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第十糞
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五月某日、晴れ。
今日は昨年中止になってしまった体育祭の日だ。鰤便高校では、学年をまたいで赤、青、黄の三チームで優勝を争う。そして、二年三組、池谷和人のクラスは黄組。
「みんな、気張ってくぞ!」
体育祭実行委員、つまり、体育祭でのクラスの代表、和人が声を張る。
「お、おー」
しかし、クラスメイトの声に覇気がない。
「どうした、みんな。そんな調子じゃ勝てないぞ!」
なぜ、皆の気持ちが入らないのかというと。
「見て、あれがストゥールじゃない?」
「え、そうなの?」
「じゃあ、あそこにいるのがうんこクラス……」
「うわぁ……」
そう、体育祭が始まる前から、彼らは悪い意味で注目の的だったのだ。
「これはいったいどういうことなんだ?」
和人の疑問に大石聡美が答える。
「どうもこうも、アンタの例の件でそう呼ばれているのよ、知らなかったの?」
「そんな……まさか」
和人は頭を抱えた。
(俺は、クラスが変われば状況も変わると思っていた……これじゃ、どうあがいたって高校三年間は終わっているということじゃないか)
「ま、気楽にやろうよ」
山本がなぐさめる。
そして、体育祭が始まった。
「続いて、二年生男子による棒倒しです」
棒倒し。近年、怪我をする生徒がいるからという理由で禁止になる学校が増えている中、鰤便高校では形を変えて生き残っていた。
ルールはこうだ。まず、出場者同士が順番に用意された台本を読みながら、身振り手振りを加えて演技をする。そして、その演技を審査員が見て、棒だと判断すれば赤旗を上げる。五人中三人以上が上げれば倒され、次の選手に入れ替わる。最後まで選手が生き残っていたチームが勝ちとなる。はっきり言って体育祭でやる意味があるのか疑問だが、この競技は意外と盛り上がる。
「では、一グループ目、お願いします」
一グループ目、三組の生徒からは和人が出場する。
(用意された役柄によって、当然演じやすさが違う。つまり、運も関わってくる。頼む、簡単な役になってくれ!)
一組、二組の演技が終わると、和人は祈るような気持ちで台本をめくり、演技を始めた。
「私はソテツ。可もなく不可もなく、ソテツ。来る日も来る日もソテツ。嗚呼、今日もなんていい日なんだろう」
(何だ……これは!? ソテツの気持ちなんて分からないぞ! これはまずい!)
「おいおい、何だよそのソテツは」
「棒だよ棒」
「感情がこもってねぇぞ!」
「ぼーお、ぼーお」
すかさず飛んでくるヤジ。そう、棒倒しの醍醐味はこのヤジにある。ヤジが飛べば、審査員も赤旗を上げやすくなる。
(まずい、まずいぞ。審査員の印象も悪くなりそうだ)
和人はチラッと審査員を見る。
(ジジィ! 寝てるじゃねぇかっ)
審査員のうち、最も高齢そうな男性が完全に意識を失っていた。
(くそぉっ、こんなんでどうやって勝てっていうんだ!)
「ところでソテツって言うけれど、自分は本当にソテツなのだろうか。もしかしたら、ソテツじゃないかもしれない」
(何だ、このやる気のない台本は! 誰が作った!)
