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第十七糞
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夏休みを迎えた鰤便高校では、連日夏期講習が行われていた。三年生の教室は今日も満杯だ。そんな中、身の毛もよだつあの事件は起こった。
「そう言えばさ、あの噂って本当かな?」
「あの噂って?」
「夕暮れの教室でラップ音が聞こえるっていう」
「そんなまたオカルトな」
「いや、でも結構聞いた人がいるっていう話だぜ?」
泰平と聡美が喋っていると、ピクリと眉を動かした者がいた。和人だ。
「バカバカしい、幽霊なんている訳ないでしょ……ねぇ、和人」
「ああ、いる訳ない」
「和人、お前の体は正直だな……」
「いる訳ない」といった和人の手足はまるで掘削機械のように震えていた。
「何を言ってるんだ泰平は。俺が幽霊なんて恐れるはずがないじゃないか」
机に置いた彼の手は「ドドドドドドド」と大きな音を立てている。
「掘削するのは地面だけにしてくれよ」
泰平が呆れたところで、掘削機の音がさらに大きくなった。
「おい、いくら何でも怖がりすぎ……」
泰平が言いかけたとき、彼は気がついた。自分の席でクラスメイトと談笑中だった楠玲奈の足が大きく振動して机に打ち付けられていることに。顔には笑顔が張り付き、冷や汗が滝のように流れていた。
「掘削機は二台か……」
泰平はそう呟いた。
夕暮れ時。教室には生徒が一名いた。他の生徒はすでに帰宅している。今日は部活の生徒も残っていない。
教室にいた生徒の名は楠玲奈。33HRで一番の美人である。
(早く帰らないといけません!)
彼女は教師の雑用に付き合わされ、この時間まで残ってしまったのだ。
ドドドドドドド。
手足を震えさせながら帰り支度をしていると。
「あれ、和人さん?」
教室に入ってきたのは和人だった。
「進路のことで面談してたんだけど、楠さんも残ってたんだね」
「ええ……でもよかった」
「よかった?」
「いえ! 何でもありません!」
「そう?」
「あ、せっかくだし一緒に帰りませんかっ!?」
勢い込んで言う玲奈に少し疑問を抱きつつも、和人は頷いた。
「よし、準備できたし、帰ろうか」
「はい」
和人が教室の扉に手をかけた瞬間、彼の手が止まった。
「どうかしましたか?」
「開かない」
「開かない、とは?」
「扉が、開かない」
「立て付けが悪いのでしょうか? 反対側の扉から出ましょうか」
教室の後ろに回り込む和人と玲奈。
そして。
「開かない」
「え?」
「こっちも、開かない」
「そんなことって……私が試してみますね」
玲奈が扉を開けようとする。
が。
「開きませんね」
その瞬間。
ドドドドドドドドドド。
二人分の掘削機が床を振動させた。
「どどどどどどうしましょう和人さん!?」
「おおおおおおおお落ち着いて楠さん! 窓を開けよう!」
「そそそそそそそうですね!」
「……開かない!」
「どどどどどどどどどうしましょう和人しゃん!?」
「おおおおおおおおおおおおおお落ち着いて! 敬称が変なことになってるよ楠しゃん!」
「かかかかかか和人しゃんもですよ!」
二人が焦っていると。
ブリッ。
その音は唐突に聞こえた。
玲奈は恐る恐る聞いた。
「和人さん、今、何か出されましたか?」
「いや、楠さんこそ何か出さなかった?」
「……いいえ」
玲奈が否定した瞬間、二人は猛烈な勢いで扉に向かった。
「開け! この! 開け!」
和人が全力で力を込める横で、玲奈が扉をゲシゲシと蹴った。
「この! このっ」
スカートが乱れることも、もはや気にしていない。
ブリッ。
「ぎゃあああああああ」
また、音が聞こえた。
「これってラップ音ってやつだよねっ」
