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第六糞
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「それでは鰤高祭実行委員一人目は池谷くんに決定です」
鰤高祭。静岡県立鰤便高等学校で行われる文化祭だ。一年は合唱、二年は模擬店、三年は演劇という組み合わせで行われる。毎年、大きな賑わいを見せる鰤高祭だが、今年は体育祭が中止になったため、その分気合いが入っている者も多い。
そして13HR(静岡県では例えば一年三組は13HRと書き、「じゅうさんほーむるーむ」と読む)の実行委員には池谷が推薦で選出された。
そんな中、焦りを見せる者が一人いた。
(おいおいおいおいおい、お前ら正気か!?)
脱糞四重奏のメンバーの一人、山本である。ただし、あの事件以来、他のメンバーとは距離を置いている。
(あいつだぞ! 池谷だぞ!?)
「それでは、二人目を決めたいと思います」
(お前らは知らないんだ……あいつがただの脱糞野郎じゃないって……!)
「一人目は男子だったので、もう一人は女子にします」
思い出したくもない、あの打ち上げの日。肛門を支配される恐怖。涙のノーパン。あの日、山本は大きなトラウマを抱えた。
「誰かいませんか? 推薦でもいいですよ」
(あいつが実行委員で、合唱……これは……確実に何かが起こる!)
「委員長、推薦したい人がいる」
「そうですね、相方は実行委員に選んでもらった方がいいかもしれません。では、好きな人を選んでください」
「ありがとう、じゃあ山本、よろしく頼む」
(え?)
周囲がざわついた。
「山本さん?」
「なんでストゥールが?」
「それより今呼び捨てにしたぞ!」
「どういう関係なんだ?」
(待て待て待て待て待て待て………嘘だろ!?)
額を大量の汗がつたう。
(いや、落ち着け。まだ全員に認められた訳じゃない。こういう場合、「賛成の人は拍手~」とか言って同意を求めるはず。ならまず、拒否の意思を示そう)
「あの、私――」
「それでは、実行委員が決まりましたので二人に拍手をお願いします」
(委員長おおおおおおおおおおおおおおお)
盛大な拍手と共に、山本は晴れて実行委員に選ばれた。
「では、引き続き実行委員を中心に選曲を――」
「最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ…………」
学校からの帰り道、山本は頭を抱えていた。
「あいつが……悪魔が……脱糞デビルが……」
「デビル?」
呪文のようにブツブツと独り言を吐いていると、ふいに声をかけられた。見ると、それはクラスメイトの女子だった。
「……佐藤さん? どうしたの?」
「何か、頭抑えてたから大丈夫かなって」
(こいつ優しいな)
本気で心配してそうな顔だった。
「いや、何でもない、大丈夫」
「そう? それなら良かった」
それから、佐藤はためらいがちに聞いてきた。
「あの……さっき、池谷くんが「山本」って言ってたけど」
「ん? そうだけど」
「山本さんって池谷くんとどういう関係なの?」
「……」
(この言い回し、まさか池谷と私の仲をそういう風に見ているのか?)
「もしかして、付き合ってたり……」
「そ、それはない! あいつと私はむしろ最悪だから!」
(ああ、そうだ。最悪だ。あいつには秘密を握られている)
「そうなんだ。でも池谷くん悪い人じゃないから仲良くしてあげてね」
「う、うん」
(佐藤、お前は優しすぎる。お前はあいつの支配を受けたことがないからそんなことが言えるんだ)
「じゃあ、実行委員頑張ってね。できることは協力するから」
「うん、ありがとう」
「山本」
ビクッ。
その声を聞いただけで山本は背筋が震えた。
「山本?」
「う、うん、何?」
「今日の昼休み、合唱の練習入れるけどいいか?」
「お、おけ、大丈夫」
(何だ? 意外と普通じゃないか? ……いや、その判断は早計に過ぎる。こいつは悪魔だ。何かを企んでいるに違いない)
「今のところ、少し遅れてるから気をつけて。もう一回やろう」
昼休み。和人がクラスメイトに指示を出す。
(おかしい、おかしいぞ……こいつがこんなに普通なはずがない)
「んー何かちょっと抑揚が足りない気がするんだけど……山本、見本で歌ってみて」
(ほらきた、絶対に何か企んでいる!)
山本は不審に不審を上塗りして歌う。
(何だ、何が起こる?)