またヤジが飛ぶ。
「こんな棒役者見たことねぇぞ!」
「そうだそうだ!」
そして、そのヤジの中に、和人の心をえぐる言葉が聞こえた。
「ストゥールは便所でクソでもしてろ!」
「臭ぇぞ!」
和人は完全に戦意を失った。
「続いて、第二グループお願いします」
第二グループ。三組は内山だ。リーダーが撃沈した今、彼にかけるしかない。
「わ、私は深窓の令嬢。光を浴びて運動をすることができず、ここここの腕は今にも折れてしまいそう」
(最悪だ)
小川泰平はそう思った。この競技は役に合っていることがアドバンテージとなる。今の内山の場合、役に合っているか合っていないかで言えば最悪に合っていない。
「食べるものも制限され、ふふふふふふ太ることを許されない。嗚呼、私はなんてひ弱なのだろう」
動揺で「太る」という単語にビブラートがかかっている。
「どう考えても役に合ってねぇだろ!」
役に合ってないのはしょうがないとはいえ、この競技に慈悲はない。理不尽なヤジが飛んでくる。
「食べ物を制限されるどころか、まるまる肥えてるぞ!」
「たわわに実っちゃってるじゃねぇか!」
「深窓の令嬢じゃなくて、真相は豊穣だな!」
さすが進学校。時折センスのあるヤジも飛んでくる。
「「ぼーお! ぼーお!」」
ヤジを巻き返すこともできず、内山は失意の内に倒れた。
その後、三組のメンバーは立て続けに倒され、誰も彼もが散々な結果に終わったのだった。
それでも体育祭は進む。
「それでは、続いて二年生女子による玉入れです」
こちらは普通の玉入れだ。戦意も何も関係ない。多く玉を入れれば勝ちになる。
「それでは、三組対、四組の試合を始めてください」
ピーッ。
ホイッスルと共に対決が始まる。
三組、四組両方どっこいどっこいの様子だ。もしかしたら、これには勝てるかもしれない。わずかな希望を持って見守っていた和人は、隣の青組の応援席から突然聞こえてきた声に我が耳を疑った。
「二年三組ってあのうんこクラスだろ?」
「らしいぜ」
「まじかよ、じゃあ、あの女子たちもみんなうんこ臭ぇんじゃないの?」
(自分が罵られるのはいい。でも、無関係な女子たちまでも疑われるのは許せない!)
「おーい! うんこクラスー!」
「臭ぇぞ!」
ついに隣から聞こえていた悪口はヤジに変わる。女子たちの表情も曇り、明らかにその手が止まり始めた。
「玉なんか入れてねぇでうんこでも入れたらどうだー!」
ついに、運動場の真ん中で佐藤が泣き始めた。
プチ。
その瞬間、和人の何かが切れる音がした。
和人は立ち上がった。
彼だけじゃない。三組の男子たちは、総立ちだった。
(許せない)
憎悪にも似た感情が彼らから沸き上がっていた。
「それでは、最後に、色別対抗リレー男子の部です。出場者は整列してください」
最終種目、色別対抗リレー。学年ごちゃ混ぜで選手が選ばれる種目だ。
しかし。
「え、何あいつら」
「ホントだ、全員二年生じゃない?」
「ていうかうんこクラスじゃね?」
そう、黄組の代表は、全員二年三組から選ばれていた。彼らは色長にかけ合い、急遽、選手変更を嘆願したのだ。
普通なら、却下されるはずだが、彼らの迫力は三年生を圧倒させるほどのものだったという。
整列する彼らの姿は、まさに鬼神。他の出場者は完全に気圧されていた。
彼らの覚悟が高まったとき。
「ブリリッ」
勢い余って、誰かが脱糞をしてしまった。
「おい、今あいつらの中の誰かが――」
気づいた生徒の声は途中で引っ込んだ。三組の生徒が一斉にギロッ、と睨んだのだ。
通常では高校生活が終わるレベルの問題。しかし、今の彼らにはその事実を掻き消すほどのオーラが漂っていた。
「それでは、始めます。位置について……よーい、ドン!」
ついにリレーがスタートした。
先頭走者、中村。
(ござる! ござる! ござるううううう!)
彼の細い体からは想像できないほどの速力だ。運動が苦手なはずの彼が、なぜ。誰もがそう思った。しかし、和人は見た。彼の尻から吹き出す血しぶきを。
(あいつ、痔をブースター代わりに使ってやがる!)
