもまた、一つの物語である。
戦場の野営地で、佐藤がそう言った。手に武器を握りしめて暗い表情をしていた皆を励まそうとしたのだ。
「元気?」
聡美が引きつった笑みを浮かべた。
「この三ヶ月で何人死んだか分かってるの!? いいよねっ、守ってもらってるだけのあんたは!」
その声には、はっきりと拒絶の色合いが浮かんでいた。
「ご、ごめんなさ―」
「戦えないあんたを守るために一体何人死んだのよ!」
「ま、まあ落ち着いてよ」
「内山くんは黙ってなさいよ!」
内山が間に入ろうとしたが、聡美の怒りは収まらない。
「だいたい、内山くんだってノロノロ動いてるだけでほとんど役に立ってないじゃない! ……みんなの代わりにあんたたちが死ねば良かっ―」
バシン。
乾いた音が響いた。
「頭、冷やしてこい」
和人が聡美をはたいた音だった。
「…………っ」
聡美は体を震わせてテントを出て行った。
33HRの皆がこの異世界に飛ばされたのは三ヶ月前。最初は訳が分からなかったが、事情はすぐに思い知った。
皆を召喚したのはこの世界のベンボットン王国。ベンボットン王国は隣国ブーリスッカトロスト共和国との戦争で厳しい状況に陥っていた。窮地を脱するために、彼らは異世界から戦士を召喚した。それがたまたま33HRの生徒たちだったというだけだ。
召喚された者は数々の物語で英雄的な位置づけになっているが、この物語では違った。生徒たちは首輪を付けられ、「命令に背けば頭が吹き飛ぶ」と脅迫されたのだ。
納得できないと反抗した痔持ちの中村が最初の犠牲者だった。それを目の当たりにした皆は王国に従わざるをえなかった。そのまま戦場に送られた生徒たちは、戦い方を知るはずもなく、犠牲者は増えるばかりだった。王国の者も「今回の召還は失敗だったな」「まあ、壁くらいにはなるだろう」と半ば見捨てていた。
絶望的な状況での希望は、「戦争に勝利したあかつきには元の世界に戻してやる」という王国戦士の言葉のみだった。
「今日は何人残った」
和人が疲弊した表情で問うた。
「七人だ」
山本が答えた。
「そうか……明日は何人生き残れるかな」
「全員生き残ってみせるさ」
「そうだな」
山本の励ましに和人が笑ったとき、突然矢が降り注いだ。
「伏兵か!? みんな次の射までに後退するぞ!」
和人が大声を上げると、皆全速力で撤退を開始する。
「みんなついてきてるか!?」
「大石さんが!」
「どうした!?」
「大石さんがさっきの矢で足をっ」
佐藤の報告で和人が振り返ると、足から血を流しながら這っている聡美がいた。
「くそっ」
和人が助けに行こうとしたとき。
「私が、行く!」
佐藤がターンをして駆けていった。
「ばかっ! 何で来たのよ!?」
非難する聡美に佐藤は言った。
「私は……戦えないから!」
聡美を抱える佐藤。
「僕も手伝うよ!」
同じく戻ってきていた内山が反対側から支えた。
「あんたまで、何で……」
「もう、誰にも死んで欲しくないから!」
そう、訴える内山の目には強い光が宿っていた。
「……この借りは絶対に返すから」
ボソッと言った聡美に内山と佐藤が笑った瞬間。
ドス。
敵の第二射が佐藤の胸を貫いた。
「佐藤さん!」
聡美が叫んだとき、彼女は地面に倒された。
「内山くん?」
内山が聡美の上に覆い被さっていた。
「何、してるの?」
「僕、太ってるから大石さんのところまでは届かないと思うんだ」
「何、言って…………まさか!」
気づいたときにはもう遅かった。
ドスドスドス。
複数の矢が内山に突き刺さった。
内山の血が、ポタポタと滴り落ちる。
ごろん。
横に転がる内山。
「内山くん…………何で…………」
内山は息も絶え絶えの状況で聡美に笑いかけた。
「死ぬのが……僕で良かった」
「うああああああああああああ!!」
聡美の絶叫が、戦場にこだました。
この日、新たに二名を失い、生き残ったのは和人、山本、聡美、泰平、藤田の五名のみだった。
「本当に、いいの?」
あの日から一年がたった。
「うん、生き残ったの私たちだけだからね」
向き合っているのは山本と聡美。
「山本さんはみんなの遺品を家族に渡して真実を伝えて。私は、この世界にみんなが生きていたことを語り継いでいく」
聡美は空を見上げた。
「みんな、生きてたんだよ。佐藤さんも、内山くんも、泰平も……和人も」
「うん」
山本も空を見上げた。
「あ、そうだ。これ、持ってってくれる?」
聡美が思い出したように、手に持っていた物を山本に渡した。
「これは?」
「さっきした私のう○こ」
「あ、うん」
それには、まだほんのりと温かさが残っていた。
「髪の毛、とかにしても良かったんだけど。それじゃあ、死んじゃったみたいだし。私はまだ生きてるんだって、お父さんやお母さんには感じてほしいから」
「あ、うん」
聡美はささやかな笑顔を浮かべた。
「それじゃ、さよならだね」
「うん、元気で」
「大石さんも」
「うん」
聡美の後ろで王国の兵士が号令をかける。
「王国に勝利をもたらした異世界の英雄たちに、敬礼」
ザッという靴音ともに、兵士たちと聡美が山本と皆の遺品に向かって敬礼をした。
山本は光に包まれ、そして消えていった。
願わくば、彼女たちに幸福を。
緞帳が下りていく。
鳴り止まない歓声。
一つの物語が、終わった。
「以上、33HRによる演劇『ベンボットン王国物語~最後の排泄~』でした。続いて―」
こうして、鰤高祭演劇部門優勝は33HRが勝ち取ったのだった。
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