周囲の様子を注意深くうかがう山本。
パチ……。
(パチ? 何の音だ)
パチパチパチ……。
(ん? この音は)
パチパチパチパチパチパチ。
その音はクラスメイトたちの拍手の音だった。
「山本さんすごーい!」
「山本さんって歌上手かったんだ!」
「素敵ぃ!」
賞賛の声が上がる。
横を見ると、池谷が腕を組んで頷いていた。
「やっぱり、山本は上手いな。みんなもこんな感じで歌えるように頑張ろう」
「はーい」
「……」
山本は何だか肩すかしをくらったような気分だった。
鰤高祭当日。
「よし、みんな準備はいいな?」
和人の声に頷くクラスメイトたち。
「緊張してるかもしれないけど、いっぱい練習したんだから自信を持って歌おう。いくよ、じゅうさーん……ファイト!」
「おう!」
かけ声と共にステージへ向かう。
整列が終わり、表情を引き締め、気合いを入れようとしたとき。
「ブリッ」
異音が響いた。
ざわつく会場。
「おい、今の」
「あれだよな?」
まずい、そう思いながらクラスメイトたちを見る山本。その中に、冷や汗を流しながら俯いているやつがいた。
(内山……お前!)
内山。小太りでおっとりしていて、クラスの癒やし的な立ち位置にいる男子生徒だ。
(くそぉ! いっぱい練習してきたのに! こんなところで……こんなところでつまずくなんて!)
皆、絶望の表情を浮かべている。誰もが、もうおしまいだと思った。
そのとき。
「ぶり~」
指揮者を務める和人が謎の声を発した。
さらにざわつく会場内。
(やりやがった! こいつ土壇場で本性を現わしやがった!)
山本は和人のことを若干信じ始めていただけに、ショックを受けた。
「ぶり~」
(だから、何なんだその謎の声は! …………え?)
二度目の声は隣から聞こえてきていた。
(佐藤?)
見れば、佐藤が必死な顔で声を出している。
「ぶり~」
そして声は伝播していく。
(岩崎?)
「ぶり~」
(小川に大石まで!? 何なんだ! 何なんだよお前ら!)
「ぶり~」
なおも続く謎の声。
そこで山本はふと気づいた。
(この声、合唱曲の出だしの「ソ」の音……もしかして!)
皆を見渡す山本。
(そうか、そうだったんだ!)
山本は感動で涙ぐんだ。
(佐藤は最初からあいつのこと信じてたんだ。池谷……ごめん! 私はお前のこと信じ切れていなかった! でも……)
「ぶり~」
一際綺麗な山本の声が会場に響いた。
「ああ、何だ。発声の練習か」
「鰤高だから『ぶり~』か」
「面白いじゃん」
会場のざわつきが収まっていく。
(私、池谷のこともう疑ったりしない!)
山本の瞳に宿る光はまさにffだった。
会場内にアナウンスが流れる。
「大変長らくお待たせ致しました。それではお聞きください。13HRのオリジナル合唱曲、『朝起きたらもらしてた』」
鰤高祭。静岡県立鰤便高等学校で行われる文化祭だ。一年は合唱、二年は模擬店、三年は演劇という組み合わせで行われる。毎年、大きな賑わいを見せる鰤高祭だが、今年は体育祭が中止になったため、その分気合いが入っている者も多い。
そして13HR(静岡県では例えば一年三組は13HRと書き、「じゅうさんほーむるーむ」と読む)の実行委員には池谷が推薦で選出された。
そんな中、焦りを見せる者が一人いた。
(おいおいおいおいおい、お前ら正気か!?)
脱糞四重奏のメンバーの一人、山本である。ただし、あの事件以来、他のメンバーとは距離を置いている。
(あいつだぞ! 池谷だぞ!?)
「それでは、二人目を決めたいと思います」
(お前らは知らないんだ……あいつがただの脱糞野郎じゃないって……!)
「一人目は男子だったので、もう一人は女子にします」
思い出したくもない、あの打ち上げの日。肛門を支配される恐怖。涙のノーパン。あの日、山本は大きなトラウマを抱えた。
「誰かいませんか? 推薦でもいいですよ」
(あいつが実行委員で、合唱……これは……確実に何かが起こる!)
「委員長、推薦したい人がいる」
「そうですね、相方は実行委員に選んでもらった方がいいかもしれません。では、好きな人を選んでください」
「ありがとう、じゃあ山本、よろしく頼む」
(え?)
周囲がざわついた。
「山本さん?」
「なんでストゥールが?」
「それより今呼び捨てにしたぞ!」
「どういう関係なんだ?」
(待て待て待て待て待て待て………嘘だろ!?)