「え、あいつなんか尻から出してね?」
他の生徒たちも気づき始める。しかし、もう遅い。中村の尻から飛び出した血しぶきは後続の走者たちの顔面を汚す。
「うわ、見えねぇ。何だこれ!」
中村は一位でバトンを渡した。
(よくやった)
和人は心の中で賞賛を送った。
第二走者はパリピの藤田だ。
彼はそれなりに頑張ったが、青組に抜かれてしまった。
第三走者は少し軟便気味の竹内。彼も頑張っているが苦しそうだ。
和人は焦った。このままでは負けてしまう。しかし、チラッと見た第四走者の木村の顔。彼の横顔は恐ろしく冷静だった。
「リーダー、大丈夫っす。俺、さっき牛乳を飲んできました」
最初、彼の言っていることの意味がよく理解できなかった。だが、それは彼の出番ではっきりと分かった。
「ブビュビュビュビュビュビュビュッ」
木村の尻から噴射される水のごとき下痢糞。彼はペットボトルロケットのように飛び出していった。
木村にバトンを渡して戻ってきた竹内が言った。
「あれなら、いける!」
竹内の顔は木村の糞便を浴びて茶色く輝いていた。
再び一位に返り咲いた黄組。
だが、第五走者の内山があっという間に最下位に転落。続く、第六走者、第七走者も順位を上げられず、第八走者でやっと赤組を抜くことに成功した。
そして、第九走者の小川は持ち前の運動神経の良さで一位のすぐ後ろにつけた。
最終走者は和人だ。命運は彼に託された。
(アンカーは二週。俺が頑張ればいける!)
バトンを受けた和人はそう思った。しかし、青組のアンカーは速かった。距離がどんどん開いていく。
(くそぉ! ここで……こんなところで終わるのか? 結局、俺たちはただのうんこクラス。馬鹿にされたまま高校生活を終えることになるのか!? ……いやだ。いやだ! いやだっ)
そのとき、声援が聞こえた。
「頑張ってえええ!」
(間違いない。これは佐藤さんの声だ)
泣いていた佐藤が応援してくれる。
(そうだ、俺は)
続いて、他のクラスメイトたちの声援が届く。
「気張れえええ!」
「あと少しだあああ」
「ふぁいとおおお!」
(俺は、こんなところで終われない!)
皆の応援が力になる。和人は奇跡の追い上げを見せた。
青組のアンカーの背中を捉え、並んだ。
(抜ける!)
ラスト一周、そう思ってさらに足に力を込めた和人は、突然響いてきた音に目を見開いた。
「ブリブッブリ、ブリ、ブリリリブリブリ」
その旋律には覚えがあった。
(この音は、あのときのっ)
トイレで、前を向けと励ましてくれたあの、音。
(そんな、まさか、お前だったのか!?)
彼は、成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗で知られる学年一の人気者。
佐々木良二。
(そんな、彼がお前だったなんて)
和人は、尊敬と驚きが入り交じった気持ちになった。
佐々木はラストスパートをかけた。
(まだ、余力を残していたというのか!? くそ、こんなやつにどうやって勝てっていうんだ……!)
もう、和人に力は残っていなかった。自分でも、そう思っていた。でも。
「和人ぉおおおおお! 負けるなぁああ!」
声が聞こえた。
「お前の力はそんなものかあ!」
(泰平……)
それは生涯親友だと誓い合った泰平の声援。
「今からお前を応援する応援歌を歌う! いくぞ、それぶーりーべん!」
「「ぶーりっべん!」」
「ぶーりっぶり!」
「「ぶーりっぶり!」」
それは、仲間の声援。
「なんか、よく分からんがあいつらすげえな」
「ああ、熱いよな」
「俺らも応援しとくか」
「「「ぶーりーべん!」」」
それは、黄組の声援。
「「「「ぶーりっぶり!!」」」」
それは、全校生徒の声援。
(力が、溢れてくる!)
和人の目に、強い光が宿った。
そして。
「ごおおおおおおおる! 今年の色別対抗リレー男子の部、優勝は黄組です!」
戦いは、終わった。
和人は満身創痍で地面に転がった。
ポン。
そんな和人の肩に手が置かれた。言葉はなかった。だが、聞こえた。
「ブリ、ブッリブリッリ」
和人は自分の尻に手を当てた。
(俺じゃない……?)
後ろを振り返ると、その意味が分かった。
(みんな……)
三組の男子たち、その誰もが、ズボンの尻のあたりをたるませていた。
(ああ、そうだ。これは)
(これは、脱糞の勝利だ!)