「そそそそそうですね! はははははは早く開けっ」
二〇分後。
ブリッ、ブリッ、ブリッ。
「…………」
「…………」
ラップ音が響く中、二名の生徒が膝を抱えて真っ白になっていた。
もう、何も考える気力が無くなっていた二人を天は許してはくれなかった。
「あのぉ……」
「何、楠さん」
「え、何か?」
「『え』って今声かけてきたじゃん」
「私、何も言ってないですけど」
「あのぉ……」
「ほら」
「それ、私じゃないですけど……」
「え、じゃあ誰が……」
二人は同時に後ろを振り向いた。
「…………」
目が、合った。
少し古いデザインの制服に、長い黒髪の女生徒。女生徒は笑った。
「えへっ」
和人と玲奈は視線を前に戻した。
血の気がサーッと引いていく。
そして。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」」
全力で走った。
再び扉をガシガシと蹴り始める二人。
「すみません、そこ開きませんよ」
後ろからかかる声に耳を塞ぐ二人。
「聞こえないいいいいいいああああああ聞こえないいいいいいい」
「奇遇ですねええええええええ私も何も聞こえませんんんんんんん」
しばらく扉を開けようともがく二人に、しびれを切らした黒髪の少女はむっとした表情で両手を前に突き出した。
「えいっ」
すると、和人と玲奈は足をすくわれたようにすっ転んだ。
「わああっ」
「きゃああ」
仰向けに倒れ、再び黒髪の少女と目が合う。
慌てて体を動かそうとした二人だが、今度は体が全く動かなかった。
「ひいいい何で!? 何で!?」
玲奈が困惑していると、黒髪の少女が言う。
「金縛りにさせていただきました」
えっへん、と腰に手を置く少女。
「扉を開けてあげるので、お話聞いていただけますか?」
和人と玲奈はコクコクと頷いた。
少女の名は水野千代。
四十年前に鰤便高校に通っていた。しかし、授業を受けている最中に突然死。しかも、その時運悪く、脱糞を我慢していたらしい。
「ああ、だから変なラップ音なのか」
顔を赤らめて俯く千代。
和人は仰向けで彼女と向き合いながらあることに気がついた。
「あ、もしかしてバレンタインの時の脱糞音って……」
「……はい。それをずっと謝りたくて……ここに閉じ込めさせてもらいました」
これまた恥ずかしそうに肯定する千代。
「じゃあ一年の春の時もか、何だかスッキリしたよ」
和人が晴れやかな表情を浮かべたが、千代は人差し指を口に当てて思案したあと、それを否定した。
「一年の春? …………いえ、それは私ではありませんね」
「え……また迷宮入りか……」
ガックリとする和人。
「……じゃあ、そろそろ帰るから金縛りを解いてくれないか」
「はい、すみませんでした」
金縛りが解かれると、和人は立ち上がる。それを見て、千代は思い切ったように声をかけた。
「あ、あの!」
「何?」
「私、死んでからずっと1人で……もし良かったらなんですけれど……」
「うん」
「お友達になっていただけませんか?」
上目遣いに窺う千代に反して、和人は特に何でもなさそうに言った。
「いいよ」
千代の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
目尻に涙を浮かべる千代。
「それじゃあ、また」
「はい!」
「ところで楠さんはいつまで金縛りかけられてるの?」
それまで様子を見守っていた玲奈はギクッと体を強張らせた。
「いえ、玲奈さんの金縛りはもう解いてますけど」
「それじゃあ何で楠さんは倒れたままなの?」
「それはたぶん……」
「たぶん?」
「脱糞しちゃってるからじゃないですか?」
千代が指を指して指摘した瞬間、玲奈の瞳から光が消えた。
こうして、和人と玲奈はラップ音、もといダップン音の秘密を知ることになったのだが、彼ら以外真相を知るものはなく、鰤便高校の七不思議の一つ、「教室に響く奇妙なラップ音」が生まれた。