額を大量の汗がつたう。
(いや、落ち着け。まだ全員に認められた訳じゃない。こういう場合、「賛成の人は拍手~」とか言って同意を求めるはず。ならまず、拒否の意思を示そう)
「あの、私――」
「それでは、実行委員が決まりましたので二人に拍手をお願いします」
(委員長おおおおおおおおおおおおおおお)
盛大な拍手と共に、山本は晴れて実行委員に選ばれた。
「では、引き続き実行委員を中心に選曲を――」
「最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ…………」
学校からの帰り道、山本は頭を抱えていた。
「あいつが……悪魔が……脱糞デビルが……」
「デビル?」
呪文のようにブツブツと独り言を吐いていると、ふいに声をかけられた。見ると、それはクラスメイトの女子だった。
「……佐藤さん? どうしたの?」
「何か、頭抑えてたから大丈夫かなって」
(こいつ優しいな)
本気で心配してそうな顔だった。
「いや、何でもない、大丈夫」
「そう? それなら良かった」
それから、佐藤はためらいがちに聞いてきた。
「あの……さっき、池谷くんが「山本」って言ってたけど」
「ん? そうだけど」
「山本さんって池谷くんとどういう関係なの?」
「……」
(この言い回し、まさか池谷と私の仲をそういう風に見ているのか?)
「もしかして、付き合ってたり……」
「そ、それはない! あいつと私はむしろ最悪だから!」
(ああ、そうだ。最悪だ。あいつには秘密を握られている)
「そうなんだ。でも池谷くん悪い人じゃないから仲良くしてあげてね」
「う、うん」
(佐藤、お前は優しすぎる。お前はあいつの支配を受けたことがないからそんなことが言えるんだ)
「じゃあ、実行委員頑張ってね。できることは協力するから」
「うん、ありがとう」
「山本」
ビクッ。
その声を聞いただけで山本は背筋が震えた。
「山本?」
「う、うん、何?」
「今日の昼休み、合唱の練習入れるけどいいか?」
「お、おけ、大丈夫」
(何だ? 意外と普通じゃないか? ……いや、その判断は早計に過ぎる。こいつは悪魔だ。何かを企んでいるに違いない)
「今のところ、少し遅れてるから気をつけて。もう一回やろう」
昼休み。和人がクラスメイトに指示を出す。
(おかしい、おかしいぞ……こいつがこんなに普通なはずがない)
「んー何かちょっと抑揚が足りない気がするんだけど……山本、見本で歌ってみて」
(ほらきた、絶対に何か企んでいる!)
山本は不審に不審を上塗りして歌う。
(何だ、何が起こる?)
周囲の様子を注意深くうかがう山本。
パチ……。
(パチ? 何の音だ)
パチパチパチ……。
(ん? この音は)
パチパチパチパチパチパチ。
その音はクラスメイトたちの拍手の音だった。
「山本さんすごーい!」
「山本さんって歌上手かったんだ!」
「素敵ぃ!」
賞賛の声が上がる。
横を見ると、池谷が腕を組んで頷いていた。
「やっぱり、山本は上手いな。みんなもこんな感じで歌えるように頑張ろう」
「はーい」
「……」
山本は何だか肩すかしをくらったような気分だった。
鰤高祭当日。
「よし、みんな準備はいいな?」
和人の声に頷くクラスメイトたち。
「緊張してるかもしれないけど、いっぱい練習したんだから自信を持って歌おう。いくよ、じゅうさーん……ファイト!」
「おう!」
かけ声と共にステージへ向かう。
整列が終わり、表情を引き締め、気合いを入れようとしたとき。
「ブリッ」
異音が響いた。
ざわつく会場。
「おい、今の」
「あれだよな?」
まずい、そう思いながらクラスメイトたちを見る山本。その中に、冷や汗を流しながら俯いているやつがいた。
(内山……お前!)
内山。小太りでおっとりしていて、クラスの癒やし的な立ち位置にいる男子生徒だ。
(くそぉ! いっぱい練習してきたのに! こんなところで……こんなところでつまずくなんて!)
皆、絶望の表情を浮かべている。誰もが、もうおしまいだと思った。
そのとき。
「ぶり~」
指揮者を務める和人が謎の声を発した。
さらにざわつく会場内。
(やりやがった! こいつ土壇場で本性を現わしやがった!)
山本は和人のことを若干信じ始めていただけに、ショックを受けた。
「ぶり~」
(だから、何なんだその謎の声は! …………え?)
二度目の声は隣から聞こえてきていた。
(佐藤?)
見れば、佐藤が必死な顔で声を出している。
「ぶり~」
そして声は伝播していく。
(岩崎?)
「ぶり~」
(小川に大石まで!? 何なんだ! 何なんだよお前ら!)
「ぶり~」
なおも続く謎の声。
そこで山本はふと気づいた。
(この声、合唱曲の出だしの「ソ」の音……もしかして!)
皆を見渡す山本。
(そうか、そうだったんだ!)
山本は感動で涙ぐんだ。
(佐藤は最初からあいつのこと信じてたんだ。池谷……ごめん! 私はお前のこと信じ切れていなかった! でも……)
「ぶり~」
一際綺麗な山本の声が会場に響いた。
「ああ、何だ。発声の練習か」
「鰤高だから『ぶり~』か」
「面白いじゃん」
会場のざわつきが収まっていく。
(私、池谷のこともう疑ったりしない!)
山本の瞳に宿る光はまさにffだった。
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