今日は昨年中止になってしまった体育祭の日だ。鰤便高校では、学年をまたいで赤、青、黄の三チームで優勝を争う。そして、二年三組、池谷和人のクラスは黄組。
「みんな、気張ってくぞ!」
体育祭実行委員、つまり、体育祭でのクラスの代表、和人が声を張る。
「お、おー」
しかし、クラスメイトの声に覇気がない。
「どうした、みんな。そんな調子じゃ勝てないぞ!」
なぜ、皆の気持ちが入らないのかというと。
「見て、あれがストゥールじゃない?」
「え、そうなの?」
「じゃあ、あそこにいるのがうんこクラス……」
「うわぁ……」
そう、体育祭が始まる前から、彼らは悪い意味で注目の的だったのだ。
「これはいったいどういうことなんだ?」
和人の疑問に大石聡美が答える。
「どうもこうも、アンタの例の件でそう呼ばれているのよ、知らなかったの?」
「そんな……まさか」
和人は頭を抱えた。
(俺は、クラスが変われば状況も変わると思っていた……これじゃ、どうあがいたって高校三年間は終わっているということじゃないか)
「ま、気楽にやろうよ」
山本がなぐさめる。
そして、体育祭が始まった。
「続いて、二年生男子による棒倒しです」
棒倒し。近年、怪我をする生徒がいるからという理由で禁止になる学校が増えている中、鰤便高校では形を変えて生き残っていた。
ルールはこうだ。まず、出場者同士が順番に用意された台本を読みながら、身振り手振りを加えて演技をする。そして、その演技を審査員が見て、棒だと判断すれば赤旗を上げる。五人中三人以上が上げれば倒され、次の選手に入れ替わる。最後まで選手が生き残っていたチームが勝ちとなる。はっきり言って体育祭でやる意味があるのか疑問だが、この競技は意外と盛り上がる。
「では、一グループ目、お願いします」
一グループ目、三組の生徒からは和人が出場する。
(用意された役柄によって、当然演じやすさが違う。つまり、運も関わってくる。頼む、簡単な役になってくれ!)
一組、二組の演技が終わると、和人は祈るような気持ちで台本をめくり、演技を始めた。
「私はソテツ。可もなく不可もなく、ソテツ。来る日も来る日もソテツ。嗚呼、今日もなんていい日なんだろう」
(何だ……これは!? ソテツの気持ちなんて分からないぞ! これはまずい!)
「おいおい、何だよそのソテツは」
「棒だよ棒」
「感情がこもってねぇぞ!」
「ぼーお、ぼーお」
すかさず飛んでくるヤジ。そう、棒倒しの醍醐味はこのヤジにある。ヤジが飛べば、審査員も赤旗を上げやすくなる。
(まずい、まずいぞ。審査員の印象も悪くなりそうだ)
和人はチラッと審査員を見る。
(ジジィ! 寝てるじゃねぇかっ)
審査員のうち、最も高齢そうな男性が完全に意識を失っていた。
(くそぉっ、こんなんでどうやって勝てっていうんだ!)
「ところでソテツって言うけれど、自分は本当にソテツなのだろうか。もしかしたら、ソテツじゃないかもしれない」
(何だ、このやる気のない台本は! 誰が作った!)