因みに、転がっていた玲奈の大便は千代が念力で片付けた。
「そう言えばさ、あの噂って本当かな?」
「あの噂って?」
「夕暮れの教室でラップ音が聞こえるっていう」
「そんなまたオカルトな」
「いや、でも結構聞いた人がいるっていう話だぜ?」
泰平と聡美が喋っていると、ピクリと眉を動かした者がいた。和人だ。
「バカバカしい、幽霊なんている訳ないでしょ……ねぇ、和人」
「ああ、いる訳ない」
「和人、お前の体は正直だな……」
「いる訳ない」といった和人の手足はまるで掘削機械のように震えていた。
「何を言ってるんだ泰平は。俺が幽霊なんて恐れるはずがないじゃないか」
机に置いた彼の手は「ドドドドドドド」と大きな音を立てている。
「掘削するのは地面だけにしてくれよ」
泰平が呆れたところで、掘削機の音がさらに大きくなった。
「おい、いくら何でも怖がりすぎ……」
泰平が言いかけたとき、彼は気がついた。自分の席でクラスメイトと談笑中だった楠玲奈の足が大きく振動して机に打ち付けられていることに。顔には笑顔が張り付き、冷や汗が滝のように流れていた。
「掘削機は二台か……」
泰平はそう呟いた。
夕暮れ時。教室には生徒が一名いた。他の生徒はすでに帰宅している。今日は部活の生徒も残っていない。
教室にいた生徒の名は楠玲奈。33HRで一番の美人である。
(早く帰らないといけません!)
彼女は教師の雑用に付き合わされ、この時間まで残ってしまったのだ。
ドドドドドドド。
手足を震えさせながら帰り支度をしていると。
「あれ、和人さん?」
教室に入ってきたのは和人だった。
「進路のことで面談してたんだけど、楠さんも残ってたんだね」
「ええ……でもよかった」
「よかった?」
「いえ! 何でもありません!」
「そう?」
「あ、せっかくだし一緒に帰りませんかっ!?」
勢い込んで言う玲奈に少し疑問を抱きつつも、和人は頷いた。
「よし、準備できたし、帰ろうか」
「はい」
和人が教室の扉に手をかけた瞬間、彼の手が止まった。
「どうかしましたか?」
「開かない」
「開かない、とは?」
「扉が、開かない」
「立て付けが悪いのでしょうか? 反対側の扉から出ましょうか」
教室の後ろに回り込む和人と玲奈。
そして。
「開かない」
「え?」
「こっちも、開かない」
「そんなことって……私が試してみますね」
玲奈が扉を開けようとする。
が。
「開きませんね」
その瞬間。
ドドドドドドドドドド。
二人分の掘削機が床を振動させた。
「どどどどどどうしましょう和人さん!?」
「おおおおおおおお落ち着いて楠さん! 窓を開けよう!」
「そそそそそそそうですね!」
「……開かない!」
「どどどどどどどどどうしましょう和人しゃん!?」
「おおおおおおおおおおおおおお落ち着いて! 敬称が変なことになってるよ楠しゃん!」
「かかかかかか和人しゃんもですよ!」
二人が焦っていると。
ブリッ。
その音は唐突に聞こえた。
玲奈は恐る恐る聞いた。
「和人さん、今、何か出されましたか?」
「いや、楠さんこそ何か出さなかった?」
「……いいえ」
玲奈が否定した瞬間、二人は猛烈な勢いで扉に向かった。
「開け! この! 開け!」
和人が全力で力を込める横で、玲奈が扉をゲシゲシと蹴った。
「この! このっ」
スカートが乱れることも、もはや気にしていない。
ブリッ。
「ぎゃあああああああ」
また、音が聞こえた。
「これってラップ音ってやつだよねっ」
「そそそそそうですね! はははははは早く開けっ」
二〇分後。
ブリッ、ブリッ、ブリッ。
「…………」
「…………」
ラップ音が響く中、二名の生徒が膝を抱えて真っ白になっていた。
もう、何も考える気力が無くなっていた二人を天は許してはくれなかった。