またヤジが飛ぶ。
「こんな棒役者見たことねぇぞ!」
「そうだそうだ!」
そして、そのヤジの中に、和人の心をえぐる言葉が聞こえた。
「ストゥールは便所でクソでもしてろ!」
「臭ぇぞ!」
和人は完全に戦意を失った。
「続いて、第二グループお願いします」
第二グループ。三組は内山だ。リーダーが撃沈した今、彼にかけるしかない。
「わ、私は深窓の令嬢。光を浴びて運動をすることができず、ここここの腕は今にも折れてしまいそう」
(最悪だ)
小川泰平はそう思った。この競技は役に合っていることがアドバンテージとなる。今の内山の場合、役に合っているか合っていないかで言えば最悪に合っていない。
「食べるものも制限され、ふふふふふふ太ることを許されない。嗚呼、私はなんてひ弱なのだろう」
動揺で「太る」という単語にビブラートがかかっている。
「どう考えても役に合ってねぇだろ!」
役に合ってないのはしょうがないとはいえ、この競技に慈悲はない。理不尽なヤジが飛んでくる。
「食べ物を制限されるどころか、まるまる肥えてるぞ!」
「たわわに実っちゃってるじゃねぇか!」
「深窓の令嬢じゃなくて、真相は豊穣だな!」
さすが進学校。時折センスのあるヤジも飛んでくる。
「「ぼーお! ぼーお!」」
ヤジを巻き返すこともできず、内山は失意の内に倒れた。
その後、三組のメンバーは立て続けに倒され、誰も彼もが散々な結果に終わったのだった。
それでも体育祭は進む。
「それでは、続いて二年生女子による玉入れです」
こちらは普通の玉入れだ。戦意も何も関係ない。多く玉を入れれば勝ちになる。
「それでは、三組対、四組の試合を始めてください」
ピーッ。
ホイッスルと共に対決が始まる。
三組、四組両方どっこいどっこいの様子だ。もしかしたら、これには勝てるかもしれない。わずかな希望を持って見守っていた和人は、隣の青組の応援席から突然聞こえてきた声に我が耳を疑った。
「二年三組ってあのうんこクラスだろ?」
「らしいぜ」
「まじかよ、じゃあ、あの女子たちもみんなうんこ臭ぇんじゃないの?」
(自分が罵られるのはいい。でも、無関係な女子たちまでも疑われるのは許せない!)
「おーい! うんこクラスー!」
「臭ぇぞ!」
ついに隣から聞こえていた悪口はヤジに変わる。女子たちの表情も曇り、明らかにその手が止まり始めた。
「玉なんか入れてねぇでうんこでも入れたらどうだー!」
ついに、運動場の真ん中で佐藤が泣き始めた。
プチ。
その瞬間、和人の何かが切れる音がした。
和人は立ち上がった。
彼だけじゃない。三組の男子たちは、総立ちだった。
(許せない)
憎悪にも似た感情が彼らから沸き上がっていた。
「それでは、最後に、色別対抗リレー男子の部です。出場者は整列してください」
最終種目、色別対抗リレー。学年ごちゃ混ぜで選手が選ばれる種目だ。
しかし。
「え、何あいつら」
「ホントだ、全員二年生じゃない?」
「ていうかうんこクラスじゃね?」
そう、黄組の代表は、全員二年三組から選ばれていた。彼らは色長にかけ合い、急遽、選手変更を嘆願したのだ。
普通なら、却下されるはずだが、彼らの迫力は三年生を圧倒させるほどのものだったという。
整列する彼らの姿は、まさに鬼神。他の出場者は完全に気圧されていた。
彼らの覚悟が高まったとき。
「ブリリッ」
勢い余って、誰かが脱糞をしてしまった。
「おい、今あいつらの中の誰かが――」
気づいた生徒の声は途中で引っ込んだ。三組の生徒が一斉にギロッ、と睨んだのだ。
通常では高校生活が終わるレベルの問題。しかし、今の彼らにはその事実を掻き消すほどのオーラが漂っていた。
「それでは、始めます。位置について……よーい、ドン!」
ついにリレーがスタートした。
先頭走者、中村。
(ござる! ござる! ござるううううう!)
彼の細い体からは想像できないほどの速力だ。運動が苦手なはずの彼が、なぜ。誰もがそう思った。しかし、和人は見た。彼の尻から吹き出す血しぶきを。
(あいつ、痔をブースター代わりに使ってやがる!)
「え、あいつなんか尻から出してね?」
他の生徒たちも気づき始める。しかし、もう遅い。中村の尻から飛び出した血しぶきは後続の走者たちの顔面を汚す。
「うわ、見えねぇ。何だこれ!」
中村は一位でバトンを渡した。
(よくやった)
和人は心の中で賞賛を送った。
第二走者はパリピの藤田だ。
彼はそれなりに頑張ったが、青組に抜かれてしまった。
第三走者は少し軟便気味の竹内。彼も頑張っているが苦しそうだ。
和人は焦った。このままでは負けてしまう。しかし、チラッと見た第四走者の木村の顔。彼の横顔は恐ろしく冷静だった。
「リーダー、大丈夫っす。俺、さっき牛乳を飲んできました」
最初、彼の言っていることの意味がよく理解できなかった。だが、それは彼の出番ではっきりと分かった。
「ブビュビュビュビュビュビュビュッ」
木村の尻から噴射される水のごとき下痢糞。彼はペットボトルロケットのように飛び出していった。
木村にバトンを渡して戻ってきた竹内が言った。
「あれなら、いける!」
竹内の顔は木村の糞便を浴びて茶色く輝いていた。
再び一位に返り咲いた黄組。
だが、第五走者の内山があっという間に最下位に転落。続く、第六走者、第七走者も順位を上げられず、第八走者でやっと赤組を抜くことに成功した。
そして、第九走者の小川は持ち前の運動神経の良さで一位のすぐ後ろにつけた。
最終走者は和人だ。命運は彼に託された。
(アンカーは二週。俺が頑張ればいける!)
バトンを受けた和人はそう思った。しかし、青組のアンカーは速かった。距離がどんどん開いていく。
(くそぉ! ここで……こんなところで終わるのか? 結局、俺たちはただのうんこクラス。馬鹿にされたまま高校生活を終えることになるのか!? ……いやだ。いやだ! いやだっ)
そのとき、声援が聞こえた。
「頑張ってえええ!」
(間違いない。これは佐藤さんの声だ)
泣いていた佐藤が応援してくれる。
(そうだ、俺は)
続いて、他のクラスメイトたちの声援が届く。
「気張れえええ!」
「あと少しだあああ」
「ふぁいとおおお!」
(俺は、こんなところで終われない!)
皆の応援が力になる。和人は奇跡の追い上げを見せた。
青組のアンカーの背中を捉え、並んだ。
(抜ける!)
ラスト一周、そう思ってさらに足に力を込めた和人は、突然響いてきた音に目を見開いた。
「ブリブッブリ、ブリ、ブリリリブリブリ」
その旋律には覚えがあった。
(この音は、あのときのっ)
トイレで、前を向けと励ましてくれたあの、音。
(そんな、まさか、お前だったのか!?)
彼は、成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗で知られる学年一の人気者。
佐々木良二。
(そんな、彼がお前だったなんて)
和人は、尊敬と驚きが入り交じった気持ちになった。
佐々木はラストスパートをかけた。
(まだ、余力を残していたというのか!? くそ、こんなやつにどうやって勝てっていうんだ……!)
もう、和人に力は残っていなかった。自分でも、そう思っていた。でも。
「和人ぉおおおおお! 負けるなぁああ!」
声が聞こえた。
「お前の力はそんなものかあ!」
(泰平……)
それは生涯親友だと誓い合った泰平の声援。
「今からお前を応援する応援歌を歌う! いくぞ、それぶーりーべん!」
「「ぶーりっべん!」」
「ぶーりっぶり!」
「「ぶーりっぶり!」」
それは、仲間の声援。
「なんか、よく分からんがあいつらすげえな」
「ああ、熱いよな」
「俺らも応援しとくか」
「「「ぶーりーべん!」」」
それは、黄組の声援。
「「「「ぶーりっぶり!!」」」」
それは、全校生徒の声援。
(力が、溢れてくる!)
和人の目に、強い光が宿った。
そして。
「ごおおおおおおおる! 今年の色別対抗リレー男子の部、優勝は黄組です!」
戦いは、終わった。
和人は満身創痍で地面に転がった。
ポン。
そんな和人の肩に手が置かれた。言葉はなかった。だが、聞こえた。
「ブリ、ブッリブリッリ」
和人は自分の尻に手を当てた。
(俺じゃない……?)
後ろを振り返ると、その意味が分かった。
(みんな……)
三組の男子たち、その誰もが、ズボンの尻のあたりをたるませていた。
(ああ、そうだ。これは)
(これは、脱糞の勝利だ!)
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