「あのぉ……」
「何、楠さん」
「え、何か?」
「『え』って今声かけてきたじゃん」
「私、何も言ってないですけど」
「あのぉ……」
「ほら」
「それ、私じゃないですけど……」
「え、じゃあ誰が……」
二人は同時に後ろを振り向いた。
「…………」
目が、合った。
少し古いデザインの制服に、長い黒髪の女生徒。女生徒は笑った。
「えへっ」
和人と玲奈は視線を前に戻した。
血の気がサーッと引いていく。
そして。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」」
全力で走った。
再び扉をガシガシと蹴り始める二人。
「すみません、そこ開きませんよ」
後ろからかかる声に耳を塞ぐ二人。
「聞こえないいいいいいいああああああ聞こえないいいいいいい」
「奇遇ですねええええええええ私も何も聞こえませんんんんんんん」
しばらく扉を開けようともがく二人に、しびれを切らした黒髪の少女はむっとした表情で両手を前に突き出した。
「えいっ」
すると、和人と玲奈は足をすくわれたようにすっ転んだ。
「わああっ」
「きゃああ」
仰向けに倒れ、再び黒髪の少女と目が合う。
慌てて体を動かそうとした二人だが、今度は体が全く動かなかった。
「ひいいい何で!? 何で!?」
玲奈が困惑していると、黒髪の少女が言う。
「金縛りにさせていただきました」
えっへん、と腰に手を置く少女。
「扉を開けてあげるので、お話聞いていただけますか?」
和人と玲奈はコクコクと頷いた。
少女の名は水野千代。
四十年前に鰤便高校に通っていた。しかし、授業を受けている最中に突然死。しかも、その時運悪く、脱糞を我慢していたらしい。
「ああ、だから変なラップ音なのか」
顔を赤らめて俯く千代。
和人は仰向けで彼女と向き合いながらあることに気がついた。
「あ、もしかしてバレンタインの時の脱糞音って……」
「……はい。それをずっと謝りたくて……ここに閉じ込めさせてもらいました」
これまた恥ずかしそうに肯定する千代。
「じゃあ一年の春の時もか、何だかスッキリしたよ」
和人が晴れやかな表情を浮かべたが、千代は人差し指を口に当てて思案したあと、それを否定した。
「一年の春? …………いえ、それは私ではありませんね」
「え……また迷宮入りか……」
ガックリとする和人。
「……じゃあ、そろそろ帰るから金縛りを解いてくれないか」
「はい、すみませんでした」
金縛りが解かれると、和人は立ち上がる。それを見て、千代は思い切ったように声をかけた。
「あ、あの!」
「何?」
「私、死んでからずっと1人で……もし良かったらなんですけれど……」
「うん」
「お友達になっていただけませんか?」
上目遣いに窺う千代に反して、和人は特に何でもなさそうに言った。
「いいよ」
千代の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
目尻に涙を浮かべる千代。
「それじゃあ、また」
「はい!」
「ところで楠さんはいつまで金縛りかけられてるの?」
それまで様子を見守っていた玲奈はギクッと体を強張らせた。
「いえ、玲奈さんの金縛りはもう解いてますけど」
「それじゃあ何で楠さんは倒れたままなの?」
「それはたぶん……」
「たぶん?」
「脱糞しちゃってるからじゃないですか?」
千代が指を指して指摘した瞬間、玲奈の瞳から光が消えた。
こうして、和人と玲奈はラップ音、もといダップン音の秘密を知ることになったのだが、彼ら以外真相を知るものはなく、鰤便高校の七不思議の一つ、「教室に響く奇妙なラップ音」が生まれた。
因みに、転がっていた玲奈の大便は千代が念力で片付けた。
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